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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2020/08/01(土)   CATEGORY: 未分類
オカメ緊急事態宣言
 我が家の二羽のオカメインコ(若殿と花姫)の実家の合気道道場が緊急事態。
 道場主が7月27日急逝されたのである。もともと心臓がお悪く手術を予定していたところ、コロナ禍で当初の予定日が白紙になり、8月3日に再設定された矢先のことで合った。広い意味でのコロナの犠牲者の一人であろう。
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 この道場主の死去により若殿と花姫のお母さんとお父さんと兄弟と従兄弟ととはとこと伯父伯母が70羽が保護者を失った。もともとこのオカメインコたちは道場主の妻Sさんが世話していたものである。

 私がSさんと知り合ったのは2017年の7月、今から三年前のこと。武蔵小杉駅ホームを歩いているとオカメインコのさえずりが聞こえてきたので、みると線路から見える二階にたくさんのオカメインコが飛びかっている。

 その頃の私は先代の大殿ごろうをなくしたばかりのゲキウツ状態。大殿を心から愛していたので、できたら本人にもどってきてもらおうと思っていた。そのため数日後、この道場を訪ねて初対面のSさんに、「大殿がなくなった時に生まれたヒナがいないか」と伺うと、「三羽いる」と言われ、ひきとったのが、若殿ごろう(ノーマル)。その兄弟の花(ルチノー)、チョロ(ノーマル)である(ちょろは入院している間に肺炎になりなくなってしまった。可愛い子だった涙)。

 この時点では道場のオカメちゃんは60羽であった。Sさんはたっかいペレットをガンガン投入して溺愛していらしたが、この数は半端ではない。さすがに「他の方とかにお譲りしないのですか」とおそるおそる聞いてみると、

Sさん「欲しいっていう人がいると、まずは彼らにきいてみるんです。で、行きたいといったらお譲りするけど、オカメインコが行きたくないといったらあげません。最近はほとんど人にはあげてません」とのこと。

 ではなぜ私が若殿たちをいただけたのかというと、Sさんが
「あなたたち、この人でいい?」とオカメインコの群れに呼びかけると、彼らが「ぴよー!!!!」と答えたからである。また、ヒナに対面した時もヒナ(ごろう)が私の手によじのぼって羽繕いを始めたのをみて、いいと思ったそうである。

 その後、武蔵小杉を通るたびに、若殿と花のお母さんとお父さんとおじいさんとおばあさんと叔父さんとおばさんと兄弟と従兄弟ととはとこはどうしているのかと思いをはせていたが、去年九月に武蔵小杉が台風で冠水したあと、災害見舞いを口実に道場を再訪してみた。そこで衝撃の事実をしる。何とSさんが若殿と花姫を私にたくして一ヶ月するかしないかでガンで急逝していたのである。

 そういえば、若殿をいただく過程で何回かお会いした時も息が上がっていることはあったけど、なくなる直前だったとは。ドキドキしながら道場主に「では今オカメちゃんはどなたが世話されているんですか」と伺うと、道場主さん自身という。結構なお年である。実は後で聞くとお弟子さんたちも同じ不安を感じていたらしく「オカメインコを少しずつでもいろいろな方に譲渡しましょう」と勧めていたらしいのだが、Sさんがオカメの群れをわけたがらなかったことを考慮して、道場主もうんと言わなかったとのこと。その結果70羽になっていたのか・・・。

 九州から飛んできた道場主のお嬢さんに「お父様がなくなったばかりで、オカメちゃんの話ばかりしてごめんなさい」と私がいうと、「父と最後まで過ごしてくれたオカメちゃんたちに感謝しています。Sさんとの思い出があるので父はオカメちゃんたちが手放せなかったようです。生きているオカメちゃんが一番ですから」とおっしゃっており、隣近所もお弟子さんも協力してあたっているようなので、最悪の事態とはいえないが、うちの若殿のお父さんお母さん、兄弟、従姉妹はとこ叔父伯母が、よい里親さんのもとにつくまでは気は抜けない。

  情勢がはっきりしてきたらまた書きます。
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DATE: 2020/07/21(火)   CATEGORY: 未分類
20年夏チベット関連新刊
チベット・ファンの方が喜ぶ以下の四冊の新刊について紹介をしたい。

1. チベット亡命政権編著『チベットの主張』集広舎
2. 同 Missing For 25 years (『行方不明になって25年のパンチェンラマ』)
3. 星泉・海老原志穂・南太加・別所裕介著『チベット牧畜文化辞典』東京外大アジア・アフリカ言語文化研究所
4. 平岡宏一著『男の子のやる気を引き出す 朝のことば』ビジネス社

 最初の二冊はダラムサラの亡命政権が出版したものを日本語訳したもの。ちなみに、ダライラマ法王日本代表事務所の代表ルントック氏が五月をもって退任され(詳細はこちら)、新しくアリヤさん(Tsewang Gyalpo Arya)が任命された。コロナの折まだ来日されていないが、日本語で発信するチベット・ニュースなどでお披露目をはじめている。
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 話をもとにもどす。

1.『チベットの主張』
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2008年以後のチベットの状況を事実に基づいてレポートしたもの。チベット人の焼身抗議や中国政府による遊牧民の定住促進により遊牧民の生業が損なわれていること、悪化する一方のチベット高原の環境破壊などの最新の情報が得られる。この本で初めてチベット問題を知った人のために過去の経緯についても簡単に触れられている。

2. Missing For 25 years
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2020年5月18日にアメリカのマイク・ポンペオ(Mike Pompeo)米国務長官は18日、パンチェン・ラマの居場所を「直ちに」公表するよう中国に要求した。このことからマスコミもパンチェンラマって誰?と遅まきながら情報を蒐集しだした。パンチェンラマはダライラマの属するチベット仏教最大宗派ゲルク派第二位の高僧でダライラマ同様転生によってその座を継承している。25年前、ダライラマがゲンドゥチュキニマ少年をパンチェンラマ11世に認定したところ、数日後いづこともなく拉致されてしまった。
  状況からいって中国政府の拉致であろうとみな確信していたが、中国政府がそれをみとめたのは一年後。その後も死亡説がながれるたびに、中国政府は元気であると言い続けているが、もしパンチェンラマが死亡したと発表すれば12世が中国政府の手の届かないところで出現する可能性もあるため、そう言わざるを得ないこともあるので、中国発表の真偽は定かではない。

 本書はパンチェンラマ拉致に関する事実関係、国際的な支援などの全体象をしるのに適している。

3. チベット牧畜文化辞典』
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本書は東京外大教授星泉先生率いる研究チームが東北チベット(アムド)のツェコ県の遊牧民の家に滞在しながら蒐集した牧畜関連用語の集大成である。定住民なら牛・馬とまりの単語しかないところ、牧畜民には雌雄・年齢や身体状態によって様々な呼称がある。当然、日本語には対応する訳語がない場合が多いが、カラー写真がふんだんに使用されていることから文字で表現しただけではイメージがつかめないことでも、理解ができる。百聞は一見にしかずである。現在ものすごい早さで失われていっている牧畜文化である。このような記録が行われる意義ははかりしれない。


4.『男の子のやる気を引き出す 朝のことば』
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『秘密集会タントラ』をチベットの高僧ガワン先生に学んだ平岡宏一先生が、『秘密集会タントラ入門』を出版された際には即身成仏を目標とする密教界に歓呼の声があがったが、その難解さにみな頭を抱えた。しかし、今回の本はわかりやすい。自らが校長をつとめる清風学園の朝礼の席(何と毎朝行われるってんだからもう)のスピーチを摘出したものだからである。
 古今東西の各界のリーダーの逸話を俎上にのせ、そこから、利他の重要性を説き、さらにからっぽでは人を救うことはできないので、自らの心を高めていくことの重要性を語る本書は、大乗仏教の理想的人間像、菩薩になるための入門書といえよう。今日先生が上京してこられて数時間時間があることのことなので、ウラ話を伺いたいと思う。
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DATE: 2020/07/03(金)   CATEGORY: 未分類
真実和解委員会と断捨離
 54年前にたった家がさすがにガタがきたので建て替える。そのため、ここ数ヶ月間抜本的な断捨離を行っている。リサイクルにだせるものはだし、思い出の品も現在使用できないものは写真とった後にゴミにだし、ここ三ヶ月くらいやっているけどゴールがみえない

 あかずの倉庫をあけた時、まず「チコちゃんのかご」とかかれた鳥カゴをみて、「無理」と叫んだ。チコちゃんとは私が小学校五年生の時にまいこんだ手乗りセキセイで私はナイアガラの瀧のように愛情を注いだ。にもかかわらず、無情にも中学校二年の11月25日に母が不用意にあけた戸から逃げ出してそのまま帰ってこなかった。舞い込んだ鳥はふたたび舞い上がってしまったのである。

 それから私は泣き暮らし彼を探しつづけ、彼が帰って来たときのためかごをこうして保存していたのである。思い出が津波である。鳥でこうなんだから28年前になくなった母の遺品なんて断捨離がすすむわけねえ。

 しかし整理をはじめて一ヶ月くらいに意識が別のステージにあがった。まず母がやっていた洋裁、習字、茶道、華道は私は全部できないのでとっておいても使う人がいない。なので習字系の書籍やお手本は現在書家をやっている方におゆずりした。洋裁類は私が最低やる簡単なもの以外は写真にとってすてる。また、母がいろいろなところを旅行してとった写真はいつどこでとったものか分からないのでスキャナーでデジタル化した後本体は処分することにした。

  押し入れ、吊り戸棚などを一カ所ずつ片付けていく中で、まず手を入れる前の写真をとり、中のものをだしてからはそれを一つずつ写真にとる。捨てる書類について重要そうなものはスキャナーや写真を一頁ずつとっておく。毎日とる山のような写真は、それがもともと所蔵されていた場所の名前をつけたフォルダにまとめておく。

 きがつけば、古い家の古文書とかを整理する時の手法を援用していた。 
 
 また、記録に残すと断捨離が出来るという点を考察しているうちに面白いことに気づいた。真実和解委員会と似ていると(唐突だなw)。

 説明しよう。アパルトヘイト下では南アの白人治安維持機関は多くの黒人を令状なしで拉致し殺害したりしていた。そのような犯罪をアパルトヘイトが廃止された後どうするかという時、初の黒人南ア大統領マンデラは真実和解委員会をつくった。この委員会においては「個々の国家的犯罪を記録し、加害者は被害者や被害者の遺族に謝罪をし、加害者の罪を問わない」というものである。被害者は加害者をゆるす場合もゆるさない場合もあるが、後者の場合でも加害者の罪は許される(道義的な罪は残りつづけるけど)。被害者に許された場合、加害者はふっきれたように明るい顔になり被害者も憎しみから解放され、それは大きな感動をよぶ。もちろんその逆もある。

 真実和解委員会は「新しい国をつくるためには暗い過去をひきずることは得策ではない。しかし、忘れてはならないものもある。だから記録に残す」という精神である。
 つまり、私は新しい国をつくるため過去のいくぶんかを手放さなければならないが、写真にとる=記録に残すことによって、過去の思い出の品を手放すことができるのである。というわけで歴史家らしく記録しいしい家の整理をやっているためちっとも進まない。 ちなみに「チコちゃんのカゴ」は手放さないw。

 一部から要望があったため整理の過程ででてきた私の子供の頃の写真を一挙公開。

 一才、二才、三才の誕生日に写真館でとったもの、最後のはたぶん七才の七五三である。
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三才
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DATE: 2020/06/08(月)   CATEGORY: 未分類
レストラン・タシデレの戦い
 自粛があけ、外食が可能となっていること、私の誕生日6月6日は今年はくしくも聖なるサカダワ月の満月の日なので、コロナで打撃をうけているチベット・レストラン、タシテレを少しでも応援と思い、ひっそりと誕生会をやることにした。

 タシテレさんにつくと店主のロサンさんがTシャツにアイロンをかけている。コロナの影響をうかがうと、「やばいです」と一言。
 自粛があけたとはいえ、夜のお客さんはやはり少ないとのこと。たしかに、私たち以外お客さんがいない。
 今回のコロナ禍では飲食関係はとくに被害が大きかったが、タシテレも例外ではない。
 そこで今回はチベットレストラン、コロナで打撃をうけたタシテレの今についてレポートする。

(1) オンラインで全国にチベット料理を配送(ここから入れます)
テークアウト

 そう、無料で店舗がだせるサイトBaseを利用して、タシテレもチベット料理のモモやシャパレ、お菓子のチュラパレなどを全国に冷凍で配送できるようにした。支援者は「東京で唯一のチベットレストランがいまあぶない」を合い言葉にこの情報を拡散した。

(2) 六月から、京橋江戸グランでキッチンカーで販売。
キッチンカー

月曜限定のキッチンカーですが、その間もお店は開いている。京橋江戸グランについてはここをご覧ください。初回は大雨だったとのこと。何とかお店の宣伝になればとロサンさんはおっしゃってました。

(3) 支援者がクラウドファンディングでお店を応援(
ここから入れます)

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 10000円の支援ですと8000円が食事券になって戻ってきますのでオトクです。そのせいか、あっというまに500人以上の方が寄付をされまだまだ増えている。あと四日なので、タシテレの応援をしたいなと思った方どうぞ。

 私が訪れた翌日6月7日、お店は開店五周年を迎えた。世にインド、ネパール料理はたくさんあるが、チベット料理店はほんまにここだけ。ここは在日チベット人やチベット好きの交流の場でもあり、何とかがんばってほしいところ。

 タシテレ、一歩ふみこむと、ダライラマ法王のほほえみのお写真と目が合い、チベット舞踊の映像がながれっぱで、メニューの表紙にはダライラマ6世の詩が、めくると中にはチベット国歌が楽譜いりで掲載されている。中国人留学生が中国国内のナンマカフェと同じかと思ってはいってくるとこれを見てドンビキすることは間違いなし(あ、彼等はネット規制の中で生きているからダライラマの顔知らないか)。
メニュータシデレ

 私が誕生日だといったら、ハッピバースデーの音楽まで流してくださるホスピタリティあふれる店、タシデレ。目の前が防衛省なので、夜は向かいはまっくら。都営新宿線の曙橋から徒歩五分、お近くにお住まいの方は是非いってみて。オンライン注文なら全国どこでも配送可能です。
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DATE: 2020/05/31(日)   CATEGORY: 未分類
非常事態宣言が解除
 武漢発のコロナ感染は一月末くらいに上陸しご丁寧に全世界にまで波及し、世界経済を停止に追い込んだ。
 
 年明けからの自分のツイッターをみると1/16日に、「来週からはじまる春節で中国人観光客を本当にいれるのか?」と投稿していて、そういえば自分この時点で籠城生活のために、鳥のごはん類(ここ重要)、鳥の命をまもる人の保存食(シリアル、かんづめ、レトルト食品)、トイレットペーパー、などを備蓄していた。さらに、かりに備蓄がつきても人は水だけで三ヶ月は生きられるとか考えていた。

 余談だが、今回ウイルスは猫科の動物への感染例は報告されているが、鳥にはうつらないようなので愛鳥の健康を心配しないでいいだけ気が楽だった。

 仕事の方では、教授会は三月を最後に会議はオンラインとなり、四月からはじまった非常事態宣言で大学のキャンパスは封鎖された。二月三月は海外出張もあらゆる集まりもすべてキャンセルとなったため、研究に集中。この間二ヶ月間の私の読書歴はFBでまわってきたブックカバーチャレンジで紹介した(ガチすぎてなんだかわかりませんとFB友達に言われた)。まあとにかくロシア帝国末期のロシア宮廷と仏教徒にまつわる資料をよんでいた。
 国内外の研究会に発表者としてひっぱりだされていた若手の研究者たちが研究会や学会が全部キャンセルになって落ち着いたといっていたので、これからは不要不急の研究会をへらした方がいいだろう。
 自宅で愛鳥と資料をよんでいるとまじで落ち着いた。

 しかし、五月からオンライン授業がはじまると状況は一変した。

 当局によると、なんでも四千人の中国人留学生、また、地方に自宅をもつ多数の学生が、大学にこられないため、彼等をとりのこして授業をするわけにはいかないという理由でオンラインにするのだそうな。

 池上彰が多数のスタッフの力をかりてパネルつくって要領よくプレゼンしているが、当局はあれを教師個々人の努力でやれといってるらしい。学生がなっとくする授業を収録してパソコンにのせられるように加工し、今年からはじまったムードルというシステムにのせろってか。教師個々人の努力で。

 ムリだろ

 最初のうちは試行錯誤であった。「録音おわったー」と思って再生してみると、録音できてなかったり、エクスポートしないまま保存したら次にあけた時録音がきえていたり。大学は「サーバーに負荷がかかるから、動画配信はやめろ、音だけにしろ、画質の程度をおとせ、」といろいろいってくるし、実際授業がはじまった最初の一週間はサーバーが限界にたっして、アナウンスメントをだしたら五時間後に生徒に配信とかシャレにならない状況であった。

 二つのメアドから転送しているので、大学の事務から矢継ぎ早にくるメールは、授業開始最初の一週間画面にあふれた。我慢強いとはいい難い私の忍耐は、毎日ブチブチきれまくった。近所のお寿司屋さんでランチしていたら、店員さんが「今年からうちの娘も大学一年生なんですが、一度も大学いってないし、オンライン授業わけわからんっていってます」というので「わけわからんのは先生も同じですよ」と絶叫。

 飲み屋でぐちるサラリーマンが昼の寿司屋に出現である。

 自宅で授業を録音していると昼は愛鳥のおたけび、夜は愛猫のごはんコールなどが背景にはいるが、「知るかそんなこと」。院生は数が少ないので、電話指導していたが、電話でしゃべるとごろう様がとんできていっしょにしゃべるのでさぞや私の声は聞き取りづらかったであろう。

 五月の末になり新規感染者数が減ってくると、何となーく町に表情がもどってきた。5/23に代官山に用事でいったが、半分くらいのお店がおそるおそる開店していた。

 5/29に、コメントをたのまれてテレ朝にいき、おわったあと報道フロアにでると、みなたちあがってテレビの画面にくぎづけになっていた。まるで昭和の街頭テレビのようである。「何かあるんですか」と聞いたら、「これから東京の空を六年ぶりにブルーインパルスがとぶんですよ」とのこと。

そういえば、コロナで最前線ではたらく人たちに感謝するためにそんな企画があったっけ。それ今日だったのか。外にでて運転手さんに、「ブルーインパルスがこれから飛ぶそうですよ」というと
運転手さん、「あっあれじゃないですか?」と正面を指さす。
 たしかに目の前のビルの間を五筋の飛行機雲がつきすすんでいく。
『プラマーナ・ヴアールティカ』ルーインパルス

 あとできくと、空中にモールス信号でTU、すなわちTank YoUとかいていたのだそうな。何となくスカッとしたのは、仏教でいう随喜(善をなす人をほめること)をしたからだろう。チベット僧は「随喜はもっとも簡単にできて効果も大きい善行だから、どんどんやりなさい」と奨励している。

 今日から六月である。愛鳥のご生誕月をいわうためケーキを買いに行こう。
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