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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2020/07/03(金)   CATEGORY: 未分類
真実和解委員会と断捨離
 54年前にたった家がさすがにガタがきたので建て替える。そのため、ここ数ヶ月間抜本的な断捨離を行っている。リサイクルにだせるものはだし、思い出の品も現在使用できないものは写真とった後にゴミにだし、ここ三ヶ月くらいやっているけどゴールがみえない

 あかずの倉庫をあけた時、まず「チコちゃんのかご」とかかれた鳥カゴをみて、「無理」と叫んだ。チコちゃんとは私が小学校五年生の時にまいこんだ手乗りセキセイで私はナイアガラの瀧のように愛情を注いだ。にもかかわらず、無情にも中学校二年の11月25日に母が不用意にあけた戸から逃げ出してそのまま帰ってこなかった。舞い込んだ鳥はふたたび舞い上がってしまったのである。

 それから私は泣き暮らし彼を探しつづけ、彼が帰って来たときのためかごをこうして保存していたのである。思い出が津波である。鳥でこうなんだから28年前になくなった母の遺品なんて断捨離がすすむわけねえ。

 しかし整理をはじめて一ヶ月くらいに意識が別のステージにあがった。まず母がやっていた洋裁、習字、茶道、華道は私は全部できないのでとっておいても使う人がいない。なので習字系の書籍やお手本は現在書家をやっている方におゆずりした。洋裁類は私が最低やる簡単なもの以外は写真にとってすてる。また、母がいろいろなところを旅行してとった写真はいつどこでとったものか分からないのでスキャナーでデジタル化した後本体は処分することにした。

  押し入れ、吊り戸棚などを一カ所ずつ片付けていく中で、まず手を入れる前の写真をとり、中のものをだしてからはそれを一つずつ写真にとる。捨てる書類について重要そうなものはスキャナーや写真を一頁ずつとっておく。毎日とる山のような写真は、それがもともと所蔵されていた場所の名前をつけたフォルダにまとめておく。

 きがつけば、古い家の古文書とかを整理する時の手法を援用していた。 
 
 また、記録に残すと断捨離が出来るという点を考察しているうちに面白いことに気づいた。真実和解委員会と似ていると(唐突だなw)。

 説明しよう。アパルトヘイト下では南アの白人治安維持機関は多くの黒人を令状なしで拉致し殺害したりしていた。そのような犯罪をアパルトヘイトが廃止された後どうするかという時、初の黒人南ア大統領マンデラは真実和解委員会をつくった。この委員会においては「個々の国家的犯罪を記録し、加害者は被害者や被害者の遺族に謝罪をし、加害者の罪を問わない」というものである。被害者は加害者をゆるす場合もゆるさない場合もあるが、後者の場合でも加害者の罪は許される(道義的な罪は残りつづけるけど)。被害者に許された場合、加害者はふっきれたように明るい顔になり被害者も憎しみから解放され、それは大きな感動をよぶ。もちろんその逆もある。

 真実和解委員会は「新しい国をつくるためには暗い過去をひきずることは得策ではない。しかし、忘れてはならないものもある。だから記録に残す」という精神である。
 つまり、私は新しい国をつくるため過去のいくぶんかを手放さなければならないが、写真にとる=記録に残すことによって、過去の思い出の品を手放すことができるのである。というわけで歴史家らしく記録しいしい家の整理をやっているためちっとも進まない。 ちなみに「チコちゃんのカゴ」は手放さないw。

 一部から要望があったため整理の過程ででてきた私の子供の頃の写真を一挙公開。

 一才、二才、三才の誕生日に写真館でとったもの、最後のはたぶん七才の七五三である。
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三才
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DATE: 2020/06/08(月)   CATEGORY: 未分類
レストラン・タシデレの戦い
 自粛があけ、外食が可能となっていること、私の誕生日6月6日は今年はくしくも聖なるサカダワ月の満月の日なので、コロナで打撃をうけているチベット・レストラン、タシテレを少しでも応援と思い、ひっそりと誕生会をやることにした。

 タシテレさんにつくと店主のロサンさんがTシャツにアイロンをかけている。コロナの影響をうかがうと、「やばいです」と一言。
 自粛があけたとはいえ、夜のお客さんはやはり少ないとのこと。たしかに、私たち以外お客さんがいない。
 今回のコロナ禍では飲食関係はとくに被害が大きかったが、タシテレも例外ではない。
 そこで今回はチベットレストラン、コロナで打撃をうけたタシテレの今についてレポートする。

(1) オンラインで全国にチベット料理を配送(ここから入れます)
テークアウト

 そう、無料で店舗がだせるサイトBaseを利用して、タシテレもチベット料理のモモやシャパレ、お菓子のチュラパレなどを全国に冷凍で配送できるようにした。支援者は「東京で唯一のチベットレストランがいまあぶない」を合い言葉にこの情報を拡散した。

(2) 六月から、京橋江戸グランでキッチンカーで販売。
キッチンカー

月曜限定のキッチンカーですが、その間もお店は開いている。京橋江戸グランについてはここをご覧ください。初回は大雨だったとのこと。何とかお店の宣伝になればとロサンさんはおっしゃってました。

(3) 支援者がクラウドファンディングでお店を応援(
ここから入れます)

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 10000円の支援ですと8000円が食事券になって戻ってきますのでオトクです。そのせいか、あっというまに500人以上の方が寄付をされまだまだ増えている。あと四日なので、タシテレの応援をしたいなと思った方どうぞ。

 私が訪れた翌日6月7日、お店は開店五周年を迎えた。世にインド、ネパール料理はたくさんあるが、チベット料理店はほんまにここだけ。ここは在日チベット人やチベット好きの交流の場でもあり、何とかがんばってほしいところ。

 タシテレ、一歩ふみこむと、ダライラマ法王のほほえみのお写真と目が合い、チベット舞踊の映像がながれっぱで、メニューの表紙にはダライラマ6世の詩が、めくると中にはチベット国歌が楽譜いりで掲載されている。中国人留学生が中国国内のナンマカフェと同じかと思ってはいってくるとこれを見てドンビキすることは間違いなし(あ、彼等はネット規制の中で生きているからダライラマの顔知らないか)。
メニュータシデレ

 私が誕生日だといったら、ハッピバースデーの音楽まで流してくださるホスピタリティあふれる店、タシデレ。目の前が防衛省なので、夜は向かいはまっくら。都営新宿線の曙橋から徒歩五分、お近くにお住まいの方は是非いってみて。オンライン注文なら全国どこでも配送可能です。
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DATE: 2020/05/31(日)   CATEGORY: 未分類
非常事態宣言が解除
 武漢発のコロナ感染は一月末くらいに上陸しご丁寧に全世界にまで波及し、世界経済を停止に追い込んだ。
 
 年明けからの自分のツイッターをみると1/16日に、「来週からはじまる春節で中国人観光客を本当にいれるのか?」と投稿していて、そういえば自分この時点で籠城生活のために、鳥のごはん類(ここ重要)、鳥の命をまもる人の保存食(シリアル、かんづめ、レトルト食品)、トイレットペーパー、などを備蓄していた。さらに、かりに備蓄がつきても人は水だけで三ヶ月は生きられるとか考えていた。

 余談だが、今回ウイルスは猫科の動物への感染例は報告されているが、鳥にはうつらないようなので愛鳥の健康を心配しないでいいだけ気が楽だった。

 仕事の方では、教授会は三月を最後に会議はオンラインとなり、四月からはじまった非常事態宣言で大学のキャンパスは封鎖された。二月三月は海外出張もあらゆる集まりもすべてキャンセルとなったため、研究に集中。この間二ヶ月間の私の読書歴はFBでまわってきたブックカバーチャレンジで紹介した(ガチすぎてなんだかわかりませんとFB友達に言われた)。まあとにかくロシア帝国末期のロシア宮廷と仏教徒にまつわる資料をよんでいた。
 国内外の研究会に発表者としてひっぱりだされていた若手の研究者たちが研究会や学会が全部キャンセルになって落ち着いたといっていたので、これからは不要不急の研究会をへらした方がいいだろう。
 自宅で愛鳥と資料をよんでいるとまじで落ち着いた。

 しかし、五月からオンライン授業がはじまると状況は一変した。

 当局によると、なんでも四千人の中国人留学生、また、地方に自宅をもつ多数の学生が、大学にこられないため、彼等をとりのこして授業をするわけにはいかないという理由でオンラインにするのだそうな。

 池上彰が多数のスタッフの力をかりてパネルつくって要領よくプレゼンしているが、当局はあれを教師個々人の努力でやれといってるらしい。学生がなっとくする授業を収録してパソコンにのせられるように加工し、今年からはじまったムードルというシステムにのせろってか。教師個々人の努力で。

 ムリだろ

 最初のうちは試行錯誤であった。「録音おわったー」と思って再生してみると、録音できてなかったり、エクスポートしないまま保存したら次にあけた時録音がきえていたり。大学は「サーバーに負荷がかかるから、動画配信はやめろ、音だけにしろ、画質の程度をおとせ、」といろいろいってくるし、実際授業がはじまった最初の一週間はサーバーが限界にたっして、アナウンスメントをだしたら五時間後に生徒に配信とかシャレにならない状況であった。

 二つのメアドから転送しているので、大学の事務から矢継ぎ早にくるメールは、授業開始最初の一週間画面にあふれた。我慢強いとはいい難い私の忍耐は、毎日ブチブチきれまくった。近所のお寿司屋さんでランチしていたら、店員さんが「今年からうちの娘も大学一年生なんですが、一度も大学いってないし、オンライン授業わけわからんっていってます」というので「わけわからんのは先生も同じですよ」と絶叫。

 飲み屋でぐちるサラリーマンが昼の寿司屋に出現である。

 自宅で授業を録音していると昼は愛鳥のおたけび、夜は愛猫のごはんコールなどが背景にはいるが、「知るかそんなこと」。院生は数が少ないので、電話指導していたが、電話でしゃべるとごろう様がとんできていっしょにしゃべるのでさぞや私の声は聞き取りづらかったであろう。

 五月の末になり新規感染者数が減ってくると、何となーく町に表情がもどってきた。5/23に代官山に用事でいったが、半分くらいのお店がおそるおそる開店していた。

 5/29に、コメントをたのまれてテレ朝にいき、おわったあと報道フロアにでると、みなたちあがってテレビの画面にくぎづけになっていた。まるで昭和の街頭テレビのようである。「何かあるんですか」と聞いたら、「これから東京の空を六年ぶりにブルーインパルスがとぶんですよ」とのこと。

そういえば、コロナで最前線ではたらく人たちに感謝するためにそんな企画があったっけ。それ今日だったのか。外にでて運転手さんに、「ブルーインパルスがこれから飛ぶそうですよ」というと
運転手さん、「あっあれじゃないですか?」と正面を指さす。
 たしかに目の前のビルの間を五筋の飛行機雲がつきすすんでいく。
『プラマーナ・ヴアールティカ』ルーインパルス

 あとできくと、空中にモールス信号でTU、すなわちTank YoUとかいていたのだそうな。何となくスカッとしたのは、仏教でいう随喜(善をなす人をほめること)をしたからだろう。チベット僧は「随喜はもっとも簡単にできて効果も大きい善行だから、どんどんやりなさい」と奨励している。

 今日から六月である。愛鳥のご生誕月をいわうためケーキを買いに行こう。
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DATE: 2020/05/15(金)   CATEGORY: 未分類
コロナ禍のダラムサラからのメッセージ
ダラムサラにおすまいで中央チベット政権の厚生相で働いていらっしゃるSKさんからFB経由でメッセージを戴きました。ダライラマ法王事務所の新代表の動向、ダラムサラのコロナ防疫の様子などが記されており、ダライラマ法王やチベット難民社会をの状況などを心配されている方に裨益する情報になると思いまして、ご本人の承諾をえて以下に公開させて戴きました。
 

石濱先生 

ご無沙汰しております。おかわりありませんか。

日本は少しずつ緊急事態解除のご様子。少しずつ終息するといいですね。インドは、これからが本番です!(加えてデング熱とマラリア)

法王事務所の新代表のツェワン・ギャルポ・アーリアさんですが、手続きは全てこれからですので、あと3ヶ月近くはダラムサラ勤務です。
昨日も一昨日も、バリバリDIIRで働いていらっしゃいます。(今すぐ抜けられたら困る状況です)

ルントックさんとは7月下旬くらいに交代ではないでしょうか。
[ルントックさんは]デラドゥンにご自宅がおありですので、早くインドに帰りたいと思っていらっしゃると思います。

デリー準政府が、感染者を含めた地方出身者をドンドン故郷に送り返し始めたため、まだまだ先が見えません。
これから中東の出稼ぎインド人が続々とインドに帰ってきますので、その前に地方の人は地方に…という考えなのだと思います。海外の人たちがインドに入れるのは、8月以降ではないでしょうか。

チベタンコミュニティーの学校は、1月2月の冬休みを含めて、ほぼ5ヶ月半連続のお休みとなっています。
中学生以上は、ようやくオンライン授業が始まりました。


主人はコロナ一色の生活を送っておりますが、チベットコミュニティーは、かなり厳しい制限を行っています。
と言いますのも、ダラムサラで一番最初に感染が分かり、かつ亡くなった方は、アメリカ帰りのチベット人高齢男性でして、恐らくそのせいでダラムサラのあるカングラ郡がインド政府より早くロックダウンとなりました。

現在は、インドのチベット人居留地32+αでコロナセンターを設けていまして(インドの各州にも同様のものがあります)、感染者(今のところいません)や移動後の28日間要を経過観察対象者を隔離できるようになっています。そして、CTA(中央チベット政権)から、チベット人は6月5日まではロックダウン(都市封鎖)とカフュー(外出制限)を行うこととなっていまして、皆静か~に一応暮らしています。

私の住むダラムサラのメンツィーカン(医学・暦学研究所)は、製薬工場(マニリルプもここで!)があるためかさらに厳しく、一般住民は、塀と門で囲まれたメンツィーカンの広い敷地から出てはならず、3月下旬からは私もメンツィーカンの外に一歩もでていません。

大学の購買の3分の1以下の小さな商店と、メンツィーカンのセキュリティスタッフが大量に購入してくる野菜を購入して、過ごしています。窮屈かと思いきや、全然快適な毎日です。気持ちの上での断捨離といいますか、必要以上に物を買うことがないため、非常にすっきりとした生活を送っています。

今週末には、法王様のオンラインティーチングがあるようですが、法王様はずっと籠っていらっしゃいまして、CTAから連絡をとることもないようです。法王庁からCTAへの連絡もなしです。
非常にお元気でいらっしゃると聞いています。

私は、日本人学校の先生たちのサポート、内務大臣宅で生まれた子犬の世話(託児所ならぬ託犬所)、とんびの餌付け、バラの花びらを集めて乾燥させる…(我が家で読経する際にお香と一緒に焚きます)で、忙しくしております。

インドは、5月18日からロックダウン第4期に入ります。期限を設けていませんし、中東や世界各地の出稼ぎインド人をインドに戻す計画が進行中ですので、まだまだ8月か9月まで何らかの封鎖が続きそうです。来月には、デング熱や今年罹患者が多いマラリヤの患者さんが増えますので、大都市に住んでいなくてよかった、と正直思っているところです。

モディ、なかなか上手に国民を転がします。

2020年5月14日(木)7:42


最後に以下のリンク先ではダライラマ14世のコロナでなくなった方苦しんでいる方を慰めるための読経がきけます。

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DATE: 2020/04/30(木)   CATEGORY: 未分類
非常事の一研究者の日常
当初5月6日までとされたキャンパスの封鎖期間が、非常事態宣言の延長をまたずして本日、20日までの延長が決まった。授業の開始は11日で変わらないとのこと。そこで自分のコロナ生活について、オンライン授業、zoom 会議、ひきこもり生活の三部に分けてレポートする。

(1) オンライン授業について

 世間では、オンライン授業になると、学生にコンビューターあるいはwifi環境がない場合はどうするんだ、とか、通信費をどうするのかとか、バイトもできなくて生活が困窮するとか、主に学生目線で議論されているが、それについては少なくとも早稲田大学はできる限りサポートしようとしている。むしろ、やばいのは教員である。

 大学には専任の先生以外に非常勤の先生がいらっしゃる。どこかの大学にベースがあって非常勤をされている方は余裕もあるであろうが、非常勤のみで生計をたてていらっしゃる先生は、wifi環境や端末に必ずしもめぐまれているとは限らない。

 他にも問題はある。事務所が、「オンライン授業に対応できるか」と先生たちにアンケートをとったところ、(1) 何とか自分でできる、(2) 大学が全面的にサポートしたらできる、(3) 絶対ムリ、みたいな三択のうち、「絶対ムリ」という先生が当学科に二人はいた。理由は「パソコンもってない」。そりゃパソコン使っていないなら、オンライン授業とかパラダイム外であろう。その先生は七十超えて非常勤で教えに来て下さっているベテランの先生なので、確かにムリはいえない。

 「何とかできる」と答えた私だって、やはり個人で動画を準備するのは大変。ユーチューバでもないのに何もないパソコンの穴にむかってしゃべるのはいろいろ捨てて初めてできることである。つくった動画はmoodleだかプードルだかにあげろというが、このシステム自体今年から始まったもので教員はまったく扱いになれていない。これをすべての先生にやれというのは、とくに非常勤に先生にはむごいことであろう。

 一番簡単なのは同時配信だが大学のサーバーがオーストラリアにあって、太平洋の下を線がとおっているのでアクセス集中したらダウンするとのことでできない。
 ハラリ

ETV 特集「パンデミックが変える世界」で頭ずるむけのイスラエル出身歴史家ユヴァル・ノア・ハラリ氏が、
「うちの大学はずっと前からオンライン化について話し合っていたが、導入は進まなかった。それが今回のコロナ禍によってわずか一週間で導入が決まった。一度決まったことはそう簡単には撤回されない。今後、大学の指導部は福利厚生費を払わないですませるために、国内の教授ではなくインドの教師を雇って英語の授業をさせるとか始めるかもしれない。」という内容のこといっていた。

 「確かにそうだなあ」と思いつつも、「でも日本の場合は、日本語の問題があるから、やはり日本人講師の方が有利でね?」とガラパゴスに感謝する。

(2) zoom会議について

 三月までは教授会をリアルでやっていたが、四月以後は専修会議も学科会議も教授会も各種委員会もzoom になった。「zoom」「批判」で検索していただければわかるが、このソフト、セキュリティがあまあまである。その上、社長が中国なので、これだけ世界中の人がいっせいに使い出したら、中国政府がすぐにくいこんできて、ビッグデータをぬきにかかる。教授会なんか盗聴したところでたいした機密はないが、一般企業ならその企業の業績を左右する技術情報なんかをぬかれる可能性がある。ほんとみなさん気をつけて。NECも三菱電気も国家ぐるみのハッカー攻撃で全部もれてましたよ(ソースはここ) 

ちなみに、zoom会議が始まると、普段は寝ている時間なのにるり(猫11才)が、「入れろー、入れろー、なにしているんだー」とドアの外でニャーニャーいう。一昨日の会議の際、落雷による警報がとまらず始まりがおくれたので、席をはずしてもどってみたら、私の椅子にるりがすわっていた。椅子が低いのでカメラにはうつっていなかったが、猫が画面にうつっていたら、「石濱先生は猫を代わりに会議に参加させた」と末代まで言われるところである。

(3) ひきこもり生活の利点

文献学者の私にとってひきこもりは日常であるため、全くノーストレスである。愛するインコたちが側にいるのでそれどころか極楽である。

 ただ、図書館が閉鎖されているので資料あつめには支障を来している。しかしそれも、 最近は120年くらい前の時代をテーマにしているので、1920-30年代のロシア語の本は結構ネットの中にごろごろデータで転がっているし、日本でも著作権がきれているものは結構ネットで手に入る。また研究論文も科研をとった人は近年業績開示が必須となっているので、pdfで手に入る。少し前の論文が手に入らないのが困るが、うまくいけば作者から手に入れることができる。今日も2001年くらいの論文を著者のイギリス人に送って−とメールしたら「その頃はタイプライターでやっていたから、データがない」といってシャメがおくられてきた。
 この数ヶ月、授業や会議がないので研究に集中できた。他にも不要不急のことをそぎおとした結果、心が静まり、本来やるべきことが見えてきた人もいるだろう。
 自らの行動が世界の死命を制することを知り、身勝手な思考法を改め、社会から自分をみることができるようになった人もいるだろう。
 どんな最悪なことにも少しは良い側面がある。それくらい考えないと救われんな。
 
 
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