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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2023/11/28(火)   CATEGORY: 未分類
善光寺の若麻績敬史さんを偲ぶ
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善光寺の徳行坊の若麻績敬史師が急逝された。私が知りうる範囲内での師はこういう方であった。

折りしも2008年、北京オリンピックが開催される直前、中国は国威を示すために世界中の主要都市で聖火リレーを行う計画をたて、一帯一路の主要国カザフスタンから聖火リレーをはじめた。しかし、3月にチベットが弾圧されたことに国際社会は怒っており、リレーは抗議する西洋人市民によって混乱した。

 日本での聖火リレーは4月に長野の善光寺を出発点にして長野市内を走る予定であったが、今回急逝された若麻績敬史師らを中心とした四人の僧侶たちが「仏教徒を弾圧している国に協力することはできない」と反対し、結果、聖火リレーの出発点を返上することになった(長野でのリレー自体は開催された)。そのニュースがながれた時、私は近所のうなぎやでランチを食べていて、丼をもったままたちあがった。時代が動いていた(以後中国に忖度したマスコミ報道が激変する)。

善光寺中にはこの決断によって本堂が放火されるなどの被害がでるのではないかと心配される方もいた(実際数日後落書きされる被害がでた)。しかし、若麻績師は「善光寺は創建以来なんども焼けている。仏教徒として正しいことをするべきだ」ととりあわなかった、
 
 聖火リレー当日、華僑のお金持ちがしたてたバスにのって、愛国に燃えた中国人が日本中から五星紅旗をもって長野に集合した。対するチベット支援者は組織もなく、自発的にきた人々で、数も少なく、氷雨のふる4月の長野にあつまってふるえていた。かれらを暖かく迎えたのが若麻績師らであった。以来、師はチベット支援においては本当に力をつくして行動してくださった。本葬の献花にもそれは現れていて

 チベットでは「ダライ・ラマ法王日本代表事務所のアリヤ代表」
 「スチューデント・フォー・フリー・チベット」
 「スーパー・サンガ」
 「宗派を超えてチベットの平和を祈念し行動する僧侶・在家の会」

最近はウイグルや南モンゴル、香港、台湾の人権についても活動をひろげていたため、
 
 「ウイグルの母ラビヤ・カディール」
 「南モンゴルクリルタイ」
 「世界モンゴル人連盟」
 の献花もみられ、とどめが、

「中国共産党と戦う同士一同」(笑)てものまであった(もちろん通常の献花もありました)。

 
  コワモテの保守だけど、外国人排斥には反対で、僧侶だけどヨハネ・パウロ2世を尊敬しキリストのとく自己犠牲を愛し、少女漫画を愛し、複雑かつ行動の人であった。伝統的な善光寺の行事で堂童子をつとめた師のいちばん近くにいた金田太朗さん(信徒代表)、そして若麻績さんにいろいろな人間関係をつないでいただいた方々は今回の急逝にみな本当にショックをうけている。

 わたしが若麻績師とメッセージをかわしたのは今年5月。ちょうど大菩提会(マハーボディソサイエティ)を調べていて、大菩提会にたのまれてサールナートで壁画をかいた野生司香雪画伯についてしらべていた時、若麻績さんがFBで今年5月に、長野市で野生司香雪画伯の展覧会が開催されること、野生司香雪は善光寺の雲上殿(善ち光寺の納骨堂) の壁画もかいていることをポストされていたので、こんなシンクロニシティもあるのかと思ってメッセージを送った。 

最後のメッセ

 すると、「なんと!! それは素晴らしい。石濱先生は善い意味でやはりお持ちですね」「香川県には野生司香雪顕彰会があり詳しい方々がおられます!!」とさらなる情報を教えてくださった。その展覧会はもうあと3日で会期が終わりであったので残念ながら見送ったが、あの時長野にいっていれば生前の若麻績師にお会いできたのかもしれない。若麻績師のメッセージ欄の最後に「ご冥福を祈念しております」と送信する。あの世に届いてほしい。

 若麻績師の本葬のあと、雲上殿の所在を調べてみると善光寺の北にある山の上にある納骨堂であった(善光寺から約一キロ)。若麻績師が最後にくださった情報を全うしようと、本葬がおわったあと、雲上殿にいくこととする。グーグルマップは徒歩16分というので、たいしたことないだろう。

 マップにそって歩き始めるが長野の道は五差路とかがあって、道もぐねっているため、どっちにまがっていいかわからない。ちょっと進んでは戻り別の道にいくを繰り返しているうちに面倒くさくなり、本能マップに従って山を登ることにする。とにかく高い方へいこうと、明らかに私有地や団地の階段で段差をかせいだりとかしていくうちに、ついに雲上殿に続く車道にでた。本能マップすごい。山は紅葉がちょうど見頃で、上りはきついが割と気にならない。

 雲上殿の受付で事情を話すと、職員の方が塔の中にある壁画まで案内してくださった。壁画は四面で、インドと日本が左右に別れており、お釈迦様が覚りを開いたシーンと聖徳太子さまがむかいあっており、善光寺の御本尊がインドからでていくシーンと日本で発見され長野にもっていかれるシーンが向かい合っていた。そういえば若麻績師、善光寺の御本尊には中国を通ったという伝承がないとおっしゃっていたなあ。

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 仏さまが覚りを開いたシーンはサールナートに描かれた野生司香雪の成道画と同じで(釈尊の地をさわっていない方の手のひらが上を向いている)、香雪はインドで書いたものがたりを日本に繋げたのである。壁画の中心に鎮座する御本尊は善光寺の御本尊のうつしであったため、手を合わせる。
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 帰りは高いところから低いところへ善光寺の塔を目指しておりればいいので、行きよりは遥かに楽であった。善光寺の北門から境内に入り、本堂でおまいりし、山門にのぼって境内をみわたし、若麻績さんの思い出を反芻する。青天快晴で暖かく、師の人柄を思うには良い天気であった。
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 東京に戻ると暗くなっており、折しも満月が東から登ってきた。紅葉も満月も師がみせてくれたような気がする。
彼を失うことはチベット支援にとって大きな痛手であるが、チベットには世界中に認められた素晴らしい仏教文化があり、それを消えないように維持つつ、非暴力(言葉による暴力も含む)で慈悲をもって中国政府と対峙していくというスタンスは、続けなければならない。世の中の関心が他にうつったからといってハマスのような暴力的な行動にはしったり、目には目をといった行動をとりはじめたら、その時こそ本当にチベットの終わりである。

 若麻績師のご冥福を心よりお祈りいたします。
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