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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2021/09/26(日)   CATEGORY: 未分類
初めての相撲観戦
とある偉い方にご招待いただき、国技館の溜席(砂かぶり)でお相撲を観戦する機会に恵まれた。

 実は私はなんども国技館に行ったことがあり、生力士も見たことがある。しかし、それはお相撲を見に行ったからではなく、国技館で行われるダライラマ14世の来日講演を聴きに行くためであり、生力士はモンゴル力士がダライラマを表敬訪問したことで目にしたのだ。そう、モンゴル人は伝統的にチベット仏教徒なのだ。よくよく覚えておいて。
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というわけで、本来の相撲観戦で国技館にきた。当然、相撲に関する知識はほぼゼロ。なので、事前にスー女のKさん(相撲雑誌にスー女対談で名前出して顔だしている方) にレクチャーをしていただく。

「よく分からないんだけど、やりたいことが一つだけあるの。座布団投げていい? どういうシチュエーションなら許される?」

Kさん「何いってんですか。そもそも座布団投げは禁止です。しかもそれを砂かぶりでやったら先生の席をとってくださった方に迷惑がかかります。現在は、コロナで声をだしての応援、座布団なげはとくに禁止。砂かぶりは食べ物はおろか飲み物も携帯も禁止です。」

「その禁止を破るとどうなるの? 前科がつくの? それとも出禁?」

Kさん「相撲協会から厳重注意がきます」

結構ぬるいな。しかし、規則は遵守するにこしたことはない。当日、Kさんに席についたらLineしろと言われていたので、する。

Kさん「先生、どこ座ってますか。向こう正面だとテレビに映りますよ」

何「向い正面」て。土俵丸いのに正面があるの? しばらくするとKさんが

「先生、今テレビみてるんですが、写ってますよ。先生向かい正面にいるんですよ」

まあマスクしているし悪いことしているわけでもないから、いっか。
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取り組みをみるが、テレビだと力士の名前が画面にでて、対戦成績とかがでるから分かりやすいが、現実には名前は読み上げを聞くしかなく、聞き取れたとしても二人いるどっちの力士の名なのかが分からない。西とか東とかいってもどっちの方角か分からない。土俵丸いじゃん。すると同じく招待されていたMさんが

Mさん「あそこが天皇陛下がお座りになるBox席であっちが正面。だからこっちは向かい正面。東と西は天井ちかくに表示がありますよ。」

と教えてくれた。そうか正面の反対だから向かい正面なのか。だから取り組みが終わった後の力士はみんなお尻むけてるんだ。結果とれたのはお尻の写真ばかりや。

 幕の内の土俵入りは、力士がまわしをしめて正装して勢揃いするので、ザ・伝統って感じで結構いい感じ。最後に横綱照の富士が西から入場して、それで終わり。

「すいません、白鵬って今も横綱ですよね。」

お茶屋さん「そうですよ。」

「なんで入ってこないんですか」

お茶屋さん「コロナで休場です」

と指さす方角をみると、休場力士の名前が取り組みのあとに書いてある。結構な数が休場している。

お茶屋さん「コロナが一人でるとその部屋全部休場になるんです」

知識ゼロを丸出しにしながら良い席にすわる私はおそらく周囲のコアな相撲ファンからは異星人のような目で見られていたことと思う。まさに猫に小判。

 何も知識のない私が面白いと思ったツボは懸賞金。懸賞金がまわっている間、アナウンサーは企業の宣伝をたんたんと連呼する。その企業の宣伝文句がわらっちゃうくらい自社名連呼するだけ。

「天下のNHKでこんな私企業の名前連呼していいんですかね」

Mさん「ここは放送ではカットされます」

そういえば懸賞金がまわっている時はカメラは引いている。あの時、企業名が連呼されていて、その声けすために解説席にマイク回すのか。

 あの承認欲求まるだしの企業の宣伝文句を感情をこめずにアナウンサーがたんたんと読み上げるのは、選挙で泡沫候補のとんでもないプロフィールを読むときのNHKアナウンサーの不動心に似ている。

そこが一番面白かった。

とくに応援している力士がいないので、体重が軽い方、年が上の方を応援することにしたが、年寄りは大体まけ、体重が軽い方はかなりの確率で重い力士を破っていた。結論、肥満と加齢はよくない。

一番いい席でお相撲を観戦してこんな感想しか言えないことがうける。

途中から枡席の一番前に座ってもいいと言われたのでそちらにうつる。溜席よりも見晴らしがよく写真がとりやすい。
さて、いよいよ一人横綱の登場。私は当然横綱が勝つだろうと思いつつ、格下の力士を応援。

 結果、横綱が負け、あまつさえ、土俵からたたらをふんでおりてくるではないか。溜席のお客さんの間をよけつつあるいていたが、あぶねーあぶねー。溜席はコロナで一つずつあいていたから、間をぬって横綱通り抜けたが、平常時だと一番前のお客さんでつっかかって二列目に倒れ込んだだろう。

 土俵際に親方が座っているのは、力士うけとめの防波堤であることに今更ながら気づく。

 そこではっと気づく。横綱が負ける=座布団が舞うシチュエーションではないか。私は辺りを見回したが、誰も投げない。みんな規則に忠実である。もしコロナでなかったら私の後頭部にも後ろの席からなげられた座布団があたっていたはずだ。
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 コロナはいろいろな意味で観客を大人しくしていたのであった。

 はじめてのお相撲体験はこうして幕を閉じたのであった。

Kさん曰く「面白い日にいけてよかったですね、先生!」
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● 競売
マサムネ | URL | 2021/09/26(日) 15:22 [EDIT]
中国のウイグル弾圧、巨額の押収資産を競売に
中国カシュガル市のモスクに隣接する4階建てのビル(写真後方)はオーナーのウイグル人実業家の投獄後に競売にかけられた
PHOTO: JONATHAN CHENG/THE WALL STREET JOURNAL
By Eva Xiao and Jonathan Cheng
2021 年 9 月 25 日
 【コルラ(中国)】中国当局は新疆ウイグル自治区の少数民族を同化させる政策の下、投獄されたウイグル人経営者が所有する数千万ドルの資産を押収し、競売にかけている。
 新疆の裁判所は2019年以降、少なくとも21人の所有者による家電製品から不動産、企業の株式まで150余りの資産を電子商取引サイトで競売にかけている。その総額は8480万ドル(約94億円)相当に上る。
 このリストは、米国政府から一部資金提供を受けている擁護団体「ウイグル人権プロジェクト(UHRP)」が作成したもので、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が裁判所の文書や企業記録を確認し裏付けを取っている。新疆政府はコメントの要請に応じていない。
 UHRPが記録したのは、テロや過激思想絡みの容疑で裁判にかけられたケースと明白な関連性のある押収品だ。また、中国の国営メディアが過激派と認定した人物や、その家族が過激派の容疑をかけられたと報じたケースも含まれる。
 こうした競売はさらに、中国の政策のもう一つの側面とウイグル人が指摘する、ウイグル人実業家たちの会社や個人資産の解体を浮き彫りにしている。
 競売にかけられた物件の一つに、西部の都市カシュガルにある4階建てのビルがある。このビルは、同市の最も重要な史跡で600年近い歴史を持つイドカーモスクに隣接している。ビルを保有していたのは裕福なウイグル人輸出業者アブドゥジェリル・ヘリル氏だ。
 かつて新疆政府から「中国の特色ある社会主義の優れた建設者」と称賛されたヘリル氏は、2017年に逮捕され、テロ活動への資金提供の容疑で起訴された。翌年には14年の禁錮刑を言い渡され、1100万ドルの個人資産を押収された。
 2020年10月、モスクに隣接するヘリル氏のビルをチェン・チュホンという人物が830万ドルで落札した。
 へリル氏の家族によると、同氏は控訴し、今年に入り審理が開かれた。
 同氏のビルは中国の電子商取引大手アリババグループの電子商取引サイト「淘宝網(タオバオ)」で競売に掛けられた。アリババからコメントは得られていない。

マサムネ | URL | 2021/09/26(日) 15:24 [EDIT]
総裁選ドキュメント ウイグル協会が岸田氏に謝意 担当補佐官の新設表明に
9/25(土)
産経新聞
日本ウイグル協会の于田ケリム会長(右から2人目)の表敬を受ける自民党の岸田文雄前政調会長(同3人目)=25日午後、衆院第1議員会館(奥原慎平撮影)
自民党総裁選(29日投開票)に出馬している岸田文雄前政調会長は25日、日本ウイグル協会の于田(うだ)ケリム会長らと国会内で面会した。岸田氏は中国政府による新疆(しんきょう)ウイグル自治区などでの人権弾圧に対応する人権問題担当の首相補佐官新設を表明しており、于田氏は謝意を伝えた。
岸田氏は「ウイグル問題は自由、民主主義、人権、法の支配の価値観を守る立場から重大な事案だ」と強調し、「いろいろな話を聞かせてもらいながら、どうあるべきかを考えていきたい」と述べた。
面会後、協会のレテプ・アフメット副会長は記者団に「外相経験者の岸田氏には外交のプロとして、問題解決のための役割を実施してもらいたい」と語った。
総裁選の候補者が、中国当局に抗議する民族団体の関係者と面会するのは異例。在日ウイグル人支援に取り組む地方議員有志による「全国地方議員の会」が両者の面会を仲介した。
● 本所界隈
マサムネ | URL | 2021/09/26(日) 16:04 [EDIT]
野見宿禰神社
墨田区亀沢2-8-10
神社の東側に初代高砂親方部屋があったとき、初代高砂親方の尽力によりって、元津軽家の屋敷跡のこの地に明治17年(1884)に創建したといわれています。相撲(角力)の神である野見宿禰(のみのすくね)を祀り、現在に至るまで相撲協会や関係者の崇敬を集めています。 また、年3回の東京場所の取組編成会議終了後に、出雲大社教の神職のもと例大祭が行われます。また、新横綱が誕生した場合には、この社殿の軒先で土俵入りを披露するのが慣例であり、境内には歴代横綱碑などもあります。
られています。

能勢妙見山別院
墨田区本所4-6-14
大阪府にある能勢妙見山の唯一の東京別院です。本堂に祀られている妙見大菩薩は北斗七星・北極星を神格化した仏様で、開運の守護神として知られています。妙見山別院は、親子鷹でおなじみの勝小吉と勝海舟親子の熱烈な信仰を得ていたことでも有名です。そのため、ゆかりの品が多く所蔵されていましたが、関東大震災と東京大空襲の二度の災禍でその多くを焼失してしまいました。その中でも自筆の掛け軸や写真などは今も現存しています。境内ににある勝海舟の胸像は、彼を偲んで、地元有志の建てたものです。また、平成22年にはNHK大河ドラマ「龍馬伝」でも紹介され、歴史ファンなど多くの参詣者が訪れています。
● 復興
マサムネ | URL | 2021/09/26(日) 16:09 [EDIT]
実りに感謝、相撲奉納 阿蘇神社「田実祭」
熊本日日新聞 | 2021年09月26日
新拝殿の前で「願の相撲」を披露する氏子ら=阿蘇市
 熊本県阿蘇市一の宮町の阿蘇神社で25日、秋の実りに感謝する「田実[たのみ]祭[さい]」が始まり、神事の後、氏子らが「願[がん]の相撲」を奉納した。新型コロナウイルス禍で、恒例の「流鏑馬[やぶさめ]」は中止された。26日まで。
 田実祭は国の重要無形民俗文化財「阿蘇の農耕祭事」の一つ。一の宮町史によると、起源は仏教思想に由来する「放生会[ほうじょうえ]」で、中世の記録が残る。明治時代の神仏分離令で田実祭に改められた。
 神事では神前に稲の初穂などを供え、神職が神楽を舞った。願の相撲は「駕輿丁[かよちょう]」と呼ばれるみこしの担ぎ手ら14人が、紅白に分かれて取組を披露した。
 祭りは、2016年の熊本地震で倒壊し、6月末に新築再建された拝殿の前で初開催された。内村泰彰権禰宜[ごんねぎ](43)は「仮拝殿の撤去を終え、5年ぶりに広い境内で祭りができた。23年末には楼門も復旧する。楽しみにお待ちいただきたい」と話した。(植山茂)
● インコ寺
マサムネ | URL | 2021/09/26(日) 18:49 [EDIT]
一聞百見】心を救うシンボルに… 紫式部ゆかりの「花の寺」守る女性僧侶
臨床宗教師の研修で、津波のあった海岸で祈りをささげる鷲尾龍華さん(右から4人目)ら=平成27年5月19日、宮城県石巻市(本人提供)
物心ついたころから「お坊さんになる」と意識していたという鷲尾龍華さん=大津市の石山寺(柿平博文撮影)
未来に向け模索を続ける龍華さん=大津市の石山寺(柿平博文撮影)
若さあふれ、笑顔の絶えない鷲尾龍華さん=大津市の石山寺(柿平博文撮影)
愛猫のめめたと(本人提供)
本堂で正月に一年の安泰を祈願する龍華さん=平成30年(本人提供)
祖父の鷲尾隆輝さんと境内で(本人提供
臨床宗教師の研修で、津波のあった海岸で祈りをささげる鷲尾龍華さん(右から4人目)ら=平成27年5月19日、宮城県石巻市(本人提供)
物心ついたころから「お坊さんになる」と意識していたという鷲尾龍華さん=大津市の石山寺(柿平博文撮影)
未来に向け模索を続ける龍華さん=大津市の石山寺(柿平博文撮影)
法衣(ほうえ)を身につけていなければ、お坊さんとは思いもしない。恋愛に話を振ると「ご縁があれば」とさらりと答え、野良猫だった雌の〈うめ〉〈めめた〉とセキセイインコを塔頭(たっちゅう)で飼う大の動物好きという。しかし、心に秘めたものを問うと、「今、すごく模索中ですが」といいながら、宗教者として日々、思いを巡らせていることを語ってくれた。難しい内容も含め、1時間半にわたって大本山石山寺の責任役員、鷲尾龍華さん(33)に話を聞いた。
(聞き手 大津支局長・野瀬吉信)
お寺の存在とは
一見、若さがあふれ、疲れもみえないが、日々、多忙を極めている。「仕事が多岐にわたり、正直しんどい。私、僧としての勉強が大好きで、護摩をたき、仏に向かって祈っていたい。そっちを重点的にやっていきたいと思いつつ、そればっかりはしていられない。普通のお寺ではやらないような仕事もここではあります」
責任役員として寺の方向性を決める重責がある。例えば、現在開催されている十一面観世音菩薩の特別拝観(4月18日まで)や、紫式部展で何をするか。新型コロナウイルスの対策や行事の期間延長など変更も考える。それだけではない。地元との関わりや観光都市・大津の街づくりにも参画している。現在、大津市観光交流基本計画策定の意見交換会メンバーであり、大津市歴史的風致維持向上協議会委員も務めている。「一応、日曜日は休もうとしているが、なかなか」
雑務に追われ、僧侶としてどうなのかとモヤモヤするものがあったが、それを吹き飛ばす出来事が一昨年相次いだ。2019年4月15日に発生したフランス・パリのノートルダム大聖堂の火災と、同年10月31日の沖縄・首里城の全焼火災。多くの人が嘆き、号泣し、悲しむ映像を見て、ショックを受けた。その一方で、ある結論に思い至った。「大聖堂にどのような宗教者がいるか知らないが、誰もが知り、誰もが祈りの場であることは知っている。首里城も含め、存在すること自体が人々の心の救いとなっていたのです」
そして、自らの生活に重ね、思いを変化させた。「お寺がシンボル的にあることが、地元の方々や観光客、参拝者の心の救いだと思うようになりました」。存在する、そこにあるとわかっているだけで、ホッとする。雑務も含め、大切だと気付いたという。
真摯(しんし)なお坊さん。物心がついたころには、その覚悟が芽生えていたという。
苦しんでいる人と歩む
「私はお坊さんになる」。物心がついたころから意識していたという。「普通のところではないと感じていました。ただならぬ雰囲気がありました」
鷲尾隆輝(りゅうき)第51世座主の孫として生まれ、寺で育った。当然のことだろうか。ただ、同志社大学卒業後、すぐに寺で働き始めたわけではない。寺を継いでいくとは考えていたが、「一度社会に出て、外の世界を見ないと世間知らずになる」と平成22年4月、繊維大手の東レに入社した。配属は滋賀事業場(大津市)の総務課。丸3年勤めたが、「きつかったです。今より」と実感を込めて振り返る。残業はなく、休日もあった。体力的にしんどかったのではない。
2年目から事業場トップの場長の秘書となった。日々のスケジュール管理が業務で、場長がスムーズに会議や行事に出席できるように細心の注意を払う。「要(かなめ)の人の業務がスムーズにいかないと事業場すべてがうまくいかないと思っていた。今から思うと大卒すぐの者ができるわけない。自分に課し過ぎていました」。場長に出すお茶をお盆にこぼしただけで泣けてきた。「失敗は許されないと思い詰めていた」という。まじめな人柄が伝わるエピソードだ。
25年、そんな生活に区切りをつけた。「しんどかったのもあるが、社会からこぼれていく人の方に目がいきました」。仕事に悩み、病んでいた大学時代の友人。企業は利益を出し、社会に還元する。それよりも、別に引っかかるものがあった。「やりたいことというか、やっていかないといけないこと。言葉で考えていなかったが、苦しんで社会からこぼれていく人とともに歩む。一緒に居場所をつくっていくというニュアンスでしょうか」。宗教家として一歩踏み出した瞬間ではなかったか。
退社半年ほど前に会社に告げ、同年4月、種智院大学(京都市)の3年次に編入した。「大学は結構おもしろくて」という。2回目のキャンパスライフ。高校卒業直後の若い学生、社会人、定年後の年配者などいろいろな人がいた。社会人経験者としては普通に一人で昼食を食べていると、若い学生が気遣って「一緒に食べよう」と声をかけてくれたりもした。嫌なこともなくはなかったが、「水を得た魚」といった感じだったという。
大学正門のマンダラ広場には弘法大師空海、観音、不動明王の3体の像があり、毎日一礼して入る。毎月21日には、入定(にゅうじょう=一般的には高僧の死)した空海を供養する御影供(みえく)法要が講義室であり、昼休みに経を唱え、焼香する。「楽しかったなー。もともとお寺の世界にいたので」。僧籍は退社の少し前に得ていた。そして、27年、大学を卒業し今に至る。考えることが多い日々を過ごしている。
観光地ではなく祈りの場に
東日本大震災の4年後、東北大学で臨床宗教師の研修を受け、被災地の宮城県石巻市に入った。臨床宗教師とは、布教・伝道や営利を目的とせず、被災地や医療機関、福祉施設で心のケアを提供する宗教者のことをいう。宗教者として、被災で苦しみや悲しみを抱える人々に寄り添って、話を聞いた。「被災地で本当にいろいろな人の話を聞きました。傾聴です。すごく大事だと思いました」
その一方で、「お寺には一方的に仏教の教えを説いて聞かせる説法、法話があるが、仏教を伝える手段として一方向でいいのか」。そんな疑問を被災地での経験で抱いたという。
仏教には対機説法という手法もある。「Aさん、Bさんなど、それぞれいろいろな状況で困っている人に対して、その相手の性質などに応じてふさわしい手段で説法を使いわけること。果たしてできているのか」。そう自問自答もする。
さらに、伝統仏教に対しても、「今よりももっとたくさんの対応の仕方があると思う。宗教は時代時代で進化してきているので、今の社会に対応する必要がある」と感じるときもある。石山寺は多くの人に観光地として認識されている。それを証明するデータの一つが昨年の入山者数。新型コロナの影響で、例年の半分ほどだったという。
「そもそも、紫式部も観光で石山寺にきて、籠もったわけではありません。石山寺縁起(えんぎ)絵巻にあるのですが、ほかの女流文学者、藤原道綱母(ふじわらのみちつなのはは)や菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)、和泉式部も悩みを持っていて、観音様に打ち明けるためにきていたのです」
考えるべきことが山積しているようだった。1時間の取材予定がオーバーした。熱く語る表情を見ていると、今置かれている仏教や寺への思いは、尽きることがないと感じた。そして、コロナ禍の今、強く思っていることがあるという。「すごく模索中ですが、不安な人が大勢いる。そこにアプローチしていきたい」
新型コロナ感染拡大の影響は計り知れない。昨年は女性や子供の自殺増加が顕著だった。企業、商店の業績悪化で休業や廃業も相次いだ。コロナ禍が収束に向かわない限り、今後も不安を抱える人は増え続けるだろう。「集まれる場があればいい、本当は。でも、今はコロナ。そこで、孤独にならないようにつながりを持つ必要がある。お坊さんの一番の役割はそういう不安を抱える人と仏様をつなぐことです。つまり、祈りです。紫式部のころにそうであったように祈りの場として機能したいのです」
観光地としてだけでなく、祈りの場として機能させる。今置かれている仏教や寺への思いも含め、今後、どのように具体的に進めていくのか。「模索中です」という一言に多くが含まれていると感じた。
【用語解説】石山寺
真言宗の大本山。「石山寺縁起(えんぎ)絵巻」(重要文化財)によると、天平19(747)年創建。紫式部が籠もって「源氏物語」を書き始めたとされ、「蜻蛉(かげろう)日記」の藤原道綱母、「更級(さらしな)日記」の菅原孝標女といった女流文学者も籠もった。「花の寺」として知られるほか、「石山の秋月」と近江八景に数えられる月の名所でもある。大津市石山寺1の1の1。
【プロフィル】わしお・りゅうげ 戸籍名・鷲尾千賀子。昭和62年、大津市出身。石山寺の鷲尾遍隆(へんりゅう)第52世座主の長女。平成13年得度。22年同志社大学文学部美学芸術学科(西洋美術史専攻)卒業、東レ入社。25年東寺で伝法灌頂(でんぼうかんじょう=阿闍梨=あじゃり=位を授かる儀式)入壇、東寺真言宗僧侶としての僧籍取得。東レ退社、種智院大学仏教学科3年次編入。27年同大学卒業。大僧都。塔頭(たっちゅう)「法輪院」住職。

N. | URL | 2021/09/27(月) 06:12 [EDIT]
全国に先駆けて初音ミク「千本桜の世界展」はじまる【岡山・岡山市】
9/25(土)
RSK山陽放送
全国に先駆けて初音ミク「千本桜の世界展」はじまる【岡山・岡山市】
ボーカロイド最大のヒット曲初音ミクの「千本桜」の公開10周年を記念したアート展が25日、全国に先駆けて岡山市北区で始まりました。
「千本桜」は、ボーカロイド初音ミクの歌で2011年に投稿され、有名アーティストにカバーされるなど広く親しまれている作品です。
このアート展は、「千本桜」の世界観を表現したもので、公式絵師、一斗まるさんが手掛けたイラストを中心に約80点が展示されています。
一斗まるさんが今回のために描き下ろした旧閑谷学校と初音ミクのコラボ作品です。
全国に先駆けて、岡山で初めて公開されました。
「千本桜の世界展」は岡山駅前の第一セントラルビル地下1階の特設会場で来月24日まで開かれています。
● 八百年
マサムネ | URL | 2021/09/27(月) 06:36 [EDIT]
撫養街道-自転車散歩7
土御門天皇火葬塚と塚の守り人
廣瀬美音子
公開日:2019.08.02
最終更新日:2021.06.26
四国で没した天皇は歴史上二人おり、そのうちの一人である土御門天皇の火葬塚が鳴門の撫養街道沿いにあります。こんもりと緑が生い茂る土御門天皇火葬塚と天皇を祀る阿波神社、そこで起きた少し不思議な出会いのお話です。
阿波神社と土御門天皇
撫養街道に阿波神社という天皇にまつわる神社があると知り、そちらに立ち寄ることにしました。四国に関係する天皇で知られているのは保元の乱で讃岐国に流された崇徳上皇ですが、実はもう一人、承久の乱の影響で四国に流れてきた土御門天皇(つちみかどてんのう)という天皇が存在します。承久の乱(1221年)で敗れた後鳥羽上皇の子息にあたる人物です。

承久の乱(wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/承久の乱

土御門天皇(wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/土御門天皇

実際には土御門天皇自身は承久の乱へは関与しておらず、当時の処罰の対象ではなかったようです。ただ、父である後鳥羽院が遠流であるのに自分が京にいるのは忍びないと自ら土佐國へ赴きました。その後、より都に近い阿波國に移り、1231年に37歳でこの地に没したそうです(没した場所、居住地については諸説あり)。

阿波神社 鳥居
静かな森にかこまれた阿波神社。

阿波神社鳥居横には土御門天皇を火葬した場所とされる火葬塚があります。阿波神社はその火葬塚に関係して建てられた神社です。
土御門天皇火葬塚での出会い
阿波神社の前に自転車を停めると、土御門天皇火葬塚前の敷石を掃除をしている女性が目に入ったので、少しお話しさせていただきました。

この女性は阿波神社の歴史に詳しく、元にあった社(丸山神社)を昭和天皇が阿波神社として整備したことや火葬塚は宮内庁の管理下にあること、土御門天皇の御稜は京都にあることなどを教えてくださいました。

阿波神社 土御門天皇火葬塚
土御門天皇火葬塚。塚の周りにはお堀があります。

土御門天皇についてのエピソードが次から次へと出てくるので、そのままお話をうかがっていると、この女性自身、土御門天皇に縁があるという話になりました。この女性のご先祖が、土御門天皇とともに都から流れてきた随身の一人だというのです。土御門天皇の崩御の際、随身であった先祖(当時17、8歳の若者だったといいます)が天皇をこの地でお守りすると約束し、そのままこの地に住み着いたのち、およそ800年もの間一族で火葬塚を守ってきたといいます。

「昭和天皇が新しい神社をおつくりになった時だけ少し管理料が出ましたけど、戦後にはそれもなくなりました」と語りつつ、今でも管理料とは関係なく掃除を続けている女性に、それはとてもご苦労なことですね、と伝えると「約束なのでね」とぽつり。

800年前の約束を今でも引き継ぎ、天皇の墓守りを続ける人々が存在することが現代の(というより私自身の)感覚に馴染まず、最初はうまく飲み込めないでいました。が、天皇の話を昨日のことのように淡々と語る女性を前にして、歴史や伝統の継承は個人や現代人の感覚で図ることではないのだと、こうした人たちの手によって守られる世界があるのだと、自らの理解を改める機会となりました。
女性との少し不思議な出会いを後にして、阿波神社へと足を進めました。
昭和天皇によって造営された阿波神社
阿波神社自体は昭和時代に建造された近年のものですが、それ以前にも地元の人によって建てられた社(やしろ)があったようです。

(略)人々は土御門天皇火葬塚の北に通称「天皇さん」と呼ぶ土御門天皇社を奉祀、阿波志には「土御門天皇廟 池谷村天皇山南麓に在り」とみえる。その後、明治8年(1875年)に丸山神社と改称(鳴門市史上)。

昭和15年(1940年)には紀元二千六百年記念行事として、社名を阿波神社に改め、火葬塚の北東に隣接する現在地に新たに社殿を造営した。県民挙げての奉賛と勤労祀仕によって昭和18年(1943年)に竣工し、本殿座祭を斎行、県社に列した。(Wikipediaより抜粋)

県をあげて大規模に造営した建物らしく、とても立派な造りの社となっています。
● 国生み
マサムネ | URL | 2021/09/28(火) 19:08 [EDIT]
神々の世界、舞や音楽で表現 伊弉諾神宮で「くにうみ神話祭」
2021/09/25
イザナギ、イザナミが島々を生むシーンで、ポーズを決める子どもら=伊弉諾神宮
 神話の伝承地から神楽などの伝統文化を発信する「淡路島くにうみ神話祭」が23日、兵庫県淡路市の伊弉諾神宮で始まった。初日は「第14回三大神話神楽祭」が開かれ、観客約300人が幻想的な神々の世界を表現する舞や音楽を堪能した。
 同市一宮地域の住民グループ「くにうみ神話のまちづくり実行委員会」が、「国(92)生み(3)の日」とする9月23日に毎年開催する。例年、出雲(島根県)と高千穂(宮崎県)の神楽継承団体を招くが、コロナ禍のため昨年に続き取りやめた。
 神楽祭は、舞台上で疫病鎮静を祈願し開幕。淡路市出身の箏(こと)奏者、大歳久美子さんが、国生みの物語を表現した優雅な音色を響かせた。日本国エンターテインメント観光大使の表博耀(ひろあき)さんや、能楽師の小笠原由祠(ただし)さんは舞を披露した。
 締めくくりは同委員会が2011年に創作した「国生み神楽」。イザナギ、イザナミの二神が日本列島を生む場面で、島々を演じる子どもたちに大きな拍手が送られた。
 昨年に続きイザナギを演じた津名高2年の田中羽音さんは「イザナギ役はこれが最後。やりきることができた」と満足げ。黄泉(よみ)の国でイザナギと戦う醜女(しこめ)役を務めた同高1年の石上凱渡(かいと)さんは「舞台から転げ落ちる場面をうまく見せることができた」と喜んでいた。
 伊弉諾神宮で26日まで、神話にゆかりのある地域の物産展や、地元の民踊や太鼓演奏などを披露する伝統芸能祭がある。
● 正道
マサムネ | URL | 2021/09/29(水) 06:08 [EDIT]
高市氏も中国人権担当の首相補佐官新設を表明
2021/9/27
高市早苗前総務相(中央)を激励する静岡大の楊海英教授(右端)ら民族団体の関係者=27日午後、衆院第1議員会館(奥原慎平撮影)
自民党総裁選(29日投開票)に出馬した高市早苗前総務相は27日、首相に就任した場合、中国・内モンゴル自治区や香港で行われている人権弾圧に対応する首相補佐官を新設すると表明した。補佐官は経済安全保障分野も兼務するという。
同自治区出身で「世界モンゴル人連盟」理事長を務める静岡大の楊海英(よう・かいえい)教授らと国会内で面会した際に明らかにした。
高市氏は会合で、香港国家安全維持法(国安法)などを念頭に「担当の補佐官を置いて(中国で)行われている非道な法律の制定や人権侵害の実態に対し、(対策に)取り組んでいく」と語った。中国当局による諸民族への人権侵害を非難する国会決議の早期採択を目指す考えも強調した。
岸田文雄前政調会長も中国の人権問題に対応する首相補佐官新設を表明しており、岸田氏の考えを取り入れる形となる。
会合にはチベット亡命政権の代表機関、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所のアリヤ代表、在日香港人の民主活動家のウィリアム・リー氏、日本ウイグル協会の于田(うだ)ケリム会長も同席した。
楊氏は「高市氏には民主主義や人権を大事にする世界のリーダーたる日本を導いてもらいたい。中国の人権問題に積極的に関与して、日本の姿勢を示す必要がある」と訴えた。
高市氏は自民党有志が4月に設立した「南モンゴルを支援する議員連盟」の会長を務めている。

| URL | 2021/10/09(土) 14:37 [EDIT]
ただのサイコパスもいた」 中国の元警察官、ウイグル族への拷問を語る
10/6(水)
CNN.co.jp
中国警察の制服に身を包み、顔を隠してインタビューを受けるジャン氏
(CNN) 新疆ウイグル自治区で夜中に急襲が始まった。

ライフル銃で武装した数百人の警官がウイグル族の住む町で家々を回り、数百人を家から引きずり出し、手錠をはめ、フードをかぶせた。もし抵抗したら撃つと脅した。これらは中国の元警察官がCNNに語った内容だ。

【映像】中国の元警察官、ウイグル族への拷問を告白

この人物は「我々は夜中に全員を強制的に捕まえた」「もしその地域の一つの郡に数百人がいるのなら、数百人を拘束しなければいけなかった」と話す。

元刑事であるこの内部告発者は中国に残る家族を守るため、「ジャン」との名前だけで自分を特定するように希望した。

ジャン氏は亡命先の欧州で行われたCNNとの3時間に及ぶインタビューで、新疆ウイグル自治区の収容所でウイグル族を拷問する組織的作戦と同氏が位置付けるものについて詳しく説明した。このような詳細が明かされるのはまれ。中国はこうした拷問の存在を何年も否定してきている。

ジャン氏は警察の留置場で自分や同僚が尋問したときを思い出しながら、「あざができて腫れ上がるまで、彼らを蹴り、なぐる」「彼らが床にひざまずき、泣き出すまでだ」と述べた。

ジャン氏が新疆にいたとき、新たに拘束された人は全員が尋問で殴られていたと語る。男女を問わず、最年少で14歳の子どもまでいたという。

拷問の方法はさまざまだ。被疑者の動きを封じる金属製や木製の「タイガーチェア」と呼ばれるいすに拘束したり、天井からつるしたりしたほか、性的暴行、電気ショック、水責めもあった。数日間寝ることを許さなかったり、食事や水を与えなかったりしたこともあったという。

ジャン氏は「全員が違う方法を使う。バールや鍵付きの鉄の鎖を使う者もいる」「警察は容疑者の顔を踏みつけ、自白しろと迫った」と語る。

ジャン氏によると、容疑者はテロ犯罪の疑いで摘発された。だが、ジャン氏が逮捕に関与した数百人の中で、犯罪を犯したものは「誰もいない」と感じているという。「彼らは普通の人々だ」ともジャン氏は付け加えた。

ジャン氏によれば、警察の留置場での拷問は自白するまで続けられた。その後、容疑者は守衛が配置された刑務所や収容所などの施設に移送されるのが通例だった。

自分の証言を裏付ける目的で、ジャン氏は中国にいたころの警察の制服、公的書類、写真、動画、身分証をCNNに提示した。ジャン氏の身元を守るためにCNNはこれらを掲載することはできない。CNNは中国政府に今回の告発内容について詳細な質問を送ったが、返答はない。

CNNはジャン氏の主張する内容について独自に確認出来ていない。ただ、ジャン氏が語った詳細な記憶の多くが、CNNが本記事でインタビューした2人のウイグル族被害者の経験と一致する。国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」が6月に出した160ページに及ぶ報告書でも、収容所にいた50人以上の人々が証言をしている。

米国務省は2017年以降に最大200万人のウイグル族や他の少数民族が新疆の収容所に拘束されたと推定している。中国はこれらは職業訓練施設であり、テロリズムや分離主義の撲滅を目的としたものだと主張。新疆で人権侵害が起きているとの批判に対し否定を続けている。

中国外務省の趙立堅報道官は今年6月の記者会見で「新疆での集団殺害と呼ばれるものは、隠れた動機に基づくうわさでしかなく、真っ赤なうそだと改めて強調したい」と述べた。

先月29日には、新疆政府の当局者が記者会見で、以前収容所にいた人物として1人の男性を紹介した。この男性は収容所に拷問は存在せず、拷問があるとの主張は「全くのうそ」と述べた。男性が発言を強要されていたのかは不明だ。

「全員が目標を達成する必要があった」

ジャン氏が初めて新疆に派遣されたとき、テロの脅威に打ち勝つ助けになりたいと願っていた。そうした脅威は中国を脅かす可能性があると聞かされていた。また、警察に入って10年がたち、昇進したい気持ちもあった。

上司からこの任務に就くように求められた際、上司は「分離主義勢力が母国を分断したがっている。我々は彼らを全員殺さなければいけない」と語ったという。

ジャン氏は通常の職務を離れて新疆に3、4回派遣され、新疆の複数の地域で働いた。中国で「猛撃」と呼ばれる対テロ作戦が佳境に入ったときだ。

14年から始まった「猛撃」は、新疆の少数民族を大量に拘束するプログラムを推進した。こうした民族の人々は、単にベールをかぶっていた、または長いあごひげを生やしていたといった理由で刑務所や収容所に送られた。子どもが多すぎるとの理由で送られた人もいた。

ジャン氏はCNNに対し、15年に北京から出された公的な指示を記載する1通の文書を示した。それは中国の他の省に対して、国内でのテロへの戦いに参加するよう呼び掛けるもので、「習近平(シーチンピン)総書記の重要な指示の精神を届けるように」との記載があった。

「新疆支援」と呼ばれる仕組みの下、中国各地の省から15万人の警察官が集められたとの話をジャン氏は聞いたという。この仕組みは、新疆の各地域に治安関連資源を含む支援を提供するように、各省に促すものだった。ジャン氏によると、一時的な赴任には報酬面で恩恵があった。派遣中は通常の給与が倍になり、他にも特典があったという。

ただ、ジャン氏は新しい仕事と弾圧という目的にすぐ幻滅を感じたという。

あらゆる所に検問所があり、多くのレストランや広場が閉鎖されている状況を目の当たりにして、「初めて行ったときは驚いた」とジャン氏は語る。

慣例となっていた夜中の作戦では、摘発する対象者の名簿が渡された。拘束するウイグル族の正式な割り当て人数を達成するための命令の一部だったという。

ジャン氏は「これは全てが計画され、システムがあるものだった」「全員が目標を達成する必要があった」と語る。

もし逮捕に抵抗する者がいたら、警官らは銃を頭に突きつけて「動くな。動けば死ぬ」と警告したという。

ジャン氏によれば、警察のチームは家宅捜索も行い、コンピューターや電話からデータをダウンロードした。

地区の委員会を利用して村落の長との会合があると言って住民を呼び集め、集団で拘束することもあったという。

ジャン氏は当時を「戦闘期間」と呼び、当局者が新疆を戦争地域として扱っていたと語る。警官はウイグル族が国家の敵だとの訓示を受けていたという。

もしこのプロセスに抵抗していたら、自分が逮捕されていただろうとジャン氏は語る。

「ただのサイコパスもいた」

ジャン氏によれば、警察の留置場での主な目標は、性的な拷問などの手段を用いながら、拘束した人々から自白を引き出すことだった。

「もし自白させたいなら、先に2つのとがった部分がある電気ショックを与える警棒を使った」「そのとがった部分に電線2本を縛りつけて、縛られている人々の性器にあてがった」とジャン氏は語る。

自分は尋問中「悪い警察」を演じるしかなかったと語るジャン氏だが、一部の同僚とは違い、最悪の暴力は避けたという。

ジャン氏は「これを仕事と見る人はいたが、ただのサイコパス(精神病質)の人もいた」と語る。

拷問の「よくありふれた手段」の一つは、守衛が受刑者に対し、新入りの男性受刑者を性行し虐待するように命じることだったという。

新疆出身のウイグル族の学者、アブドゥウェリ・アユプさん(48)は13年8月19日、警察に拘束されたと語る。ライフル銃を持った警察が、アユプさんが開園したウイグル語を教える幼稚園を取り囲んだという。

アユプさんによると、カシュガル市の留置場での最初の夜、アユプ氏は十数人以上の中国人収監者に集団性行された。守衛3、4人が命じて、その様子を見ていたという。

守衛はアユプさんに下着を脱ぐように言って、体を折り曲げるように命令したという。「こんなことをするなと私は叫んだ。お願いだからしないでくれと」とアユプさんは語る。

虐待を受ける中でアユプさんは気を失い、意識が戻ると自分の嘔吐(おうと)物や尿が周囲にあったという。

「ハエがいて、私の周りを飛んでいるようだった」「ハエは私よりましだと思った。誰もハエを拷問しないし、性行しないから」とアユプさんは語る。

「男たちが私を笑い、私をとても弱っていると言っているのが見えた。そうした言葉が聞こえた」。アユプさんへの陵辱は翌日も続き、守衛の一人は「楽しかったか」と聞いてきたという。

アユプさんによると、その後留置場から収容所へと移され、14年11月20日に解放されたという。「不正な資金集め」の罪を自白させられた後だった。

アユプさんが拘束された時期は新疆での大規模な取り締まりが始まる前だが、その証言はウイグル族の人々が何年も主張してきた少数民族抑圧で使われた手段の一部を反映するものだ。

CNNはアユプさんの証言について、中国政府からの回答を待っている。

アユプさんは今ノルウェーに住み、ウイグル族の文化を絶やさないように教育をしたり、子ども向けのウイグル語の本を書いたりしている。だが、拷問で受けた傷は永遠に残ると語る。

「私の心に残った傷だ。私は決して忘れない」(アユプさん)

「彼らは私を動けなくして殴った」

オランダに住むオミル・ベカリさん(45)は、収容所での経験から来る影響に長く苦しんできた。

「(収容所で)私が受けた苦悩と苦痛は決して消えない。私の心から離れない」とベカリさんは語る。

ベカリさんは新疆で生まれ、ウイグル族の母とカザフ族の父を持つ。06年にカザフスタンで国籍を取得し移住。新疆に出張した17年3月26日に拘束され、その1週間後にはカラマイ市の警察署の地下で、4日間昼夜を問わず尋問や拷問を受けたという。

ベカリさんは「彼らは私をタイガーチェアに押し込んだ」「私を動けなくして、太ももや腰を木のたいまつや鉄のむちで打った」と語る。

警察はベカリさんにテロ支援の自白をさせようとし、ベカリさんはその後8カ月間を複数の収容所で過ごしたという。

「彼らが初めて私に足かせをはめたとき、地獄に来たのだとすぐ理解した」とベカリさんは話す。重い鎖が手と足に取り付けられ、就寝時でさえ体を曲げる姿勢をとらざるえなかったという。

収容所にいる間に体重は半分ほどに落ち、出所時には「骸骨のよう」だったという。

「私は信仰を持った人間だから心理的な拷問を耐え抜いた。信仰がなかったら耐えられなかっただろう。生涯の信仰と自由への渇望が私を生きながらえさせた」とベカリさんは語る。

収容所にいる間に知人2人がそこで死んだという。さらに母親やきょうだいも収容所に入り、父のバクリ・イブライムさんは18年9月18日、新疆で拘束中に死亡したとの話を聞いたという。

新疆政府は先月29日、ベカリさんに関するCNNの質問に答え、ベカリさんがテロ犯罪の容疑で8カ月間拘束されたことを確認した。ただ、拷問や家族の拘束に関するベカリさんの主張は完全なデマで中傷だと述べた。ベカリさんの父親は肝がんで死亡し、家族は「現在普通の生活を送っている」とも話した。

「私は罪を犯した」

欧州の新しい家で暮らすジャン氏だが、2~3時間続けて眠ることは難しいという。収容所の人々に続いた苦しみが頭によぎり、崩れ落ちそうな気持ちになるという。

「私は感覚がまひしている。あまりに多くの人々を逮捕していた」とジャン氏は語る。

収容所にいたアユプさんも夜寝付けずに苦しんでいる。収容されていたときの悪夢にさいなまれ、常時監視されているような感覚から逃れられない。それでも、アユプさんは自分を拷問した収容所の守衛らを許すと口にした。

「私は(彼らを)憎んではいない。なぜなら彼ら全員があのシステムの犠牲者だから」「彼らはそこで自分自身に宣告した。自分たちは罪人で、犯罪システムの一部なのだと」(アユプさん)

ジャン氏は新疆に入る前から、腐敗のレベルが高まっていることが原因で、中国共産党には失望を感じていたという。

「彼らは人々に奉仕するようなふりをしているが、独裁を達成したい人々の集まりだ」とジャン氏は語る。中国を脱出して自分の体験を暴露したのは、「国民の側に立っていたい」との思いからだという。

ジャン氏は二度と中国には戻れないと悟っている。

ジャン氏は「彼らは私を半殺しにするだろう」「私は逮捕され、多くの問題が提起されるだろう。逃亡、反逆、国家秘密の漏洩(ろうえい)、国家転覆、それら全ての罪名を受けるだろう」と語る。

「ウイグル族のために発言をするということは、テロリスト集団への参加で訴追が可能になるということだ。想像のつくあらゆる罪状で訴追されうる」(ジャン氏)

もし自分が関与した被害者の1人に対面したらどうするかと聞くと、ジャン氏は恐ろしくてすぐにその場を離れたくなるだろうと語った。

「私は罪を犯した。このような状況が二度と彼らに起きないことを願う」「彼らの許しをもらえたらと思うが、あのような拷問を受けた人々にとってそれはあまりに難しいだろう」(ジャン氏)

ジャン氏は「こうした人々とどうやって対面すればいいのだろうか」「一人の兵士でも起きたことには責任がある。命令を実施する必要はあったが、あまりに多くの人々が一緒にこれを行った。我々にはその責任がある」とも語った。
● チベット高原で旧石器時代の遺跡発掘 アシュール文化に匹敵か 20 この記事についてツイート この記事についてFacebookでシェア この記事についてLINEで送る 10/9(土) 7:05 配信 NEWSポストセブン チベットで13万年前の旧石器時代の遺跡が発見  中国四川省の甘孜州蔵(カンゼ・
| URL | 2021/10/11(月) 07:17 [EDIT]
10/9(土)
NEWSポストセブン
チベットで13万年前の旧石器時代の遺跡が発見

 中国四川省の甘孜州蔵(カンゼ・チベット)族自治州稲城で、13万年前のものとみられる旧石器時代の遺跡が発見。今年4月から5カ月間かけて調査したところ、考古学者らが1万点近くの石器の出土品を発掘した。地下の7つの層から6000点以上、地表で3000点以上の出土品を収集したことが明らかになった。

 これらのなかには、アフリカ、ヨーロッパ、西アジアを中心に広がる前期旧石器時代の文化の総称である「アシュール文化」の典型的な石器である手斧や握鎚(にぎりづち)、握斧(あくふ)も発見された。これらの「万能石器」と呼ばれる手斧などは、これまで東洋では見つかっていなかったことから、「東洋の早期人類文化は西洋より遅れていた」という学説が流布していたが、今回の四川省での発見で、「この学説は完全に否定されることになった」と中国の考古学者は指摘している。中国共産党機関紙「人民日報」などが報じた。

 この遺跡は稲城皮洛遺跡と呼ばれ、標高3750メートルの青蔵高原(チベット高原)東部に位置し、全体で約100万平方メートルという広大なもの。

 遺跡を発見した四川省文物考古研究院旧石器研究室の鄭喆軒室長は「高原で100万平方メートル規模の旧石器時代の遺跡が見つかるとは非常に不思議なことだ。遺跡の発掘後、考古学従事者は1万点近くの石製品を発見しており、これは太古の人類の活動が非常に活発で、文化的にも非常に高度な生活が営まれていたことを証明しており、従来の認識を覆す発見だ」とコメント。「これらの石器のうち、アシュール文化の代表的な石器である手斧は心を躍らせる発見だ」と指摘している。

 アシュール文化とはアフリカ、西ヨーロッパ、西アジア、インドの旧石器時代早期文化であり、フランス・アミアンのサン・タシュール遺跡で最も早く見つかったことから、その名がつけられた。

 中国旧石器考古専業委員会の高星会長は「今回の皮洛遺跡の発掘調査では世界で標高が最も高い場所で、アシュール文化に並ぶ遺物が出土した。手斧や薄刃斧などの石製品は、製造技術が最も精巧なもので、西洋の後期アシュール遺跡の出土品に匹敵する素晴らしい出土品だ」と述べている。
● ほとんどが育児放棄や保護の動物…優しさであふれる“三重県唯一の動物園” チベット生息のヒグマの一種も
マサムネ | URL | 2021/10/11(月) 07:23 [EDIT]
ほとんどが育児放棄や保護の動物…優しさであふれる“三重県唯一の動物園”
10/10(日)
FNNプライムオンライン
前園長の遺志を継ぎ…全国でも珍しい私設の動物園
FNNプライムオンライン

三重県中南部に位置する大紀町(たいきちょう)。ここに、三重県で唯一の動物園がある。この動物園は、野生でケガをしたり、育児放棄された動物を保護し飼育している。

【画像】チベット生息のヒグマの一種がこちら

三重・大紀町の「大内山動物園」(入場料 中学生以上1500円 3歳以上500円)。

この動物園には、日本に6頭しかいないとされる珍しい「ウマグマ」がいる。

チベットに生息するヒグマの一種で、その名前の由来は走る様子が馬に似ていることから名付けられた。

園内では、その他約70種類の動物を飼育・展示している。

大きな鳥「エミュー」にエサ(100円)をあげたり、生後10日の生まれたてのヤギの赤ちゃんなどと触れ合うこともできる。

この園の動物のほとんどは、育児放棄されたり、閉園した動物園などから保護された動物たちだ。

今は元気に動き回るタヌキも、衰弱して小さくなっていたところを保護された。

人懐っこい動物たちがいる、優しさあふれる動物園だ。

(東海テレビ)
● きつね
マサムネ | URL | 2021/10/15(金) 16:27 [EDIT]
寄生虫「エキノコックス」、愛知県で犬の感染相次ぐ 人体に入ると重い肝機能障害
2021年10月12日
エキノコックスの幼虫(国立感染症研究所提供)
 愛知県の知多半島で捕獲された野犬で近年、人体に入ると重い肝機能障害を引き起こす寄生虫「エキノコックス」の感染確認が相次ぎ、国立感染症研究所が「半島内で定着した」との見解を示した。定着確認は北海道外では異例。県は「まん延している状況ではない」としつつ動向を注視している。
 エキノコックスは北海道で多くの人の感染例が報告されてきた。キツネや犬のふんなどに含まれる卵が人体に入ると幼虫となり、10年ほどたってから肝機能障害などを引き起こす。
 本州では2005年に埼玉県で犬の感染が見つかり、愛知県では14年に知多半島の阿久比町で捕獲された野犬から検出された。埼玉県ではその後見つかっていないが、愛知県では17年度に3件、19年度1件、20年度4件が確認された。
 県感染症対策課によると、狂犬病対策で捕獲した野犬の調査で見つかっており、いずれも詳しい感染経路は不明。一般的にエキノコックスはネズミなどが「中間宿主」となり、幼虫を持つネズミを野犬やキツネが食べて広がるという。
 感染研は「知多半島で定着したと考えられ、調査対象を他のイヌ科動物に広げる必要がある。半島外への流出防止策が必要だ」と警鐘を鳴らす。
 一方で県は「調査対象を広げるとなれば、一からの態勢づくりが必要だ」と慎重な姿勢だ。県内の人への感染報告はこれまで3例あるが、いずれも北海道や海外で感染したとみられるという。
● 大学の
マサムネ | URL | 2021/10/17(日) 13:57 [EDIT]
在日ウイグル族は今】(上)離郷 圧政逃れ 残した家族は
2019/7/4
新疆ウイグル自治区
 中国新疆ウイグル自治区で2009年に起きた少数民族、ウイグル族の「ウルムチ暴動」から5日で10年。中国政府の厳しい抑圧から逃れ、日本に渡ったウイグル族の人たちは家族の安否すら分からず、不安な日々を過ごしている。民族の危機に焦燥する在日ウイグル族の今を報告する。
 「あのとき、自分に向けられた彼らの目が忘れられない」。徳島大大学院に留学中のサウティ・モハメドさん(41)は、10年前の恐怖をこう振り返る。
 2009年7月5日、サウティさんはウイグル族による大規模な暴動の現場から、約20キロ離れた姉夫婦の家にいた。翌日、近くの工事現場で漢族の住民に鉄パイプが次々と配られているのを見た。街中ですれ違う漢族たちが恐ろしい目でにらみつける。報復が迫っていると感じた。
 暴動後、国営鉄道の技師だったサウティさんの職場の空気も一変した。約100人の同僚の大半は漢族。「共産党は正しい」「ウイグル族は強い政策で支配すべきだ」「文化も経済も遅れているんだから、黙って従え」。露骨な悪口を初めて面と向かって浴びた。
 サウティさんは民族の誇りを保ったまま、ウイグル族と漢族は仲良くできると思っていた。実際、漢族の友人もいた。その考えが音を立てて崩れた。「もうここにはいられない」。出国の準備を始め、7年後に留学生として来日した。
   ■    ■
 関東地方で難民申請中のアブドラヘマン・ハサンさん(43)は、パキスタン国境に近いカシュガルで貿易商を営んでいた。一家は裕福で、自治区政府とも親密な関係を築き、政府幹部と一緒に国外へ出張することもしばしばだった。
 異変を感じ始めたのは16年ごろ。チベット自治区で分離・独立運動を封じ込めた人物がウイグル自治区のトップに就任すると、宗教行為のほか、ウイグル族に特徴的なひげやスカーフなどへの禁制が強化された。
 大量拘束が始まったのもこの頃。初めは宗教指導者らが対象となり、次第に会社経営者や海外渡航経験者に拡大していった。
 17年1月、アブドラヘマンさんの自宅近くを当局者がうろつき始めた。監視を振り切るため、短期間のつもりで隣国キルギスへ渡ると、通信アプリに登録していた家族や友人の連絡先が突然、削除された。地元の若手経営者約70人が一斉に拘束され、その中には兄もいた。「帰ったら私も捕まる」。帰国を諦め、6月にトルコへ逃れた。
   ■    ■
 母と妻が連行されたと知ったのは、その2カ月後だった。電話で連絡してきた弟は行き先を「中国語の教育施設」と話したが、それきり帰ってこなかった。「だまされて強制収容所に送られたんだ」。アブドラヘマンさんは悔やむ。
 2人が収容された施設の様子が伝わってきた。70歳の母は朝から晩まで鉄の椅子に座らされ、身動きすれば食事を抜かれる。朝夕の食事は饅頭(まんとう)1個、昼は薄いおかゆ。妻は便所のない部屋に押し込まれ、ふん尿はその場で垂れ流しだという。
 トルコ政府に協力を求めても、動いてくれない。悩んだ末、報道機関の取材に訴えた。「こんなひどい虐待を受けるのなら死んだ方がまし。解放しないなら母と妻を銃殺してくれ。弾丸の費用は私が払う」
 アブドラヘマンさんは昨年末、望みを託して日本に来た。日本政府ならウイグル族の現状を変えてくれるのでは、と思ったからだ。「私の人生と家族はめちゃくちゃになってしまった。長男と長女はどこにいるのか。せめて子どもだけでも無事でいてほしい」 (江藤俊哉)
【在日ウイグル族は今】(下)抗議 民族は家族今こそ声を
2019/7/5 6:00
 「弾圧やめろ」「家族を返せ!」。最後は絶叫だった。6月29日、20カ国・地域首脳会議(G20サミット)に合わせて大阪市で行われた中国政府への抗議デモ。イリハム・マハムティさん(49)は約70人の同胞とともに声を張り上げた。
 2001年に来日し、08年に日本ウイグル協会を設立した。デモや講演を通じてウイグル族の現状を訴える活動を行ってきた。
 中国の新疆ウイグル自治区には母と妹が暮らす。最後に電話で話したのは17年4月。母は「何かあったらこっちからかけるから」と素っ気なかった。2カ月後、米国籍の親戚が実家を訪ねた。母は親戚に「息子から電話があると、2カ月は静かな生活ができなくなる」と話したという。
 国際電話がかかれば、すぐに警察が来る。中央政府の情報機関も来る。入れ代わり立ち代わり何度も来て、しつこく尋問する。「息子は何を話したか」「おまえは何を話したのか」
 最後の電話から2年余り。母と妹の近況は分からない。「外国に住むウイグル人は皆、同じ状態。古里の家族に迷惑が掛かるから、連絡もできない」
    ■   ■
 協会によると、日本で暮らすウイグル族は約3千人。中国の抑圧政策は日本での生活も脅かしている。デモに参加した20代の男性は17年夏、留学先の大学を除籍になった。実家からの送金が途絶え、学費が払えなくなったためだ。
 14年に来日し、日本語学校を経て大学へ。学費は姉が送金してくれていた。ところが国外に送金したことを理由に姉の身分証が突然、無効に。中国では身分証がなければ生活できない。実際に住居も追い出された。その後、身分証は再発行されたが、姉は「もう送金できない」と伝えてきた。
 男性は周囲の援助でいったんは復学できたが送金は復活せず、今年2月、再び除籍に。留学ビザも無効になった。「でも帰国はできない。帰れば外国に行ったことがあるだけで収容所に送られる」と日本での難民申請に希望を託す。
 徳島大大学院の留学生サウティ・モハメドさん(41)は日本で働き、いずれ日本国籍を取得するつもりだった。だがパスポートの期限が22年に切れる。この状況で中国大使館に行っても「帰国を迫られるだけ」。
 まだ学生のサウティさんに日本国籍取得は困難だ。残るは難民申請しかないが、昨年の難民申請者1万493人に対し、在留が認められたのは82人。狭き門に不安は大きい。
    ■   ■
 デモに参加した在日ウイグル族の多くは顔全体をお面で覆っていた。イリハムさんは「中国当局も怖いが、勤め先の会社に知られるのも怖い」と話す。
 在日ウイグル族の勤め先は中国と取引がある場合が多い。そのため、会社は従業員がデモなどに参加するのを嫌がるという。
 それでも抗議活動への参加者は急増している。「以前は日本人支援者ばかりでウイグル人は数人だった。それが昨夏の東京でのデモには約150人が集まった」とイリハムさん。
 それは民族が置かれた状況への危機感の表れだ。デモに参加した20代の女性は語った。「家族のことを考えれば抗議活動に加わるのは怖い。でも私たちが黙れば中国政府が喜ぶだけ。今はウイグル人全体が家族。声を上げ続けるしかない」
● マサムネさんありがとう
シラユキ | URL | 2021/10/20(水) 15:05 [EDIT]
いつもニュースはってくださってありがとうございます。みとおしているものもあり助かります。

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