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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2021/05/01(土)   CATEGORY: 未分類
チベットフェスティバル (オンライン)
雨が降ったりやんだりの不安定な天気が続いているが、大気には新緑の香りが充満している。外にでたくなる季節ではあるが、コロナで宣言が出ているためデパートも飲食店も閉まりっぱなし。閉門蟄居が推奨されている。スーパーでは旅にでた気になる物産展が開催されているため、本ブログもエア旅行の紹介を。まず、エアブータンを楽しんでいただくため、ブータン料理に挑戦。いや私でなく院生Wくんがだけど(爆笑)。

シェフ院生Wくんはブータンの食材を見事に代表的な料理エダマツィ(唐辛子のチーズフォンデュ)とパクシャパ(豚バラ唐辛子煮込み)に作り上げてくれた。探してみたら両方ともクックパッドにレシピがおちていて、いまや食材さえあればどんな国の料理でも自宅でつくれるんやなあと感無量。彼の腕がよかったため辛いながらもご飯がすすんだ。食材をくださったTさん、作ってくれたWくん、ありがとうございました。

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次はエアチベットのご紹介。ゴールデンウィーク恒例のチベット文化の啓蒙イベントチベフェスが今年はオンラインで開かれます。閲覧のみなら、Tibet House Japanのフェイスブックから live配信でみられるとのこと(サイトはここ)個人的にはボールドにした五月三日の午後のチベット・ハウス職員によるチベット料理のプレゼンと四日の午後のチベットの教育機関からのビデオメッセージに興味がある。歌と踊りは流しっぱなしにしておこうと思っている。

5月2日(日)
午前11時~午後12時30分 チベットハウス代表アリヤから、開会のご挨拶と、チベットの歌と音楽
午後2時 ~午後3時30分 チベットの歌と音楽

5月3日(月)
午前11時~午後12時30分 「砂曼荼羅、その目的と意味」 クンチョク・シタル師
午後2時 ~午後3時30分 チベット料理クッキング バター茶・パク(麦焦がし)・テントゥック(麺)
プレゼンター:ジグメとロブサン(チベットハウス・ジャパン職員)

5月4日(火)
午前11時~午後12時30分 「入門:仏教瞑想と修行」 ゲシェー・テンジン・ウセル師
午後2時 ~午後3時30分 ビデオメッセージ 「チベット現地教育機関と子供達から、サポーターの皆様へ」

5月5日(水)

午前11時~午後12時30分 「チベットの宗教文化」 チベットハウス・ジャパン代表 TGアリヤ
午後2時 ~午後3時30分 チベットの歌と音楽/終わりのことば


見るだけでなくBlueJeansで参加したいという方は(会員優先)、以下の情報を申込先メールアドレスまで送信すれば追ってミーティングIDとパスワードが送られてくるとのこと。

1.参加イベント(下記「 スケジュール」参照)
2.メールアドレス
3.参加者名
申込先メールアドレス:tibethouse.jp@tibet.net






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● 神社インコ
マサムネ | URL | 2021/05/04(火) 09:12 [EDIT]
野生化インコが繁殖、地域おこしの担い手か農作物荒らす「害鳥」か
読売新聞2021年4月12日 インド南部やスリランカなどが原産の外来種ワカケホンセイインコが、前橋市内を拠点に20年以上にわたり野生化し、じわりと生息数を増やしている。愛らしい姿は繁殖地である同市元総社町の総社神社のご朱印に採用され、地域おこしに一役買っている。一方で、生息地では農作物を食い荒らす「害鳥」とされているため、専門家は「今後の推移には注意が必要」と警鐘を鳴らしている。
 「キャア、キャア」――。甲高い鳴き声が境内に響いていた。3月下旬の総社神社。満開に近づいた桜に10羽ほど集まり、鳴きながら花をついばんでいた。宮司の根岸義貴さん(58)によると、同神社では少なくとも1998年頃に境内で20羽ほどが繁殖し、現在では約30羽にまで増えているという。
 ワカケホンセイインコを見つけては指さし、撮影する参拝者の姿もある。昨年から販売を始めたつがいのインコを描いたご朱印は好評だという。
 日本鳥類保護連盟によると、ワカケホンセイインコは南国を想起させる全身の色鮮やかな黄緑が特徴で、尾を合わせた体長は30〜40センチになる。ペット用に輸入が始まったのは、1960年代。野生化は全国的に確認されている。
 寿命が30年と長いことから、飼育できなくなって捨てられたり、逃げ出したりした一部が繁殖したとみられる。現在は前橋のほかに東京、神奈川、埼玉を行動圏にするグループと、千葉市を中心とするグループの三つがある。
 同連盟の松永聡美研究員によると、前橋グループは総社神社の半径約3キロ圏を行動範囲にしているという。東京や千葉のグループとは距離が離れていることから、前橋周辺で野に放たれた複数の個体が繁殖した可能性が高いという。総社神社には営巣に適した高木のケヤキが多いことから、定着したとみられる。ただ、首都圏のグループに比べて調査が進んでおらず、詳しい実態は不明だ。
 ペットとして好まれる一方、インドなどでは害鳥とされている。現時点で国内での農業被害や生態系への深刻な影響の報告はないが、本来の生息域を越えることは生物多様性の観点からも好ましくない。松永研究員は「農業被害などのほかにも、騒音やふん害トラブルの懸念がある。今後の動向の把握が必要だ」と指摘している。
 夕刻になると一斉に同神社のねぐらに戻るワカケホンセイインコを迎える根岸さんは「ここへ来た経緯はよく分からないが、インコに罪はない。そっと見守っていきたい」と話す。
 同連盟では、目撃情報を募集している。問い合わせはメール(research@jspb.org)または電話(03・5378・5691)へ。
● イスラエル二分の一
マサムネ | URL | 2021/05/04(火) 09:26 [EDIT]
イスラエル、死海写本の断片 60年ぶり発見2021/5/4
 イスラエル考古学庁はこのほど、現存する最古の聖書写本として知られる「死海写本」の新たな断片を同庁の調査団が発見したと発表した。聖書の断片の発見は約60年ぶりという。当時を知る貴重な史料として注目されている。調査団はさらなる発見を目指し死海西部の砂漠で活動を続ける。
 考古学庁によると、見つかったのは羊皮紙の断片80点超で、最大のものは長辺が十数センチと手のひらほどの大きさ。「完全な正義を尽くせ」などと旧約聖書のゼカリヤ書の文章が書かれた断片もあった。一部の単語を除き古代ギリシャ語という。
 断片が見つかったのは、ローマ帝国の支配にユダヤ人が反旗を翻した「バル・コクバの反乱」(130年代)の際に、ユダヤ人が逃げ込んだとされる洞窟。調査団は、当時の人々の心情を読み解く第一級の史料とみている。
 調査団のエイタン・クライン氏は「避難したユダヤ人は、洞窟の外に世界最強のローマ軍がいる中で、ゼカリヤ書を手に祈るしかなかったのだろう。神の助けを待っていたと考えられる」と指摘した。
 考古物の違法盗掘が相次いでいるため、イスラエル考古学庁は2017年から砂漠に点在する洞窟を調査。写本のほか、コインなども見つかっている。(エルサレム 共同)
● イスラエル二分の二
マサムネ | URL | 2021/05/04(火) 09:33 [EDIT]
2700年前に姿を消した「ユダヤ人」たち
5/2(日)ブネイ・メナシェの子供たち=インド北東部マニプール州チュラチャンドプールで2021年3月、松井聡撮影
 イスラエルの失われた10支族――。約2700年前、イスラエルから忽然(こつぜん)と姿を消したとされるユダヤ人の部族のことだ。自分たちをその末裔(まつえい)だと信じる人々が、遠く離れたインド北東部に住んでいる。日本人のような顔つきの彼らは、ユダヤ教の教えを守って暮らし、悲願であるイスラエルへの「帰還」も進む。イスラエル政府もこうした人々を受け入れている。だが、そこにはある政治的な思惑が潜んでいるとの指摘もある 。
 ◇「イスラエルへの移住は幼い頃からの夢」
 インド北東部マニプール州チュラチャンドプール。第二次世界大戦中、多数の日本兵が犠牲になった作戦で知られる州都インパールから車で南へ走ること2時間半あまり。ミャンマーに近く、約27万人が住む同州第2の都市だ。日本人に似た顔つきのモンゴロイド系の少数民族が多く暮らす。自らをユダヤ人の末裔だと信じる「ブネイ・メナシェ」と呼ばれる人々も、その容貌は日本人に似ている。チュラチャンドプールを中心に、6000人ほどが暮らす。「ブネイ」はヘブライ語で「子供たち」の意味、「メナシェ」は「失われた10支族」のうちの一部族の名前だ。
 「イスラエルは祖先の土地であり、移住は幼い頃からの夢だった。イスラエルに着けば、これまでに感じたことがないほどの満足感と心の平穏が得られると思う」。ブネイ・メナシェのオハリアブさんは(37)は期待を膨らませていた。オハリアブさんは他の約560人とともに、数カ月以内の移住を目指して準備を進めている。
 ブネイ・メナシェのイスラエルへの移住は1990年ごろに始まり、これまでに約4000人が移り住んだ。イスラエル到着後は、移住者の社会への適応を助けるための施設「適応センター」で数カ月間、ヘブライ語や文化、習慣などの研修を受ける。またブネイ・メナシェはユダヤ教の教えを実践してはいるものの、イスラエル側から正式なユダヤ教徒としては認められていないため、イスラエル到着後に改めて改宗の手続きを踏むことになる。
 ◇ブネイ・メナシェとは
 では、ブネイ・メナシェとはどのような人たちなのか。旧約聖書によると、紀元前720年代、現在のイスラエルの辺りにあった「イスラエル王国」はアッシリア人の侵攻を受け、滅亡する。この際、この地に住んでいた10の支族の行方が分からなくなってしまった。これが「失われた10支族」だ。ブネイ・メナシェはこの10の支族のうち、「メナシェ(マナセ)族」の末裔だと信じられている。
 ブネイ・メナシェの歴史や地域の文化に詳しいハオキップさん(68)によると、この支族は数世紀かけてペルシャ(イラン)、アフガニスタンを経てチベット、中国と東に移動した。そこからビルマ(ミャンマー)に行き、インド北東部のマニプール州やミゾラム州にたどり着いたと伝えられている。
 話はそれるが、「失われた10支族」を調査するユダヤ人の間では、科学的な根拠はないが、日本人も「失われた10支族」の末裔だとする「日ユ同祖論」が信じられている。ブネイ・メナシェの人々もこの影響を受けて「日本人もユダヤ人の末裔」だと考えており、私が取材していた時も「日本人はなぜイスラエルに帰還しないのか」と聞かれることが度々あった。
 またアフガニスタンのイスラム原理主義組織「タリバン」の主流派であるパシュトゥン人も、失われた10支族の末裔だと主張する人もいる。
 話を戻そう。ブネイ・メナシェは人種的にはモンゴロイドで、民族的にはインドとミャンマーの国境地帯で暮らすクキ族やミゾ族、チン族に分類される。ブネイ・メナシェの人たちは「長年アジアで暮らしてきたためアジア人との混血が進んだ」と考えている。一方、これらの部族は伝統的にアニミズム(原初的な精霊崇拝)を信仰し、かつてはユダヤ人の末裔だという自覚もなかった。
 ◇DNAも「ユダヤ人」なのか
 転機となったのは英国がこの地を植民地支配した19世紀以降、ほとんどの住民がキリスト教に改宗したことだ。キリスト教の教えに触れる中で、クキ族やミゾ族などの中には自分たちがユダヤ人の末裔ではないかと考える人々が出てきた 。
 ハオキップさんによると、例えば、これらの部族の人々は自分たちのことを「マンマシ」と呼んでいた。この発音は「メナシェ(マナセ)」と似ていると解釈されている。また、伝統的に歌われている歌の中にはイスラエルに地理的に近い「紅海」が登場するほか、祭事などの習慣もユダヤ教と似ているという。インド紙ヒンズーによると、1950年代、これらの部族が住む地域の牧師が、イスラエルに帰還する夢を見たり、住民数人がイスラエルまで歩いて行こうとして当局に止められたりしたというエピソードが残っている。時間がたつにつれ、一部の人はユダヤ教の教えを実践し始め、「ブネイ・メナシェ」と呼ばれるようになった。
 だが、科学的にはブネイ・メナシェがユダヤ人の末裔だとは証明されていない。これまでに複数回、DNA型鑑定による調査が行われたが、いずれも末裔だとの結果は出なかった。2003年には当時のイスラエルの内相が「彼らはユダヤ人と何の関係もない」と発言したこともあった。こうした懐疑的な見方も根強く、移住プロセスが停止された時期もあった。
 一方、クキ族の中には、自らを「ユダヤ人の末裔」と考えながらも、一般的なユダヤ教とは異なる考えを持つ「メシアニック・ジュー」と呼ばれる人たちもチュラチャンドプールを中心に2万人程度いるとされる。メシアニック・ジューはインドだけでなく、米国などにもいる。ユダヤ教の一派を自任し、キリスト教と同様に、イエス・キリスト誕生後の神の啓示を記した「新約聖書」を聖典としている。このため、新約聖書を認めていないユダヤ教からは異端視されている。
 メシアニック・ジューはブネイ・メナシェとは異なり、イスラエルへの移住は認められていない。チュラチャンドプールにあるメシアニック・ジュー団体の幹部、リエンボイ・ガングテさん(39)は「イスラエルは我々にとっても祖先の土地だが、ユダヤ教に改宗しなければ移住できない。イスラエルに行きたいがために改宗する人も少なくない」と話す。
 ◇帰還を仲介するイスラエルの団体
 ブネイ・メナシェの男性に取材をしていた時のことだ。移住への期待を冗舌に語っていたが「どこの団体が移住を仲介しているのか」と聞いた途端、笑顔は消えた。言いよどんだ後、こう口にした。「いろいろと誤解があるかもしれないが、彼は我々のために努力していると思う」
 この男性が言う「彼」とは、米国出身のユダヤ人、ミハエル・フロイント氏のことだ。フロイント氏は、イスラエルのエルサレムに本部を置く団体「シャベイ・イスラエル」のトップを務める。実は私は取材前から、この団体とフロイント氏のことは把握していた。誰が仲介しているのか聞いたのは、この団体が本当に移住を支援しているのかを確認するためだった。だが男性の言動から、図らずもブネイ・メナシェの人々が、この団体やフロイント氏に関する、好意的ではない評判も耳にしているのだと感じた。
 そもそも移住支援は1990年ごろ、失われた10支族を調査するイスラエルの団体「アミシャーブ」が始めた。2000年代以降は、アミシャーブから独立したフロイント氏がシャベイ・イスラエルを設立し、支援を本格化させた。シャベイ・イスラエルは、親イスラエルのキリスト教福音派の支援も受けているといわれている。
 移住は、今では年に1回程度、数百人単位で行われ、イスラエル政府がその都度、承認する。シャベイ・イスラエルは、事前に移住希望者と面接し、選抜を行う。渡航費用を負担するほか、「適応センター」での研修、入植地の手配など移住プロセスのすべてを担っている。
 ◇透ける右派の思惑
 イスラエルの人口は約850万人で、このうちユダヤ人が約74%、パレスチナ人などアラブ系が約21%を占める。フロイント氏は2001年に地元紙エルサレム・ポストに寄稿したコラムで、イスラエルでユダヤ人の人口比率が下がり、少数派アラブ人の比率が高まっていると指摘したうえで、「人口統計が、ユダヤ人国家としてのイスラエルの将来における最大の脅威になるかもしれない。ユダヤ人の比率が減り続ければ、ユダヤ人国家としてのアイデンティティーに疑義が生じる」と主張した。
 さらに、「イスラエルは(海外からの)移住を推進しなければならないが、旧ソ連からの移民は枯渇し、西側諸国からの移民は期待できない。創造的なアプローチが必要だ。ブネイ・メナシェのような集団はとてもいい答えを提供してくれるかもしれない」と述べている。
 また、イスラエル紙ハーレツの複数の記事によると、ブネイ・メナシェの当初の移住地は、ガザ地区やヨルダン川西岸などのイスラエルの占領地にある入植地だった。イスラエルが建設したこれらの入植地は、国際社会から「武力で占領した土地に自国民を入植させるのは、国際人道法のジュネーブ条約違反だ」として批判されてきた。ブネイ・メナシェの中には、こうした特殊な事情を説明されないまま、移住した人もいた。
 シャベイ・イスラエルの手配でイスラエルに移住したブネイ・メナシェの男性によると、多くのブネイ・メナシェは15の地区に分かれて住んでいる。ガザ地区の近くなどロケット弾の攻撃にさらされるような町に住む人も少なくない。最近では、アラブ人の人口比率が高まっている北部への移住がほとんどだという。移住を待つブネイ・メナシェの男性は「移住先は選べると聞いている」と話す。だが、既に移住した男性は「イスラエルは民主主義国家のはずだが、移住先はシャベイ・イスラエルが決めた。自分たちでは選べなかった」と語った。シャベイ・イスラエルにはメールと電話で取材を申し込んだが、回答はなかった。
 イスラエルでは、とりわけ右派の政治家の間で、ユダヤ教徒の人口比率が下がり、アラブ人のイスラム教徒の人口比率が高まることに対する危機感が根強い。右派のネタニヤフ政権は2018年、ユダヤ人のみに民族自決権があることや、公用語からアラビア語を除外し、ヘブライ語のみを公用語とすることなどを定めた「ユダヤ人国家法」を成立させた。ネタニヤフ首相率いる与党リクードは入植活動を推進しており、地元メディアによると、フロイント氏もネタニヤフ氏と親しいという。
 ブネイ・メナシェで移住を待つ人は6000人程度に過ぎない。仮に全員をイスラエルに移住させたとしても、人口構成を大きく変えることにはつながらないとみられている。それでも、フロイント氏がブネイ・メナシェの移住を通じ、複数の地域で、ユダヤ人の人口比率をわずかでも増やそうとしている可能性がある。
 ◇移住をめぐる複雑な思い
 ブネイ・メナシェの中でとりわけ大きな問題となっているのが、移住に伴い家族が離れ離れになってしまうことだ。10年ほど前に移住した男性は電話での取材に、こう明かした。「家族の中でも、イスラエルへの移住に選抜される人と、そうでない人がいる。シャベイ・イスラエルによる移住者の選定過程は恣意(しい)的で不透明で不公平だ。家族が長期間にわたり離れ離れになるケースが非常に多い」。さらに、「フロイント氏は移住者の選定という権限を利用して、我々が彼に逆らえない状況を作っている。ブネイ・メナシェの指導者として、自身の政治的、社会的な立場を強めようとしている」と批判する。
 また既に移住した女性は「フロイント氏はブネイ・メナシェというコミュニティーを意のままに動かそうとしている。イスラエル政府ではなく、民間団体が移住プロセスを担っていることも問題だ」と憤る。
 一方で、移住したブネイ・メナシェの中には、ITなどの先端産業や英語教師などとして活躍する人もいる。複数のブネイ・メナシェの友人がイスラエルに移住したというメシアニック・ジューの男性は「宗教だけでなく、良い仕事に就けるなど経済的な理由で移住を望む人も少なくない」と話す。
 だが、賃金が比較的低い農業従事者や工場労働者として働く人も少なくない。ハーレツ紙によると、ヘブライ語がうまく話せず、社会への適応に苦労する人もいる。貧困やアルコール中毒が問題化しているとの報道もあるほか、容姿の違いなどから差別を受けることもあるという。
 3月中旬、夜の帳(とばり)が下りたチュラチャンドプール。街で最も大きなシナゴーグ(ユダヤ教会堂)には続々と人々が集まり、祈りの書物であるシッドゥールを熱心に読んでいた。この日は金曜日。ユダヤ教では金曜日の日没から土曜日の日没までが安息日(シャバット)となる。集まっていた人々は、早ければ数カ月以内にイスラエルに移住するという。話を聞いた全員がイスラエルへの移住を心待ちにしていた。
 ブネイ・メナシェの人々が、「祖先の土地」への移住を強く望んでいるのは間違いない。一方で、移住後のブネイ・メナシェの中には、家族離散などへの不満を口にする人も少なくなかった。透明性のある移住のプロセスと、移住後に起きている問題の解決を図ることが必要だと感じた。【ニューデリー特派員・松井聡】
● フランス国立図書館所蔵敦煌チベット語文献
マサムネ | URL | 2021/05/04(火) 10:12 [EDIT]
フランス所蔵の敦煌古代チベット語文献、完全版を初めて出版
2021年1月18日フランス国立図書館と中国の西北民族大学(Northwest Minzu University)、上海古籍出版社が15年かけて共同編集した「フランス国立図書館所蔵敦煌チベット語文献」がこのほど、初めて完全な形で出版された。同書の編集責任者を務めた西北民族大学の才譲(ツァイラン)教授によると、文献は35冊からなり、文献の整理番号は3174に上る。高画質の写真や図版2万8千点余りも収録している。これら7~10世紀の古代チベット語文献には、仏教経典や歴史書、契約書、法律の条文、私信など多くの内容が含まれており、吐蕃(とばん)が敦煌を統治していた時代の社会・経済活動や民族・文化交流の歴史を反映している。敦煌莫高窟で1900年に発見された「敦煌文書」は5~6万点に及ぶ。うち、古代チベット語の文献は1万点以上あり、漢文文献に次ぐ量となっている。敦煌文書の多くは海外に流失し、主にフランスと英国、中国で保存されているが、チベット語文献はフランス国立図書館に集中している。今回影印出版された敦煌古代チベット語文献は、中国語とチベット語の2言語で改めて目録が作られた。才譲氏は、フランスで1970年代に同国にある敦煌古代チベット語文献の選集が出版されたことがあるが、整理番号順の完全版の刊行は今回が初めてであり、敦煌学やチベット学の研究を推進する役割を果たすと述べた。
● 新刊
マサムネ | URL | 2021/05/04(火) 13:37 [EDIT]
【BOOK】人間味あふれる日本がウイグルを救う 『在日ウイグル人が明かすウイグル・ジェノサイド―東トルキスタンの真実』2021.4.25
中国による新疆ウイグル自治区のウイグル族への人権弾圧が多く取り沙汰され、過去に例をみないほど、国際社会の注目を浴びている。著者は、日本在住のウイグル人講師であるムカイダイスさん。いまだウイグルへの理解に乏しい日本人に一石を投じようと「入門書」をしたためた。故郷への思いや、中国によって強制収容所の惨状などを伝え、日本人に強く共闘を訴えかけている。 文・海野慎介
◇ --米政府が今年1月に中国による人権弾圧を「ジェノサイド」(民族大量虐殺)と認定するなど、ウイグル人が注目されています。執筆のきっかけは何ですか。
 「日本に来てからウイグルの状況を日本国民に総合的に伝える一つの入門書がないことに違和感を覚えていました」
 ◆入門書で現状を
 --現在の新疆ウイグル自治区(東トルキスタン)は、18世紀まで独立国家で清朝の時代に植民地化に入ったとされます。その後も独立も試みられましたが、圧政への道は阻めませんでした
 「清朝であれ、国民党であれ、共産党であれ、ウイグル族が侵略政権を認めたことは1回もありません。ずっと『魂』の部分で戦ってきました。1933年と44年に2回独立を勝ち取りましたが、戦後に独立政権首脳が搭乗する航空機が突然、事故に遭いました。リーダーの不在が知らされぬまま、ウイグルに解放軍が入り、知らされた4カ月後には、ウイグル人はすでに身動きがとれない状況だったのです」
 --メディアで耳にする「少数民族のウイグル族」という表現にも違和感を覚えたようですね。
 「世界ウイグル会議の調査で、ウイグル人は2000万人程度いるとされます。『新疆ウイグル自治区の少数民族』といわれますが、マスメディアが中国の基準で報じていることが不思議でした。現地では中国人こそ少数民族です。調べられることもなく、中国の言い分が通ることに対し、思っていることを書こうと思ったのもきっかけです」
 --メディアでも強制収容所の様子が伝えられるようになりました。本書でも目を覆うような出来事が紹介されます
 「私は文中に出て来る収容された人たちのほとんどと話したことがあります。若くてきれいな女性を連れ出しては、中国人の客を相手にしたビジネスとしての性的虐待や臓器売買なども聞かれます。築いてきた文明に対する野蛮な攻撃です」
 --交友のあった方に、心配されていることもあるようですね
 「私が親しくしている新疆大学の世界的にも高名な民俗学の教授がいました。先生は3年前から行方不明なんです。日本のウイグル学者とも交流していました。米国の研究者は『世界のためにもなる学者を解放すべき』『再教育と称して何を教えるんだ』と声を挙げましたが、日本の学会からは声が聞こえてきません」
 --ウイグル人と日本人には通じ合うものもあるといいます
 「トルコ民族は、ずっと日本が好きなんです。大和魂の部分や、トルコ民族とイスラム教と対立が過去にないからです。イスラム世界の価値観を、日本は根本的に認めて許容してくれている。ウイグルからは38年に東トルキスタンの将軍も来日しています。一緒に来た兄弟の墓も多磨霊園のムスリム墓地にありますが、東トルキスタンの青天星月旗が据えられているのに感激しました。故人を大事にする文化も、われわれが日本を敬う一つの要素です」
 ◆世界発信が重要
 --日本に求められるウエートも高いですね
 「49年の共和国侵略で、『新疆ウイグル自治区』になりました。中国は日本から過去に『侵略された』と騒ぎますが、日本はなぜ、『それならばウイグルはどうなんだ』と主張できないのでしょうか。イスラーム圏で、日本は中立的で信用されています。日本がウイグル問題を世界に発信するのは重要です」
 --危機に立つウイグル文化ですが、詩を読んでも魅力が尽きません。
 「人間の尊厳や大地への愛をうたう文化です。日本の文化と本質は似ていると思います。また、いかなるときでも政治や国家の玩具にならないよう自らを戒めてきた文学です。たった70年の共産党支配は、人間をモノ扱いにします」
zakzak 今日の注目!
 --日本人にも応援を望む人はいます。できることはあるのでしょうか
 「ウイグル語を大学で教え、ウイグル文学を日本で残せるよう応援してほしいです。これは日本でもできるはずです。ウイグルが直面する問題から、目をそらさず、言語、文化の面で助けてほしい。人間味のある日本こそ、何よりも中国が恐れる存在なのです」
 ■『在日ウイグル人が明かすウイグル・ジェノサイド―東トルキスタンの真実』(ハート出版・1540円)
 自身の生い立ちなど自叙伝的要素から始め、過去に独立国家を樹立していた東トルキスタンの歴史や、中国の領域下「新疆ウイグル自治区」の政治、戦前日本との意外な関係など、ウイグル人の肉声が生々しい。知識を深めたい人の入門にもなる。現在、国際情勢でも重要な課題となり、欧米諸国が糾弾する強制収容所に入ったウイグル人同胞を個別に取り上げながら、拷問や暴行など各自が受けた弾圧の実態がリアリティーを持って語られる。最終章では著者が専門とするウイグルの詩も紹介され、日本人と感性の近い、東洋が生んだ華麗な文化の一端に触れることもできる。■ムカイダイス ウルムチ出身のウイグル人。千葉大学非常勤講師。上海華東師範大ロシア語学科卒業後、来日し、神奈川大歴史民俗資料学研究科博士課程修了。元放送大学面接授業講師、元東京外国語大学オープンアカデミーウイグル語講師。世界文学会会員。著書に『ああ、ウイグルの大地』、『ウイグル新鋭詩人選詩集』(左右社出版、2冊とも河合眞共訳)などのほか、訳書も多数。ウイグル語訳も手掛けるほか、ウイグル語のネット雑誌『探検』にて詩や随筆を多数発表している。
● 新 刊
マサムネ | URL | 2021/05/05(水) 08:28 [EDIT]
卑弥呼とよばれた少女
森山 光太郎
株式会社朝日新聞出版, 2021/03/05 - 250 ページ
王家の血を継ぐ15歳の少女、翡翠命は卑弥呼となることを決意する。「唯一を望む者(御真木)」と「唯一を望まねばならぬ者(翡翠命)」、そして「唯一である者(曹叡)」の欲望と信念が交差し、新たな時代の幕開けを描く。
新卒1カ月で退社、卑弥呼の物語描く 最年少で小説大賞2019年6月10日
朝日時代小説大賞は、第一〇回での休止が発表された。最年少の二七歳で最後の受賞者となった、第10回朝日時代小説大賞を最年少で森山光太郎さん(27)が受賞した。受賞作「火神子(ひみこ) 天孫に抗(あらが)いし者」は、15歳の卑弥呼が主人公の古代史ロマン。作家を目指していたころ、「1分でも時間を無駄にしない」と決めた森山さんがとった行動とは。
「小説家として生きのびていけるのだろうか」。受賞の連絡を受けた時、喜びよりも将来を見据えた不安の方が上回った。
● 赤橿
マサムネ | URL | 2021/05/05(水) 11:22 [EDIT]
諭鶴羽神社ご案内
諭鶴羽神社・諭鶴羽古道を守る会 〒656-0551 兵庫県南あわじ市灘黒岩472番地090-3990-5334 Fax0799-56-0315 E-mail:yuzuruha@f4.dion.ne.jp
「アカガシの森」寄付金のお願い
アカガシの森を助けて下さい。
経過:昨年暮れの12月13日、羽生選手のファンで樹木に詳しい参拝者の方からアカガシの1本の樹木から出ているフラス(木くず)を見つけられ、カシノナガキクイムシの食害「ナラ枯れ」の心配ありと教えていただきました。さらに後日メールも頂き、樹木医の診断を進められました。諭鶴羽神社のアカガシ群落は、兵庫県指定の天然記念物であることから、市の教育委員会に相談、樹木医宗實久義氏を紹介していただき、2月5日に簡単な調査を行いました。結果、カシノナガキクイムシの食害によるものであることが確認されました。この時点では、4本の被害が確認されたのですが、樹木医より全数の調査を進められ、南あわじ市教育委員会のはからいで、県森林組合の協力も得て3月25日に全てのアカガシを調査しました。調査結果は、アカガシの樹木は、全部で380本あることがわかり、その中で84本が被害にあっていることも確認できました。さらに、30本が深刻な被害を受けていることが確認されました。
虫害への対処法は、いくつかあるのですが、樹木医と相談の上、一番有効で安全な対処法である粘着シート「かしながホイホイ」を巻き付けカシノナガキクイムシを捕獲してしまう方法をとることにしました。そこで、地域の方々で作る「諭鶴羽古道を守る会」のメンバーに対処法を、4月10日に樹木医宗實久義氏を講師に研修を行い今後の施術に備えることとしました。28名が参加、対処法を研修しましたが、今回は、急であるので、確実に「かしながホイホイ」を施工、治療するために作業になれた兵庫県森林組合、ひょうご森づくりサポートセンター山田裕司氏の協力を得ることとしました。
諭鶴羽神社のアカガシは、推定樹齢300年を超えるものも多数あり、根回りも太く、また、どの樹木も20m程度又はそれ以上あり、兵庫県では一番の原生林の森であり、全国的にも貴重な自然のままの森であると評価されています。諭鶴羽神社がご鎮座し、神社の神域の森であったためにどの時代も大切に守られてきた証でもあります。この貴重な森を次代に確実に継承したいと考えております。南あわじ市様、兵庫県様より補助金を頂くようになっておりますが、樹木が大きく、かつまた、広大な面積の被害ですので全然足りないので、どうか、このアカガシの森を未来へ残すために、本当にわずかで結構ですから、ご寄付をお願いします。取り急ぎお願い申し上げます。(随時、状況に応じて更新していきます。)
今回は、前述の通り森林組合の方々が、5月19日に作業を行ってくれます。ので、作業の協力のお願いは、今後お願いすることにし、協力として寄付金のお願いを皆様方にお願いします。メールにて、メッセージだけでも嬉しく思いますので、メッセージもあわせてお寄せください。

下記口座へお振込みしていただくか、下記住所へ現金書留にてお願いします。
最後になりましたが、諭鶴羽神社にお心寄せて下さいましてありがとうございます。1本も枯らさない覚悟で「アカガシの森」を守りたいと思います。どうか、諭鶴羽神社の「アカガシの森」に皆様方の温かいお気持ちをお寄せ下さい。  宮司

口座振込
あわじ島農業協同組合 阿万支所
店舗番号 7373-016
JAバンク   普通貯金
口座番号  3960375
諭鶴羽神社(ユヅルハジンジャ)

現金書留
656-0551
兵庫県南あわじ市灘黒岩472
諭鶴羽神社 宛

ご由緒 
古く『国生み神話』で知られた、伊弉諾尊、伊弉冊尊さまを奥ノ院にお祀りし、本社には、伊弉冊尊を主神に、速玉之男尊、事解之男尊の三柱の神様をお祀りしている。
神代の昔、夫神の伊弉諾尊さまと共に、はじめて夫婦の道をひらき給い、日本の国土を修理固成(つくりかためな)され、多くの神々を生み給うた『母なる神様』である。古来、五穀豊穣、水源守護の神であり、日本の産業の振興の神様として、また縁結び安産、夫婦和合、家内安全の神様として広く崇敬され、源平の昔からお宮の灯りは燈台がわり、古道には道中の安全を見守るお地蔵さまが、海陸交通安全の神様である。

社伝によると、およそ2150年の昔第九代開化天皇の御代に伊弉諾、伊弉冊の二柱の神様が鶴の羽に乗り給い、高天原に遊びたもうた。狩人が鶴の舞い遊ぶのを見て、矢を放つ。羽に矢を負った鶴は、そのまま東の方の峰に飛んでかくれた。狩人その跡を追って頂上に至るとカヤの大樹があり、その梢にかたじけなくも日光月光と示現したまい
『我は、伊弉諾、伊弉冊である。
国家安全・五穀豊穣成就を守るためこの山に留まるなり。これよりは、諭鶴羽権現と号す。』
と唱えたまうた。狩人、涙を流し前非を悔い、その罪を謝し奉り、弓矢を捨てその地を清め大工を招き一社を建て神体を勧請し奉る。狩人、権現の社を受領して庄司太夫と号し一生神に仕えたりという。

また、別に西天竺の霊神が第十代崇神天皇の御代に五つの剣を東に向かって投げられ、
『我が縁のある地に留まれ』
と誓い給うた。
一は、紀伊国、熊野三山に
一は、下野国、日光山に
一は、出羽国、羽黒山に
一は、豊前国、英彦山に、そして、
一は、淡路国、諭鶴羽山に、留まったと伝えられる。

また、熊野権現御垂迹縁起によるとその昔、甲寅の年、唐の天台山の霊神が、九州筑紫国、英彦山の峰にご降臨され戊午の年、伊予国、石槌の峰に渡られ甲子の年、淡路国、諭鶴羽の峰に渡られた後、庚午の年、熊野新宮、神蔵の峰に渡られた云々・・・と伝えられる。

ともあれ、その創建は遠い昔のことであり、自然崇拝、山岳信仰に始まり平安時代に修験道が盛んになるにつれ、この山も前記の山々と共に神仏習合体としておおいに繁盛、山一帯に二十八宇の大伽藍を建て、熊野権現と並んで修験の霊場として栄え熊野権現元宮、熊野本宮と称えられた。
その、御神威は京の貴族社会にまで知られていた。
『峰は ゆづるはの峯
阿弥陀の峯
弥高の峯
枕草子 第十二段 
惜しいことには、五百有余年前(康正二年)戦乱のため兵火にかかり全山焼亡。天文年間に美作城主(岡山県)の助力を得て十八宇を再興したが又々、天文十八年六月九日兵火にかかり(石川紀伊守の乱)焼亡衰微した。
乱世の世の中にあってはもはや再興の望みなきにより、のちの平和な世に望みをたくして、美作住人乗蔵らが再興祈願および再興の資料として各社堂、神仏を碑石に刻して後世に残したるものが奥宮十二所神社に安置してある天文二十一年銘の碑石群である。
天正九年十一月二十一日豊臣秀吉当社に参拝し、承応年間に藩主蜂須賀公が平癒祈願、徳島城鬼門鎮護のため、本殿、拝殿、末社二社を再建された。また、本殿横西側に、神仙寺観音堂も合わせ祀られていたが、明治初年の神仏分離令で山下の灘黒岩に遷された。
● 魔女狩り?
マサムネ | URL | 2021/05/05(水) 20:52 [EDIT]
フィンランド元内相、性に関する聖句のSNS投稿などで計6年の禁錮刑に直面2021年5月3日
性に関する聖句をSNSへ投稿したことなどで、ヘイトスピーチなどの罪で起訴されたフィンランド元内相のパイビ・ラサネン議員(写真:ADFインターナショナル)
フィンランド元内相の女性国会議員が、SNSやテレビ、パンフレットで、結婚や性に関する意見を述べたことで、ヘイトスピーチなどの罪で起訴され、計6年の禁錮刑に処せられる危機に直面している。
オーストリアに拠点を置くキリスト教法律団体「ADFインターナショナル」の声明(英語)によると、フィンランドの検事総長はこのほど、同国の国会議員であるパイビ・ラサネン氏(61)を3つの事件で起訴することを決めた。検察が起訴したのは、2004年のパンフレットにおける記述、18年のテレビ番組での発言、19年のSNSへの投稿に絡む計3件。ラサネン氏は、これら3件について2年前からヘイトスピーチなどの疑いで警察から捜査を受けていた。検察はこれら3件について、各2年計6年の禁錮刑を求刑している。
1995年から国会議員を務めているラサネン氏は、2004年から15年までは同国の「キリスト教民主党」で党首を務め、11年から15年までは同国の内相だった。フィンランド福音ルーテル教会(ELCF)に所属するキリスト教徒で、医学の博士号を保持しており、5人の子どもの母であり、6人の孫の祖母でもある。
ラサネン氏は、「自分の宗教的信念を表明することで投獄されることは受け入れられません」とし、「私は、誰かを脅したり、誹謗中傷したり、侮辱したりするという罪を犯したとは思っていません。私の発言はすべて、結婚と性に関する聖書の教えに基づいています」と訴えている。
「他の誰もが信教の自由と言論の自由を奪われないように、自分の信仰を告白する権利を守ります。私の表現は合法であり、検閲されるべきではないという見解を私は持っています。私は自分の意見を撤回しません。脅されて自分の信仰を隠すこともありません。クリスチャンが物議を醸すようなテーマに沈黙すればするほど、言論の自由の場は狭まっていきます」
問題とされているSNSの投稿は、ELCFが、同国のLGBT(性的少数者)権利擁護団体「SETA」が主催する「ヘルシンキ・プライド2019」の公式パートナーになったことに疑問を投げ掛けるもの。ラサネン氏は、フェイスブックやインスタグラム、ツイッター(いずれもフィンランド語)に同様の内容を投稿し、新約聖書のローマ信徒への手紙1章24~27節の部分を写した写真を添えていた。この聖書箇所には次のように記されている。
そこで神は、彼らが心の欲望によって不潔なことをするにまかせられ、そのため、彼らは互いにその体を辱めました。 神の真理を偽りに替え、造り主の代わりに造られた物を拝んでこれに仕えたのです。造り主こそ、永遠にほめたたえられるべき方です、アーメン。それで、神は彼らを恥ずべき情欲にまかせられました。女は自然の関係を自然にもとるものに変え、同じく男も、女との自然の関係を捨てて、互いに情欲を燃やし、男どうしで恥ずべきことを行い、その迷った行いの当然の報いを身に受けています。(ローマ1:24~27)
また18年のテレビ番組は、司会者がラサネン氏の自宅を訪問し、ラサネン氏の個人的な信念を含め宗教的な事柄について話し合う内容だった。ラサネン氏は19年のラジオ番組で、このテレビ番組で話した内容について語っており、それによると「イエスは同性愛者についてどう思うか」というトピックに対してコメントしたという。
また04年のパンフレットは、ラサネン氏が当時、ELCFの性に関する教えについて自身が概説する内容だった。ラサネン氏は、結婚や安楽死、中絶などに関して、ELCFの指導者らよりも保守的な立場で知られており、論争の的になることは珍しくないという。

マサムネ | URL | 2021/05/06(木) 04:19 [EDIT]
「独立しない限り、弾圧なくならない」 中国逃れたウイグルの男性 新宿で抗議3/12(金)
行方が分からない家族の写真を印刷したプラカードを抱え、抗議するハサンさん=2020年11月、東京・新宿
 東京・新宿の街頭で、中国政府による人権弾圧が行われている新疆ウイグル自治区から2カ国を経て、日本に逃れてきた男性が抗議活動を続けている。現地の家族は当局に拘束されたまま、今も行方が分からない。「ウイグル人が独立しない限り、弾圧は永遠になくならない」。男性はそう訴える。(共同通信=上松亮介)
 ▽中国語の罵声
 昨秋、買い物客が行き交うJR新宿駅西口で抗議の声を上げていたアブドゥルラフマン・ハサンさん(45)。母(71)と妻(24)、長男(6)、長女(5)の写真を印刷したプラカードを両腕に抱え「これが弾圧の結果だ。家族、仕事、すべてを奪われた」と通訳を通じ訴えた。他の在日ウイグル人らと毎週土曜日に続けてきた抗議は約1年にわたる。新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言が出されている間は中断しているが、宣言解除後はまた街頭に立つつもりだ。
 ハサンさんは100万人以上ともされるウイグル人が正当な理由なく収容施設に送られたと主張、新疆ウイグル自治区に当たる地域で1944年にウイグル人らが樹立した「東トルキスタン共和国」の再興を訴える。チベットなど他の民族も抑圧的に統治してきた中国政府が最も敏感に反応するいわゆる独立運動だ。
現在も連絡が取ることができないハサンさんの母や兄弟が映った写真。2016年8月に親族で集まった際、遊園地で撮影された。皆、カメラに笑みを浮かべているのが確認できる
 ハサンさんのそばで東トルキスタン共和国の真っ青な旗を掲げていた自営業の30代ウイグル人男性によると、抗議活動中には中国人とみられる通行人から中国語で「おまえらはテロリスト。受けている仕打ちは当然だ」と罵声を浴びせられ、もみ合いに発展したことも。取材した昨年11月21日には警視庁公安部の男性警察官が離れた距離で周囲を監視。警察官は「何かあるとだめですので…」と言葉少なに話していた。
 ▽暗転
 ハサンさんは新疆ウイグル自治区カシュガルで、リンゴやブドウを周辺の中央アジア諸国に輸出する貿易会社を営んでいた。「17歳から路上で果物を売り歩き、成り上がった」と抗議活動中は笑み一つ浮かべなかった彫りの深い顔をほころばせる。だが、順風満帆だった暮らしは2014年ごろから変わり始めた。親交があった地元の共産党幹部から「過激派対策を名目にウイグル人を収容する計画がある」と聞き、当初は半信半疑だったものの、実際に会社員の友人らが次々と拘束された。
当時は独立運動などに関心はなく「言動に気を付けてきた自分は大丈夫だろう」と考えていたが、17年1月のある日、イスラム教の集団礼拝から帰ると、自宅周辺に公安当局の職員らしき4、5人の姿が。「いよいよ自分にもやってきた」と危険を感じ、妻と子どもは安全だろうと一人隣国キルギスの首都ビシケクに逃れた。
現地で当局の動向を見極めるつもりだったが、人づてに妻や子どもを含め親族10人以上が拘束されたと耳に。だが、この情報を教えてくれた共産党幹部の連絡もしばらくして途絶えた。さらに中国と経済連携を強めるキルギスが亡命してきたウイグル人を強制送還していることを知り、半年もたたず居を移すことを決めた。
▽安息の地
次の逃避先は宗教、民族的に近いウイグル人を多数受け入れてきたトルコの最大都市イスタンブール。貯蓄を取り崩しながら生活し、東トルキスタン共和国としての独立を街頭で訴え始めた。だが、自国内にクルド人の分離独立運動を抱えるトルコの当局を刺激したのか、活動をやめるよう執拗に警告されたという。
そんな折に在日ウイグル人の招待を受け、18年11月に東京でのウイグル支援集会に出席するため来日。多くの参加者から受けた励ましに感激し、そのまま日本で暮らすことに。
難民申請は認められていないものの、就労可能な在留資格「特定活動」を取得。現在は千葉市内のトルコ料理店でアルバイト店員として働いている。ハサンさんは新宿での活動が許可を受けた上で続けられていることに触れ「いつか日本のように、誰もが普通に声を上げることができる祖国を持ちたい」と話した。
▽取材を終えて
ウイグル人は中国新疆ウイグル自治区を中心に1千万人以上が暮らし、大多数がイスラム教徒だ。古代の東西交通路「シルクロード」の一部として栄えたこの地に先住し、詩や踊りを愛するなど独自の文化を育んできた。ハサンさんは「ウイグル人と中国人に共通点はない。食べる物や言葉、宗教、顔、何もかも違う」と眉をひそめる。
長年、中国政府による抑圧的統治に耐えてきたウイグル人にとって、もはや我慢の限界と言えるだろう。家族を思い、仕事に生きてきたハサンさんの人生をこうも変えてしまった中国の弾圧の峻烈さに憤りがこみ上げた。
● グレた?
マサムネ | URL | 2021/05/07(金) 06:45 [EDIT]
フランス、伊国境で保護者のいない子供を継続的にプッシュバック
フランス国境警察は国際法やフランスの法に違反してイタリア国境で保護者のいない幼い移民の子供達を押し戻している。
06.05.2021
ヒューマン・ライツ・ウォッチから出された声明では、イタリア国境で任務に就いているフランス国境警察が毎月18歳以下の保護者のいない子供数十人をフランスの法や国際法に違反して押し戻していると明かされた。声明では、警察がこのために子供達が報告したのとは異なる年齢または生年月日を公式文書に記入し、またフランスで亡命を申請する権利があることを明かさずに幼い子供を連れた家族も押し戻していると述べられた。このプッシュバック(押し戻し)の大部分はフランスのマントンとイタリアのヴェンティミーリアの間で発生していると指摘された声明では、フランス政府はプッシュバックがフランスの法や国際法に違反していることに関して過去に何度も警告を受けていると強調された。また、国境拘禁センターは最低限の人権基準を満たす必要があると指摘された声明では、保護者のいない子供や子供を持つ家族はここで拘束されるべきではないとされた。

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