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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2021/02/11(木)   CATEGORY: 未分類
ダライラマ即位の年のお正月
今年のチベットの正月(ロサル)一日は西暦で2月12日。今年は旧暦の正月と同じ日であるが、チベット暦は閏月の入れ方が旧暦と異なるのでずれる時は一月くらいずれることもある(写真はチベット人のおうちで作られるお正月のお供え)。
正月のお供えチベットは今年新しいシキョン(首相)が選ばれる変革の年である。願わくばそれがよい方に向かう変化であってほしい。


 チベットの伝統的な社会では一年を通じてカラフルな祭りが行われていたが、中でもお正月のそれは非常に盛大であり、この世にあるすべての命あるものの平和と安楽を21日かけて国をあげて祈りたおす
 その名もムンラムチェンモ(大祈願祭)である。

 この期間、社会は敬虔な雰囲気に包まれ、チベット的な感性がもりあがるため、中国の支配に抗議してのチベット人の過去三回の大蜂起は三回ともこのチベット暦正月の期間に起きている。ダライラマ亡命の契機となった1959年のチベット蜂起、ダライラマの平和に関する五項目の提案が契機となった1988-89年の蜂起、そして北京オリンピック開催が契機となった2008年のチベット人蜂起の三回である。

 このため中国政府はチベット人の蜂起を警戒してチベットのお正月にはチベット人を一段と厳しく取り締まるため、かつてのようなムンラムのもりあがりは中国支配下のチベットからは見いだすことはできない。
 では「インドのチベット人居留地で行われているお正月の雰囲気をお伝えしましょう」と云いたいところですが、どうせならチベットがまだ中国の支配下に入る前のお正月を紹介しちゃいましょう。現ダライラマ14世の即位式に参加したイギリス人ベイジル・グールド卿(の目撃したチベットのお正月である。

ベイジル・グールド卿(Sir Basil J. Gould, 1883-1956 )は英領シッキム政務官として、ダライラマ14世の即位式に参加するため1940年1月から6月にかけてチベットの都ラサに滞在した。1940年に行われたダライラマの即位式はチベット暦のお正月(西暦二月九日)に合わせて行われたので、この時の記録には伝統的なチベットのお正月の雰囲気がよく描写されている。以下はグールドが1941年に記した『ダライラマ14世(1935-)の探索・認定・即位に関する報告書』 からお正月関連の描写を引用したものである。

・王座への帰還

チベット暦正月というのは、年中行事として旧年の厄を払いが行われて新年を寿ぎ、二十一日間に亘る大祈願会が開催され、伝統的な華麗な式典とともに宗教儀礼が行われる時期であり、いつも何万という僧や巡礼者や地方の人々が〈12a〉ラサに集まってきて、そのためラサの人口が三、四倍にふくれあがる時期でもある。チベットの二月は、確かに寒くはあるが、チベットでは三回来ると言われている最も厳しい寒波の季節は一月の終わりごろにはもう終わっており、収穫と脱穀は終わったが耕作を開始するにはまだ早いし、羊の群れもあまり面倒を見る必要はないという時期なので、チベット人たちにとっては休日とするのにふさわしい時期なのである。またダライ・ラマ十三世はこの時期にいつもノルブリンカからポタラ宮へと数週間ほど居を移していた。そしてこの時、どこで正月を過ごすチベット人もみな、黄金の王座のことを考えていたのである。それゆえこうした多くの利点からしても、またすべてのチベット人の幸福のためにも、チベット政府としてはチベット暦一月こそが最も吉祥な日程であるとして、ダライ・ラマがポタラ宮に入り、歴代ダライ・ラマたちの王座に登る日として宣布したのである。

旧年の厄払い

[西暦]2月7日、ラサの住人とチベット全土から集まった訪問客の群衆は、ラサにいるイギリス人、中国人、ネパール人その他の外国人といった大勢の人々と一緒になって、旧年の厄払いをする年末恒例の儀礼(dgu gtor)を見に、ポタラ宮の中庭を囲む屋根や回廊に詰めかける。同様に{そこに集う者として}、煌く香炉、シンバル、金色の太鼓を携えた約100人の僧侶、仮面をつけた福の神である「和尚」と小坊主(ha phrug)の一行、黒帽を被った踊り子と、その他終日の儀礼に参加する大勢の人々が、ポタラ宮の内奥から伸びる急な〔石の〕階段を順に駆け下りて〔石畳の〕内庭に入る。中央の階段を用いてよいのはダライラマと和尚だけである。その上方には、主殿に沿って高さ100フィートの壁があり、その壁には三列四段となる数の張り出し窓とバルコニーがはめ込まれ、窓はそよ風にゆらぐフリル状の絹布と極彩色の服で飾られている。最上階の中央には、ミイラ化された故ダライラマの遺体が、その黄金の祠が完成するまでの間安置されていた小さい集会殿があり、その外側に{次のダライラマのものとなる}まだ誰もいないバルコニー席がある。<14a>その右は摂政であるが、彼はほぼいつも薄い黄金の帳(dar sang ser po)の後ろにいるので姿を見ることはできなかった。これ以外〔の部屋〕に、内閣、僧侶、俗人官吏といった様々な位の人々が身分に従って座っていた。内閣の隣にいるダライラマの家族の座所に、大勢の人々(見物人)が目を向けた。ダライラマの家族は初めて体験するチベットの大規模なページェントに興味津々のようであった。

・正月

2月9日(チベット暦元旦)、外国人の中では英国使節だけが、ポタラ宮の大集会殿で催される新年の仏教的な祝賀に立ち会うことを特別に許された。彼らは空席になっているダライラマの王座に絹のカターを捧げ、それから摂政と宰相にも〔全員が〕贈呈し、供された儀礼的な茶と食べ物を食した。他の国の者たち (使者)は、次の日の仏教色のより薄い儀式(恒例の謁見)に参加した。こうして数日間にわたり、新年の祝賀は慣例に則って執り行われていった。(後略)

・即位式

(前略)
しばらく通常の新年の儀式が続いた。三が日には、初日にポタラで行われる宗教色の濃い新年の儀式、二日目に行われる世俗色の濃い新年の儀式、三日目に政府〔僧俗官僚すべて〕による国家神託官ネチュン〔護法尊〕の訪問などがある。これに加えて、ラサの各家庭で新年は我々のクリスマスを思い起こさせるような形式と精神で私的に祝われる。それ以外の日は裸馬の競馬、力比べ、封建時代の武者行列、弓術などの形で、古いしきたりが維持され、多くの宗教的・半宗教的な新年の儀(政教一致の娯楽)がある。

これらの内もっとも印象的なのは、チベット暦の正月15日と<25b> 25日頃に開催されるものだ。15日の日、厳格な儀式である祈願会の日々から一息ついて、街はリラックスした喜びに包まれる。一周約半マイルの大聖堂(釈迦像を祭るジョカンのこと)の環状巡礼路(bar bskor )のぐるりには、バターをこねて作られたカラフルな様々な意匠をくっつけた巨大なミラミッド型の構造物がたてられる。〔夕方〕満月が上ると、群衆が聖なる建物のまわりに押し寄せてくる。

日没後一時間で摂政がダライラマの両親と親族をともない、(p.97) 兵隊を前後に従えて、これらバター細工を子細に観覧するのが見受けられた。群衆は軍隊が整列した道におしよせ、警護僧は群衆をかきわけて道を作る。道は召使いのもつ長い棒の先にくくりつけられた油壺のかがり火(gsal byed dpal 'bar)に照らされている。

もっとも人気のある飾り細工には褒美がだされ、受賞したものはトランスに入った国家神託官などの姿が「ジュディ & バンチ・ショー」*1 のようになったものであった。

〔その夜〕警護僧の努力にもかかわらず、摂政が巡礼路を一周するのに一時間半もかかった。それから帰路についた。何年も昔の「マフェキングの夜」*2 に感じた喜びと賑やかな楽しみを思い出しながら、寒さや騒がしさに耐えられない子馬にのって、満月に近い光に照らされ、大地には灯明の光がきらきら輝く中、信じられないほど青い星空を背景にしてたたずむポタラ宮の前を通り過ぎた。

 正月の25日、会場は大聖堂の外庭となる。行事は、チベットに向けられる悪しき影響力や意図を覆すこと、そして、祈願会の行われる20(21)日間 、デプン大僧院の僧官が〔ラサの市長(mi dpon)から司法権を取り、僧侶達が政教に対して障がないようにする法事を行う習慣がある。25日、僧官が〕握っていたラサの町の管理権が再び俗官 <26a> の手に戻されるのである。
モンラムジョカン

 この鉄の龍の年において、この儀式の差配にもっとも深く関わった二人の俗官は、お馴染みの「〔イギリスの〕ラグビー校への留学組であった。まずラグビー校で「リンカン」と呼ばれていたチャンゴーパ閣下(sku zhabs byang ngos pa) *3 、そしてキププ閣下 (sku zhabs skyid sbur ba)*4 であった。前者はヤソ(ya so) として、同僚のプンカン・シャペの息子 (yab gzhis phung khang sras) *5 とともに一生に一度やってくる非常に名誉ではあるが同時に費用のかかる、約六百人の封建時代の騎馬隊を組織し指揮するという仕事を行っていた。彼はまたラサの水力発電施設を管理し、内閣のために英語の通訳もしていた。後者はラサの二人いる司政官の一人であもった。

 主な観客は摂政、内閣、ダライラマの家族であり、彼らは大聖堂の大門を見下ろすバルコニーに座った。封建時代の歩兵隊の行列と模擬戦が終わったあと、ヤソの装束の者に率いられた封建時代の騎兵隊が登場する。(p.98) ラサの俗権をにぎる僧侶たちが権威を象徴する鞭を地面にたたきつけ、ラサの市長の召使い達が拾い上げる。トランペットとシンバルと太鼓をもった僧侶たちが大聖堂から行進し、外庭を囲んだ形で並ぶ。儀式の司祭は香炉とバターランプと聖水のはいった水差しをもって真ん中にたち、祈願を行う。高い旗竿が通りに建てられ、町から追い出されることになる悪霊の像が〔外に〕取り出される。
ヤソの装束

ついに神託官ネチュンが突進してくる。ネチュンは踊り、よろめき、体を前後に揺らしながら、両手につかんだ短剣を振り回し、九舞 (dgu 'cham) を踊り突然倒れた。随員の助けをかりて立ち上がると、またよろよろと歩き出した。近づいてくる彼をみると、本当に神霊に取り憑かれていることがみてとれた。神託官の顔は死人のように青く、トランスによって放心状態であった。神託官は何度も何度も卒倒しては、ふたたびはね起きて、またあらぬ方角に歩き出した。群衆は神託官の周りにつめかけ、神託官はやがて骸骨の面をつけた人々と、黒い帽子をかぶった踊り手と旗をもった男たち〔と九舞をしながら、トルマの後に〕の列の後について消えていった。<26b> 市門 (rgyal sgo'i 'gag) のところで、悪霊の像は一斉射撃とともに降ろされ〔トルマは火にくべられた〕、神託官は消耗し意識を失い、大聖堂へと運ばれていった。


*1 Judy & Punchとは17世紀にイギリスで初演されたドタバタ人形喜劇。
*2 第二次ブール戦争時、南アのマフェキングでイギリス軍が217日間の籠城戦ののち1900年5月17日解放された。この晩ニュースに接したイギリス民衆がお祭り騒ぎになった。
*3 本名リンジンドルジェ (1904-1945)。リンカン家 (rin sgang) の出身。1913年にチベット政府が独立をアピールするべくイギリスに送った使節に同行した四人の男児の一人。グールドはこの四人をチベットからイギリスまでエスコートし、四人はイギリスのウェールズ地方のラグビーのパブリックスクールで教育をうけた。リンカンは1918年にチベットに帰還し、1938年には六位の官吏であった。
*4 リンカンと同じく1913年イギリスにわたった四人の少年のうちの一人。帰国後チベット政府より電信の建設を託されるも失敗する。1938年には六位の位階にあり、治安判事であった(Holy city p.247)。
*5 本名、bkra shis rdo rje。1938年に摂政ラデンによってカロンに任命され、1947年のラデンの対タクタ蜂起につらなり投獄。
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COMMENT

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● 芳志届く
マサムネ | URL | 2021/02/13(土) 16:24 [EDIT]
亡命チベット人を実質支援 外務省ODA、インドで産経2021.2.4  多くの亡命チベット人が住むインドの北部2州で日本の非政府組織(NGO)が実施する人道支援事業に対し、外務省が政府開発援助(ODA)資金を助成していることが4日、分かった。事業はインド農村部の公衆衛生の改善を目的としているが、対象地域には中国のチベット自治区からインドに逃れたチベット難民の集落も含まれ、実質的に亡命チベット人への支援となっている。
支援事業の対象はヒマチャル・プラデシュ州とウッタラカンド州との農村部。ヒマチャル・プラデシュ州にはチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世が居住し、チベット亡命政府が拠点を置くダラムサラがある。
● たいみんぐがないす
マサムネ | URL | 2021/02/13(土) 16:26 [EDIT]
現地は恒常的な水不足とされ、上下水道の敷設や公衆トイレの建設などを実施する予定だ。計画では計約9200人の支援になると見込んでいるが、対象地域にはインド人集落とチベット人集落が含まれるという。
外務省はこの事業に対し、ODAのスキームの一つである「日本NGO連携無償資金協力」(N連)による助成を決め、昨年中に約2960万円(限度額)で契約を結んだ。当該地域に対するN連の供与は初めてという。
関係者によると、事業は当初、昨年2月に着手する予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大でODA関係者らの現地入りが困難となり、工事はほとんど進んでいない。
ODAの対象はあくまで日本のNGOがインドで実施する開発協力事業だが、超党派の「日本チベット国会議員連盟」の幹部は「結果的に日本のODAが亡命チベット人に行き渡るのは画期的だ」と話す。一方、外務省は「インドの農村住民の生活環境改善に資する事業で、チベット亡命政府やチベット難民に対する支援ではない」と説明している。
● いつも
マサムネ | URL | 2021/02/13(土) 16:31 [EDIT]
http://www.sanrinkai.or.jp/message/2007alaska/
オウムを肩に朝の散歩続けて20年 寺町の山田さん、一日12キロ
2020年05月30日
京都府福知山市内で、毎日のようにオウムを肩に乗せ散歩する男性がいる。オウムは肩の上でおとなしくしていて、すれ違う人たちの熱い視線も気にせず、飼い主との散歩を楽しんでいる。
男性は寺町在住の山田賢一さん(77)。オウムはキバタンという品種の雄で、名前は「ケンタロウ」と付けられている。今年3月で29歳になった。
山田さんが昭和町で食料品店を営んでいたころに、生後間もないキバタンを飼っていた来店客から、預かってほしいと頼まれ、自宅で育てるようになった。
ケンタロウと名付け、飼育していたが、くちばしで羽をむしる「毛引き」が見られるようになり、ストレスがあるのでは-と思い、約20年前から肩に乗せての散歩を始めた。

マサムネ | URL | 2021/02/13(土) 16:33 [EDIT]
飛んでいかないように、羽はすいている。肩に乗っている時は山田さんの体の動きに合わせて、体勢を崩すことなく、途中で肩から降りようともしない。横を通るダンプカーや犬にも驚かずにじっとしている。
その後、毛引きはストレスが原因ではないことが分かったが、自身の健康にもつながると、散歩を続けた。
散歩し始めた当初は、自宅から由良川沿いの堤防-奥野部の長安寺-大門を経て、奥榎原方面まで行って帰る約24キロのコースを歩いていたが、今は自宅から長安寺までの往復約12キロをコースとして、午前6時ごろから約2時間かけて散歩する。雨や雪の時は無理をせず歩かない。
ケンタロウを見て、興味を抱く人は多く、「まあ、かわいい」と写真を撮る人もいる。山田さんは毎日のようにケンタロウと散歩をしているせいか、ゴルフなどをしても疲れなくなったという。
「家にいる時も肩の上に乗ってきます。本当にかわいくて、これからも一緒に散歩を続けていきたい」と話している。
● ODA
シラユキ | URL | 2021/02/13(土) 22:23 [EDIT]
今までODAはインドやネパールのチベット社会にはきっちりおとさない不文律があったのですが、これも米中対立の効果の一つでしょうか。
 心温まるキバタンのニュースは、万が一烏や突然の大きな音に驚いた時、おじいさんの肩からとびおりて、その時車が・・・・なんて恐ろしい想像をしてしまうので、河川敷とか安全なところの散歩にとどめてほしいです。
● 届く芳志
マサムネ | URL | 2021/02/14(日) 12:15 [EDIT]
台湾の蔡英文総統がツイッターで支援メッセージ2021.2.14
台湾の蔡英文総統=台北(総統府提供・共同)宮城県と福島県で13日深夜、最大震度6強を観測した地震を受けて、台湾の蔡英文総統は14日、ツイッターに「支援が必要であれば、いつでも台湾はかけつけます」などとするメッセージを投稿した。蔡氏は「福島県と宮城県を中心とした震度6強の大きな地震が発生しましたが、日本の皆さんが無事でいることを信じています。今まで何度もお伝えしてきましたが、これからも日本を応援する気持ちが変わることはありません。日本の皆さんにとって支援が必要であれば、いつでも台湾はかけつけます」と日本語で発信。30分あまりで1万5000件の「いいね」が寄せられた。
● 芳志の彼方
マサムネ | URL | 2021/02/19(金) 09:29 [EDIT]
Twitter
Agnes Chow 周庭
Admin:旧正月の間に友人が新年の挨拶のために周庭を訪問しました。最近の周庭は、読書をしたりラジオを聴き、いつも手紙を読むことを楽しみにしているそうです。「ノルウェイの森」を読み終えたばかりで、引き続き、村上春樹さんと東野圭吾さんの本を読む予定だとのことです。
● フィンランドの森
マサムネ | URL | 2021/02/21(日) 08:13 [EDIT]
Marin calls not to ignore China's "oppression of minorities"
Prime Minister Sanna Marin in a file photo. Photo: Laura Kotila Vnk.
FOREIGNER.FI
03 DE FEBRUARY DE 2021 (19:58 H.)
The prime minister reacted to an article published by a Finnish newspaper, describing systematic rape and torture of women from the Uighur Muslim minority.

Finnish Prime Minister Sanna Marin raised her voice on Wednesday and accused China of committing "atrocities" and of oppressing its minorities.

Marin launched those harsh accusations against the Asian giant following an article published in the Helsingin Sanomat newspaper, which echoed a BBC report about concentration camps for the Uighur Muslim minority.

According to the article published by the Finnish newspaper, those camps were created by the Chinese Communist Party and "systematic rape and torture" of women were committed in them, citing as sources anonymous testimonies collected by the BBC among women who survived the camps and a guard.

"TRAMPLING HUMAN RIGHTS"
The Finnish Prime Minister reacted through her Twitter account and called on the international community not to remain blind to what, according to her, means "trampling on human rights" by China.

"Trade or the economy is not a reason to ignore these atrocities. Human rights must be at the heart of bilateral and multilateral discussions," Marin said.

On January 18, Sanna Marin starred in a controversy in Finland when she demanded from Russia the immediate release of Russian dissident Alexey Navalny.

Her statement, made also through Twitter and without consensus with the office of the President of the Republic, was seen by many as an excess of her functions, in a country where relations with Russia have always been a very sensitive issue, which has affected all foreign and alliance policy.
● フランスの緑
マサムネ | URL | 2021/02/23(火) 07:35 [EDIT]
仏リヨン市、学校の食堂から肉を排除 政府が市長を批判
フランス南東部の都市リヨンで、市長が学校の食堂から食肉を排除するよう指示した。フランス政府は市長を批判している。環境問題に力を入れる「緑の党」所属のグレゴリー・ドゥセ市長は、食肉の使用をやめることで、新型コロナウイルス対策の制限が続く中、給食サービスの効率化と迅速化を図れるとしている。これに対しフランス政府は、ドゥセ市長が子どもの健康を危険にさらしていると非難。ジュリアン・ドノルマンディ農相はツイッターで、「子どもたちの皿にイデオロギーをのせるのはやめよう」と訴えた。 「子どもたちに良く育つのに必要なものを与えようではないか。肉はその一部だ」ジェラルド・ダルマナン内相は、食肉の排除について、フランスの農家や食肉業者に対する「容認できない侮辱」だとした。「モラルを説き、エリート主義の緑の党は、大衆のことを考えていない。学校の食堂でしか肉を食べられない子どもはたくさんいる」
(英語記事 Row as French mayor keeps meat off school menus)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20210222-56150435-bbc-int

マサムネ | URL | 2021/03/02(火) 15:08 [EDIT]
ヨークベニマル会長、やっとたどり着いた「試練は宝」という思い2.25
山田 宏逸日経ビジネス記者
東日本大震災で大きな打撃を受けた福島県のスーパー、ヨークベニマル。だが大髙善興会長は今、過去と現在の試練をどこか楽しみつつ会社の明るい未来を展望する。震災10年の苦労とその経験を通じて得たものを語ってもらった。
 会社はこうやって潰れていくのか──。当時、本当にそう思いました。東日本大震災のあの日、私はプライベートブランドの開発会議に出るため東京・四谷にいました。翌朝、車で福島に向かったのですが、たどり着くまでにかかったのは実に13時間。3月13日になって初めて郡山市内の店舗の被災状況を目の当たりにしましたが、店の天井が落ち、外壁が崩れ、中から空が見えてしまう現実を前に、立ちすくむほかありませんでした。
ヨークベニマルの大髙善興会長は2011年3月、被災した店舗を初めて見たとき、「会社はこうやって潰れていくのか」とも感じたという
社員はまぶしく見えるぐらい復旧・復興に努めた
ヨークベニマル170店舗のうち105店が全壊または半壊となり、従業員24人、その家族148人の命を失いました。「会社創業以来の危機」と表現しても差し障りないはずです。もっとも当初、会社の終わり、世界の終わりと弱気な発言をしていた私とは対照的に、従業員はまぶしく見えるぐらい、寸暇を惜しみ、復旧・復興に努めました。4メートル超の津波に襲われた石巻の湊鹿妻店では、店長自らの判断で屋上駐車場に地域の方々500人を避難させ、店に残っていたわずかな食料を頼りに3日間、命を守った。別の店舗では一律100円で商品を売ると決断し、地域の方々の生活を守った。ある店は私からの避難の呼びかけを聞かず、「表にお客さんが並んでいる。営業させてくれ」と懇願した。我が身を犠牲にしての奮闘は数え上げればきりがありません。「店はお客様のためにある」「お客様のために働け」。常日ごろ、私をはじめ経営陣からこう伝えてきたつもりですが、むしろ震災当時の従業員の姿から気づかされたことの方が多かったように思います。4メートル超の津波に襲われた湊鹿妻店では、屋上駐車場に住民を避難させて500人の命を守った。震災後数カ月して、チベット仏教最高指導者、ダライ・ラマ14世が福島に来たことを思い出します。「仏は常に試練と困難、逆境を与え続ける」。この言葉が印象深く残っていますね。そして逆境を乗り越えるには、嘆かず、他人のせいにせず、日々精進していけば必ず未来に明るい兆しを与えてくれる。そう説かれました。商売に当てはめるのならば、「当たり前のことを当たり前に実施する」ということに近いのでしょう。明るい笑顔、清潔な職場はもちろん、スーパーとしてお客様の食卓を豊かに楽しく日々、彩っていく。震災から10年、こうした考えと基本動作を徹底してやってきたことで、企業として何とか危機を乗り越えられたのかなと思っています。

マサムネ | URL | 2021/03/03(水) 11:32 [EDIT]
北京五輪ボイコットを 中国の少数民族迫害で在日チベット人ら会見
2021.2.4人権弾圧下の北京冬季五輪の開催に抗議する小原カルデン氏(左から2人目)ら=4日午後、東京・銀座(奥原慎平撮影)
 2022年北京冬季五輪の開催をめぐり、在日のチベットやウイグル人らは4日、東京都内で記者会見を開き、中国国内の人権状況に改善がみられない場合は、日本政府などに参加の見送りを呼び掛ける共同声明を発表した。中国共産党政権による少数民族への同化政策や宗教弾圧は、差別撤廃を掲げる五輪憲章に反すると訴えた。
 声明は中国政府にチベットやウイグル、モンゴル、香港人への弾圧の即時停止に加え、人権状況を確認する国際調査団の受け入れを求めた。状況が改善されない際は国際オリンピック委員会(IOC)や各国は開催をボイコットをすべきだと主張した。1936年のドイツ・ベルリン五輪の開催はナチス・ドイツ政権の正統性を高め、ユダヤ人への差別政策の助長につながったとも指摘した。在日チベット人コミュニティー代表の小原カルデン氏は記者会見で「人権侵害をやめないと中国に五輪を開催する資格はない。共に声をあげてほしい」と訴えた。
● 令和と希望
マサムネ | URL | 2021/03/04(木) 11:40 [EDIT]
参議院議員 和田政宗オフィシャルブログ
「令和(レイワ)」はチベット語で”希望” 
2021年02月21日
チベットへの中国政府による弾圧について、皆様から様々コメントを頂き有難うございます。
このような民族虐殺を絶対に止めさせなくてはなりません。
チベット語で、「令和(レイワ)」は、“希望”を意味します。
日本チベット国会議員連盟は現在99人が加入しており、世界各国で最大の国会議員連盟です。
さらに加入議員を増やすとともに、
日本が率先して、チベットへの人権弾圧に立ち向かい行動しなくてはなりません!
『北京冬季オリンピックは中国の集団虐殺を隠蔽する祭典に』(Newsweek日本版)
https://www.newsweekjapan.jp/youkaiei/2021/02/post-63.php

マサムネ | URL | 2021/03/07(日) 16:52 [EDIT]
父を探しに ウイグル人女性の死 「なぜ止められなかったのか」 在日コミュニティーに広がる動揺 
2021.3.4あるウイグル人女性の死亡の知らせに、在日のウイグル人コミュニティーが動揺している。中国政府は新疆(しんきょう)ウイグル自治区で暮らす少数民族への弾圧を強めており、この女性の父親らも相次いで「強制収容所」に収監された。女性は居ても立ってもいられず、父親を探すために自治区に戻ったが、昨年末に亡くなったことが伝わった。知人らは女性が帰国すれば、命の危険があると分かっていながらも、思いとどまらせることができなかった無念さを感じている。
 女性はウイグル自治区南西のカシュガル地区出身のミヒライ・エリキンさん。中国の上海交通大学を卒業し、2014年9月に来日した。東京大学大学院などで勉強する傍ら、日本人や在日ウイグル人の子供たちに英語やウイグル語を教えていた。将来の夢は、故郷に帰って日本で身につけた知識を生かすか、ウイグル語を守るため子供たちにウイグル語を教えることだったという。
 故郷でのウイグル族への迫害は17年ごろから悪化の一途をたどった。ミヒライさんの父親は、自治区の学校で排除されているウイグル語の「私塾」を運営しており、このためか、同年4月以降、父親ら複数の親族が収監されたとの情報がミヒライさんのもとに届いた。
 中国当局は自治区で厳格な情報統制を敷いているが、運よく収容所から解放された人らが、断片的に会員制交流サイト(SNS)などで収容所の実態や収容者の情報などを発信している。
 収容所ではウイグル人としてのアイデンティティーが否定され、中国文化を賛美する「洗脳教育」が行われていることなどが、海外の研究所やメディアなどで映像や証言を通じて多数報告されている。
 知人らによると、ミヒライさんはろくに食事もとれないほど、精神的に追い詰められていた様子だったという。周りには落ち着かない様子で「帰りたい」とこぼしていた。
 だが、海外で暮らすウイグル人が自治区に戻れば、スパイ行為を疑われ、収容所送りのリスクがある。日本ウイグル協会によれば、ここ数年、日本から自治区に戻った在日ウイグル人はほとんどいないという。
 19年夏、ミヒライさんは周囲に相談することなく帰国を決心すると、友人に置き手紙を残し、成田空港に向かった。ミヒライさんの日本留学をサポートした自治区出身のある女性は、手紙を見た友人から連絡を受けると、運転していた車をコンビニエンスストアの駐車場に止め、急ぎミヒライさんに電話をかけた。
 「あなたは帰ったら絶対どこかに連れていかれるよ。ウイグル人ということが罪になってしまうよ」
 電話での説得は1時間近くに及んだが、すでに出国直前のミヒライさんの決意は固かった。
 「お父さんを探したい。お父さんは私たちを育てて、今まで苦労してきたのに、私が何もできずに、日本で待つことはできない。お父さんのために死んでもいいから何かやりたい」
 ミヒライさんには特に身が危険である事情もあった。ミヒライさんの親族の一人が、亡命した欧州でウイグル族の窮状を訴える“有名人”だったからだ。中国当局は危険人物の親族も同様に警戒するため、ミヒライさんも帰国すれば収容所に送られる可能性は高かった。
 日本出国後、数カ月がたち、日本で暮らす知人のもとには、上海の病院に入院しているミヒライさんの写真が送られてきた。生きていたことに、周囲は安堵(あんど)したが、やはりというべきか。
 今年1月、欧州の親族を通じ、「ミヒライさんは昨年12月24日に亡くなりました」との情報が日本ウイグル協会に届いた。30歳だった。死因や死去した場所などは不明だ。ただ、ミヒライさんが収監されていた情報は、日本ウイグル協会の幹部らも把握していた。関係者は、ミヒライさんの死に中国当局が関与しているとみている。
 在日ウイグル人にもたらした衝撃は大きく、ミヒライさんを説得した女性は「死の情報が来てから、みんなが後悔した。なんであの時、空港に行ってでも、止められなかったのか」と自分を責め続けている。
 多くの在日ウイグル人らは、いつかは自治区に戻り、日本で学んだ経験を故郷の発展に役立てたいという思いを抱いている。だが、帰れば強制収容所に送られかねない。親族の入院の見舞いや葬式にも駆けつけられないのが実情だという。
 日本ウイグル協会のレテプ・アフメット副会長もミヒライさんとは家族ぐるみの交流があったといい、こう訴える。
 「中国の収容政策がミヒライさんの命を奪った。自治区ではウイグル人の命の重さというものを全く無視した行いが起きている。世界中、どの社会でも許してはいけない。日本で教育を受け、何年も日本人と交流のあった人がある日突然、いなくなってしまうことに日本の人にも声を挙げてほしい」(政治部 奥原慎平)
● 彼等は何処
マサムネ | URL | 2021/03/07(日) 16:58 [EDIT]
在日ウイグル人、中国の迫害「日本の皆さんが声を」 埼玉で街頭活動
2021.3.6
ウイグル族の窮状を訴える日本ウイグル協会の于田ケリム会長(左)=6日午後、埼玉県和光市(奥原慎平撮影)
 中国政府による新疆(しんきょう)ウイグル自治区での少数民族迫害の実態に関心を持ってもらおうと、日本で暮らすウイグル人らが6日、埼玉県和光市の東武東上線和光市駅前で街頭演説を行った。自治区の人権状況は悪化しており、在日のウイグル人らは埼玉県三郷市や千葉県船橋市などで連日ビラ配りなどを行っている。この日は約10人の在日ウイグル人や支援者が参加。自治区で数百万人のウイグル族が「強制収容所」に入れられている現状などを訴えた。家族が収容されている参加者もいた。日本ウイグル協会の于田(うだ)ケリム会長は、産経新聞の取材に「これはウイグル人の力だけでは解決できない。ウイグルの問題を知ってもらい、日本の皆さんが声を挙げれば、日本政府や国会も(問題解決のため中国に)働きかけてくれると思う」と語った。
● 国際女性の日
マサムネ | URL | 2021/03/11(木) 20:35 [EDIT]
国際女性デー トルコでウイグル族女性の人権訴え抗議デモ
2021年3月9日 12時37分

中国の新疆ウイグル自治区から逃れた人たち、数万人が暮らすトルコで、国際女性デーに合わせて、ウイグル族の女性の人権を守るよう訴える抗議デモが行われました。
国際女性デーの8日、トルコのイスタンブールでは、ウイグル族を中心におよそ500人の女性が中国総領事館がある地区に集まりました。

そして、新疆ウイグル自治区で母親や家族が強制的に収容されているとして、中国政府に対し、ウイグル族の女性の人権を守るよう訴える抗議デモを行いました。

新疆ウイグル自治区をめぐってはアメリカ政府が、ウイグル族の女性に強制的な不妊手術が行われているなどと指摘し、中国政府の行為を、民族などの集団に破壊する意図を持って危害を加えるいわゆる「ジェノサイド」と認定しています。

またイギリス政府も、ウイグル族の強制労働が行われているとして、これに加担しないよう、関連する製品の規制強化を発表するなど国際社会からの批判が強まっていますが、中国政府はウイグル族に対する抑圧はないと反発しています。

抗議デモの参加者の1人は「母は毎年、国際女性デーを楽しみにしていたが、今は収容所の中で、つらい思いをしている」と訴えていました。
● チベット人の抵抗運動が中国に武力鎮圧された1959年の「チベット蜂起」から62年となった3月10日
マサムネ | URL | 2021/03/11(木) 20:39 [EDIT]
中国大使館前でチベット人権弾圧への抗議集会
2021.3.10 20:56
政治 政策

中国大使館前で抗議する在日のチベット人ら=10日午後、東京都港区(奥原慎平撮影)
 チベット人の抵抗運動が中国に武力鎮圧された1959年の「チベット蜂起」から62年となった10日、在日チベット人らが東京港区の中国大使館前で抗議集会を行い、チベット自治区での人権弾圧の即時停止を求める声明文を大使館に届けた。
 声明では、チベット蜂起以後、自治区では中国当局により言語や宗教など固有の文化が奪われ、2009年以降、164人以上のチベット人が抗議の焼身自殺を遂げたと強調。その上で、インド北部に拠点を置くチベット亡命政府との対話を再開し、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世が提唱する中道路線を受け入れるよう求めた。
 在日チベット人コミュニティー代表の小原カルデン氏は「日本の皆さんに、チベットの人権問題について少しでも関心を持ってもらいたい」と訴えた。集会には香港や内モンゴル自治区の出身者らも参加した。

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