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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2020/08/12(水)   CATEGORY: 未分類
[追悼]女戦士アマアデ
ラジオ・フリー・アジアがチベットの女戦士アマアデさんの死去を伝えた。享年88才であった。
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2017年のラジオフリーアジアのインタビューによるとアマアデは以下のように自分の人生を語っていた。
「1950年4月26日、人民解放軍がチベットに侵攻し、私の人生はひっくりかえった。1956年、民主的改革を行うと称して中国が私の町ガンツェを締め付け始めた。夫は死に、私は中国軍と戦うカム(東チベット)の抵抗軍に入った。1958年10月16日、中国に逮捕された。抵抗軍への参加と他の女性たちをうながしてゲリラに食べものや物資を供給した罪である。当時300人の女性の囚人がいた。彼女らの大半は餓死した。私は27才だった。肉体的にも精神的にもきつい時代だった」
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 アマアデが逮捕された時期は毛沢東による大躍進政策により内地の経済が破綻しており、全土が飢えていた。チベットゲリラと人民解放軍の衝突も先鋭化しており、これが翌年1959年のダライラマ14世のインドへの脱出につながった。

「1979年に状況が改善し仮釈放された。1985年にはついに生まれた町にもどり家族と再会を果たした。私は27年ぶりに娘に会った。収容所にいれられた時、娘は生後数ヶ月だったので、最初は娘だとは分からなかった。息子は私が収容所に入ってまもなく死んでいた。1987年、私はインドへ亡命した。そしてダライラマ猊下とお会いしたいという夢を叶えた。

 二年後、アマアデはアメリカとドイツにわたりチベットにおける中国の苛政について証言した。そして1997年には自伝『チベットの女戦士アデ』が出版された。2001年、泉華炎さんがこの自伝に基づき『チベットの悲劇』という題名で漫画化している。

 人民解放軍の侵攻を記憶する世代はどんどん鬼籍に入っていく。彼等の記録は残っているので残された我々の仕事はこれをきっちり後世につないでいくことであろう。

 かつて中国がチベットに侵攻した時、アマアデが立ち上がり逮捕されたように、現在の香港でも「民主化の女神」として知られる周庭さんが逮捕された。六月末に国際社会の反対をおしきって成立した香港国家安全維持法に基づいてである。アマアデの時代とは異なり、中国共産党も多少は国際的な目をきにするようになっているので、国際的に注目されている周庭さんに拷問を加えたりはしないだろうが、起訴の可能性はあるようで心配である。

 本日保釈された周庭さんは日本のメディアに囲まれて、流ちょうな日本語でこう語っていた。
「今まで四回逮捕されたが、今回が一番怖かった。・・・・拘束されている時ずっと[欅坂46の]不協和音が頭の中にかかっていて、自分の家を守るためにも頑張らなければと決心しました」
といっていたので、あらためて欅坂を聞き返すと歌詞がまんま抵抗歌で泣けた。

「僕はyesとは言わない
首を縦に振らない
まわりの誰もが頷いたとしても」

「絶対沈黙しない
最後の最後まで抵抗し続ける」

「ここで同調しなきゃ裏切り者か
仲間からも撃たれるとは思わなかった」


 周庭氏と同日に香港の反政府系メディア『蘋果(林檎)日報』の創業者黎智英も逮捕された。この日、蘋果(林檎)日報の株価は爆上がりし、販売部数は八倍になった。みんなできることをやろうとしている。

 蔡英文総統がニュースで「香港人が街頭に並んで新聞を買い求め、多くの地域で売り切れになった。たとえ白い紙であっても買うという人々の思いを聞いて心が震えた」。といっているのを聞いて、こっちの心も震えた。

 何とかならんかあの独裁国家
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● 哀悼李登輝大人命帰幽
マサムネ | URL | 2020/08/16(日) 05:37 [EDIT]
ダライ・ラマ(右)と手を握り合う台湾の李登輝元総統=1997年3月27日、台北(AP) 2020.8.1
https://www.iza.ne.jp/smp/kiji/world/photos/200801/wor20080111190008-p1.html
● アデ刀自命ご帰幽
マサムネ | URL | 2020/09/12(土) 12:05 [EDIT]
ある人の訃報が飛び込んできた。
亡命チベット人の「女戦士」、アデ・タポンツァンさんである。享年88。彼女のことをチベット人は皆、「アマ・アデ」と呼んでいた。アデさんは27年もの間、中国の「刑務所」に投獄されていた人だ。奇跡的に釈放され、インドへ亡命した後は、ダライ・ラマ14世法王の拠点であるダラム・サラで過ごし、世界に向けて自身の体験と中国によるチベット支配の実態を発信し続けた。
現在は絶版となってしまったが、彼女の体験を綴った著書『チベット女戦士アデ』(総合法令出版)は日本でも発売されていた。そこに書かれていたことは、読み続けるのが辛くて何度も本を閉じたくなるほど、凄まじい弾圧の実態だ。平凡で幸せな若妻だった彼女は、中国に抵抗する同胞ゲリラ兵に食料を配る活動をしたために逮捕される。それから50代後半までの27年間、心身に、筆舌尽くしがたい拷問を受け続けた。
凄まじさの一端のみ明かすと、収監されていたチベット人女性の中には、度重なるれいぷと拷問のために発狂した人も数知れずいたという。そんな地獄を生き抜いてインドへ逃れたアデさんと、私は幸運にも2度、お目にかかる機会を得た。亡命してきたばかりのチベット人を受け入れる「レセプションセンター」で暮らす彼女は、27年の獄中生活の影をまったく感じさせない、たくましく明るい、実に素敵な女性だった。
● 祈念御冥福アデ刀自命
マサムネ | URL | 2020/09/12(土) 12:07 [EDIT]
インタビューの最後に彼女は私に何度も言った。
「あなたの国、日本は本当に素晴らしい。自由で、豊かで、国民が知的で、仏教の信仰がある。中国とは全然違う。その日本人の、一人でも多くにチベットのことを伝えてほしい。日本人に分かってもらいたい。そして、チベット人を助けて」
手を握り合い、女と女の約束をしてから十数年。微力は尽くしてきたものの、日本がチベット人を救うには程遠い現状である。私自身の無力を恥じ入ると同時に、日本の政治が、近隣国で起きている、「自由の抑圧」「人権弾圧」に無頓着であり続けることが情けない。
中国という「非自由のモンスター」と陸上で対峙(たいじ)するインドの戦いを、日本は対岸の火事のように看過してはならない。「アジアの自由と民主」を、これ以上踏みにじられることのないよう、大国インドとの「同盟」について、早急に真剣に検討・模索すべきだ。

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