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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2020/03/20(金)   CATEGORY: 未分類
2020年3月19日の日記
90年代から毎日日記をつけている。大半はたわいもない一日の出来事のメモであるが、今現在コロナ禍という歴史の中にいるため昨日の日記がそのまま歴史史料になるような気がしたのでちょっと手を入れてあげてみる。

明日は春分。風が強い。お鳥様たちは春なので元気に部屋中を旋回している。日課でBS1の世界のトップニュースをつける。コロナ禍は周回遅れで欧米で猖獗を極めている。

フランス国営テレビ(F2) がヨーロッパでもっとも今悲惨な状態にある北イタリアのベルガモから中継。内容的にも視覚的にもひどい。医療は崩壊しており、一日三百人以上死んでおり、地元の新聞のお悔やみ欄は何ページもつづき、教会には棺がずらっとならんでいても司祭も七人死んでいて葬式もままならない。ちなみに、イタリアがコロナの震源地になった理由としてては(1) 高齢化が進んでいる (2) 一帯一路に協力して中国人観光客を大量に受け入れていたこと (3) 身体接触の多い挨拶習慣 などがあげられている。

 続くアメリカのニュースも悲惨。連日値を下げた株は昨日もサーキットブレーカーおちまくり。国民皆保険でないから死者数はあっという間に日本をぬいた。ニューヨークも外出禁止。

 フランスも全土で外出禁止され、外出理由を説明する書類と身分証をもたない人は警察官に追い返される。

ドイツではふだんは新年にしかテレビ演説しないメルケル首相が、テレビで広く国民によびかけ、第二次世界大戦以後最大の危機と国民の協力をよびかけている。

 どこの国も国境をとざし、往来を制限したため、駆け込み帰国がおわったあとの飛行場はどこもがらんどう。

 まるで世界大戦がはじまったかのような風景であるが、唯一の救いが人間が憎み合って殺し合った挙げ句の国境封鎖でないところ。ウイルスは差別主義者でないので、富めるものも、貧しきものも、有名人も無名人も、黒人も白人にも、先進国にも途上国にも等しく禍をもたらす。その結果、国境を封鎖せざるをえないわけで、すくなくとも核ミサイルが飛び交った末の国境封鎖よりはまし。

これもそれも、中国政府が武漢の医師のうったえをもみ消したことによる初動の遅れ、中国観光客に依存している各国が春節観光客を受け入れた見通しの甘さが原因である。今後インバウンド頼みの経済からの脱却が課題である。
 聞いているかアップルのCEOよ。

 ニュースの後、朝刊をとりにいくと、となりにサガワの配送車がとまっていて、運転手さんが荷物をだすため後ろを開けたら荷物がくずれて道路に散乱した。みな家にとじこもっていて宅配業者がフル稼働しているから、荷物ミチミチなのだろう。みなが外食を避けているせいか、ウーバーイーツもやたら町中にいる。

 昼はひたすら百年前の神智学協会の文献をせっせとpdfでおとし検索かけながら必要な情報を拾う。家にいながら百年以上前の雑誌がよめる研究者にとって良い時代になった。

 夜、外務省から、全世界を対象に危険度1とするというメールがきた。全世界に注意を喚起するメールなどそうそうこないだろうから、記念アゲ。
外務省全世界向け警告

夕方のニュースで、明日からの三連休で兵庫・大阪の不要不急の行き来をやめよとのおたっしが国からでた。ベッドに入りニュースをみると専門家会議が11時から会見をやっている。
 曰く「今のところ日本は持ちこたえている、しかし、いつ感染爆発がおきるか分からない。専門家の間でも自粛をいつまでつづければいいのかは意見が割れている」とのこと。
 そりゃそうだろう。
 寝る。
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COMMENT

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● TBさせてください
コバヤシカンイ | URL | 2020/03/20(金) 16:27 [EDIT]
TBの御許可お願いいたします。
● 小林さま
シラユキ | URL | 2020/03/20(金) 16:34 [EDIT]
よくわからないけどしてくださって結構です。
● 令和2年3月14日の出来事日記抄
マサムネ | URL | 2020/03/22(日) 16:17 [EDIT]
コロナ対応のチェコ病院でサイバー攻撃の衝撃
東洋経済3/22(日)
■チェコで2番目に大きい病院で起きたこと
新型コロナウイルス感染拡大に鑑み、チェコ政府も3月12日に非常事態宣言を出した。その直後の3月14日の午前2時に、チェコ第2の都市ブルノにあるブルノ大学病院がサイバー攻撃を受け、ITネットワークのシャットダウンを余儀なくされた。この病院はチェコで2番目に大きく、同国で新型コロナウイルス感染拡大が始まって以来、毎日20件の検査を続けてきた。新型コロナウイルス感染患者も入院している。
.その日の午前5時、「サイバーセキュリティのため、職員は全員コンピュータをすべてシャットダウンしてください」と病院の構内放送が突如として流れ始めた。サイバーセキュリティを含むIT問題を報じている米オンラインメディアZDNetが報じた。放送は30分おきに続いた。午前8時になると、今度は別の構内放送が流れ、手術がすべてキャンセルになったと通知されたという。急患は近くの病院に転送された。
ブルノ大学病院がサイバー攻撃直後に明らかにした情報によると、重要な医療システムの一部は機能しているものの、そのシステムからデータベースに情報を移せなくなっていると明らかにした。病院が、全容の早期解明とシステム復旧に取り組んでいることにも言及している。また、新型コロナウイルスの検査数十件に遅れが生じているという。
.サイバー攻撃発覚後、チェコの国家サイバーセキュリティ・センターと病院のITチームが協力してITシステム復旧に当たっている。病院は完全復旧に数週間かかると予想していると、ラジオ・プラハ・インターナショナルが報じた。
このサイバー攻撃がどのような手口で行われたかについては、現時点では不明である。チェコの英字新聞プラハ・モーニングでは、身代金要求型ウイルス(ランサムウェア)の可能性を示唆したうえで、詳細はまだわからないと報じた。
「ランサム」は英語で身代金を意味する。身代金要求型ウイルスに感染すると、コンピュータやサーバーに入っているデータが暗号化され、業務に不可欠な情報やメール、ITシステムが使えなくなってしまう。
暗号を解く鍵と引き換えに特定の期限内に身代金の支払いを要求するメッセージが、困っている被害者のコンピュータ上に表示される。業務や場合によっては、人命をも人質に取った金銭目的のサイバー犯罪だ。
2019年に身代金要求型ウイルスの被害を受けたチェコの病院は、全体の2割に上っている。手術を延期し、新しい患者の受け入れを断らざるをえなくなった病院も出た。

在チェコ大使館職員が感染 新型コロナ、外務省で初めて
3/21(土)
産経
外務省は21日、在チェコ日本大使館のチェコ人職員1人が新型コロナウイルスに感染したと発表した。職員は体調に大きな問題はなく、他の職員らと接触しないように自主隔離をしているという。外務省職員で新型コロナへの感染が確認されたのは初めて。
職員は13日に発熱を訴えて以降は勤務しておらず、大使館の同僚に症状は出ていないという。職員との濃厚接触者についても確認を急いでいる。

明代のものとみられる石刻と岩絵発見、中国カンゼ・チベット族自治州
【3月20日 Xinhua News】中国・四川省(Sichuan)カンゼ・チベット族自治州(Garze Tibetan Autonomous Prefecture)石渠県真達郷でこのほど、石刻と岩絵が多数発見された。岩絵は麻達寺付近の高い山の中で見つかった。
調査チームが、現地で実施した実地調査で発見した。山肌の大部分がむき出しになった岩石からなる山の麓から山頂近くの洞窟付近で、チベット仏教画や古代チベット文字の題字などが描かれている多数の石刻と岩絵を発見。山の中腹では、比較的平らな崖で仏足石と思われる大きな石刻が見つかった。このほか、山頂近くの洞窟内で古代チベット文字とみられる題字も発見した。洞窟の外でも石刻仏像と石刻経文(きょうもん)を発見したが、輪郭をかすかに判別できる程度だった。現地では石刻を風化から保護するため、酥油(牛や羊の乳で作った油)を塗布するという地元特有の方法が用いられていた。
2017年に専門家が麻達寺で調査を行い、寺院内の壁画と塑像が明代の遺物と判明していた。寺の僧侶は、山の岩絵と寺院内の壁画は同時期のものだと話している。石渠県党委員会宣伝部の土登(トゥプテン)部長は、今回新たに発見された岩絵遺跡を保護するとともに、専門家を招いて具体的な考証を行う考えを示している。(c)Xinhua News/AFPBB News

新型コロナ感染の英クルーズ船、キューバが受け入れ
日経3/19
【メキシコシティ=丸山修一】船内で新型コロナウイルスの感染者が確認され、カリブ海諸国で相次ぎ受け入れを拒否されていた英クルーズ船が18日、キューバの首都ハバナ近郊に接岸した。乗員乗客は今後、ハバナ国際空港から英政府が用意したチャーター機に乗り込んで帰国する予定だ。ロイター通信などが伝えた。
南米やカリブ海を航海していた英クルーズ船「ブリーマー」は3月上旬に船内で5人の感染が確認された。感染が確認された後、バハマやバルバドスなどカリブ海諸国で相次いで受け入れを拒否され続けた。1週間以上にわたって停泊地を求めてカリブ海を航行していたところ、キューバ政府が受け入れを表明した。
クルーズ船には合計で千人以上の乗員乗客がいるという。接岸したハバナ郊外のマリエル港からハバナ国際空港に移動して、感染者や感染可能性がある症状を訴えている人を別にする形で、合計4機のチャーター機で英に向けて出発する。ただ航空機での移動が難しい場合にはキューバ国内で治療を受けるという。
新型コロナウイルスの影響で、世界各地でクルーズ船の受け入れ拒否が起きており、大きな問題になっている。キューバのロドリゲス外相は「新型コロナウイルスの予防や感染拡大のため、国際的な協力や団結を強めていきたい」と話した。
キューバでは18日に新型コロナウイルスの感染が確認されたイタリアからの旅行者が死亡した。現時点で合計10人の感染が確認されている。

● 聖俗併呑
マサムネ | URL | 2020/03/22(日) 16:49 [EDIT]
堂内の納経所でご朱印をしているのは、愛知県出身で現在もインドに籍があるチベット僧侶の奥田剛さん。

広報ひめじ2019 Autumn vol.77
https://www.city.himeji.lg.jp/cmsfiles/contents/0000009/9815/vol_77/special/index.html
個性豊かな御朱印
摩尼殿でいただけるのは西国三十三所の御朱印。西国三十三所は近畿2府4県と岐阜県に点在する観音信仰の霊場のことで、日本最古にして巡礼の元祖です。養老2年(718年)に始まったこの信仰は昨年1300年を迎えました。これを記念して、2020年3月31日まで、特別印を押してもらえるほか、御朱印と一緒に小さな花びらの形をした紙もいただけます。これは散華と呼ばれ、三十三所すべての散華を集めると観音経の一節が完成します。
食堂でいただけるのは大講堂と根本堂の御朱印です。根本堂は円教寺最古の建物で鎌倉時代に建てられた薬師堂のこと。建物は少し離れたところにありますが、食堂の二階にご本尊が納められているので、こちらで書いてくださるのだとか。
また、奥の院で授与されるのは開山堂の御朱印。ここでは日本語のほかに珍しくもチベット語の御朱印がいただけるとSNSで話題になっています。普段、目にすることのないチベット語の御朱印、せっかくですから集めて愛(め)でたいものですね。
広報推進員のコメント
広報推進員 佐藤美佐子
開山堂では、珍しいチベット語の御朱印をいただきました。僧侶の奥田さんが筆を取られた瞬間、どこからか聞こえてきたのは虫の羽音。澄んだ空気と生き物の気配を感じながら、私も自然の中へ溶け込んでいくような不思議な感覚に包まれました。皆さんもぜひ、書写山に足を運んでみてください。

2019/9/11 05:30神戸新聞NEXT
珍しい? チベット語の御朱印人気 姫路・円教寺
チベット仏教サキャ派で日本人初の〝ケンポ〟の認定を受けた奥田剛師
書写山円教寺(兵庫県姫路市書写)の開山堂で授与されるチベット語の御朱印が話題を呼び、参詣客が行列を作る人気となっている。2016年3月に始まり、今年5月の大型連休は1日300人以上がこの御朱印を求めた。したためるのは、チベット僧侶服に身を包む同寺職員の奥田剛さん(54)。インドでチベット仏教を学んだ奥田さんは「これを機に他の国の仏教も理解してくれたら」と願う。
御朱印は1回300円。午前9時~午後4時15分(10月11日以降は午後3時半まで)。基本的に第1・3金曜日と第2・4木曜日、金曜日の午前中は休み。本坊事務所TEL079・266・3327

中国建国70周年の祝賀パレードに登場した、チベット活仏を「俗人化」させた娘
https://www.newsweekjapan.jp/youkaiei/2019/10/70.php
2019年10月17日
<「ナンバー2」故パンチェン・ラマ10世の数奇な生涯と、ダライ・ラマ継承をめぐる中国の思惑>
10月1日に中国・北京の天安門広場で繰り広げられた建国70周年を祝う閲兵式の後、市民らが参加した官製パレードがメインストリートの長安街で行われたが、その1シーンが世界のチベット仏教徒たちに衝撃を与えた。「中華民族の偉大な復興」を謳歌する行列の中に建国の功労者とその家族を乗せた山車があり、その上で30代の女性が故パンチェン・ラマ10世の写真を掲げて手を振っていたのだ。
女性の名はアブシ・パン・リンジンワンモ。パンチェン・ラマ10世の娘である。チベット仏教徒から「不義の子」に当たる、としばしば批判されてきた存在だ。そのような彼女がなぜ「偉大な中華民族」を代表する一員に選ばれたのか。それには以下のような現代史のドラマがある。
パンチェン・ラマはダライ・ラマ法王と並ぶ政教一致チベットの指導者である。最高権威のダライ・ラマに対し、パンチェン・ラマはナンバー2の役割を果たしてきた。
パンチェン・ラマ10世は1938年にアムド地方(現青海省)に生まれ、1949年に9世の生まれ変わりとして時の中華民国政府に認定された。しかし、ダライ・ラマ側は正統として認定せず、パンチェン・ラマはずっと青海地方に暮らしていた。
毛沢東の中華人民共和国が成立し、人民解放軍がチベットの首都ラサを占領した後の1952年4月、パンチェン・ラマはチベット入り。共産党の主導下でダライ・ラマ14世と握手した。しかし1959年のチベット蜂起後、ダライ・ラマはインドに亡命し、パンチェン・ラマはダライ・ラマに追随せずに中国と共生する道を選んだ。
「欲望の塊である俗人」に
「解放」された後のチベットでパンチェン・ラマが目撃したのは、ジェノサイド(集団虐殺)の爪痕だった。チベット亡命政府の発表で120万人、中国政府の公式見解でも30万人弱が「殲滅」された。パンチェン・ラマは「敬愛する周恩来総理に報告する」と題するレポート(7万字の覚書ともいわれる)を共産党中央に提出し、チベット蜂起の過酷な弾圧を批判した。
しかしこの報告は反革命的とされ、文化大革命が始まると、彼は造反派の前に引っ張り出され、人糞を食わされる暴力にさらされた。1968年に投獄され、それ以降10年間を刑務所で送ることになる。
1978年に釈放された後、共産党はパンチェン・ラマを中国人女性と結婚させ、1983年に女児が生まれた。彼をチベット仏教の活仏という神聖な法座から単なる「欲望の塊である俗人」に引き降ろす手段だった。高潔な活仏ではなく、一児の父親という俗人になったパンチェン・ラマに、チベット仏教徒たちは失望した。
それでも彼は共産党が破壊した寺院を再建し、後進の育成に当たるなど仏教の復活に尽力した。1989年1月、共産党が破壊した歴世パンチェン・ラマの仏塔を再建しようとチベット西部のタシルンポ寺を訪れたときに急逝した。激務による疲労説と、式典中に共産党を批判したために暗殺されたという説がある。
中国政府はそれ以降、ダライ・ラマを「宗教の袈裟(けさ)をかぶったオオカミ」だと批判する一方、パンチェン・ラマを「祖国を愛した人士」と称賛してきた。この「愛国人士」が仏教の戒律を破って生まれた女性が、「中華民族の一員」として山車に乗って習近平(シー・チンピン)国家主席の前を行進したのである。
10世が亡くなった後の1995年5月、ダライ・ラマはインドからチベットに住む6歳の少年をその転生として認定した。しかし、共産党は直ちに少年を拉致し、別の傀儡をパンチェン・ラマ11世に擁立した。現在、この人気のない11世が共産党のためにチベット人に対して「愛国」を呼び掛ける看板となっている。
世界の亡命チベット人が集まった特別会議が10月初め、インド北部ダラムサラで開かれ、ダライ・ラマ継承の在り方はダライ・ラマ本人が決めると決議した。パンチェン・ラマ10世をめぐり繰り返された共産党の介入を今度こそ拒絶するためだ。
楊海英(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など
● >マサムネさん
シラユキ | URL | 2020/03/22(日) 22:33 [EDIT]
ニュースつめあわせありがとうございました。AFPBニュースのカンゼで発見された明代のチベット寺がとくに興味あります。きっと人里離れた山上なので文革にもあわず生き残ったのだと思います。カギュ派のお寺だったりするといろいろ歴史的にも面白いと思います。
● 芸術と法王猊下
マサムネ | URL | 2020/03/28(土) 11:41 [EDIT]
岡西佑奈のインスタグラム(yuunaokanishi) - 11月16日 20時19分
母が先日snsに投稿した内容
そんなことがあったなと
全ての繋がりが感慨深いこの頃。
ダライ・ラマからいただいた
石は今も大切なお守りです^ ^

線の美 岡西佑奈作品集 (日本語) 大型本 – 2019/11/22
岡西 佑奈 (著)
青幻舎
唯一無二の曲線を紡ぎ出す、美しき新進書家・岡西佑奈の初作品集。
自然界の「曲線美」を追求し、独自の感性とリズム感で作品に昇華させる気鋭の書家、岡西佑奈。凛とした佇まい
とダイナミックなパフォーマンスで注目を集め、近年では書の枠に留まらない、新たな作品世界を生み出している。
初作品集となる本書では、流麗かつ芯の強さを感じさせる書作品をはじめ、大海原を縦横無尽に泳ぐ鮫の泳跡を筆
で追いかけた《青曲》、マグマが沸き立つ大地の奥底、起源を描いた《紅畝》、鮮やかな色が乱舞する画面の内側
に「真実の言葉」を埋め込んで平和への祈りを託した《真言》と、主要シリーズから75点の作品を収録。
写真家、川島小鳥による撮り下ろしポートレートでは、国内外で精力的に活動を続ける岡西の、等身大の姿が垣間
見える。奈良東大寺で行われるアートプロジェクトに先駆け、待望の刊行。
〈展覧会情報〉
2019年11月16日〜21日、アートプロジェクト「真言」を、奈良の東大寺にて開催。
11月29〜30日、香港そごう 日本美術展(仮題)出展 オープニングセレモニーでのパフォーマンス。
12月4日〜28日 Whitestone Gallery Tokyo銀座にて個展開催予定。
2020年5月12日 ニューヨーク リンカーンセンター ヤングアーティストプログラムに招聘。

2020年度授業開始日程について(決定)
2020年3月24日
早稲田大学
2020年度授業開始日について、4月20日(月)以降に繰り下げることとして案内しましたが、新型コロナウイルス感染症に関する影響が多岐に渡っている中、授業運営への影響を最小限にすることを目的に、5月11日(月)に繰り下げることとします。
※人間科学部通信教育課程、大学院法務研究科、大学院経営管理研究科の授業開始日については別途定めます。
※2020年度春学期の授業カレンダーの詳細は別途お知らせします。
※その他、今後の状況を踏まえた本学の対応について、逐次ご連絡いたします。
以 上
March 24, 2020

チベット人亡命の地、甘酸っぱい紅茶が名物
2019.9.12
チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世が暮らすチベット人の亡命の地、インド北部ダラムサラで、名物になっている飲み物がある。紅茶にレモン汁、ショウガ、蜂蜜を加えた「レモンジンジャーハニーティー」で、甘酸っぱくて体が温まる。なぜダラムサラで広まったのか、発祥には諸説ある。
ダラムサラでも亡命者が多いマクロードガンジ地区。標高2000メートル前後の高地にあり、冬場は冷え込みが厳しい。1971年創業の「ホテルチベット」のレストラン責任者、ラクパさんは「このレストランが始まりだ」と誇らしげに語った。「もともとホットレモンを提供していたが、ホテルの経営者がお客さんに温まってほしいと考え、16年ほど前にショウガを加えることを提案した」という。
しかし別のホテルで働いていた男性は、自分のホテルで90年代後半からレストランのメニューに載っていたと主張。さらに別のホテルの女性従業員は「70年代に旅行に来たヒッピーが広めたはず。ケーキもヒッピーがチベット人に紹介した」と異を唱えた。ダラムサラを旅行中のイスラエル人女性は「子供の頃から飲んでいる。発祥の地なんてないんじゃない?」と話し、ダラムサラ発祥との見方を否定。はっきりしたことは分からずじまいだ。

 59年、ダライ・ラマがチベットからインドへ逃れると、多くの人がともに亡命。その後、元来バター茶を好んできたチベット人は、インド名物のミルクティーも飲むようになった。レモンジンジャーハニーティーにとどまらず、チベット人が亡命先で新しい味を受け入れてきたとはいえそうだ。(ダラムサラ 共同)



聖書博物館が所蔵する「死海文書」16点、すべて偽物だった
3/25(水)
博物館が依頼していた外部の調査チームは3月13日、これらが真っ赤な偽物であるという結果を発表した。どれも収集家、博物館の創立者、世界的な聖書学者をも欺くほど精巧に偽造されていた。
美術品詐欺の捜査が専門のコレット・ロール氏率いる調査チームは、200ページ以上にわたる報告書を提出し、断片自体は古代の皮革を使ったと見られ、文字は現代になって書かれたもので、本物の死海文書に見せかけるための細工が凝らされていると説明した。「これらの断片は、人をだます目的で偽造されたものです」と、ロール氏は述べた。
2017年の開館以来、聖書博物館は所蔵する死海文書を鑑定するために資金を出し、そのうち5点をドイツ連邦材料試験研究所へ送っていた。2018年に公表されたその結果は、5点はおそらくすべて現代の偽造品であるというものだった。
● 大隈重信の養嗣子で早稲田大学名誉総長を務めた大隈信常
マサムネ | URL | 2020/04/05(日) 13:27 [EDIT]
樋泉克夫のコラム
【知道中国 1817回】      支那の國ほど近付いてあらの見ゆる國は無し——關(1)
關和知『西隣游記』(非売品 日清印刷 大正七年)
 關和知(明治3=1870年〜大正14=1925年)は九十九里に面した千葉県長生郡に生まれる。豪農だった父親の事業失敗によって苦学を余儀なくされたが、東京専門学校(現在の早稲田大学)へ。立憲改進党機関紙記者の後に米国留学(イェ—ル大学、プリンストン大学)。帰国後、『萬朝報』記者を経て『東京毎日新聞』編集長に。明治42(1909)年の衆議院補欠選挙当選以来、連続7回当選。
 「支那は今日に於て單なる支那に非ず、支那の民族、支那の社會、支那の國家は、其の盛衰興亡の係はる所、直に我が帝國の運命に關す」。殊に第1次世界大戦後の国際情勢の激変を考えれば、「支那問題は同時に帝國の死活問題」であるから、「支那を研究し、支那を視察する」ことは急務だ。かくして「余等同人昨秋相携へて」40日ほどの視察旅行を行った。『西隣游記』は、その際の記録である——と巻頭に綴る。
 「同人」の6名は大隈重信の養嗣子で早稲田大学名誉総長を務めた大隈信常を筆頭に、以下は衆議院・貴族院議員をつとめた横山章、報知新聞社長を経て東京市長を務めた頼母木桂吉、衆議院議員(1915年〜45年12月)で日本タイプライター社長を務めた桜井兵五郎、陶芸家の原文次郎、それに關和知である。
もちろん、ここに示した肩書は必ずしも旅行当時のものではない。
 一行は、朝鮮を経て奉天、大連、青島、旅順、長春、撫順、天津、北京、武漢三鎮、蕪湖、南京、杭州などを巡り、上海から帰国している。足を運んだ各地において早稲田大学で学んだ留学生の成功者から歓待を受け、これに在留邦人の早稲田大学卒業生が加わり、さながら“稲門同窓会巡り”の感なきにしもあらずである。
 たとえば北京では、「私立中國大學を參觀す、早稲田出身者の多數によりて經營さるゝもの、其組織、學制殆ど早稲田の專門部に則る、(中略)現校長は姚君と稱す稲門の出なり」。かくして文中、屡々「早稲田の勢力仲々に盛んなり」の一文にお目にかかることになるが、やはりゴ愛敬といっておこう。
 『西隣游記』は「西隣游記」、「隣游餘録」、「不可解の支那人」、「支那土産談」、「支那と列國の共同保障」で構成されている。これといって特徴のない視察報告記といった趣の「西隣游記」は敢えて割愛し、「隣游餘録」から読み進むことにする。
 先ず清朝の重鎮で旅順に逼塞する「清室の連枝、肅親王に謁」す。肅親王は大隈を見届けるや開口一番に、「父侯爵(大隈重信)は余が平常老先生として敬事する所、今卿に接す恰も兄弟相見ゆるの感あり」と。
じつは肅親王と大隈重信の関係は「未見の舊識」だった。にもかかわらず、「恰も兄弟相見ゆるの感あり」である。すかさず關は「辭令の妙人を動かす」と綴る。とかく日本人は彼らの「辭令の妙」に簡単に乗せられてしまう。要厳重注意!
 「支那の時局」に関して肅親王は、「中國今上下を擧げて道義退廢人倫地に墜つ、斯の如くんば遂に亡國の運を免れず」。というのも「南方は徒に西洋思想の直譯的に流れ、空論自ら悦ぶもの到底國家を經緯するに足る無し」。一方の「北方は全然大義名分を辯ぜざる野心家の集合にして利己以外の何ものをも有せざる賊子なり」。
南北が対立抗争しているものの、「南方の武力は到底北方に敵す可からず」。だから北方が武力で「壓迫せば南方は遂に屈服すべし」。
だが、そうなったらそうなったで、「北方派は必ず内に軋轢を生じて互いに紛爭を事とする」。だから「中國の統一は容易に望む」ことはできない。
 だが「大旱の後には時雨の到るが如く」に「國内の擾亂其極に及べば大義名分を明らかにし、國民治を望むの念自ら興起すべく、統一の事業は是によりて成」るはず——だが、「辭令の妙人を動かす」ような肅親王の見解である。はたして信を置いてもいいものか。

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