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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2019/03/12(火)   CATEGORY: 未分類
なぜダライラマの言葉は心に響き続けるのか
アメリカのニュース雑誌『タイム』は2019年3月、三度ダライラマを表紙に掲げ、亡命60年目のダライラマインタビューを掲載した。原文はこちらです。あまりにも長いので途中から根気がつきましたので、正確に読みたい方は原文を参照してください。
本エントリーのタイトルはタイム誌の總タイトルからとったものです。

ダライラマは60年間仏教の顔であり続けた 中国はそれを変えたい。
                                      『タイム』2019年3月7日


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一面ヒマラヤ杉に覆われた小さな丘に朝が訪れた。ダライラマ14世猊下はダラムサラにある自室の仏殿で瞑想している。ダラムサラは北インドのカングラ渓谷の上流に建設されたぼろぼろの町だ。ゆっくりと瞑想から立ち上がりながら、法王は83才にしては素早い動きで足をのばした。そして座の下におかれた赤いフェルトのスリッパをみつけ、[彼と謁見すべく]外に集まりつつある群衆に目を向けた。

約300 人が法王にカター(拝礼に際して捧げる白いスカーフ状の布)を捧げて加持を受けようと二月の寒さをものともせずにそこにいた。伝統的な民族衣装をまとったブータンからの一団がいる。タイから来た男はイギリスのサッカーチームに優勝をもたらしてくれるよう聖なる祝福をえるために、リヴァプールF.C. のスカーフをもってきていた。二人の女性はダライラマの王座に近づくや感極まってこきざみにふるえながら數珠をつまぐりながら経文をとなえた。

ダライラマは大きな子供のようであった。つまり、頭のてっぺんを叩いたり、お下げ髪をひっぱったり、鼻をつまんだりして訪問者に対していた。会話はくすくす笑いや大笑いに満ちていた。


 ダライラマは『タイム』誌の90分インタビューの中で
「我々70億人の人間は感情的にも精神的にも肉体的にも同じである。みな幸せな生活を欲っしている」という。

 ダライラマの人生は臨界点に達している。彼は慈悲の顕現、観音菩薩の化身と考えられている。観音とは人類を救済するために涅槃に入ることをあえてやめた存在である。「ダライラマ」号はもとはチベットの最高位の僧を意味していた。チベットとはヒマラヤの彼方に隠れたテキサス州の二倍の広さをもつ遠い国である。

 しかし、17世紀、「ダライラマ(5世)」はこの秘密の国の政治的な絶対権力も握った。ダライラマ政権は毛沢東のチベット征服とともに変質し、現ダライラマ14世の統治は終わりを迎えた。1959年3月17日、ダライラマはインドへの亡命を余儀なくされた。

 以来60年の間、世界でもっとも孤立した民族の指導者は、世界で五億人近くが実践している宗教(仏教)のもっとも有名な顔となった。のみならず、彼の知名度は彼自身の信仰の領域を越え、仏教徒が保証を与えたマインドフルネスや瞑想のような、世界でさらに数億人に浸透した多くの実修法にまで及んでいる。さらに、子供の頃に「神王」と名付けられた貧しい農家の息子は、亡命後は西洋人にも帰依されている。1989年にはノーベル平和賞を受賞し、マーチン・スコセッシ監督が1997年に作成した自伝映画『クンドゥン』によって公的に評価されている。

 [ハリウッド俳優]リチャード・ギア、[ミュージシャンの]ビースティー・ボーイズや下院議長のナンシー・ペロシ氏などの「ダライラマは世界中の数億の人々の希望の使者」と称える支持者たちのおかげで、チベットの自治問題は西洋人の心から常に忘れさられることはない。

 しかし、ダライラマは老年に達し、旅行はより困難になってきている。中国の影響力は増し、ダライラマの影響力には陰りが見えてきている。今日、チベットからダライラマを追い出した中国共産党は、ダライラマの継承プロセスと仏教の教義などを取り入れることに着手している。

 表向きは無神論の共産党は資本主義ばかりか宗教にも順応している。彼らは習近平の下で北京政府が活発化させている漢人ナショナリズムの信仰の家を提唱している。一月、中国共産党は五年かけて仏教を漢化することを宣言した。何億$も投じて古代中国の宗教として信仰をブランド再生するのだ。

パキスタンからミャンマーに至るまでチャイナ・マネーは古代の仏教の聖地を活性化させ、仏教学を推進してきた。北京政府は30億$を投じて、釈尊の生まれたネパールのルンピニーの町を、空港、ホテル、コンベンションセンター、寺、大学のそなわった豪華な巡礼地へと変身させてきた。中国は2006年以後、世界仏教フォーラムを主催し、世界中から僧を招待している。

もちろん、世界でもっとも有名なダライラマを除いてであるが。北京政府はいまなおダライラマを脅威とみなしており、彼をもてなした国は即座に非難の対象とする。そしてその恫喝は効果を発揮しており、かつては世界中の都市で歓待されていたのが、2016年以後、ダライラマは世界の指導者たちと面会をしていない。

 ダライラマと約十万人のチベット人の亡命を受け入れたインドですら、チベット蜂起記念日60周年の記念日に「現在北京との関係が微妙である」ことを理由に代表を送っていない。ジョージ・ブッシュ大統領以後ドナルド・トランプに至るまで、すべてのアメリカ大統領はあえてダライラマと会見してきた。トランプは中国の国家統制経済を改革することについて議論する中で、ダライラマと会見している。

 今なおダライラマは故郷への帰還を望んでいる。いくら著名なセレブの友人たちがいようとも、彼は帰郷を望む一人の人間であり、主を奪われた民の指導者なのである。2011年に亡命社会の政治の長の地位からは退いたものの、彼は単純に中国内にある聖地の巡礼を希望しており、『タイム』にも「私は心から中国の仏教徒に尽くしたい」と語っている。

 にもかかわらず、中国共産党はダライラマを「僧衣を着た狼」、中国の官僚が言うように危険な「分裂主義者」と認識している。しかしダライラマは「いかなる合意もチベットを中華人民共和国内にどとめなければならない」という地政学的な現実を認識しつつ、1974年以後「独立」要求を停止している。ダライラマは完全独立にかえて、「高度な自治、宗教・文化的な自由」を要求している。それはたいした問題ではない。

 コロンビア大学のチベット学の教授グレイ・タトルは「この点に返答がなされることは考え難いです。すべてのカードを中国が握っている。」と言う。
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先代ダライラマ13世の側近であるチベットの高僧たちが、一連の神託や予言に従って東北チベットの村にやってきた時、ラモトンドゥプという二歳の男児は先代ダライラマ13世の転生者に認定された。
 早熟なよちよち歩きの子供はダライラマ13世の遺品を認識し、自らを先代の後継者であると宣言するように高僧たちに促した。四才になると彼は黄金の神輿にゆられてチベットの都ラサにおくられ、まばゆいポタラ宮の玉座にすえられた。そして毎日最高の学者たちから仏教の教学を学ぶこととなった。

ダライラマは笑いながら「時々、先生は私を鞭で脅した。鞭は聖なる人に用いるいうことで黄色であったが、いったん鞭がふるわれたら聖であろうが俗であろうが痛いことに変わりはなかった」と回想している。

孤独な子供時代であった。両親にもめったに逢えず、同世代の子供との接触も、家長となった兄のロプサンサムテンを除いては許されていなかった。先生たちは仏教に重点を置いていたが、たぶんそのせいで、ダライラマは科学や技術に魅力を感じた。彼は映写機やカメラをその構造を知るために分解しては組み立て直した。オーストリアの登山家ハインリッヒ・ハラーは「ダライラマはその理解力、根気強さ、勤勉さで私を驚かせ続けた」と『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の中で記している。ハラーは当時ラサに居住することを許された六人のヨーロッパ人の一人であり、ダライラマの家庭教師も務めていた。今日なお、ダライラマは「半分、仏教、残り半分は科学者」と誇らしげに自称している。

 かつてのダライラマは18才の誕生日に政治権力を握り、それ以前は摂政が統治することになっていたが、毛沢東の軍隊がやってきてチベットを領土主張したことにより、チベット政府はわずか十五歳でダライラマ14世に全権を奉還することとなった。彼は忠実ではあるが装備の貧弱な国民をなだめながら、侵略軍と交渉するという事態に投げ込まれたのである。

 状況は占領軍が到来してからの9年間でさらに悪化した。中国の宣言文が仏陀を「反動的」と称したことは、270万の敬虔な民を怒らせ、1959年3月にはダライラマが拉致される、暗殺されるという噂が広まり、それが深刻な流血の事態をひきおこした有名な運命の蜂起をもたらした。「ポタラ宮の前の川の対岸に中国の砲台があり、それまでは大砲にカバーがかけられていたが、15日から16日にかけてカバーがはずされた。だから、われわれは事態の深刻さを覚り、17日の朝、私は脱出を決意した。」ダライラマはこう回想した。

二週間にわたるインドへの旅は緊張感に満ちていた。世界でもっとも過酷な自然の中にある高原を横切って中国軍が一行をハンティングしていたからである。ダライラマはヤクと牛の混血種であるゾの背中にのって未知のインドへと到着した。ダライラマが旅の途上で宿とした建物はすぐに仏殿に変えられた。しかし、彼がとおった場所は毛沢東のひきおこした災害規模の大躍進政策と文化大革命によって草木も生えない状態にされた。何十万人もが死んだ。そして、ある統計によれば、全体の99.9%にあたる6400の僧院が破壊された。

 チベット人は他者との接触を断ち、放っておいてもらいたいと思っていたが、それが非常に悪く作用した。ダライラマの王国は同盟国をもたず、ラサ政府はいかなる他国とも公的な外交関係を樹立せず、国際機関に参加を表明もしていなかった。ダライラマの嘆願はたやすく無視された。チベットは第二次世界大戦中誠実に中立をまもり、アメリカは朝鮮半島でおきたばかりの軍事衝突(朝鮮戦争)にはまりこんでいた。

ダライラマはこういう。「[初代インドの首相]パンディット・ネルーはこういったよ『アメリカはチベットを解放するために中国の共産党員とは戦わないよ。遅かれ早かれあなたは中国政府と対話しなければならない』」


ダライラマに従ってインドに逃げたチベット人たちは固定した家屋をたてず、荷ほどきしないままだった。なぜならか彼らはすぐに祖国に凱旋できると信じていたからである。しかしそうはならなかった。

 中国と亡命チベット政府の間で行われたそれから40年にわたる「対話」は何も結果を生まなかったのである。1970年代にダライラマ特使と改革解放派の鄧小平との間でおためごかしの「対話」が始まり、それは鄧小平の後継者江沢民に引き継がれた。「対話」はチベットの独立を議題にしないことを要求し、さらに、そのダラダラ続く協議は1994年に一旦停止し、2000年代に一時再開し再び今足踏み状態である。

この間、チベットは北京政府のいいなりである。国際連合の人権高等弁務官は「事態はこの地域で急速に悪化している」と嘆く。五月、チベット人ビジネスマン、タシワンチュクが単にチベット語の学習を推奨したという罪で五年の刑を宣告された。十二月には政府は僧院内でチベット語やチベット文化を教えることを禁じる指示を出した。かつては「神々のすまい」と称されたラサの町はいまや中国の他の都市と同じくネオンとコンクリートの建物がひしめく雑然とした町になりはてている。アメリカ合衆国は公式にはチベットは中国の一部であると承認しつつも、副大統領のペンスは七月「チベットの人々が中国政府に残忍に抑圧されている」と述べている。
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多くがチベットの文化と宗教の自由は北京政府によって攻撃にさらされていると証言している。チベット人のあるものは彼らの扱いに抗議するべく極端な手法に訴えた。2009年以来、150人以上の僧、尼僧、一般市民のチベット人が焼身抗議を行っている。焼身抗議者はしばしば今際の際に最後の力をふりしぼってダライラマを称える。ダライラマは非暴力を提唱しているにも拘わらず、この抗議のやり方を批判しないと批判されているが、ダライラマはこういう

「難しい状況です。もし私が焼身抗議者を非難すればその家族は悲しいでしょう。しかし、彼らの犠牲は何の効果も生まないし問題をより大きくするだけです」



 北京政府はチベットにおける人権侵害の誹りを全力で否定している。かれらはチベット人の宗教・文化を完璧に尊重していると主張し、いかに孤立し貧しいチベットの生活水準をあげたかを強調する。ある公的な数字に基づくと、中国は主要な僧院と聖地を刷新するために4・5億$をつぎ込んでおり、2023年までに2.9億$の予算を組んでいる。600万チベット人の繁栄を促進するために、新しい空港、世界有数の高山を貫通する高速道路などを建設する970億$相当の大規模なインフラ整備計画にも世界第二位の経済大国(中国)はゴーサインをだしている。
 
 このレベルの投資は亡命チベット人にジレンマを与えている。亡命者の大半はインドに「特別な客」として住んでおり、働くこともできるし教育を受けることもできるが、重要なこととして不動産を購入できない。多くの難民は道路工事や、観光客あいてにアクセサリーを売るなどの劣悪な仕事で疲弊している。そして多くのチベット人の若者は彼らのまだみぬ故郷に魅せられ、故郷に戻ることを選択し始めている。ダラムサラの「ラ」NGOの長であるドルジキは「もし子供達に安全で安心な未来を望むのなら、チベットにもどるか、市民権の得られるどこかの国にいくしかない」という。
 
 本土への帰還者たちの多くはチベットで育ったチベット人よりも高度な教育と外国での体験で武装している。「チベット子供村」(インド在住の52000人の若いチベット人をケアする五つの孤児院と八つの学校のネットワーク)の校長ツェテンドルジェは「彼らのうち何人かはうまくやっています。ただし、彼らが政治に巻き込まれたなら、トラブルがおきます」という。

チベットはなおダラムサラに亡命政権、中央チベット政府(CTA) を有しているものの、内紛とスキャンダルがつきまとっている。亡命者は自身の道を構築しつつある。昨年九月、ダライラマはダラムサラの寺院で撮影された映像の中で若いチベット人にむけてこう語った。

「亡命の地にあって乞食として生きるくらいなら、北京政府の統治の下で生きた方がいい」

『タイム』に向けても彼はこういう。

「亡命チベット人が中国に戻ることを選んでも、ノープロブレムだよ」

他国で成功したチベット人でも帰還を望む者はいる。ソンツェンギャスル(45) は亡命第一世代の両親が手に入れたスイスの土地を売り、中国のシャングリラ・クラフトビールの醸造所を2014年にたちあげた。今日、彼の醸造所は受賞歴をもち、年間、260万ガロンのラガー、エール、ポーターを醸造する能力をもつ。彼は母親がチベット地域で1990年代に立ち上げた孤児院の職員の80%を採用した。「チベットはここに住むひとたちにインパクトを与えることのできる外国で高い教育を受け、よく訓練されたプロをたくさん擁している」



『失われた地平線』ではかつてのチベットは精神的で農業ベースのユートピアに描かれていたが、チベット王国は決してユートピアではなかった。大半の住民はホッブスのいう「万人の万人に対する闘争」の世界を生きていた。貴族は七段階にランクづけされ、その最高位はダライラマ一人であった。一般人は教育の類いは施されず、近代的な医学、とくに外科が禁じられていたため、小さな傷でも命取りになった。病人は大麦の粉、バター、高僧の尿をまぜあわせた粥で看病され、平均寿命は36才であった。犯罪者は手足を切断され、煮立ったバターによって焼かれた。通行可能な道路が少ないため、車輪ですら広く用いられることはなかった。

 ダライラマも「チベットはすごく、すごく、遅れていた。」と認め、「だから、改革を行うはずであった」という。しかし、彼はまた伝統的なチベット人の生活は現在よりもずっと自然に叶っていたとも強調する。チベットは南極・北極を除き、世界でもっとも多くの淡水を保持している。そのため、環境問題専門家はチベットを特に北京政府がひきおこす息が詰まるような開発によって被害を受けやすい「第三極」と名付けている。

 ダライラマはいう。「地球温暖化はこの大陸、あの大陸、この国、あの国とか関係なしに進行している。」このさしせまった危機は誰の責任かと問われると、ダライラマは北京でなくワシントンを名指しした。

「アメリカは自由世界の盟主として地球規模の問題にもっと真剣に取り組むべきだ」


ダライラマ個人はさわやかでものおじしない人である。よく笑い、突き出た耳は彼をとても無害で可愛く見せている。いかに彼が人に触りたがるかは筆舌に尽くしがたい。彼は精神的にも肉体的にも、伝統的にも近代的にも等しくくつろいでみえる。iPad にさらさら流れる川と山の映像をうつしだして瞑想したかと思えば、二三分後にはチベット語の伝統的な経典をめくっている。夕方六時にひきあげ、朝は午前四時におきてまず朝の数時間を瞑想して過ごす。

 「西洋文明はアメリカも含めて物質的な生活を指向しすぎている。しかし、そのような文化はたくさんのストレス、不安、嫉妬などをうみだしている。だから、私はいま一番「内なる価値」(精神的な価値) を育むことを推進することに注力している。幼稚園から子供たちは感情のコントロールの仕方をもっと教わるべきである。宗教のあるなしに係わらず、破壊的な感情と立ち向かい、より穏やかで、より内なる平和を得た人になれるよう、人として我々はもっと感情の構造を学ぶべきである。」


 彼が第二に傾注しているのは各宗教間の調和である。中東の混迷はイスラム世界における分派間の抗争を伴っている。
「イランは主にシーア派であり、サウジアラビアと彼らのお金はスンニー派である。これが問題だ。なんと心が狭いのか」と嘆き、あらゆる宗教の信奉者たちがもっと思考を「広げる」ように勧める。

仏教にも過激派はいる。仏教の主題は、唯一神をもたない無神論として調和と精神的な清潔性を強調することにより、他の信仰をもつものもガチガチの無神論者もアクセスしやすいものである。しかし、アジテーターの僧侶がムスリムのロヒンギャの虐殺を促しているミャンマーの状況について、ダライラマは「悲しいことだ」という。

「あらゆる宗教は人に対する慈しみを育む伝統を内包している。なのに彼らは暴力と分裂を引き起こしている。」

ダライラマは地球規模の問題にも鋭い目を向けており、積極的に発言している。トランプ大統領の「アメリカ第一主義」の外交政策とアメリカの南国境における壁建設のこだわりは、ダライラマを「不快」にさせている。ダライラマはメキシコはアメリカの良き隣人と呼び、さしせまるイギリスのブレグジットも叱責の対象である。ダライラマは常にEUを賞賛している。


 九十才が近くなり、おつきのもの助けをかりながら歩きつつ、ダライラマは人の意識を探り、みなが当たり前と感じていることに疑問を呈し続けている。チベット暦新年にあたる西暦の二月に、ダライラマは人工知能から生じる問題、宗教のドグマに何も考えずに従うことについて「人工知能は決して人の心にはかなわない」と語っている。

ダライラマは釈尊ですらこう言っているという。
「私の教えを無条件に信じるのではなく、綿密に精査し、もし理性に照らして問題があるなら、私の教えであっても受け入れてはならない。」

 これはダライラマ自身の主張とも一致している。まだ少年だった時でもダライラマは科学的な心に導かれ、自分が神王の十四代目の化身であることに疑義を呈していた。ダライラマの師は、「先代のダライラマはとても馬が好きだったのに、当代がとくに馬好きでないことはおかしい」と、回想している。

 そして今、成長したダライラマは彼の存在を定義づけているダライラマ制は本質的に封建的であると言い、彼は自分が死んだ時、精神的な要素はさておき、政治的な権威は付与されるべきではないという。

 ダライラマは言う。「ダライラマ制はある時点にはじまった。それは制度が今日的な意味をもたなくなる時がくることも意味している。やめてもノーブロブレムだよ。私はダライラマ制に関心はないよ。私より中国共産党の方がより関心をもっているんじゃないか。」

 たしかに共産党はダライラマの継承に興味津々である。亡命社会に打撃を与えるために、中国はチベット仏教の指導者を共産党関係者にすることに着手し始めている。ダライラマが1995年に一人のチベット人の少年をパンチェンラマ(ダライラマにつぐ権威をもつ高僧)の転生者に指名すると、中国当局は少年を「保護観察」下におき、いいなりになる人物を代わりにすえた。ダライラマの指名した少年がどこにいるのかは今もって分からない。

 従って、ダライラマがもしこの世を去る時がきたならば、15世ダライラマを無神論の中国共産党が選定することは大いにありうることなのである。

前述のタトル教授はこういう「中国がそのために準備していることは明白です。馬鹿馬鹿しいことですが。」
チベット仏教の信徒は亡命政府の選んだダライラマと共産党の選んだダライラマのどちらに従うのかの選択を迫られるであろう。この点について当代のダライラマの意見ははっきりしている。
「次のダライラマに関するいかなる決定も、すべてチベット人の手に委ねられている」


疑いなく、共産党がダライラマを指名したいという願望は中国に2.4億人の仏教徒がいるという事実から生じている。仏教徒の数と共産党員の数は三対一で仏教徒の方が多い。共産党はこの力を法律によって縛ることを熱望しており、仏教徒をダライラマ制に結びつけることによってそれが実現すると信じている。それが「チベット自治」を象徴的に葬りさり、70年前にはじまった中華人民共和国によるチベットの完全吸収を完遂させると北京政府は期待している。

従って、皮肉なことに、当代の神王の希望は結果として叶うことになるだろう。いつかダライラマは中国へ帰ることになるだろう。当代の体でか、次代の体でか、そこに祝福があるかないかは分からないが。
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COMMENT

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あくび母 | URL | 2019/03/12(火) 19:45 [EDIT]
長文ご翻訳ありがとうございます。感謝します。

miyacoma | URL | 2019/03/13(水) 09:11 [EDIT]
翻訳ありがとうございました!
未だ英文をサラサラと読む能力を手にしていないため、原文から読んだらどれほど時間がかかってしまったことか…
いろいろな視点から迫る記事を載せる雑誌や新聞が、日本にも増えていくとよいのですが。
例年3月は仕事の最盛期で叶わないピースマーチ、今年こそは参加をと予定を空けていたのに、直前に腰を傷めて断念(雨降りに駅の改札前に落ちていた傘袋のビニールですっ転んだ…( ´∀`))、前エントリーの実況?で参加した気になりました〜。

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