fc2ブログ
白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2023/03/27(月)   CATEGORY: 未分類
チベット暦新年に特報が!
3月7日(チベット暦1月15日) 伝統のジャータカ講義
今年のチベット暦元旦(ロサル)は西暦の2月21日にあたった。チベットではこの日から15日後の満月の日にむけて満ちていく月に歩調を合わせるように、ノンストップでお正月の行事でもりあがりまくる。今年のロサルの満月の日は3月7日で、この日は伝統にのっとってダライラマがお釈迦様の前世のエピソード(Jataka Mala) から一つを選んで説法する。今年は第11話の釈尊がかつて神々の王シャクラであった時の話をとりあげた。
2023-03-07-Dharamsala-N10_SA13164.jpg

神々の王シャクラはそのあまりの威厳と名声がとどろいていたことから、阿修羅が嫉妬して戦争をしかけてきた。シャクラは黄金の戦車にのり、阿羅漢の姿で戦に臨んだ。いざ戦いがはじまると、両軍の間に矢が飛び交い阿鼻叫喚の巷となり、シャクラの軍は敗走を始めた。御者マーターリはシャクラの戦車を逆方向に回転させ退却をはじめると、戦車の前方にパンヤの木があり、シャクラがみると、その上にいまだ巣立ちをしていない雛を擁した鷲の巣があった。このまま進めば木は砕け散り雛は死んでしまう。

 これに気づくやシャクラはマーターリに「パンヤの木の上に鷲の巣がある。まだ羽も生えそろわない雛がいる。そんな風にすすんだら戦車で巣が壊れてしまう。」
 マーターリ「しかし阿修羅に追いつかれます」。
 シャクラ「巣を避けて進めばよい」
 マーターリ「ムリ」
 するとシャクラは慈悲の心に突き動かされて、「では戦車を戻せ。私がこの哀れな生き物を殺害して恥辱のうちに生きるよりも、阿修羅の棍棒に打たれて死んだ方がましだ」といい、マーターリに戦車を引き返させた。
 阿修羅たちはシャクラの英雄的な行動をみて恐れおののき、雨雲が風によって吹き消されるようちりぢりとなった。逃げようとしていた神々もシャクラに拝礼し戦場に戻って勝利が得られた。
 かくして釈尊は遠い昔自らの命を危険にさらしても動物の命を守ったのである。

 命をかけて鳥の雛をまもるなんて、ええ話や。
 
3月8日 チャクラサンヴァラ灌頂の席でジェブツンダンパ10世がお披露目
 8日(チベット暦1月16日) から二日間かけてウランバートル(モンゴルの首都)のガンデン・テクチェン・チューリン僧院が施主となってダライラマによるチャクラサンヴァラ尊の灌頂授与が行われた。

この日が前行、翌9日が本行である。前行の冒頭、座についた法王は衝撃的な発言をされた。今日この席にジェブツンダンパ9世の転生者が参列しているというのである。続いて、チャクラ・サンヴァラ尊にはルーイーパ流、ガンター流、クリシュナチャーリン流と三つの流派があるが、今回のクリシュナチャーリン流はチベットではレアな法統であるが、歴代ジェブツンダンパが修行をしていた本尊であるとのことであった。施主がモンゴルのガンデン大僧院で、ジェブツンダンパの転生が参列しているということは、今回は彼のために企画された灌頂であったのだ。
2023-03-08-Dharamsala-N10_SA13633.jpg

 ダライラマによるジェブツンダンパ10世の転生者認定は、2016年に行われていたが、成長するまではどこの誰であるかは秘しておくという方針であり(詳しくはこのブログでも扱った)、モンゴル側もここ一ヶ月「ジェブツンダンパ10世の即位があるか」と聞かれると「まだ先のことだ」と否定し続けていた。

 転生者を公表しない理由はパンチェンラマ11世がダライラマ14世に認定された瞬間に中国共産党に拉致されて消えた事件が影響しているであろう。パンチェンラマ11世ゲンドゥン・チュキニマはアムネスティ・インターナショナルが世界でもっとも幼い政治囚として認定し30年たった現在にいたるまで中国政府に対してその居所を明かすように国際社会が要求し続けている。
 
 ジェブツンダンパ8世はかつてモンゴルが清朝・中華民国から独立した際の国王であった。その転生者がもつ影響力を中国が早いうち排除しようなんて思わないとも限らない。モンゴルは中国に経済的に依存しているが政治的には距離を置いており、上海機構にも加盟していない。だから、このジェブツンダンパの転生に対しても何をするか分からないので、とにかく成長するまでは人定はされない方が安全ではある。

 かりに中国がジェブツンダンパの転生を何とも思っていなかったとしても、歴代のジェブツンダンパの何人かがそうであったように、子供のうちに悪いアソビを教えるタニマチが取り巻きとなって修行も学問もいまいちなお坊さんになってしまっては目も当てられない。そのためにはあと15年くらいは公式の場所にはださず俗世界から隔離しておいた方がいいと思う。

 この件は3月12日に行われたモンゴル研究者の雑談会(笑)で話題になり、ボグド・ハーン政権(ジェブツンダンパ8世の政府)の研究者のT先生が、この転生者の子供は某国会議員の娘の子でアメリカとの二重国籍をもっており、モンゴルで二重国籍が認可されるようになったのはこの子が生まれた年なので、この子のための法案だったのではないかと教えてくれた。つまり、中国がこの子に軽々に手出しができないようにモンゴル政府はこの子にアメリカ国籍を持てるようにしたというのである。モンゴル政府も考えているな。今後の展開を注視すべし。

ちなみに、法王のクリシャナ・チャーリン流チャクラサンヴァラ尊の灌頂はこのサイトで日本語通訳つきでみられます。


3月10日 チベット蜂起記念日
この日は1959年にダライラマ14世をまもるためチベットの市民が自然発生的に蜂起した日。チベット蜂起記念日である。この日は世界中のチベット人と支援者たちが中国政府によるチベット支配の不当を訴える日である。日本では東京大空襲の日と重なり、さらに東日本大震災の前の日とあって、なかなか新聞で特集がくまれにくくなっている。


3月17日 『ダライラマ6世恋愛詩集』が岩波文庫から発売

008.jpg

ダライラマ6世はタワン(現アルナチャール・プラデーシュ州)のニンマ派の家系の生まれであり、1697年に摂政サンゲギャムツォによってお披露目されるまで自分がダライラマの転生者であることを知らなかった。ニンマ派は戒律の護持に重きをおかないことから、1702年にお年頃の6世は戒律を返上し密教行者として振る舞い始めた。戒律を重視するゲルク派の高僧たちやモンゴル人施主たちはこの事態に戸惑い、最終的には1705年にモンゴルのラサン・ハンに廃位され、清朝に護送される途上青海でなくなった。戒律を守らないダライラマは物議をかもすので、以来歴代ダライラマは戒律をきちんと守る教育が幼いウチから施されるようになった。6世はチベット人に人気があり、中国政府もダライラマ6世を崇拝することを禁止していないが、それはこのダライラマが政治力のないダライラマだったからだろうな。

さあ、来月はいよいよ拙著『物語 チベットの歴史』がでます。乞うご期待!
[ TB*0 | CO*4 ] page top
Copyright © 白雪姫と七人の小坊主達. all rights reserved. ページの先頭へ