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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2022/07/24(日)   CATEGORY: 未分類
オンライン学会参戦日記
三年一度の国際チベット学会(iats2022)は今年はプラハで開催だ。院生Wくんは開催決定の際の「ビールが水より安い」という売り込み文句にまんまとのせられ、ウクライナで戦争がはじまろうが、コロナで出入国の手続き煩雑きまわろうがおかまいなしに、対面参加を即決していた。
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 私はDan Martin 先生の記念論集のサプライズパーティがあるので、行きたかったのだが、あらゆる要素がいまは海外旅行するなといっているような気がしたのでオンライン参加にした。
 そしたらオンライン参加は事前に発表動画をとって送れとのことで、その締め切りが6/25日。

6月25日

 締め切り日に元院生Mから電話。嫌な予感しかしない。

 元院生M「センセー、発表資料は紙に書いて紙芝居みたいに手にもってケータイでうつせばいいんですか
 
 「いますぐパソコンにzoomをダウンロードしろっ。手書き紙芝居なんかするくらいなら、発表やめろっっっ。」

 聞けばzoomが何かもわかっていない。この子が院をでたあとでコロナ禍になったから、彼は遠隔授業の経験がないんだ。そのあとも、zoomのダウンロードもやり方わからないというので、合掌して電話をたたっきる。今日が締め切りでこの状態では打つ手はない。

 すると、何日後かに院生M「締め切り延ばしてもらいました。友達にzoom の使い方をならって動画学会本部におくりましたとのこと。
 プログラムが発表されると私は初日7/4の14:00からで、なぜか元院生Mと同じパネル。院生Wくんは別パネルで同じ時間帯であった。初日、同じパネル・・・・やな予感しかしない。
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7月1日

院生Wくんは学会初日二日前に日本をたった。格安航空券でアブダビとフランクフルトで乗り継ぐので38時間だかかかるからだという。合掌して見送る。
 
7月3日 

 しばらくしてWくんのTwitterは不穏な状況をつげはじめる。
アブダビ空港でオーバーブッキングとなり、これはなんとかなったものの、フランクフルト→プラハ便がキャンセルとなり、彼はその時座席を失った千人からの人と共にルフトハンザにほおりだされたのである。ルフトハンザのカウンターは人手がたりてないことが明白で、長旅で疲れゾンビ化した乗客の怒声と暴力にみちあふれていた。
 彼が深夜便でついた頃には当然近郊のホテルは満杯。ルフトハンザは「行ける人は電車で行け」というが、荷物が手元にないWくんはそれもできず、フランクフルト空港の薄汚い空港の床にねるハメになった。

 まだ発表原稿を仕上げていなかった彼は夜の空港を徘徊してコンセントを探し周り、やっと探し当てたコンセントからパソコンに電流を送っていると、後ろに人の気配が・・・・。
 同じように疲れ切った乗客が彼に電源タップをわけてくれとにじりよってきていたのであった。

 Wくん「僕はあの人の眼を忘れられません。。。」
 こうして夜のフランクフルト空港で発表前日に彼の発表原稿は完成したのであった。

 一方私は発表は明日だというのに、オンライン参加者がいったいいかなる形でハイブリッドの学会に参加できるのかの指示が無く、さっぱり分からない。学会本部にもメールしまくったが音沙汰なし。やっとギリギリになって学会から、プログラムの該当パネルにURLがでるからそれがzoom参加の入り口であるとの通知がくる。発表動画はYOutubeに53本並んでいて、参加者はいつでもみることができる。
 発表動画がながれたあと10分の質疑応答時間があり、そこだけzoomで会場とやりとりするわけである。

7月4日

 いよいよ私と元院生Mと院生Wの発表日。時差があるので、一番早い元院生Mでも19:15分からである。すると18:00頃、元院生Mから入電。
 元院生M 「センセー、僕の発表あと一時間で流れるんですが、会場のzoomに入れません。センセーも同じパネルだからセンセーも参加できませんよ。」
  確かに指示されたURLでは入れない。私の発表まではあと二時間あるからそれまでになんとかしなければ。

 元院生M 「センセー、センセーがもし参加できたら僕の御陰ですからね。」
 学会本部にメールしてURLが機能していないことを告げるが返事が来ない。仕方ないので院生Wくんに直電。

「あなたも私と同じ発表時間でほんっとに悪いんだけど、いますぐ私の発表が流れる部屋にいって、会場のパソコンをみてきて。大会本部にメールしているけど返事がないのよ」

院生W「はい・・・・わかりました・・・・」
やばい。電話口の声は死んでいて、電話をきった瞬間に私の指示を忘れるであろうというレベル。フランクフルトで28時間の床生活をしてこれから英語での発表を控えている彼にはもう師匠に回す気はのこっていなかった。

 しかたないので、別の部屋にいるK先生に電話して部屋に急行してもらったが、そこで分かった事実。
 午前中はパソコンのzoomが起動していなかった。そしてURLも違っていた。そこでやっとつながったが、そのゴタゴタで結局質疑応答の時間はとれなかった(学会は同時にいろいろなパネルが動いているので予定はミリも動かせない)。

それから四日後・・・

 元院生M「センセー、発表のyoutube動画、spitiの先生のが一番いいねがついててぼくのが次なので、僕の勝ちです」

 私「いいね! を競い合う場じゃねえ」


7月16日
  Hバード大学のKP教授よりメール。

「この前のパーティ(Dan Martin の記念論集出版サプライズパーティ)、お前こなくてよかったよ。あの学会スーパースプレッダーがいたのか、みんなコロナにかかった。お前の学生にうつしてないか心配だから連絡した。咳がでてとにかく不快なんだよ!!!」

 ちなみにその直後、学会本部からもコロナが蔓延しているから、かかった人は学会に申し出てね💖というメールがきていた。

 幸い院生Wくんにはうつってなかったが、これでうつっていたら、Wくんはオーバーブッキング、フライト・キャンセル、ロストバゲージ、コロナ感染という不幸の役満。

 ちなみに、7月4日、当日の私が送った苦情にたいし学会から謝罪メールがきたのは、7月16日のことであった。
 時差12日。

 オンライン参加にして本当によかった。 

最後に学会らしい情報
「モンラム大辞典の完成について」

モンラムさんというお坊さんが中心となって紙媒体にしたら233巻のチベット語の辞書がでた。これはパソコンやケータイからひける電子辞書であり、現在も新たな語彙が加わっているので、紙媒体で買うよりはアプリで使う方がいい。ダライ・ラマ・トラスト(ダライ・ラマの資産管理団体 webはここ)が協賛して各宗派の高僧たちも執筆者となった結果、これまで本土チベットででていた蔵漢大辞典(三冊)よりも遙かに大部のチベット語辞書がでたわけである。
 チベット語の語彙解説については難民チベット人社会の方が文化を維持している分ちゃんとできるってことを、某政府にオラオラ示したもことになろう。以下辞書についての説明。
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Monlam Grand Tibetan Dictionary)2022年版
2022年3月28日
モンラム・チベット情報工学研究所

モンラム大辞典(Monlam Grand Tibetan Dictionary)は、2012年4月30日に初版を公開して以来、継続的に増補を繰り返し、現在は2021年12月末日までに編纂したものを公開している。本辞典の編纂責任はモンラム・チベット情報工学研究所(Monlam Tibetan IT Research Center)が負い、亡命チベット難民のコミュニティーに関連する様々な文化事業団体と提携した継続的なプロジェクトとして、35の編集部会、200名以上もの編集委員に原稿依頼して行ったが、当事業は亡命社会におけるチベットの言語・文化に関する最大規模の事業のひとつである。
本大辞典は、見出し語399,500語、625,552の語釈、240,884の例文よりなる、ウェブ版、Windows版、MacOS版、iOS版、Android版といった様々な環境で利用可能に編纂された電子辞書であり、紙媒体で印刷すると本編148巻、補遺75巻の計全223巻より構成され、総ページ数は、133,870ページ、総音節数64,663,121音節、総重量230kgある、世界にも類をみない大部の辞典となった。今日までモンラム大辞典はiOSだけでも全世界で700万ダウンロードのユーザ数を獲得できている。
本辞典の編纂方針については既に2度にわたる国際チベット学会(International Association for Tibetan Studies)の辞書部会にて報告を行ったが、チベット内外の各分野の有識者や編集協力者を様々な議論を繰り返し、内外の辞書編纂プロジェクトに関与したことのある多くの研究者から助言を得ると同時に、現代の辞書学の成果に立脚した編纂作業を実施することができた。
基本的な編集作業としては、まずは見出し語の調査・確定を行い、それに対する語釈の分量の確定、語彙の分類・それらの分類、同意語・キーワード、反対語・同義語・類義語・省略語・語源・図版・例文・出典文の掲載・注記など、これまでの編纂されてきたチベット語の辞書編纂方針を土台と適宜尾しながら、同時に様々な改良を加えながら以下の基本要素を編集していった。
また本辞典で、主として1950年以前までに広く用いられている語彙を収録し、宗教・芸術工学・論理学・文法学・語源学・舞楽学・天文数学・文芸学・韻律学という伝統的な十分野の専門術語を採用しただけではなく、歴史、伝統的な土地占い、現代の地理学、古語、方言、政治用語、科学用語、哲学や実践法など以下の図に示すような各分野の専門的な語彙を、39万語以上採用し、古代インドからチベットへともたらされた専門用語の60%以上の用語を現状では採用できた。これらまだ完全なものではなく、今後随時増補・改訂を繰り返しさらなる充実をしてゆく予定である。

本辞典は、今日の辞書学の成果に基づいて編纂した最初のチベット語辞典であり、編纂にあたり、チベットの伝統的な宗教の各宗派・各学説が、特定の見解などに偏向することなく、ひろく協力関係を構築しながら、一致協力して編纂するという基本方針を忠実に反映させながらも、国際的に活躍しているチベット学研究者からこれまで寄せられてきた多くの要望をも反映し、これまで辞書編纂の経験のある編集委員の経験を活かしつつ、現行版を公開している。
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DATE: 2022/07/17(日)   CATEGORY: 未分類
トーハクにおけるチベット仏教美術展のお知らせ
トーハクがどうしたことか、館蔵のチベット美術の名品を企画展で展示してくれるとのこと。
『清朝とチベット仏教』(この本アマゾンでなく早稲田大学出版部に直接注文してね)という拙著をだした身としては、是非いかねばならぬ。
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チベット密教美術の専門家田中公明先生によると「康煕帝の第10皇子が制作させた曼荼羅や、寺本婉雅が将来した乾隆帝の御衣で表装したツォンカパ伝のタンカなどが出品されます。何れも本邦初公開です。」
とのことで、康煕帝の10子といえばあのチベット仏教通で有名な胤禮。そのマンダラが何故日本に入ったのかも興味深い。とにかく誰がいかなくとも私がいく。

2022年7月26日(火) ~ 2022年9月19日(月) 平成館企画展示室
当館のチベット仏教関係資料をまとめてご紹介するのは、1999年の東洋館開館30周年記念特集「河口慧海将来品とラマ教美術」以来、約20年ぶりです。
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