ロシア市民は戦争を望んでいない(付近著の紹介)
プーチンがウクライナに侵攻し、ウクライナが戦場になってしまった。プーチンの思考回路はソ連時代そのままで、なんと核までちらつかせて欧米を威圧している。あの中国ですら今回のプーチンの行動に動揺しているのはワロタ(そのあと尻馬にのる可能性もあるけど)。去年のミャンマーの軍事クーデターも、アフガニスタンのタリバン復権も衝撃であったが、今回、こんな野蛮な形の戦争が始まったことに、衝撃を禁じ得ない。
日本のマスコミがプーチンの言い分まで伝えているが、これ必要ないと思う。「過去に同一国であった」、とか、「NATOの東方拡大を続けている」とか、過去に遡った国境画定なんてはじめたら世界中で紛争がおきるから現今の国境線を護ろうときめたんじゃん。NATOに入るか入らないかは主権国家であるウクライナの判断である。しかも、ウクライナがNATOに入れるとしても10年後とかいわれている状況で、なぜプーチンはこんな野蛮な行為に走るのか。
ロシア情勢に通じている人たちがすべて驚いている。プーチンはこの軍事行動で何を得ようとしているのか、それを得たとして代償を考えているのか。その行動があまりに非合理なので、過去のソ連時代の栄光を取り戻そうとするプーチン個人の感情の暴走ではないかと評する人がいた。実際、転落して刑務所に入ったり、病院に入ったりする人の共通項として、自らの現状認識ができず、過去の栄光にしがみついて、間違った選択を続けるというものがある。プーチン、ほんとそれかも(誰か認知症といっていた)。
独裁国家では独裁者が戦争を始めれば、国民は従わざるを得ない。可愛そうなのはロシア市民である。私は3回しかロシアにいったことがないが、インフラはボロボロ、国民の生活は決して豊かとはいえず、戦争する金があるなら内政にあてろと思う(実際プーチンはシベリアにあてるお金をクリミア半島のインフラ整備に用いた)。オリンピック誘致するお金があるなら除雪にまわせと叫ぶ札幌市民と同じ感覚は当然わくだろう。
昨日だけでも以下の記事が(ソースはクリックするとでてきます)。
★2/26/ 00:03 『ノーヴァヤ・ガゼータ』紙:50万人以上の市民が政府に対ウクライナ戦争を止めるように要求。
★《カザフスタン220226》
2022/2/26 04:01ロシアがカザフスタンにウクライナ戦参戦を要請して、拒絶される。
★2022, 2/26/ 11:02 何百人もの医師がプーチンに戦争の中止を要求。
つい最近拙編著の THE EARLY 20TH CENTURY RESURGENCE OF THE BUDDHIST WORLD IN CENTRAL ASIAが上梓された(末尾に目次の和訳を参考までにあげた)。本書にはロシア国籍の方が三人が寄稿してくださっている。このうちツェレンピロフ氏はブリヤート史研究の一人者、クチャーノフ氏はカルムック史研究の一人者、クズミン氏はスラブ系であるが、ロシア語資料をもちいて近代チベット史をチベット政府の視点から研究している。前二者は民族的にはブリヤート人である。
そのツェレンピロフ氏が25日Facebookに以下の投稿をあげていた。DeepLで英訳してから和訳したのを以下にあげる。
Военная операция моей страны в Украине является полнейшим безумием. Я, гражданин России, не считаю, что любовь и преданность своей стране непременно означает поддержку политики правящего в ней режима. За этот режим я никогда не голосовал. Хочу выразить слова поддержки и солидарности с теми людьми, которые страдают от военных действий на территории Украины. Нет войне.
私の国のウクライナにおける軍事行動は全く狂気の沙汰である。ロシア市民として、私は祖国への愛と忠誠心はかならずしもその体制の政策に対する支持を意味しないと信じている。私はこの体制に投票したことはない。私はウクライナの領土で軍事行動で苦しんでいる人々に支持と連帯を示したいと思う。戦争反対。


この投稿に対して、次々と民族コミニュティの人々が、ロシア語で支持します、戦争反対のコメントがつり下がっていく(和訳したものと原文をあげときます)。中には「ロシアのほとんどの市民は同じように考えている」とコメントする人もいた。実際、ニュースではロシアの街頭には「この戦争はプーチン以外望んでいない」というプラカードを掲げてデモする人を映し出している。世界各国のロシア系の人々がウクライナ人とともに街頭にくりだして戦争反対を叫んでいる。
もう独裁者が戦争を始めていい時代ではないのである。
もちろんロシア市民、とくに高齢者は、ロシア国営テレビにでてくるようなそのままの言説をする市民もいるであろう。が、多くの市民は独裁者の戦争につきあうことを望んでいない。
逆にいえば市民がこれだけやりたくないといっているのに戦争ができてしまうところが独裁の恐ろしさである。始まってしまえば、ロシア・ウクライナ双方で犠牲者がでる。彼らには親も兄弟も友人もいる。破壊された建てものに住んでいる人は住居を失う。この戦争は長い目でみればロシアの終わりの始まり以外の何物でも無い。プーチン、ロシアを本当に愛しているなら、即刻戦争をやめろ。

近著の解説を最後にあげときます。
●20世紀初頭中央アジアにおける仏教世界の復興(THE EARLY 20TH CENTURY RESURGENCE OF THE BUDDHIST WORLD IN CENTRAL ASIA)
目次
はじめに 石濱裕美子& アレックス・マッケイ (Ishihama Yumiko and Alex McKay)
第一章 石濱裕美子
ダライラマ13世のモンゴル滞在のインパクト: 1904年から1908年にかけてのチベト仏教徒のナショナリズムの覚醒
The Impact of the 13th Dalai Lama’s Sojourn in Mongolia: Arousing the National Consciousness of Tibetan Buddhists from 1904 to 1908
第二章 和田大知
ハルハ・青海滞在期のダライラマ13世の近代的・伝統的な政策
The Modern and Traditional Diplomacy of the 13th Dalai Lama, during his Sojourn in Khalkha and Qinghai (1904-1907)
第三章 橘 誠
友情と敵意: 20世紀初頭のチベット人と金融
Friendship and Antagonism: Tibetans and Money in Early Twentieth Century Mongolia
第四章 セルゲイ・クズミン(Sergius L. Kuzmin)
チベット? ロシア文書に基づく、20世紀初頭のモンゴルの政治的インターフェース。
The Tibet ? Mongolia Political Interface in the First Half of the 20th Century.
Data from Russian Archives
第五章 バートル・クチャーノフ(Baatr U. Kitinov)
19世紀末から20世紀初頭にかけて生じたカルムック人の間にみられる仏教リバイバルを示すロシアの文書
The Russian Archival Documents on the Revitalization of Buddhism among the Kalmyks in the late 19th and early 20th centuries
第六章 井上岳彦
ロシア皇帝に対する仏教徒の信仰: 1830年代のドン・カルムックの僧団とロシア正教会
Buddhist Devotion to the Russian Tsar: the Bicultural Environment of the Don Kalmyk Sangha and Russian Orthodox Church in the 1830s
第七章 ハムゴト(Hamugetu)
20世紀初頭のチベット仏教世界における伝統と近代化の相克:1912年から
The Struggle between Tradition and Modernity in the Early 20th Century of the Tibetan Buddhist World: a case study of the 7th lCang-skya’s activities from 1912-1957
第八章 ニコライ・ツェレンビロフ (Nikolay Tsyrempilov )
転輪聖王してのロシア皇帝: ブリヤートのラマたちはニコライ二世の戴冠式をどうみたか
Russian Tsar as Cakravartin: A Buriat Lama’s View of the Coronation of Nicholas II
第九章 石濱裕美子& 井上岳彦
ロシア科学アカデミー所蔵、ドルジエフに帰せられた三通の手紙について
A Study of Three Tibetan Letters Attributed to Dorzhiev held by the St. Petersburg Branch of the Archive of the Russian Academy of Sciences
日本のマスコミがプーチンの言い分まで伝えているが、これ必要ないと思う。「過去に同一国であった」、とか、「NATOの東方拡大を続けている」とか、過去に遡った国境画定なんてはじめたら世界中で紛争がおきるから現今の国境線を護ろうときめたんじゃん。NATOに入るか入らないかは主権国家であるウクライナの判断である。しかも、ウクライナがNATOに入れるとしても10年後とかいわれている状況で、なぜプーチンはこんな野蛮な行為に走るのか。
ロシア情勢に通じている人たちがすべて驚いている。プーチンはこの軍事行動で何を得ようとしているのか、それを得たとして代償を考えているのか。その行動があまりに非合理なので、過去のソ連時代の栄光を取り戻そうとするプーチン個人の感情の暴走ではないかと評する人がいた。実際、転落して刑務所に入ったり、病院に入ったりする人の共通項として、自らの現状認識ができず、過去の栄光にしがみついて、間違った選択を続けるというものがある。プーチン、ほんとそれかも(誰か認知症といっていた)。
独裁国家では独裁者が戦争を始めれば、国民は従わざるを得ない。可愛そうなのはロシア市民である。私は3回しかロシアにいったことがないが、インフラはボロボロ、国民の生活は決して豊かとはいえず、戦争する金があるなら内政にあてろと思う(実際プーチンはシベリアにあてるお金をクリミア半島のインフラ整備に用いた)。オリンピック誘致するお金があるなら除雪にまわせと叫ぶ札幌市民と同じ感覚は当然わくだろう。
昨日だけでも以下の記事が(ソースはクリックするとでてきます)。
★2/26/ 00:03 『ノーヴァヤ・ガゼータ』紙:50万人以上の市民が政府に対ウクライナ戦争を止めるように要求。
★《カザフスタン220226》
2022/2/26 04:01ロシアがカザフスタンにウクライナ戦参戦を要請して、拒絶される。
★2022, 2/26/ 11:02 何百人もの医師がプーチンに戦争の中止を要求。
つい最近拙編著の THE EARLY 20TH CENTURY RESURGENCE OF THE BUDDHIST WORLD IN CENTRAL ASIAが上梓された(末尾に目次の和訳を参考までにあげた)。本書にはロシア国籍の方が三人が寄稿してくださっている。このうちツェレンピロフ氏はブリヤート史研究の一人者、クチャーノフ氏はカルムック史研究の一人者、クズミン氏はスラブ系であるが、ロシア語資料をもちいて近代チベット史をチベット政府の視点から研究している。前二者は民族的にはブリヤート人である。
そのツェレンピロフ氏が25日Facebookに以下の投稿をあげていた。DeepLで英訳してから和訳したのを以下にあげる。
Военная операция моей страны в Украине является полнейшим безумием. Я, гражданин России, не считаю, что любовь и преданность своей стране непременно означает поддержку политики правящего в ней режима. За этот режим я никогда не голосовал. Хочу выразить слова поддержки и солидарности с теми людьми, которые страдают от военных действий на территории Украины. Нет войне.
私の国のウクライナにおける軍事行動は全く狂気の沙汰である。ロシア市民として、私は祖国への愛と忠誠心はかならずしもその体制の政策に対する支持を意味しないと信じている。私はこの体制に投票したことはない。私はウクライナの領土で軍事行動で苦しんでいる人々に支持と連帯を示したいと思う。戦争反対。


この投稿に対して、次々と民族コミニュティの人々が、ロシア語で支持します、戦争反対のコメントがつり下がっていく(和訳したものと原文をあげときます)。中には「ロシアのほとんどの市民は同じように考えている」とコメントする人もいた。実際、ニュースではロシアの街頭には「この戦争はプーチン以外望んでいない」というプラカードを掲げてデモする人を映し出している。世界各国のロシア系の人々がウクライナ人とともに街頭にくりだして戦争反対を叫んでいる。
もう独裁者が戦争を始めていい時代ではないのである。
もちろんロシア市民、とくに高齢者は、ロシア国営テレビにでてくるようなそのままの言説をする市民もいるであろう。が、多くの市民は独裁者の戦争につきあうことを望んでいない。
逆にいえば市民がこれだけやりたくないといっているのに戦争ができてしまうところが独裁の恐ろしさである。始まってしまえば、ロシア・ウクライナ双方で犠牲者がでる。彼らには親も兄弟も友人もいる。破壊された建てものに住んでいる人は住居を失う。この戦争は長い目でみればロシアの終わりの始まり以外の何物でも無い。プーチン、ロシアを本当に愛しているなら、即刻戦争をやめろ。

近著の解説を最後にあげときます。
●20世紀初頭中央アジアにおける仏教世界の復興(THE EARLY 20TH CENTURY RESURGENCE OF THE BUDDHIST WORLD IN CENTRAL ASIA)
目次
はじめに 石濱裕美子& アレックス・マッケイ (Ishihama Yumiko and Alex McKay)
第一章 石濱裕美子
ダライラマ13世のモンゴル滞在のインパクト: 1904年から1908年にかけてのチベト仏教徒のナショナリズムの覚醒
The Impact of the 13th Dalai Lama’s Sojourn in Mongolia: Arousing the National Consciousness of Tibetan Buddhists from 1904 to 1908
第二章 和田大知
ハルハ・青海滞在期のダライラマ13世の近代的・伝統的な政策
The Modern and Traditional Diplomacy of the 13th Dalai Lama, during his Sojourn in Khalkha and Qinghai (1904-1907)
第三章 橘 誠
友情と敵意: 20世紀初頭のチベット人と金融
Friendship and Antagonism: Tibetans and Money in Early Twentieth Century Mongolia
第四章 セルゲイ・クズミン(Sergius L. Kuzmin)
チベット? ロシア文書に基づく、20世紀初頭のモンゴルの政治的インターフェース。
The Tibet ? Mongolia Political Interface in the First Half of the 20th Century.
Data from Russian Archives
第五章 バートル・クチャーノフ(Baatr U. Kitinov)
19世紀末から20世紀初頭にかけて生じたカルムック人の間にみられる仏教リバイバルを示すロシアの文書
The Russian Archival Documents on the Revitalization of Buddhism among the Kalmyks in the late 19th and early 20th centuries
第六章 井上岳彦
ロシア皇帝に対する仏教徒の信仰: 1830年代のドン・カルムックの僧団とロシア正教会
Buddhist Devotion to the Russian Tsar: the Bicultural Environment of the Don Kalmyk Sangha and Russian Orthodox Church in the 1830s
第七章 ハムゴト(Hamugetu)
20世紀初頭のチベット仏教世界における伝統と近代化の相克:1912年から
The Struggle between Tradition and Modernity in the Early 20th Century of the Tibetan Buddhist World: a case study of the 7th lCang-skya’s activities from 1912-1957
第八章 ニコライ・ツェレンビロフ (Nikolay Tsyrempilov )
転輪聖王してのロシア皇帝: ブリヤートのラマたちはニコライ二世の戴冠式をどうみたか
Russian Tsar as Cakravartin: A Buriat Lama’s View of the Coronation of Nicholas II
第九章 石濱裕美子& 井上岳彦
ロシア科学アカデミー所蔵、ドルジエフに帰せられた三通の手紙について
A Study of Three Tibetan Letters Attributed to Dorzhiev held by the St. Petersburg Branch of the Archive of the Russian Academy of Sciences
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