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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2021/11/20(土)   CATEGORY: 未分類
新刊『チッタマニターラー 瑜伽行修道の方法』
18日、京都グランビィア「古今の間」において平岡先生の高野山大学の学位取得祝賀会が行われた。会場いってみたら前回の出版記念パーティより大きな会場で、次は東京ドームか?というジョークが出席者からでていた。一昨年同氏が法蔵館から『秘密集会タントラ概論』を出版した際にも盛大な祝賀会が行われており、この著書は博士論文であるため、あの祝賀会が学位取得記念だと思っていた。
 
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 見ると、席の下に置いてあるお持たせの袋の中には、出版前の新著『チッタマニターラー 瑜伽行修道の方法』が入っている。このテクストを平岡先生の下で読んでいた勉強会メンバーも出席者にお見えになっていたので、実際的にはこの本の完成お披露目会かと認識する。

 出席者の大半は真言宗の僧侶で、上座中央には寺格の高いお寺の僧侶が居並び、平岡勉強会のメンバーたちは下座である。勉強会のメンバーの僧侶の中には秘密集会尊やこのチッタマニ尊の成就法を続けている方もおおく、中には肉食を絶ち、戒律をまもっている方もおり、彼等のテーブルは精進料理が提供されていた。ちなみに最前列の寺格の高いお寺の方たちのテーブルは肉あり酒あり。どう考えるかは読者のみなさんのご判断にお任せします。

 会がはじまるとプォーッという尺八のあとを平岡先生入場。そのシュールな絵に思わず笑ってしまったら、お隣のM社長から「そこ笑うとこじゃありません」とつっこまれる。あの世につれていかれるような尺八の音である。

 続いて、寺格の高いお寺の管長さんたちのお話しが正味一時間続く。内容については六波羅蜜の三番目の項目、忍辱の修行の良い機会になったとだけいっておく。そのあと、花束贈呈、記念品贈呈とすべて年配のお坊さんがやる。スピーチも私以外はすべて男性、さらにほとんど僧侶。男、男、男、僧衣、僧衣、と続き、ザ・権威。生まれる前に父がなくなっている私はどうも男性原理は理解不能。とりあえず意識を天井にとばす。シャンデリア、キレーだなー。
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 そのあと、平岡先生の祝辞に対する御礼スピーチ。内容は、お持たせの本である『菩薩ヘの道』(Bodhicaryavatara)についての解説ともう一冊のチッタマニの成就法について。録音していなかったのでうろ覚えですが大体こんな感じ。

 本書が扱っているチッタマニ・ターラー尊は女性の体で成仏をとげた方である。当然母タントラであり、その実践修行は二次第のうち究竟次第、意識が光明向かう過程についての解説が詳しい。この究竟次第とは、死に際して人の意識がたどる道をシミュレーションするものでもある。 

 この死の話を真言宗の開祖空海が今も高野山で禅定に入っているという入定伝説につなげ、チベットでは瞑想に熟達した高僧がなくなると肉体的に死んだあとも一定期間体が腐敗を始めないトゥクダム(thugs dam)という状態にはいる、という話にもっていく。

 チベットではトゥクダムに入った僧の意識は、いまだその心臓にとどまり深い瞑想に入っているとされる。この腐らない遺体について研究するためにチベット政府と欧米の研究機関が共同してトゥクダム・プロジェクト(Thukdam Project)という研究を行っており、高僧が遷化するとそのもとにプロジェクトの要員がとんできて彼等の体を調べているのだそうな。

 そして、お大師さまの密教をより深く理解するためにチベット密教の成就法は有用であるとまた真言宗に話しをつなげて終わった。うまく真言宗とチベット密教をつなげるありがたいお話しであるが、チベット仏教の話になったとたん一部の聴衆の私語がはじまり、集中力が切れたことに私はめざとく気づいた。最初の一時間が長すぎたんだよ。

 高野山真言宗の系列大学には高野山大学・種智院大学などがあるが、生徒数も僅少で存続の危機が何度となく叫ばれてきた。しかし、平岡先生がチベット密教のテクストを講読しはじめるとたくさんの生徒さんが勉強会に集まってきた。また高野山大学から論文博士がでるのも15年ぶりとのことで、宗派にとってはありがたい話なのであろう。

 最後に一言。顕教が哲学の体系であるのに比し(従って学位とか大学の授業とかに馴染みやすい)、密教は顕教の哲学を意識の上に実現させる実践の教えである。したがって、本書も究竟次第の観想法をこれでもかと詳細にコーチングしている。

 ただし、密教は顕教において天文学的な時間のかかる修行をこの生においてなしとげようという、高速道路をとばすような危険な修行。ちゃんとした師につかず、顕教の学習もすっとばし、いきなり本書を手に我流で究竟次第をはじめたら危険である。本書の中にもあるようにまずは灌頂をさずかって「毎日成就法をやっているうちに良い師にめぐりあう縁が生まれる」というその一語につきます。

 平岡先生より一言。「チベットの先生方が命がけでヒマラヤをこえて守ってきたこの教えを私は授かる機会を得たのだから、この修行を自分で終わりにしたくない。とにかく何とか続かせたい」とのことです。
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