聖火リレーの黒歴史
10月18日、北京オリンピックの採火式がギリシアのオリンピアで行われた。無観客・厳戒態勢下でである。聖火は19日には北京大会の組織委員会に引き渡され、中国は国内で聖火リレーを行う。
この前日の17日、ウイグル人やチベット人に対する中国政府の弾圧を訴える活動家が会場の内外で拘束された。本日のNHKニュースを以下にはります(写真はCNN)。

●来年2月の北京五輪へ 聖火の採火式 ギリシャ オリンピア
2021年10月18日 23時29分 NHK NEWS
(前略) 人権活動家がボイコット呼びかける場面も
北京オリンピックの聖火の採火式では、人権活動家が会場に入ってボイコットを呼びかけ、警察官に取り押さえられる場面がありました。
会場の敷地内に進入したのは3人の活動家で、横断幕などを掲げながら新疆ウイグル自治区やチベット自治区での人権問題を訴え「中国でなぜオリンピックの開催が許されるのか」などと声をあげました。
3人はまもなく警察に拘束され、採火式自体は予定どおり行われました。
採火式の会場は数日前から警察によって封鎖され警備も強化されていましたが、式が始まる前にも別の人権活動家4人が会場の外で拘束されたということです。
北京オリンピックをめぐっては、これまでも人権問題を理由に各国の団体が外交的なボイコットを呼びかけるなど、抗議の動きが相次いでいます。
会場外で拘束された活動家たちの詳細を述べると、以下のようである。
採火の行われる48 時間前、10月17日 、チベット人Tさん(18)と亡命香港人のJさん(22)の二人がアテネの著名な観光スポットアクロポリスでチベット旗と香港革命旗をふりながら「ボイコット 北京2022」「フリー・チベット」と唱えると、ギリシア当局はその旗を没収した。この様子はワシントンポスト、ロイター、APからABCなど世界の主なメディアがこれを報道した(日本ではこれらの翻訳がネットで流れた)。翌日18日、二人は拘束を解かれ、2022年の1月に審判にかけられるとのこと。
この一連の騒動には歴史的な背景がある。2008年、北京オリンピックである(Beijing 2008)。中国で初めて開催されるオリンピックということで、中国政府は国威を発揚するためにギリシアで採火された聖火を世界中でまわし、中国国内でもエベレストの頂上など全国を(台湾を含むが、台湾は拒否)くまなくまわし領土主張を行う計画であった(そもそもオリンピックの聖火リレーはナチスドイツのベルリンオリンピックから始まっている)。
しかし、オリンピック開催地が北京にきまった際、中国は「チベット亡命政府との話し合いを行う」「マイノリティに対する人権蹂躙をやめること」「メディアに報道の自由を認める」などの様々な公約を行っていた。にもかかわらず、それは果たされないまま、開催年がやってきても話合いどころか、国威を発揚するその姿勢に、正直国際社会はドンビキしていた。
そこで事件は起きた。採火式の直前の3月11日のチベット蜂起記念日において、公約を果たさない中国政府に対して僧侶が行った平和的なデモが当局に粉砕された。これに怒ったチベット人が一部暴徒化し(これも煽ったものが誰かなどいろいろな説がある)、抗議運動はまたたくまにチベット人居住域全体に及んだ。世界のニュースは連日チベットの歴史や現状を伝え北京オリンピックに対する批判を行うようになった。余談であるが、中国に遠慮してチベット問題の報道に及び腰だった日本のメディアがはじめて公器でチベット問題をタブーなく報道し始めたのはこの時からである(おせー)。
中国政府に対する批判がうずまく中ではじまった聖火リレーの採火式を欧米の活動家がほっておくはずはなかった。
採火式のあった3月24日 私はいつもの習慣でBS1で世界のニュースをみていた。すると、北京オリンピックの採火式に「国境なき記者団」の三人の活動家が乱入しているではないか。直感的にこれから世界中で行われる「リレーは荒れる」と思った。

中国からでた聖火はカザフスタンのナザルバエフ大統領が第一走者となって西にむかいはじめた。カザフスタンも権威主義国家だからこの時点でリレーは平穏であった。ところがロンドン、パリ、サンフランシスコといった人権意識の高い国では、人権を訴えるデモ隊に迎えられ荒れに荒れた。
ロンドンでは誰が考えたのか、消火器をつかって聖火を消そうとした人がでたら、パリでは市長と副市長が消火器もっているというギャグのような展開。「聖火リレー」(torch relay) をもじって「拷問リレー」(torture relay)というサインをふられ、日本でも「業火リレー」「消化リレー」と揶揄された。民主国家では言論の自由が守られるので、警官もデモ隊を制圧しないので、リレーは荒れに荒れ、サンフランシスコでは予定していたルートを短くし、チベット難民の多いインドでも無観客で最短のルートに変更された。
中国ではこの聖火リレーを国内に中継していたため、メンツを潰されたと怒り狂った。中国政府はその後聖火防衛隊というマッチョなお兄さんたちを送りこみ、その国に滞在する中国国民も赤旗をもって集まったため、リレーの沿道は中国国旗で真っ赤っかに埋め尽くされた。その甲斐あってか、当時でも中国の経済力に屈していた東南アジア諸国ではリレーは荒れることはなかった。
この間もチベットに対する中国の弾圧をしる欧米人たちの怒りはつづき、北京オリンピックの公式スポンサーがひっそりと自社の宣伝からオリンピックマークをはずすようになった。業界用語でいう放射能汚染を避けるためである(問題のあるものに触れると自らも被爆する)。
日本では長野市内で聖火リレーが予定されていたが、当時も今も中国に経済的に依存していた日本は、とにかく無事に聖火を通過させようと、チベット・ウイグル・モンゴル支援者をちっちゃな公園におしこみ、何もさせない気まんまん。しかし、聖火の出発地点に指名されていた長野市の名刹善光寺が「仏教徒を弾圧している政府には協力できない」と出発地点の名誉を返上してしまった。
このニュースを私は丁度ウナギ屋でランチを食べている最中に聞き、丼をもったまま立ち上がった。アナウンサーは続けて「聖火と併走する公式スポンサー車もおりました」というのを聞いて、日本も[政府はともかく民間は]変わってきたなと歴史の動く音を感じた。
結局、アメリカをはじめとする諸国はボイコットを撤回し、北京オリンピック開会式に各国首脳は参列した。その直後に起きたリーマンショックによって世界経済がどん底におちると、中国だけは財政出動でいちはやく立ち直り、世界経済を牽引したため、以後国際社会は中国に対する批判を内にためこむようになった。
この間、絶望したチベット人は次々と焼身自殺をし、ウイグルでは2017年から成年男子が職業訓練所と称する収容所に収容され、イスラーム教の棄教、漢語の習得、労働が強制されており、何もかも漢化一直線である。BBCを始めとするメディアは外国に亡命したウイグル人の証言や衛星写真で撮影した収容所の写真とともにウイグル文化がジェノサイドされていると訴えているが、2022冬季オリンピックの北京開催は決まり、その際IOCは何の条件もつけなかった。こんなお金のかかるイベント引き受けてくれる国はもはやヤバイ国以外ないのである。ちなみに、2008年の聖火リレーを教訓にIOCは聖火リレーは開催国の国内に限るように決め、今回の採火式も前回がアレだったので会場を厳重に警備したためこの程度ですんでいるのである。
平和の祭典とはほどとおい商業化したスポーツナショナリズムの祭典はもういい加減やめ時ではないか。
中国のマイノリティは、暴力の程度は時代によって波があるものの、ずっと迫害され続け、自らの文化や言語を奪われ続けてきた。この国で行う平和の祭典ってどんな皮肉なんだか。
しかし、日本も人のことはいえない。日本はアパルトヘイト中の南アフリカともタミール人問題抱えるスリランカとも東ティモール問題かかえるインドネシアとも仲良くつきあってきた。仲良くつきあうのはいいけど、そのパイプで人権問題を何とかるすように働きかけるくらいしないと国際的な地位は下がる一方(スリランカの時はちょっとした)。
「どこの国だって国益を優先してきた、どこもかしこも真っ黒だ」人はいうかもしれない。だけどみんながやっているから、それでいいんだ、ってそれ威張って言うことじゃない。経済、経済といって、他をすべて目をつぶってやりすごしてきた戦後の日本は、歴史の法廷に立つとき、国家としての理念も何もなくただ金の亡者として裁かれるだろう。
いや、歴史の審判など気にすることはないのかも。その前に気候危機で文明が滅びるから。
この前日の17日、ウイグル人やチベット人に対する中国政府の弾圧を訴える活動家が会場の内外で拘束された。本日のNHKニュースを以下にはります(写真はCNN)。

●来年2月の北京五輪へ 聖火の採火式 ギリシャ オリンピア
2021年10月18日 23時29分 NHK NEWS
(前略) 人権活動家がボイコット呼びかける場面も
北京オリンピックの聖火の採火式では、人権活動家が会場に入ってボイコットを呼びかけ、警察官に取り押さえられる場面がありました。
会場の敷地内に進入したのは3人の活動家で、横断幕などを掲げながら新疆ウイグル自治区やチベット自治区での人権問題を訴え「中国でなぜオリンピックの開催が許されるのか」などと声をあげました。
3人はまもなく警察に拘束され、採火式自体は予定どおり行われました。
採火式の会場は数日前から警察によって封鎖され警備も強化されていましたが、式が始まる前にも別の人権活動家4人が会場の外で拘束されたということです。
北京オリンピックをめぐっては、これまでも人権問題を理由に各国の団体が外交的なボイコットを呼びかけるなど、抗議の動きが相次いでいます。
会場外で拘束された活動家たちの詳細を述べると、以下のようである。
採火の行われる48 時間前、10月17日 、チベット人Tさん(18)と亡命香港人のJさん(22)の二人がアテネの著名な観光スポットアクロポリスでチベット旗と香港革命旗をふりながら「ボイコット 北京2022」「フリー・チベット」と唱えると、ギリシア当局はその旗を没収した。この様子はワシントンポスト、ロイター、APからABCなど世界の主なメディアがこれを報道した(日本ではこれらの翻訳がネットで流れた)。翌日18日、二人は拘束を解かれ、2022年の1月に審判にかけられるとのこと。
この一連の騒動には歴史的な背景がある。2008年、北京オリンピックである(Beijing 2008)。中国で初めて開催されるオリンピックということで、中国政府は国威を発揚するためにギリシアで採火された聖火を世界中でまわし、中国国内でもエベレストの頂上など全国を(台湾を含むが、台湾は拒否)くまなくまわし領土主張を行う計画であった(そもそもオリンピックの聖火リレーはナチスドイツのベルリンオリンピックから始まっている)。
しかし、オリンピック開催地が北京にきまった際、中国は「チベット亡命政府との話し合いを行う」「マイノリティに対する人権蹂躙をやめること」「メディアに報道の自由を認める」などの様々な公約を行っていた。にもかかわらず、それは果たされないまま、開催年がやってきても話合いどころか、国威を発揚するその姿勢に、正直国際社会はドンビキしていた。
そこで事件は起きた。採火式の直前の3月11日のチベット蜂起記念日において、公約を果たさない中国政府に対して僧侶が行った平和的なデモが当局に粉砕された。これに怒ったチベット人が一部暴徒化し(これも煽ったものが誰かなどいろいろな説がある)、抗議運動はまたたくまにチベット人居住域全体に及んだ。世界のニュースは連日チベットの歴史や現状を伝え北京オリンピックに対する批判を行うようになった。余談であるが、中国に遠慮してチベット問題の報道に及び腰だった日本のメディアがはじめて公器でチベット問題をタブーなく報道し始めたのはこの時からである(おせー)。
中国政府に対する批判がうずまく中ではじまった聖火リレーの採火式を欧米の活動家がほっておくはずはなかった。
採火式のあった3月24日 私はいつもの習慣でBS1で世界のニュースをみていた。すると、北京オリンピックの採火式に「国境なき記者団」の三人の活動家が乱入しているではないか。直感的にこれから世界中で行われる「リレーは荒れる」と思った。

中国からでた聖火はカザフスタンのナザルバエフ大統領が第一走者となって西にむかいはじめた。カザフスタンも権威主義国家だからこの時点でリレーは平穏であった。ところがロンドン、パリ、サンフランシスコといった人権意識の高い国では、人権を訴えるデモ隊に迎えられ荒れに荒れた。
ロンドンでは誰が考えたのか、消火器をつかって聖火を消そうとした人がでたら、パリでは市長と副市長が消火器もっているというギャグのような展開。「聖火リレー」(torch relay) をもじって「拷問リレー」(torture relay)というサインをふられ、日本でも「業火リレー」「消化リレー」と揶揄された。民主国家では言論の自由が守られるので、警官もデモ隊を制圧しないので、リレーは荒れに荒れ、サンフランシスコでは予定していたルートを短くし、チベット難民の多いインドでも無観客で最短のルートに変更された。
中国ではこの聖火リレーを国内に中継していたため、メンツを潰されたと怒り狂った。中国政府はその後聖火防衛隊というマッチョなお兄さんたちを送りこみ、その国に滞在する中国国民も赤旗をもって集まったため、リレーの沿道は中国国旗で真っ赤っかに埋め尽くされた。その甲斐あってか、当時でも中国の経済力に屈していた東南アジア諸国ではリレーは荒れることはなかった。
この間もチベットに対する中国の弾圧をしる欧米人たちの怒りはつづき、北京オリンピックの公式スポンサーがひっそりと自社の宣伝からオリンピックマークをはずすようになった。業界用語でいう放射能汚染を避けるためである(問題のあるものに触れると自らも被爆する)。
日本では長野市内で聖火リレーが予定されていたが、当時も今も中国に経済的に依存していた日本は、とにかく無事に聖火を通過させようと、チベット・ウイグル・モンゴル支援者をちっちゃな公園におしこみ、何もさせない気まんまん。しかし、聖火の出発地点に指名されていた長野市の名刹善光寺が「仏教徒を弾圧している政府には協力できない」と出発地点の名誉を返上してしまった。
このニュースを私は丁度ウナギ屋でランチを食べている最中に聞き、丼をもったまま立ち上がった。アナウンサーは続けて「聖火と併走する公式スポンサー車もおりました」というのを聞いて、日本も[政府はともかく民間は]変わってきたなと歴史の動く音を感じた。
結局、アメリカをはじめとする諸国はボイコットを撤回し、北京オリンピック開会式に各国首脳は参列した。その直後に起きたリーマンショックによって世界経済がどん底におちると、中国だけは財政出動でいちはやく立ち直り、世界経済を牽引したため、以後国際社会は中国に対する批判を内にためこむようになった。
この間、絶望したチベット人は次々と焼身自殺をし、ウイグルでは2017年から成年男子が職業訓練所と称する収容所に収容され、イスラーム教の棄教、漢語の習得、労働が強制されており、何もかも漢化一直線である。BBCを始めとするメディアは外国に亡命したウイグル人の証言や衛星写真で撮影した収容所の写真とともにウイグル文化がジェノサイドされていると訴えているが、2022冬季オリンピックの北京開催は決まり、その際IOCは何の条件もつけなかった。こんなお金のかかるイベント引き受けてくれる国はもはやヤバイ国以外ないのである。ちなみに、2008年の聖火リレーを教訓にIOCは聖火リレーは開催国の国内に限るように決め、今回の採火式も前回がアレだったので会場を厳重に警備したためこの程度ですんでいるのである。
平和の祭典とはほどとおい商業化したスポーツナショナリズムの祭典はもういい加減やめ時ではないか。
中国のマイノリティは、暴力の程度は時代によって波があるものの、ずっと迫害され続け、自らの文化や言語を奪われ続けてきた。この国で行う平和の祭典ってどんな皮肉なんだか。
しかし、日本も人のことはいえない。日本はアパルトヘイト中の南アフリカともタミール人問題抱えるスリランカとも東ティモール問題かかえるインドネシアとも仲良くつきあってきた。仲良くつきあうのはいいけど、そのパイプで人権問題を何とかるすように働きかけるくらいしないと国際的な地位は下がる一方(スリランカの時はちょっとした)。
「どこの国だって国益を優先してきた、どこもかしこも真っ黒だ」人はいうかもしれない。だけどみんながやっているから、それでいいんだ、ってそれ威張って言うことじゃない。経済、経済といって、他をすべて目をつぶってやりすごしてきた戦後の日本は、歴史の法廷に立つとき、国家としての理念も何もなくただ金の亡者として裁かれるだろう。
いや、歴史の審判など気にすることはないのかも。その前に気候危機で文明が滅びるから。
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