非常事態宣言が解除
武漢発のコロナ感染は一月末くらいに上陸しご丁寧に全世界にまで波及し、世界経済を停止に追い込んだ。
年明けからの自分のツイッターをみると1/16日に、「来週からはじまる春節で中国人観光客を本当にいれるのか?」と投稿していて、そういえば自分この時点で籠城生活のために、鳥のごはん類(ここ重要)、鳥の命をまもる人の保存食(シリアル、かんづめ、レトルト食品)、トイレットペーパー、などを備蓄していた。さらに、かりに備蓄がつきても人は水だけで三ヶ月は生きられるとか考えていた。
余談だが、今回ウイルスは猫科の動物への感染例は報告されているが、鳥にはうつらないようなので愛鳥の健康を心配しないでいいだけ気が楽だった。
仕事の方では、教授会は三月を最後に会議はオンラインとなり、四月からはじまった非常事態宣言で大学のキャンパスは封鎖された。二月三月は海外出張もあらゆる集まりもすべてキャンセルとなったため、研究に集中。この間二ヶ月間の私の読書歴はFBでまわってきたブックカバーチャレンジで紹介した(ガチすぎてなんだかわかりませんとFB友達に言われた)。まあとにかくロシア帝国末期のロシア宮廷と仏教徒にまつわる資料をよんでいた。
国内外の研究会に発表者としてひっぱりだされていた若手の研究者たちが研究会や学会が全部キャンセルになって落ち着いたといっていたので、これからは不要不急の研究会をへらした方がいいだろう。
自宅で愛鳥と資料をよんでいるとまじで落ち着いた。
しかし、五月からオンライン授業がはじまると状況は一変した。
当局によると、なんでも四千人の中国人留学生、また、地方に自宅をもつ多数の学生が、大学にこられないため、彼等をとりのこして授業をするわけにはいかないという理由でオンラインにするのだそうな。
池上彰が多数のスタッフの力をかりてパネルつくって要領よくプレゼンしているが、当局はあれを教師個々人の努力でやれといってるらしい。学生がなっとくする授業を収録してパソコンにのせられるように加工し、今年からはじまったムードルというシステムにのせろってか。教師個々人の努力で。
ムリだろ。
最初のうちは試行錯誤であった。「録音おわったー」と思って再生してみると、録音できてなかったり、エクスポートしないまま保存したら次にあけた時録音がきえていたり。大学は「サーバーに負荷がかかるから、動画配信はやめろ、音だけにしろ、画質の程度をおとせ、」といろいろいってくるし、実際授業がはじまった最初の一週間はサーバーが限界にたっして、アナウンスメントをだしたら五時間後に生徒に配信とかシャレにならない状況であった。
二つのメアドから転送しているので、大学の事務から矢継ぎ早にくるメールは、授業開始最初の一週間画面にあふれた。我慢強いとはいい難い私の忍耐は、毎日ブチブチきれまくった。近所のお寿司屋さんでランチしていたら、店員さんが「今年からうちの娘も大学一年生なんですが、一度も大学いってないし、オンライン授業わけわからんっていってます」というので「わけわからんのは先生も同じですよ」と絶叫。
飲み屋でぐちるサラリーマンが昼の寿司屋に出現である。
自宅で授業を録音していると昼は愛鳥のおたけび、夜は愛猫のごはんコールなどが背景にはいるが、「知るかそんなこと」。院生は数が少ないので、電話指導していたが、電話でしゃべるとごろう様がとんできていっしょにしゃべるのでさぞや私の声は聞き取りづらかったであろう。
五月の末になり新規感染者数が減ってくると、何となーく町に表情がもどってきた。5/23に代官山に用事でいったが、半分くらいのお店がおそるおそる開店していた。
5/29に、コメントをたのまれてテレ朝にいき、おわったあと報道フロアにでると、みなたちあがってテレビの画面にくぎづけになっていた。まるで昭和の街頭テレビのようである。「何かあるんですか」と聞いたら、「これから東京の空を六年ぶりにブルーインパルスがとぶんですよ」とのこと。
そういえば、コロナで最前線ではたらく人たちに感謝するためにそんな企画があったっけ。それ今日だったのか。外にでて運転手さんに、「ブルーインパルスがこれから飛ぶそうですよ」というと
運転手さん、「あっあれじゃないですか?」と正面を指さす。
たしかに目の前のビルの間を五筋の飛行機雲がつきすすんでいく。

あとできくと、空中にモールス信号でTU、すなわちTank YoUとかいていたのだそうな。何となくスカッとしたのは、仏教でいう随喜(善をなす人をほめること)をしたからだろう。チベット僧は「随喜はもっとも簡単にできて効果も大きい善行だから、どんどんやりなさい」と奨励している。
今日から六月である。愛鳥のご生誕月をいわうためケーキを買いに行こう。
年明けからの自分のツイッターをみると1/16日に、「来週からはじまる春節で中国人観光客を本当にいれるのか?」と投稿していて、そういえば自分この時点で籠城生活のために、鳥のごはん類(ここ重要)、鳥の命をまもる人の保存食(シリアル、かんづめ、レトルト食品)、トイレットペーパー、などを備蓄していた。さらに、かりに備蓄がつきても人は水だけで三ヶ月は生きられるとか考えていた。
余談だが、今回ウイルスは猫科の動物への感染例は報告されているが、鳥にはうつらないようなので愛鳥の健康を心配しないでいいだけ気が楽だった。
仕事の方では、教授会は三月を最後に会議はオンラインとなり、四月からはじまった非常事態宣言で大学のキャンパスは封鎖された。二月三月は海外出張もあらゆる集まりもすべてキャンセルとなったため、研究に集中。この間二ヶ月間の私の読書歴はFBでまわってきたブックカバーチャレンジで紹介した(ガチすぎてなんだかわかりませんとFB友達に言われた)。まあとにかくロシア帝国末期のロシア宮廷と仏教徒にまつわる資料をよんでいた。
国内外の研究会に発表者としてひっぱりだされていた若手の研究者たちが研究会や学会が全部キャンセルになって落ち着いたといっていたので、これからは不要不急の研究会をへらした方がいいだろう。
自宅で愛鳥と資料をよんでいるとまじで落ち着いた。
しかし、五月からオンライン授業がはじまると状況は一変した。
当局によると、なんでも四千人の中国人留学生、また、地方に自宅をもつ多数の学生が、大学にこられないため、彼等をとりのこして授業をするわけにはいかないという理由でオンラインにするのだそうな。
池上彰が多数のスタッフの力をかりてパネルつくって要領よくプレゼンしているが、当局はあれを教師個々人の努力でやれといってるらしい。学生がなっとくする授業を収録してパソコンにのせられるように加工し、今年からはじまったムードルというシステムにのせろってか。教師個々人の努力で。
ムリだろ。
最初のうちは試行錯誤であった。「録音おわったー」と思って再生してみると、録音できてなかったり、エクスポートしないまま保存したら次にあけた時録音がきえていたり。大学は「サーバーに負荷がかかるから、動画配信はやめろ、音だけにしろ、画質の程度をおとせ、」といろいろいってくるし、実際授業がはじまった最初の一週間はサーバーが限界にたっして、アナウンスメントをだしたら五時間後に生徒に配信とかシャレにならない状況であった。
二つのメアドから転送しているので、大学の事務から矢継ぎ早にくるメールは、授業開始最初の一週間画面にあふれた。我慢強いとはいい難い私の忍耐は、毎日ブチブチきれまくった。近所のお寿司屋さんでランチしていたら、店員さんが「今年からうちの娘も大学一年生なんですが、一度も大学いってないし、オンライン授業わけわからんっていってます」というので「わけわからんのは先生も同じですよ」と絶叫。
飲み屋でぐちるサラリーマンが昼の寿司屋に出現である。
自宅で授業を録音していると昼は愛鳥のおたけび、夜は愛猫のごはんコールなどが背景にはいるが、「知るかそんなこと」。院生は数が少ないので、電話指導していたが、電話でしゃべるとごろう様がとんできていっしょにしゃべるのでさぞや私の声は聞き取りづらかったであろう。
五月の末になり新規感染者数が減ってくると、何となーく町に表情がもどってきた。5/23に代官山に用事でいったが、半分くらいのお店がおそるおそる開店していた。
5/29に、コメントをたのまれてテレ朝にいき、おわったあと報道フロアにでると、みなたちあがってテレビの画面にくぎづけになっていた。まるで昭和の街頭テレビのようである。「何かあるんですか」と聞いたら、「これから東京の空を六年ぶりにブルーインパルスがとぶんですよ」とのこと。
そういえば、コロナで最前線ではたらく人たちに感謝するためにそんな企画があったっけ。それ今日だったのか。外にでて運転手さんに、「ブルーインパルスがこれから飛ぶそうですよ」というと
運転手さん、「あっあれじゃないですか?」と正面を指さす。
たしかに目の前のビルの間を五筋の飛行機雲がつきすすんでいく。

あとできくと、空中にモールス信号でTU、すなわちTank YoUとかいていたのだそうな。何となくスカッとしたのは、仏教でいう随喜(善をなす人をほめること)をしたからだろう。チベット僧は「随喜はもっとも簡単にできて効果も大きい善行だから、どんどんやりなさい」と奨励している。
今日から六月である。愛鳥のご生誕月をいわうためケーキを買いに行こう。
コロナ禍のダラムサラからのメッセージ
ダラムサラにおすまいで中央チベット政権の厚生相で働いていらっしゃるSKさんからFB経由でメッセージを戴きました。ダライラマ法王事務所の新代表の動向、ダラムサラのコロナ防疫の様子などが記されており、ダライラマ法王やチベット難民社会をの状況などを心配されている方に裨益する情報になると思いまして、ご本人の承諾をえて以下に公開させて戴きました。
石濱先生
ご無沙汰しております。おかわりありませんか。
日本は少しずつ緊急事態解除のご様子。少しずつ終息するといいですね。インドは、これからが本番です!(加えてデング熱とマラリア)
法王事務所の新代表のツェワン・ギャルポ・アーリアさんですが、手続きは全てこれからですので、あと3ヶ月近くはダラムサラ勤務です。
昨日も一昨日も、バリバリDIIRで働いていらっしゃいます。(今すぐ抜けられたら困る状況です)
ルントックさんとは7月下旬くらいに交代ではないでしょうか。
[ルントックさんは]デラドゥンにご自宅がおありですので、早くインドに帰りたいと思っていらっしゃると思います。
デリー準政府が、感染者を含めた地方出身者をドンドン故郷に送り返し始めたため、まだまだ先が見えません。
これから中東の出稼ぎインド人が続々とインドに帰ってきますので、その前に地方の人は地方に…という考えなのだと思います。海外の人たちがインドに入れるのは、8月以降ではないでしょうか。
チベタンコミュニティーの学校は、1月2月の冬休みを含めて、ほぼ5ヶ月半連続のお休みとなっています。
中学生以上は、ようやくオンライン授業が始まりました。
主人はコロナ一色の生活を送っておりますが、チベットコミュニティーは、かなり厳しい制限を行っています。
と言いますのも、ダラムサラで一番最初に感染が分かり、かつ亡くなった方は、アメリカ帰りのチベット人高齢男性でして、恐らくそのせいでダラムサラのあるカングラ郡がインド政府より早くロックダウンとなりました。
現在は、インドのチベット人居留地32+αでコロナセンターを設けていまして(インドの各州にも同様のものがあります)、感染者(今のところいません)や移動後の28日間要を経過観察対象者を隔離できるようになっています。そして、CTA(中央チベット政権)から、チベット人は6月5日まではロックダウン(都市封鎖)とカフュー(外出制限)を行うこととなっていまして、皆静か~に一応暮らしています。
私の住むダラムサラのメンツィーカン(医学・暦学研究所)は、製薬工場(マニリルプもここで!)があるためかさらに厳しく、一般住民は、塀と門で囲まれたメンツィーカンの広い敷地から出てはならず、3月下旬からは私もメンツィーカンの外に一歩もでていません。
大学の購買の3分の1以下の小さな商店と、メンツィーカンのセキュリティスタッフが大量に購入してくる野菜を購入して、過ごしています。窮屈かと思いきや、全然快適な毎日です。気持ちの上での断捨離といいますか、必要以上に物を買うことがないため、非常にすっきりとした生活を送っています。
今週末には、法王様のオンラインティーチングがあるようですが、法王様はずっと籠っていらっしゃいまして、CTAから連絡をとることもないようです。法王庁からCTAへの連絡もなしです。
非常にお元気でいらっしゃると聞いています。
私は、日本人学校の先生たちのサポート、内務大臣宅で生まれた子犬の世話(託児所ならぬ託犬所)、とんびの餌付け、バラの花びらを集めて乾燥させる…(我が家で読経する際にお香と一緒に焚きます)で、忙しくしております。
インドは、5月18日からロックダウン第4期に入ります。期限を設けていませんし、中東や世界各地の出稼ぎインド人をインドに戻す計画が進行中ですので、まだまだ8月か9月まで何らかの封鎖が続きそうです。来月には、デング熱や今年罹患者が多いマラリヤの患者さんが増えますので、大都市に住んでいなくてよかった、と正直思っているところです。
モディ、なかなか上手に国民を転がします。
2020年5月14日(木)7:42
最後に以下のリンク先ではダライラマ14世のコロナでなくなった方苦しんでいる方を慰めるための読経がきけます。
石濱先生
ご無沙汰しております。おかわりありませんか。
日本は少しずつ緊急事態解除のご様子。少しずつ終息するといいですね。インドは、これからが本番です!(加えてデング熱とマラリア)
法王事務所の新代表のツェワン・ギャルポ・アーリアさんですが、手続きは全てこれからですので、あと3ヶ月近くはダラムサラ勤務です。
昨日も一昨日も、バリバリDIIRで働いていらっしゃいます。(今すぐ抜けられたら困る状況です)
ルントックさんとは7月下旬くらいに交代ではないでしょうか。
[ルントックさんは]デラドゥンにご自宅がおありですので、早くインドに帰りたいと思っていらっしゃると思います。
デリー準政府が、感染者を含めた地方出身者をドンドン故郷に送り返し始めたため、まだまだ先が見えません。
これから中東の出稼ぎインド人が続々とインドに帰ってきますので、その前に地方の人は地方に…という考えなのだと思います。海外の人たちがインドに入れるのは、8月以降ではないでしょうか。
チベタンコミュニティーの学校は、1月2月の冬休みを含めて、ほぼ5ヶ月半連続のお休みとなっています。
中学生以上は、ようやくオンライン授業が始まりました。
主人はコロナ一色の生活を送っておりますが、チベットコミュニティーは、かなり厳しい制限を行っています。
と言いますのも、ダラムサラで一番最初に感染が分かり、かつ亡くなった方は、アメリカ帰りのチベット人高齢男性でして、恐らくそのせいでダラムサラのあるカングラ郡がインド政府より早くロックダウンとなりました。
現在は、インドのチベット人居留地32+αでコロナセンターを設けていまして(インドの各州にも同様のものがあります)、感染者(今のところいません)や移動後の28日間要を経過観察対象者を隔離できるようになっています。そして、CTA(中央チベット政権)から、チベット人は6月5日まではロックダウン(都市封鎖)とカフュー(外出制限)を行うこととなっていまして、皆静か~に一応暮らしています。
私の住むダラムサラのメンツィーカン(医学・暦学研究所)は、製薬工場(マニリルプもここで!)があるためかさらに厳しく、一般住民は、塀と門で囲まれたメンツィーカンの広い敷地から出てはならず、3月下旬からは私もメンツィーカンの外に一歩もでていません。
大学の購買の3分の1以下の小さな商店と、メンツィーカンのセキュリティスタッフが大量に購入してくる野菜を購入して、過ごしています。窮屈かと思いきや、全然快適な毎日です。気持ちの上での断捨離といいますか、必要以上に物を買うことがないため、非常にすっきりとした生活を送っています。
今週末には、法王様のオンラインティーチングがあるようですが、法王様はずっと籠っていらっしゃいまして、CTAから連絡をとることもないようです。法王庁からCTAへの連絡もなしです。
非常にお元気でいらっしゃると聞いています。
私は、日本人学校の先生たちのサポート、内務大臣宅で生まれた子犬の世話(託児所ならぬ託犬所)、とんびの餌付け、バラの花びらを集めて乾燥させる…(我が家で読経する際にお香と一緒に焚きます)で、忙しくしております。
インドは、5月18日からロックダウン第4期に入ります。期限を設けていませんし、中東や世界各地の出稼ぎインド人をインドに戻す計画が進行中ですので、まだまだ8月か9月まで何らかの封鎖が続きそうです。来月には、デング熱や今年罹患者が多いマラリヤの患者さんが増えますので、大都市に住んでいなくてよかった、と正直思っているところです。
モディ、なかなか上手に国民を転がします。
2020年5月14日(木)7:42
最後に以下のリンク先ではダライラマ14世のコロナでなくなった方苦しんでいる方を慰めるための読経がきけます。
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