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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2016/11/02(水)   CATEGORY: 未分類
新月に砂マンダラ開壇!
はじめに、告知です。今週金曜日に、本郷三丁目で行われる公開講座でお話します。興味のある方どうぞ。

 第297回 東大仏教生年会・公開講座
講師:石濱裕美子 (早稲田大学)
演題:チベット密教の伝授の現場―哲学と行―
日時:平成28年11月4日(金)  時刻:17:00より(開場16:30)
会場:東京大学仏教青年会会館ホール  来聴無料・予約不要

先週末は突然大阪にいって砂マンダラの開壇式に立ち会うことに。
土曜日正午、久々に東京でまったり過ごしていたところ、ケータイに平岡先生から着信。法王来日も近いから業務連絡かなとケータイをとると
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平岡校長「先生今お時間ありますか」

「静かな休日を堪能しております」

平岡校長「その平安を乱して恐縮なんですが、開壇式を行うことが今決まりました。明日朝八時からです。いらっしゃれませんか?」

「あしたぁ? もう24時間きっているじゃないですか。考えさせてください」

平岡校長「誰にでも声をかけているわけではありません。ご縁のある先生だからこそです」
今決まったんだから、そりゃ誰にも連絡できないだろう。

実はその夜、すでに「インフェルノ」の座席指定券を購入していた。その時、私の中では映画をみにいきたいという煩悩と、煩悩を理由に断れば罰があたるという気持ちがリアルにせめぎ合っていた。結局映画の終わった後、11:30に横浜をでて翌日7:20分になんばにつく夜行バスに乗り、世俗と仏教をともに手にすることにした。
 夜行バスは疲れるし時間がかかるからいやなのだが、ギュメまでいって砂マンダラの作成を取材するよりは大阪の方が近いし、八時間座りっぱなしとはいってもシンガポールに夜便でいけばそんなものである。海外旅行と思えばいいのだ。と自分に言い聞かす。

平岡校長は常々チベットの僧院を訪問する時は正装しろと言うので、学校の講堂でやる式なら、生徒の母親が入学式に着ていく服が違和感ないだろうと、入学式の母親ルックにする。

翌日、バスをおりて一時間もしないうちに、灌頂が行われる清風学園大師ホールに到着し、ギュメ密教大学からいらつしゃった11名のお坊さんを前にする。無理すぎるぜ、この日程。

 お経が始まったが、みまわせども、ギャラリーは平岡校長と、副校長と、銭屋の社長さんと、撮影係の伊藤先生と、途中から参加した理事長夫妻のみ。入学式の母親ルックがめっちゃ浮く(笑)。

 ダライラマ法王が灌頂儀礼を行う場合、通常法王付のナムゲル僧院の僧侶たちが砂マンダラをつくるが、平岡一家はギュメ密教大学の施主であることもあり、今回はギュメのお坊さんたちが11名前のりして砂マンダラを作成する。前日までにお坊さんたちがつくったグヒヤ・サマージャ32尊にお供えする32組みの供物が台の上にそろっており、本日はいよいよ最初の砂がおかれるのである。

 砂マンダラが築かれる台は石屋さんに特注で作ってもらったものであり、通常だと灌頂がおわるとマンダラはくずして川に流すのだが、理事長と副校長の要望で、終わった後も崩さず保存するそうである。
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校長「砂マンダラには本尊の力が生起されているので、保存するなら本尊の力がそのままになるので粗末にできません。私が生きているうちはおもりできますが、死んだ後がどうなるか分からないので、私は反対です」と不安そう。
 私「お坊さんの前にある経机は今回のために特注したんですか?」

 平岡校長「この机は清風学園の生徒がヤンチャした時、般若心経を写経させる机です。浄化されてちょうどいいでしょう」

 「こんなに香炉たいたら、煙でスプリンクラー作動しませんか?」

校長「今はきってます。ちなみにバターでつくった供物が溶けないように冷房いれています」

 というわけで、冷房のきいた講堂内でひたすら式の進行をみまもる。
 
 手順をものすごく簡単に述べると、まず阿闍梨さま(導師。来日僧の最年長の方がつとめた)は大乗仏教の基本的な誓いをたて祈願を行った後、自らの姿を本尊に生起する。その後、砂マンダラを作成することになる台の上にのって金剛の踊り踊り、その場所を土地神からかりあげる。そして魔もくさびでうって動かないようにする。
 お坊さんたちは11人でマンダラの中心に座する32尊を生起し、供養するのだが、その読経するテクストを目でおっても、まにあわないくらい早い。
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 そのあと、自ら本尊となった阿闍梨が台の上に上がって最初のすみうちをおこない、それからコンパスを使って仏の宮殿の下図をかきこんでいく。

 ここでお昼ご飯。銭屋カフェの3階が臨時のお坊さん休憩所となっていて平岡校長の奥方が必殺料理人たちとともにお坊さんのごはんを作って下さっている。

 午後は、五仏を象徴する五色の糸をよりあわせてつくった五色の糸で、設計図をなぞり、そこに五仏の智を注入し、ただの線に魂を入れていく。そして、32尊の姿をかく場所に32の花をおき、その後、仏の宮殿の東北角に最初の砂をおいて魔を防ぐ。

 平岡校長「この作業工程は誰も見てなくても、略することなく行うんですよ」

 ふとこの日の月齢を確認すると、新月であった。

「先生、今日は新月だから開壇式がこの日になったんですよ。法王の灌頂が行われる日は満月でしょう? 」

校長「ほぼ満月ですね」

「高野山灌頂の時も最初の日程通りにしていたら最終日は満月でした。この日取りはあらかじめ決まっていることで、昨日突然決まったなんてものではないですよ。必然ですよ」

 灌頂最終日は満月、という話はわりと私は校長に何度もしているのだが、校長は儀礼的側面にはあまり興味がないようで、あまり感動してくれない。
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 こうして新月の日、砂マンダラの作成が始まった。砂マンダラは徐々に形をなし、法王がお見えになった日に完成することになる。

【追記】: 11月1日、ダライラマ法王が体調不良を訴えられ、医師の判断により体力に負担のかかるグヒヤサマージャ灌頂がチッタマニの灌頂へと変更されました。法王の体調も心配ですが、グヒヤ・サマージャをずっと修行してきた平岡校長が、がっかりされているかと思うと胸が痛みます。法王の一日も早いご快癒を祈願します。
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