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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2016/10/17(月)   CATEGORY: 未分類
「奥の細道」ゼミ旅行
 十月十四日(金)

 今年のゼミ旅行は仙台にとまって、平泉や松島にいく。免許をとって間もない四年生たちは安いし車でいくという。私は三限の授業をやってからなので、後から新幹線でおっかける。五時くらいに仙台につくと学生たちはすでに宿に入っておのおの勝手に遊んでいるという。大学四年生といえばありあまった体力に知力が追いつかず、大酒をかっくらい、おお食らいをし、さらには競ってバカなことをやってはツイッターを炎上させるが、今年の四年ゼミ生はそのような危険のある学生が三分の一から半分くらいをしめるため、私としては非常に緊張を強いられるわけである。

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 まず、呑むなといっても人の話なんかききゃーしない。その晩も飲み放題を設定してゲームをやりながらひたすら飲み続け、私がまじめな学生とつい話し込んでおり、はっと後ろをむくともうふらふらになった三年Aが一気飲みをしようとしており、グラスをひったくってとめたが、もう手遅れ。良い子のZくんがAくんをトイレにつれていってくれたが、でてこない。のぞくと、わたされた水を床にこぼし、トイレを抱いており、かなりまずい。何がまずいってこのままこの居酒屋のトイレを独占していたら、他のお客さんにメイワクである。
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 そこで比較的理性ののこっていそうなBに会費徴収してと頼むと、Cにむかって「おい金出せ」というと、Cが「財布がない、オレの財布をさがせ」とどなりだし、Bが「おいここにあるじゃないか」とC の後ろポケットから財布をだすと何もとらずに戻した。そしていつまでたっても他の人のお金を集めにいく気配がない。Bも酔っていたのだ。後ろではFちゃんが「私のケータイがないわ!」とずっと叫んでいる。後で分かったことだがBがFちゃんのケータイを自分のと間違ってしまいこんでいた。比較的酔っていない女の子のMちゃんが一人一人からお金を集めてくれたがどうしてもたりないので私がとりあえず払っておく。この時くらい教師になったことを後悔したことはない。Gが予約した宿がまた個室でなく、共同トイレ、共同洗面所なので、世の中にメイワクをかけずにこの子たちをどうしたらいいのか途方にくれる。

 十月十五日(土)

 一夜明けて、男の子たちの部屋に入ると、酒臭い。昨晩の醜態について説教をするも、聞いてない。どころか「先生の統率力がないからいけないんです」と言われ、血圧があがる。
 さらに、「今日平泉いくのに飲酒運転で捕まるわい」と怒ると「大丈夫です。八時間以上あいてますし(店に入ったのが午後五時半)、もう正気です」という。

 平泉につくとよいお天気で去年の日光の極寒凍死寸前体験をうけてみな厚着をしていたのが拍子抜け。金色堂や藤原三代の展示を「日本史の教科書でみたよ」と喜んでいる。折しも、熊本大震災をうけて一字金輪仏頂尊の仏像をご開帳している。私が「これはすごい。この仏様は太陽光線の神格化で、この仏の法を行っている場所を中心として地球の半分、すなわち昼の部分にあたる他の行の効果、ハリーポッター的にいえば魔法を全部無効かするんだよ。これは見に行かねば」といっても、「えー、課金されるじゃないですか(ゲームじゃないっつの!)、それよりもわんこそばを食べにいきましょうよ。」

以後も、国宝みせようが、聖地につれていこうが、日本三景の一つ松島につれていこうが、この後も食べ物のこと(牛タン、ずんだもち、ソフトクリーム、etc.)しか口にしないのであった。
 一字金輪仏頂はすばらしく、お坊さんの説明も去年の日光のお土産品をかわすためだけの解説とは異なりまじめな者で好感が持てた。学生は・・・・。「わんこそば」の大合唱。だめだこりゃ。
 そして、わんこそばやにはいると、女子はみな普通のソバしか頼まないのに、男子は全員わんこそば対決をはじめた。食べ放題に設定して、その店の記録が83杯のところを一位63杯、ビリでも43杯食べた。

 「わんこそば食い残してや光堂」(ゆみこ)
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 私「このあと松島で船にのるのに、絶対吐くでしょ、あんたたち」と怒ると
 E「〔×ろが〕魚の餌になりますよ」

 食後、義経終焉の地、高館義経堂にいく。義経様、「たっきーをお守り下さい」という絵馬にファンの素晴らしさをしる。北上川をみおろす素晴らしい景色で、ご先祖岡田鴨里が親交のあった賴山陽の三子賴三樹三郎の碑文を見つける。ご先祖は全国旅をしていたので、ここにもきているかも。
 そのあと、ひたすら南下して松島にいく。五大堂を観光したあとサンセットクルージングの最後の船にのる。あの昨日から勝手をし続けてきた学生達が妙に静かである。じつは、彼らはひどい二日酔いに、大量のわんこ蕎麦をたべていたため、船に揺られて、吐き気を押さえるので一杯一杯だったのである。
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 あんなにわんこわんこといっていたGが、「もう二度とわんこは食わない」と松島の海を見つめていた・・・。折しもほぼ満月の月は東に日は西に。与謝野蕪村の名句の浮かぶような絶景であるが、食い気と吐き気の学生たちいると情緒にひたるひまもない。

 船をおりるととっぷり日が暮れて、観光案内所もしまっているが、おっちゃんを捕まえて東日本大震災の時の話を伺う。
 私「松島は湾内に島がたくさんあっつたため、被害が少なかったと伺っていますが、本当ですか」ときくと、おっちゃんは「そんなことないですよ。胸までつかりました」と、私を船の待合室の一角につれていってくれた。そこには震災の時の町の様子が展示されていた。被害がなかったという松島もこれである。私が学生たちをひっぱってきて「津波の時にはここまで水がきたんですよ、おい聞けよ!」と怒っていると、一人の老婦人が話しかけてきた。
 話しをまとめると、その方は「被災地にグランドピアノをおくる運動をやっていて、その贈答式のために宮城にきて、仲間が帰ったあと、一人残って松島観光もしているとのことである。「私はもう74なの、」とおっしゃるので「その御年でこうやって一人で旅行されているんですから、お元気ですよねえ。」というと

C「この人(私を指さして)72なんですよ」
おばあさん「そ、それはお若いですねえ」
学生全員爆笑。こいつら〜〜〜〜。

 しかし、それよりも晩ごはんである。ほっておくと盛り場にくりだそうとする学生をとどめ、宿の近所の焼き肉やに押し込み、食べ放題をあてがう。焼き肉は焼いている間は酒が飲めないから、酒を飲むペースがおちるはずである。大体、酒を飲んだ量が多いことを自慢して何になるんだ。バカなのか。案の定、昨日の地獄絵図は再現されることはなかった。もう禁酒年齢を24にひきあげた方がいいと思う。

十月十六日(日)

 朝食におりてきたのは、五人くらい。 幹事をしてくれたGとCがお金の精算をするために全員を食堂に召集するが、お札を前に二人でならんでいる絵面は、野球賭博の胴元のようである。
 私が「仙台市博物館にいきましょう。金色堂とか伊達政宗の解説もあるし、雪舟と宮本武蔵の特別展もやっているわよ」というと、Gが「そんなもんより、牛タン、牛タン。僕たち車で帰るんですから、時間とれませんよ」と偉そう。
 牛タンなんか新宿ねぎしでもたべられるだろう!
この旅を奥の細道にならって総括するとこんなもんか。

 「秋深し、バカものどもの×〇のあと」(ゆみこ)

写真は明日あげます。疲れました・・・。
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