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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2011/05/15(日)   CATEGORY: 未分類
現代史の研究者と話して気づいたこと
 早稲田界隈のみちのく居酒屋の2階にあるナゾのタイ料理屋で某若手研究者と語り合う。
 彼の書いたものは、対立する二つの意見をあげて、その対立の無意味をとくものがおおい。
 そして、中国政府がチベット支配を正当化するために用いる論法に対しては「それは違うよ」という否定を行う。

 たとえば、中国政府が「中国が来てからチベット人の平均寿命はこーんなに伸びたよ」と宣伝したら、彼は「あらゆる途上国が戦後、同じように平均寿命がのびている。別に中国の手柄でない」とか、こういったかんじ。

 そして、対立する二つの言説の間にあるものを探ろうとする。なので、中国政府とフリー・チベット運動を対立させたりすると、フリー・チベット運動のいうことも極端みたいな言い方をすることがある。

 これに対して私は「そもそも中国政府のプロパガンダって文革の時以来全く変わってなくて、後付の論理であることは国際的にもよく知られていること。誰も信用していないような理屈にあれこれコメントしても仕方なくありませんか。
 一方、チベット亡命政府のいう人権弾圧の事件は、一つ一つは事実に基づいている。ウソと真実が存在したら、ウソを捨てて真実をとればいいだけ。両者は全く異なるレベルのものだから、一緒の地平にならべて考える意味がないし、ましてや、両者の落としどころを考えるなんて不毛じゃないですか。」

 と言うと、その若手研究者いはく「ボクがこの論文の読者に考えている人たちは、自分ではすべてウラが分かっていると思いこんでいる中国の研究者たちで、彼らは中国政府とチベット亡命政府の言説を対立的に考えています。そういう人たちには、こういう書き方が説得的なんです」という。

 つまりぶっちゃけ、知らず知らずのうちに中国政府の思考法にはまって中国政府の言語体系で脳内を構成しちゃっている人間には、新しい言語体系で話しかけても通じない。だから、彼らが理解できる言葉を用いて説得するのだ、ということらしい。

 そういえば、お釈迦様は相手のレベルにあわせて対機説法をした。有名な話がある。

 お釈迦様の異母弟ナンダはお釈迦様の命令に従って出家した後も、残してきた美しい妻スンダリーのことを思い鬱々としていた(仏教では本来出家したら独身を護って妻とは関係をもてない。)。そこで、お釈迦様はナンダを天界につれていき、天界の美女をみせた。すると、ナンダは
 「この天女に比べればスンダリーなんて目じゃないわい」と思った。お釈迦様は「仏教の修業をすれば、その功徳で天界に生まれることができるよ」というのでナンダは必死に修業した。

 その後、釈尊はナンダを地獄につれていった。するとそこでは地獄の釜にまさに火が入れられようとしていた。ナンダが「この釜で誰を煮るんですか」と聞くと、「ナンダという男がこの後、天界に生まれ変わってさんざん快楽をつくして地獄に堕ちます。その準備でーす」と答えた。

 そこで、ナンダは天界における快楽はじつは地獄おちの門であることに気づき、不純な動機ぬきにまじめに修業して阿羅漢果を得た。

 つまり、釈尊は 愛欲に執着するナンダにはまず愛欲でつって修業をさせ、しかる後に正しい道に引き入れたわけである。相手のその時の理解レベルに応じてマーベラスな導きを行う釈尊のこの教師としての偉大さはよく知られている。

 つまりこの若手研究者のやっていることは、釈尊がナンダを天界に導いた部分にあたり、「真実」をつきつけて改心を迫る私のやりかたは、ナンダをいきなり地獄につれていくようなものなのである(笑)。我ながら、おおこわ。
 
 言うても、論文って真実を論じるものであって、読み手を選ぶのはおかしい。雑誌とかなら、ある世代の特定の階層をターゲットにして編集するということはありえても、論文はあくまでも誰の目からみてもあきらかな真実を論理的に述べる場。いくら否定対象にするとはいえ、中国政府の用いる言語体系や論理を言挙げすることは、それの存在に力をなにがしか貸すことになると、少なくとも私は思う。

 で、彼が用いるもう一つの手法で気になったのは、「フリー・チベット運動」、「亡命政府」、「中国政府」、「そのどちらでもない普通の本土チベット人」とか、人間集団のグループ化が頻繁に行われること。

 しかし、これらの集団って中国政府以外は一つのレッテル・一つの定義に収まるようなものではない。たとえば、「フリー・チベット」を標榜している人は、チベットが自治を実現することを望む以外、みなそれぞれ異なった主張をもっている。また、「本土チベット人」といっても、ラサの人・アムドの人、お坊さん・俗人、都会・田舎、共産党、留学組など無数の要素が作用した結果、それぞれに複雑なアイデンティティがあり、これまた一言でくくれるようなものでない。

 このように多様な内容をもつものを一グループにしてAあるいはBと名前をつけてみても、Aはこうである、Bはこうである、といった瞬間に反証がでてくる。

 まして、そのような異なったレベルを含む人々を名前をつけただけで同じ地平で論じて、こっちが正しい、いやこっちだ、いやどちらも正しくないその「真ん中」だ、とか言っても実りがないのではないかと、少なくとも私は思う。

これは人間集団についてだが、同じことはチベット人の状況を説明する概念についてもあてはまる。たとえば、チベットの「近代化=漢化」と「伝統的な価値観」というものはよく政治学や社会学で研究対象となり、しばしは両者は対立するものとして言及される。そして、多くの本土チベット人は伝統的な社会と近代化の狭間で苦悩しているかのようにとらえられる。

 でも、コレっておそらくは世界中の壊れゆく伝統的な社会に属する人々に共通する状況で、とくにチベット独自の問題ではない。少なくとも私は、チベットに特異な現象である、「仏教の伝統と近代って全然別次元のものなので、競合しない」という現象の方が興味深い。

 ダライラマという存在はチベットの伝統文化の精髄から生まれて、チベット文化の体現者であるということは言を俟たないであろう。そのチベットの伝統文化の象徴である彼が、1959年に国を失って亡命し、国際社会の孤児となって放り出された後に、自分の育ってきた伝統的な文化を恥じたことがあるだろうか。否定したことがあったろうか。近代化の中で自らのアイデンティティがゆらいだことがあったろうか。ないのである。じゃあ近代化を拒否したかといえば、それもしていない。彼は英語を勉強し、毎日BBCで世界情勢を見て、外国に多くの友人を持ち、経済の発展や科学の力も人間の生活から苦しみを軽減すると賞賛してきた。

 彼の中では伝統的な文化と近代文明はまったくバッティングしていないのである。それどころかダライラマは身につけた英語で自らの文化の精髄を西洋に伝えようとし、その結果、世界中の多くの人がチベット文化の価値に気づき、その文化の担い手であるチベット社会を護ろうとしている。むしろ、「近代」の方が「チベットの伝統」から生み出されたものによって目を覚ましそうな勢いなのである。

 概念化は物事を論じやすくし、ある時は現実の一側面を際だたせることがあるが、概念化が先行して現実をあてはめるようになってくると、そこからは得られるものは少ない。あくまでも事実、現実の観察からはじめて、そこからたちあがるイメージに名前をつける。その場合も、その名前には厳密な定義が必要である。

 たとえば「伝統」と一言でいっても、人によってその伝統のもつ意味は異なる。何かを論じる場では、誰にとってのどんな状況を伝統というのか、厳密に定義しなければ、その先に積み上がっていく発見はない。

 てなことを彼と話しているうちに考えた。

 ちなみに、この話の最中、いきなり店は停電でまっくらに。すると院生M「チーク・タイムですね。これから音楽が変わりますよ」とくだらないギャグをいう。一人あたま490円の予算のナゾのタイ・レストランだから、電気代けちってブレーカーがおちたに決まっているが、これには笑った。まあ他にもいろいろ考えたことはあるのだが、マックラになったのでおいおい。
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