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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2010/11/21(日)   CATEGORY: 未分類
チベットの高僧、早稲田に降臨
金曜日、招聘講師として、デプン・ゴマン学堂のララムパ、ゲン・ロサン先生を早稲田にお招きする。ゲンギャウ、チャンパ、アボ、三先生もお伴してきたため、結果として四人のチベット僧(しかもそのうち三人が仏教博士)という、豪華なメンバーとなった。

 午後一時からの授業なので十二時五十分くらいにお坊さんを率いているNくんに電話すると、

 Nくん「今大隈講堂を見ています。大隈銅像の下で待ち合わせしましょう」
これを聞いて私は不安になった。チベット僧四人が早稲田の校内を闊歩していたら、目立つなんてもんじゃない。そのうえ、金曜日の午後一時の大隈銅像なんてわんさか人がいる。当然×国人留学生もわんさかいるだろう(なんせ早大は人民大学だから)。

 もしお坊さんに失礼なことをする人がいたら、どうしよう。と。

 大隈銅像前でできるだけ待たさないようにしないと、と急ぐと、向こうからサフラン色のチベット僧たちがやってくる。ラダック出身のゲン・ロサン先生は、ガタイがよく、顔もこく、比叡山の僧兵も裸足で逃げ出す迫力。大柄なゲンギャウが小柄にみえるもんね。チャンバ先生も、アボもみな体格がいい。さらに、みな物怖じしない荘厳なオーラをもっておる。しかもそれを率いているのが巨漢のNくん。

 今時のボクちゃんたちではこの集団に勝てない。

 このとき、「チベット僧がキャンパスにいる」「チベット僧、それも武僧みたいな人がいる」みたいなツイートが飛び交っていたそうな(笑)。

 伝統ってすごいね。

  学生の質問事項をグルーピングした結果おおまかにいって、(1) 僧院社会の生活がどんなものか (2) 中国人、日本人をどう思うか、 (3) 人生相談 だったので、とりあえず、この順序でお伺いしてみる。

 まず、チベットの僧院生活。チベットでは子供のうちに出家して、僧院に入る。僧院には下部組織として複数の学堂があり、その下にさらに出身地域ごとの地域寮(khams tshan)がある。入門の前に自分がつくお師匠様(ラマ)を決める。ラマは以後、入門者の生活や学問一切の世話をすることになる。新入生は読み書きの修得からはじめ、基本的な仏教の学問を行った後、クラスに分かれて仏教哲学のカリキュラムをこなしていく。試験にパスして十七年くらいかけて一通りの勉強を終えると博士号(ゲシェ号)が得られる。

 パワーポイントの写真には、デプン僧院内で行われる試験の様子がうつしだされる。そこでは学堂対抗のディベート大会が行われており、僧院の中庭は二手に分かれた群衆で埋め尽くされ、そのまん中に各学堂を代表する僧がたっている。

 ほかにも写真は僧たちの日々の生活をうつしだしているが、どの顔もそこぬけに明るい。みな楽しそうにディベートして、カメラにむかってほほえんでいる。

 暗い顔した人がいない!

学生の質問には「修行で一番つらいことは何ですか」「やめたくなったことはありませんか」とかネガティブな言葉がたくさん並んでいたが、百聞は一見にしかず。聞くまでもなく、チベットの僧院がじつは結構楽しい世界なのである。勉強ができなければ、高僧のおつきになったり、僧院の管理の仕事にまわればいいし、勉強ができれば、最高学位(ゲシェ・ララムパ)をとった後に地元の寺にもどって僧院長をするもよし、今いる僧院に残って後進の指導にあたるもよし。とにかく楽しくやりがいのある毎日なので、やめたいなんて人はいない。僧院の仕事で俗世間と関わることになって女性と出会ってフラフラしない限り、僧院生活は十分楽しいのだ。永遠に続く(ちゃんと研究する)大学生活みたいなもの。

 ここで、誰かが「授業にチベットの高僧がきている神聖な雰囲気なう」とかツイート。

 大体四人くらいの学生が「将来の夢はなんですか」とか質問にあげていたけど、僧侶なんだから「仏(人格者)になること」にきまっとるがな。

 で、(2) 中国人、日本人をどう思うか、について。25才の時に本土チベットからインドへと亡命したチャンパ先生とアボにお話してもらう(ゲン・ロサン先生とゲンギャウ先生はラダック出身)。チャンパ先生はカイラス経由で、何日も歩いて国境を越え、難民認定を受けてダラムサラにいった。はじめてダライ・ラマ法王とあえることとなった前の晩は嬉しくて眠れなかった。法王様はみなにどこからきたのか、これから何を勉強すればいいのかとかいろいろ言ってくださるのだが、みんな泣いて泣いて言葉にならなかった。

 本土チベットにいる時は、中国人(ギャミ)というだけで、憎しみがわいたが、インドにきて法王の近くで仏教を学んでいるうちに、中国人も「安楽を求め、苦しみを避ける自分と同じ人間であることを一歩ひいて見ることができた。彼らは私が自分の権利を主張するように自分の権利を主張しているのだ。憎んでも意味はないと思うようになった」と。

 そして、次にアボの亡命体験。アボの弟さんはリタンの化身僧だったので、このまま勉強しないまま年をとると、名前をついでも有名無実になる。インドにいってちゃんと教育を受けたい、と十二の時にインドに亡命した。そこで、アボも25の時にやはり徒歩でカトマンドゥへの道を徒歩でこえた。途中に人家があると物乞いをして食物を手に入れたが、人家が途絶えると食べない時もあった。昼は隠れて夜に移動した。寒い時期で、凍傷になるものもいたが、自分は厚手の服をきた。ネパールに入ってから厚手の服を食べ物にかえた。中国人については、チャンパ先生と同じく、本土にいた時は「ギャミでていけ」と思っていたが、インドに来てからは、嫌悪感の応酬は何も生み出さないと思うようになった。2008年にチベットが蜂起した時も暴力はいけない」と思った、と証言。

 この時、どこぞの誰かが「個人的には面白いが、重い」とツイート

 日本人についてどう思うか、という質問に対して、

ゲン・ロサン先生のお答え。「日本は発展した国だが、自殺する人が多いと聞いている(アボは後にさらに子供が親を殺したり、親が子供を殺したりもびっくりといった)。不安や恐怖にもしさいなまれているのであれば、たとえば死を畏れているのなら、いまだかつて死ななかった人がいるかどうか考えてみることだ。みな死ぬのだ。畏れてもしかたない。
 シャーンティデーヴァもこういっている「もし悩みがあるのなら、解決策があるのなら解決のために努力すればいい。解決策がないのなら悩んでも仕方ない」

 ここで、どこぞの誰かが「真理だ。しかし身も蓋もない」とツイート

じつはアボの亡命話しの途中くらいから時間切れして場所をかえる。今度はゼミ生中心の小規模な教室。

 ゼミ生K「シャーンティ・デーヴァの言葉を引用されましたが、それはたしかにそうなのですが、解決策があってもそれを実行できないんです。一歩踏み出せないんです」

 ロサン先生「仏(悩みのない存在)になりたいと口でいっているだけではいつまでもそのままだ。まず小さなことからでも行動しなさい。アメリカに行きたいと口でいっているだけでは、いつまでたってもアメリカに行くことはできない。アメリカにいくには飛行機のチケットを買わなければならない。チケットをかうためにはお金がいる。だからまず働くことからはじめる。そのように、そうなりたいと思うのならまず小さな事でも一歩踏み出して行動しなければだめだ。」

 「あがらずに人とはなしたい」「死ぬのが怖い」「メンタルを強くしたい」などの質問に

 ロサン先生「日本では歩いている人も電車に乗っている人もみなおしなべて表情が陰気である。チベットでは知らない人どうしでも笑顔で挨拶する。まず、周りの人に笑顔をみせなさい。そして電車の中でお年寄りに席をゆずるとかいいことをしなさい。周りの人を嬉しい気持ちにさせたらそれだけあなたは功徳を積むことになるし、相手がやわらげは話しやすくなります。笑顔がむりなら、小さくとも行動をすることからはじめなさい。思っているだけではだめです。」
 

教師をめざしている学生の質問。「日本の子供達にチベットをどう教えたらいいですか」

 アボ先生「チベットで完全な自治が実現すれば、チベット人は納得して中国から不安定要因がなくなる。それは中国にとってもよいこと。中国が安定すればアジアも安定する。チベットにとっても中国にとってもどちらにとっても利益のあるウィンウィンの関係であると教えるように」とのこと。

 いや、とにかくありがたい体験であった。

  おまけ。授業の合間に一階から三階まで教室を移動する時、私が「エレベーターは小さいし、階段は学生であふれているし、お坊さんが不愉快に思わないかしら」と心配すると、ゼミ生のK太

「大丈夫ですよ。先生があの四人のチベットのお坊さんつれて前を歩いたら、モーゼ〔が紅海わった〕ように学生が割れますよ」
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