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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2010/10/03(日)   CATEGORY: 未分類
思秋期
オカメインコ友達のAさんから以下のような楽しいメールがきた。

今年は、科学技術振興機構で、私が担当しているさきがけ研究領域の、まだ31歳の若者の1st AuthorのSCIENCE論文がイグ・ノーベル賞(ノーベル賞のパロディだけど結構権威あってハーバート大学で授賞式がある)を受賞しました。2008年にも受賞し2度目です。
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 粘菌と名づけられたアメーバに、関東地方の鉄道網そっくりのネットワークを作らせて、通常は知能が足りないという意味で使われる単細胞ですが、単細胞生物の粘菌にも素晴らしい知能があるという研究が受けたのです。
さきがけ研究領域H.P.→ http://www.model.jst.go.jp/index.html


 粘菌といえば、生きている時には死んでいるように見え、死んだ時には生きているように見える神秘の生物。あの南方熊楠もはまったその単細胞に、鉄(鉄道マニア)もびっくりの才能があるのだから、自然というのは細部まで神がやどっている。

 マーベラス。

 ここのところ、うっとうしいニュースが多いのでこういう話は本当に楽しい気持ちにさせてもらえます。

  わたしもあんなことやこんなことがあったけど、明るい気持ちでやってかねば。

 といいつつ、最近思うことは、物事を前に進ませるためにとりあえず目の前の状況を小手先で打開する、ということと、抜本的に動かすために倫理・理想をつらぬくことのバランスの取り方の難しさである。

 たとえば、認知症のお年寄りをお風呂にいれたり、移動させたりしようとする場合には、お年寄りには必要な時に必要なことをする、という自発性は期待できないので、介護者の方が、一人一人の認知症ワールドにあわせていろいろ機嫌を取って、お風呂につれていったり、車に乗せたりするわけだ。

 介護者はそのお年寄りを動かすためにその人のその人の恍惚の自意識を研究し、こういったらこう動くみたいなノウハウを築かねばならないのである。


 しかし、×国が違法操業をしたあげくに巡視船に特攻をかけてきたことについて、世界観が違うのだから、相手の世界観にあわせて相手の面子をたてて、とりあえず場をおさめていいかと言えばこれは違う。

 意外なことに、ことここまできても、「かつてナショナリズムで暴走した日本が今はマトモになったように、×国も経済が豊かになれば、マトモになる。だから、いちいち怒るのはおかしい」みたいなことを言う人がいる。

 そして彼らはこう続ける。「×国はわれわれと同じ論理では動かないし、動けないのだから、争いを起こさないためには、彼らの論理に対しても配慮すべし」と。

 このようなものの考え方、私はものすごく非論理的だと思う。

 まず、「経済さえよくなれば、すべてがよくなるって」「日本もそうだったから×国もそうなる」という根拠がどこにあるのか。このような考えをお持ちの方、論理的に説明できますか。今問題になっているのは、彼らの倫理感の欠如であって、倫理感の欠如はいくら経済が豊かになっても増えるものではない

 認知症のお年寄りと×国の大きな違いは、後者には正常な判断能力があるにも関わらず、自分のエゴを通すために、社会倫理もみなで決めたルールも破っているという点である。

 あと、これは×国様を対等にあつかっていないことを意味するわけで、失礼きわまりない言説でもある。

 で、このようにいうと、「じゃあどうしたらいいんだ、〔相手が無頼漢だから〕どうにもならないじゃん」と、仕方ないだろう、みたいなことをいう人がいる。

 この場合はこう答えたい。

 まず、とりあえず、目の前の問題を解決するために、小手先のテクニックにたよることはいい。刃物を振り回している人に対して、笑顔で敵意のないことをしめし、相手のワールドを理解して不安をとりのぞき、その刃物を手放させる。認知症のお年寄りを移動させる時と同じに、相手の世界観にあわせてまずは状況を打開する。

 しかし、そのあとは刃物男はちゃんと警察署につれていって、「どうしてそういうことをやってはいけないか」を教えなければならない。

 世の中の多くの人は、話の通じない、あるいはルールを護る機能のない人の起こすトラブルに直面したことがあると思う。多くの人はとりあえず、相手に合わせて事を収めることをやっていると思う。しかし、そのあとはきっちりと、その人が何をしたのかを、本人に自覚させることをしなければならない。

 そしてもしその人が言うことを聞かないのであれば、関係者全員に起きたことの経緯を正確に周知し、新しい人が被害にあわないような手をうたねばならない。

 多くの人がやっているであろう、ただ事をおさめるだけの行動は、百害あって一理なし。こちらは筋のとおったビジョンの下、感情に流されず、誰恥じることのない行動で対処することである。何のためか、ルールをまもれない人たちに発言力を持たせないためにである。
 
 いつもいつもグズクズの対応をしていると、その社会は心底くさってくる。
 人間には順応力がそなわっているため、どんな状況でも慣れればこれでいいものだと思ってしまうからだ。

 殴る亭主のいる女房は、「お酒をのまない時はいい人なんだ。別れたら生活も不安だし」などとそれで我慢したりする。もちろん悪いのは殴る男だが、殴られている女もこの殴る男の存在に力を貸していることは言うまでもない。
 暴力は言論と思考の自由を奪い、最後はその人の魂を奪っていく。気づかないうちに日本この状態になってきてませんか~?

 思考力を失った人間は、自分がどんなに異常な状況下にいても理解できない。なので、一人一人がもっと高い視点からものをみることであろう。あらゆる状況を考慮にいれて、どんな場合にも即応できるように戦略をもってことにあたるのである。政治家や官僚やマスコミや誰かのせいにして自分は無罪ではなく、一人一人がいまいる場所で何をなすべきか、足下から自問自答してみることである。
 
 最後に一言。今回一番はっきりものをいっていたのが、日本共産党であった(爆笑)。
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