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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2010/04/19(月)   CATEGORY: 未分類
逆境の乗り越え方
 金曜日夜から土曜日にかけてキョーレツな頭痛に悩まされ、寝込む。気候不順とか年齢とか、いろいろ思い当たる節はあるけど、あまりにもひどいので、くも膜下出血とか脳腫瘍かと思ったよ。何しろ父は白血病、母は直腸がんでなくなっているので、遺伝からいって何がおきてもおかしくはない。

 しかし一応日曜日には痛みはとれたので、例によって「ま、いっか」で詳しい検査はしないことにする。母方の祖父母はまあ長寿だったので、自分は隔世遺伝であると思うことにする(逃げ 笑)。

 不幸は特定の人をねらいうちにするように見えるときがある。たとえば自分についていえば、すでに父親が死亡していた状態で、母親がなくなった時には、世の中にヨボヨボの両親がそろっている同世代の人たちが沢山いることを考えると、どう考えても運命のいやがらせを感じた。

 チベットもそうである。
何も悪いことをしていないのに中国に占領され、社会主義をおしつけられ、飢えや拷問で多くの人が命を落とした上に、今回の地震である。前回のアバ大地震と異なり、今回はチベット人居住域のど真ん中。そうでなくとも少ないチベット人の人口がまた減った。
中国共産党の人災に天災も重なり、まさにフルボッコ状態。

 こんな時は嘆いても恨んでも仕方ない。ダライ・ラマ法王がチベット人にこう呼びかけているが、これは真理だと思う。

大きな苦しみがおきてしまった。しかし、悲嘆にくれていても仕方ない。なくなった方も、被害にあわれた方も、これは〔別の生き物の命をとるなどした〕業の結果である、この出来事で業は浄化されると思いなさい。
 また、この逆縁を善を行うチャンスに変えなさい。なくなった方のために祈りましょう。

 つまり、チベット仏教的にいえば、逆境・逆縁は成長のチャンス。
 ガンワン先生も晩年、ガンと闘病されていた折、余命を宣告された時も動揺せず、かなりおつらい状態になっても苦しいともつらいとも、一言もおっしゃらなかった。それどころか、「自分のこの痛みは誰かの痛みをひきうけてこうなっていると考えると、つらくない」とおっしゃられていた。

 病の苦しみも自己の業を精算したり、ほかのものの苦しみを背負ってなっていると考え、心の訓練の場に変えてしまう。実際苦しいからといってのたうちまわっても、まわりに八つ当たりしてもいいことはない。頭痛がしたら、これも誰かの痛みを引き受けてなったものと考えれば、修行となる。ちなみに、自分は頭痛の間、ダンナ様にやつあたりをしつづけた結果、うざがられて放置されました(笑)。

しかし、ド凡夫のワタクシでもなんとなくわかるのは逆境を成長のチャンスに変えること。自分は、母親が失ったとき、いかに未熟で親不孝であったかに気づき、自分というもののダメさ加減に気づく契機になった。そして、悲しくて仕方のない気持ちを分析してみて、それは自分を愛し気にかけてくれる人がいなくなった、という、自己を哀れむ気持ちであると知り、みっともないので悲しむのをやめた。

それに、あまりにも両親が短命であったため、人間はいつ死ぬかわからない、ということが体でわかり、重要なことは後回しにせず、今ここでやる、というクセがついた。

 一言で言うとタフになった。
 もし、両親が今も生きていたら、自分は何となく幸せだったかもしれないが、自分のアホさ加減には気づかないままだったろう。
 
 まあ、今もまだ学ばねばならないところ、改善せねばならないところがあるのはわかっているが、とりあえず問題に気づいているところが、問題を自覚していない頃より成長したと自分では思う。

 ダライ・ラマが祈願するのだから、なくなられたチベットの方はきっといい冥福を得ることができる。
 そう考えることにしよう。
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