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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2010/03/12(金)   CATEGORY: 未分類
平穏を持続できる非凡
3月10日はチベット蜂起記念日51周年。
恒例のダライ・ラマ法王の声明の全文はこちらからどうぞ。↓
ハイライトを以下にぬいときます。
 
(略)
現在、中国指導部はチベット本土の多くの僧院において愛国再教育キャンペーンなどさまざまな政治キャンペーンを行なっています。中国指導部は、僧侶や尼僧から仏教を学び実践する機会を奪い取り、牢獄にいるような生活を強いています。そのような状況から、僧院は博物館のようになっています。チベット仏教を滅すべく意図的に行なわれていることなのです。
(略)
 中国・チベット双方にとって有益となる中道政策ならびにチベット人の苦闘に対する理解は、米国のオバマ大統領をはじめとする政治家や宗教家を中心に年々高まっています。非政府組織、国際社会、なかでも中国人有識者が我々を支援してくださっていることを、じつに誇りに思います。このことは、チベット問題というものが中国人とチベット人のたんなる争いではなく、中国共産党指導部の極左政策に起因する問題であることを明らかにしています。
(略)
私は、海外を訪問するたびに、どこへ行っても中国人と面会します。有識者や学生が中心ですが、彼らは真のおもいやりと支援の気持ちを示してくれます。中国・チベット問題は最終的には双方で解決しなければならない問題です。ですから私は、双方が理解しあえそうな機会がある度に中国人に歩み寄るようにしています。どこにいようと、チベット人は中国人と友好関係を築き、チベット問題の真実とチベットがおかれている現状を中国人に知ってもらえるよう努めることが大切だと思います。
(略)
中国指導部は強硬路線にしがみついているかもしれませんが、国際社会を舞台に起きている政治的変化や中国の人々の物事の見方が変わってきていることから判断しますと、真実が明らかにされるときがかならず来ます。それゆえに、だれもが辛抱強く諦めないことが大切なのです。


 「諦めないこと」非暴力ってまさにこの一語につきるんだよね。

 争いは誰でも始めることができる。本能のままに生き、エゴを押し出していれば、その人の周りの人間関係は簡単に不安定になり諍いが始まる。諍いを始めるには決意も努力もいらない。

 しかし、平穏は一生かけて紡ぎ続けるものである。
 それを続けることができる人は実は非凡な人である。

 前にラクパ代表がおっしゃっていたが、「自爆テロとかする民族運動は新聞の一面を飾るが、われわれの文化を維持する戦いはなかなか注目してもらえない。おかしいじゃないですか」。

 私もそう思う。新聞とか雑誌とかにはリコン報道や覚醒剤がどーしたとか、愛子様がイジメに、とか、諍いや問題ばかりをとりあげる。しかし、こんなのばかり読んでいたら気持ちが荒むばかり。

 それよりも、平穏に生きている人がいたら、なぜ彼らが平穏でいられるのか、そのメカニズムを学ぶ方が問題解決につながる。10万人の難民にすがりつかれていてもダライ・ラマが、なぜ腹のそこから楽しそうにワッハッハと笑えるのか、チベット子供村の子供たちはなぜおだやかなのか、それをまじめに追求した方がよほど人類の未来に資する。

 世の中には国はあってもアイデンティティを喪失してわけわかんなくなっている失敗国家が山ほどある。しかし、チベット人は国を失ってもアイデンティティを保ちつつ51年もコミュニティを存続させているのである。

 マスコミもヤク中の芸能人の話とか、上海万博とか取り上げるのをやめて、世界中の聖人の生活とか言動をもっと報道したら、じつは視聴者もそれを望んでいると思うよ。

 この前NHKのドキュメンタリーでルーマニアの田舎にすむ老夫婦、エレナとコンスタンチンの日常を長回しでとった「愛し続けて55年・老夫婦の日々」というのをやっていた。たまたまつけたテレビで見たのだが、引き込まれた。

 よぼよぼのコンスタンチンは同じくヨボヨボのエレナを日々愛し尊敬しつつ、家畜の世話をしたり、聖人の祭りに参加したりして楽しそうに生きている。

 若者は年寄りを「みっともない」とすぐバカにするけど、この老夫婦はちっとも惨めにも可哀想にも見えない。若くて綺麗でも罵り合っているのカップルの方が余程惨めで可哀想である。

 平穏に生きている人は、日々の小さな努力を積み重ねた結果、その平穏を実現しているのである。その努力に対してはふさわしい敬意を払うべきである。

 この前ハイチの大地震が起きた時に、ドサクサに紛れて略奪者がたくさんでたことを、朝日の記者は「生きるためにやっていることを略奪者のレッテルをはりどうしようもない人みたいにいうのはいかがなものか」みたいなコラム書いていた。私はこういう考え方嫌い。こういう時だからこそ、自重せにゃいかんのである。

 略奪→治安が安定しない→援助が届かない→飢える→略奪

の無限スパイラルに陥るだけ。略奪者に情けを掛けて「生きるために一生懸命な人」と美化してその国が滅んだらアンタ責任とれるわけ。

 そんな簡単なこともわかんないのが、朝日のヒューマニズム。朝日の紙面にはこの手の倫理的にダメダメな人(自分のことしか考えないエゴイスト)を擁護し、正義や倫理を無条件に危険視するズレた感覚がしばしば垣間見える。

 諍いや問題をクローズアップしてもトンチンカンな情けをかけても、問題は解決しない。それよりは、平穏な状態にある人々の普段の暮らしを分析し、なぜ彼らが平和でいられるのか、そこから学ぶことの方が重要である。

 まあ早い話が「報道に携わるものは、チベットの高僧の生活から学び、蜂起記念日の法王の声明はちゃんとダラムサラまで聞きに行け」とそういうことだ(笑)。

 そいえば、平岡さんのところに一昨日ギュメから電話がかかって、17日前に亡くなられたロプサン・カンデンというお坊さまが、死の瞑想(トゥクダム)に入って居てるため、17日たった今も腐らないそうである。で、インド人のドクター二人がカンデン師のご遺体を検査したところ、脳も体もカンペキに死んでいるのに、何と心臓の位置に何かが活動していることが分かったのだそう。

 死の際に現れるという覚りの意識、ミシクパイティクレ(不壊の滴)も心臓に位置すると言われているため、ま~さ~に~、医学的な結果と仏教の伝統が合致したわけである。

 カンデン師が生きていた頃は、マンダラのことをよく知っている人ということで尊敬はされていたけど、普通の扱いだった。でも彼が死後こうしてトゥクダムを実現したのを見て、僧院のみなは改めてカンデン師の偉大さに感じ入ったという。誰か彼のトゥクダムを取材にいきませんか? チベット僧の死に際のきれいさから今の日本人は学ぶところは多いですよ~

 本当にすごいものは日々の修業によって作り上げられているものであり、目立たない、気をつけてみていないと見過ごしてしまうようなものなのである。
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