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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2009/12/02(水)   CATEGORY: 未分類
『クショラ』
 火曜日、平岡さんが所用で東京にでて来られてめずらしく泊まるとのことなで(平岡さんは日帰り主義)、渋谷で会うこととする。

 東京らしいとこが良いかと思い、渋谷交差点をみおろすスターバックスに入る。大きな柱の影ではあるが、運良く窓ぎわの席がとれた。

 私が近況とか話すと、平岡さんはもっぱら聞き役にまわってくださる。そして先週土曜日の東京都美術館に話がおよび、「平岡さんはああいう失礼な質問とか、暴言はかれたことないの」と聞いたら

 平岡さん「十二年ほど前に、私はアレキサンダー大王の生まれ代わりです」っていう質問者がいたけど無視しましたわ。以後はそんなことありませんな」

 私「私なんて歴史が専門なのになんかへんな感じにチベット密教に興味を持つ人が絡んでくるのに、平岡さんは密教専門にしててもへんな人はよってこないんだ。やっぱちゃんと毎朝読経しているからかな」というと

 平岡さん「センセ、女性だから絡まれるんじゃないでっか。セクハラですな。私は男ですから絡んでもオモロクないでっしゃろ。でも、せっかくですから、カーラルーパの法でも伝授しましょっか。これはへんなのピンピンはじいてくれまっせ。なんせヤマーンタカのお使いですから」

 私「それはいいですが。ここはスターバックスですよ」

 平岡さん「ええねん、ええねん」

 といって平岡さんは足下のバッグからおもむろにパオンカワのヤマンタカのテクストをとりだし、そこからカーラルーパのテクストのコピーをぬきだし、解説つきで下賜してくださった。

 かつてはチベットの山奥でひっそりと伝授されてきた密教が、今は日本一人目の多い渋谷のスターバックスで伝授される。21世紀ならではの風景である(笑)。

 そのあと、平岡さんを渋谷駅のコンコースに飾られた岡本太郎の大作「明日の神話」のところにつれていく。そして、そこから振り返ってガラス越に渋谷の交差点をみわたして
私「去年の三月ね、デモの時、チベット旗がこの交差点を埋めたんですよ。で、そのあともさっきのスタバにただチベット旗さげて座ったりとか、Tシャツの背に一文字ずつFREE TIBETって書いた人たちが並んであるいたり、スローデモをしたのもここ渋谷。だって中国大使館近いから(笑)」と言うと、「東京は意識が高いですなあ」としきりに感心。

 で、別れ際に平岡さん「センセ、嫁はんのだした本(『クショラ』チベット語で和尚様みたいな意味)の宣伝お願いしますわ」と頼まれたので、法施のご恩にご紹介。

 以下の青色の文章は最初本書の書評として入稿したものですが、なぜか本書にも載ることとなった拙文です。

 本書はチベットの高僧ガワン先生(1937-2009)の最後の日々を、ガワン先生の弟子にして施主である平岡宏一氏の妻女、妃女氏の視点から記したものである。

 ガワン先生はガンデン大僧院(チベット仏教の最大宗派であるゲルク派の総本山)の僧であった1959年、中国軍によって国を追われ23才でインドへ亡命した。亡命後、ガワン先生はインドに再建されたガンデン大僧院で博士の最高学位ゲシェ=ララムパ号を取り、その後ゲルク派の密教の本山ギュメ寺において密教の修業を積み、ギュメの管長を勤められ、晩年はダライ・ラマ法王の五大弟子の一人に数えられる高僧として知られた。

 平岡夫妻がガワン先生の闘病を直接支え始めたのは2007年5月からのことである。来日したガワン先生が平岡夫妻の薦めにより日本でPET検査を行った所、ガワン先生の肝臓に転移癌がみつかった。「余命半年」の宣告を聞くや、夫妻は手を尽くして様々な治療を模索する。それから先生が亡くなるまでの二年間、夫妻にふりかかった精神的・金銭的負担がいかほどのものであったかは想像に難くない。

 ガワン先生は持戒僧であるため女性はその体に触れることが許されない(この文章「持戒僧」が本書では「自戒僧」になってますが、入稿の際は正しい綴りで入れました。)。妃女氏の「先生が苦しんでいる時、体をさすってあげられなかったことが特につらかった。もし、足や背中をさすってさしあげられることができたなら、私のストレスもずいぶん軽減したことと思う」という件からは、妃女氏の非凡な慈しみ深さを感じ取れる。

 抗がん剤が次第に効果を失っていく中、夫妻は新たな治療方針三つを提示し、ダライ・ラマ法王にお伺いをたてた。すると、法王のお答えは「死にむけて心の安定を保ちなさい」であった。

 ガワン先生は治療のために日本に滞在するたびごとに、宏一氏にチベットの密教経典『秘密集会タントラ』の注釈を伝授し、一般に向けても六回の灌頂を行われた。法座につくと、病を感じさせない凛としたそのお姿に、列席した日本人はチベットの高僧の神秘的な底力を感じた。

 また、「何か困ったことがあると不思議に誰かの助けがさしのべられてきた。」というように、平岡夫妻の介護は何かの力によって動かされたかのようにして集まってくる多くの方々の金銭的援助、技術・物品の提供などによって支えられた。

 
 宏一氏と妃女氏がガワン先生と最後にまみえたのは、なくなる一月ちょっと前の2008年12月のことであった。ガンデン大僧院から日本に帰る宏一氏はガワン先生との永遠の別れを予感して号泣した。妃女氏の「主人がこのように泣くのを初めてみた」という件から、妃女氏がこの大変な二年間を乗り切っていった原動力は、ラマに対する敬意とこの師弟の深い絆を支える使命感から生まれていたことが知れる。いろいろな意味で「現代の神話」のような一作である。

 本書にはご主人である宏一氏も一文を寄せられていて、この文章からは死に向かい合っても動じない非凡なガワン先生の姿と宏一氏との法縁が記されています。あまりネタバレをすると面白くないでしょうから、それを知りたい方は、はいここクリックして。

 自費出版なので、出版社の御法インターナショナルに直接お問い合わせくださいね。

 ふと空をみるといつのまにか丸い月があがっている。平岡さんの上京は今日突然知ったことで、カーラルーパの伝授もまったくその場の流れだったけど、結果としては一月のうちもっともいい満月の日を選んでいたことになる。

 チベットをめぐる法縁は毎度のことながらいつも不思議で面白い。

 家に帰ってパソコンをつけると自分のホームページの訪問者総数が88888887になっていた。あと1つでキリ番になる。思わずもう一台のパソコンをつけて自分で88888888を踏む。公にプレゼントの約束までしておいて自分で踏むのもいかがなものかと思ったが、今日は満月だしきっと私が踏む運命だったの(いい訳)。

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