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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2009/11/11(水)   CATEGORY: 未分類
『殺劫』と『碧空のかけら』
チベット教育サポート基金の方から『殺劫』と『碧空のかけら』をご恵送頂いた。

 チベット教育サポート基金は1990年に始まったかなり古参のチベットの支援組織で、2009年7月現在で683名(のべ2143名)のチベットの子供たちがこの組織を通じて支援を受けている。『碧空のかけら』という絵本はこの支援組織が発行したもので、チベット文化の心髄を短いながらいっぱつで伝えるマーベラスな本である。

 この『碧空のかけら』、とくにこのページにくるとどんな人でも目から煮汁がでます。血も涙もないと評判の私ですら、ぐっときて天を仰ぎました。

青空のかけら

 
 ある日本人旅行者のインド旅行での実際の体験をもとに創作した話だというけど、チベットを支援しようと思う人が多かれ少なかれ感じているチベットに対する思いをこの本はうまく表現しています。

 売り上げは子供たちの支援に使われますので、是非気軽にクリックしてかっちゃおう。とにかく温かい涙がでます。

 で、ついに出ました『殺劫』。去年の北京オリンピックの開会式の8月8日に九州でも行われたチベットの平和を祈るキャンドルイベントの場で、中国書店の社長さんと「久留米チベットサポート基金」のNさんが知り合って、Nさんはこの社長から『殺劫』を出版しますよ、との話を聞いた。でNさん、そげな本がでるんだったらばってん協力しますわー(九州弁はフィクションです)、てな流れになって、Nさんが自分に書評を依頼してきたわけであります。

Nさんは、47才の時会社が倒産して、次の会社の面接を受けるまでにあった何週間かの間に、図書館でチベットの本を読んで、
「もし、この年で再就職が叶ったなら、恩返しにチベットの子供の里親になろう」

と決めて、見事再就職を果たし、それからずっとチベットの子供たちの支援を続けられているとのこと。一人につき4000円からはじめられます。詳しくはここ見てね。で、このNさん、キムスンヨン監督の『チベット・チベット』の中国語版字幕を字幕ソフトで根気よくつけた方でもあります(漢訳は別の方が行ってNさんは字幕はりをされた)。

 というわけで、『殺劫』詠んでいるのですが、とにかくすごい歴史資料。
著者のウーセルさんは共産党の幹部であった亡き父上の遺品の中からチベットの文革時代の写真を見つける。その写真をもってチベットで取材を行い、写真に写っている彼らが何者で、今はどこで何をしているのかを調べ上げたのだ。

 これが何を意味するのかと言えば、日本語の監修者である読売新聞の藤野彰氏もいうように、共産党の恥の歴史をダブるで抉るものとなる。

 つまり、1950年のチベット侵略も1964-1974年の文革も、共産党の失政の最たるもので、この二つは現在も共産党の正当性の根幹をゆるがしている。そのため、共産党はチベットの文化大革命を二重の意味で封印していた。しかし、そのタブーを共産党の幹部の家庭に育ったチベット人のウーセルさんが破ったのである。、もちろん、中国本土では出版できず、台湾で出版された。

 『殺劫』の写真は、チベット第一の聖地であるラサの心臓のチョカンが、誰によって破壊されたのか、いかに辱められたのか、かつての貴族や官僚や転生僧たちが誰によってつるしあげられたのかを示す、まさに動かぬ証拠である。

 その写真に対する解説は今もなお生きる関係者の口から語られたもので、ウーセルさんが取材した結果明らかになったものである。ウーセルさんによると、彼らはみな、他人の悪事については饒舌であるが、自分の悪事を糺されると口をつぐんだという。それでも多くの人に会っていけば、誰がどう行動したかは自ずと明らかになっていく。その内容がとにかくひどい。

  暴徒の先頭にたって暴力的に振る舞ったものの大半は、かつては貴族の召使いであったり貧民であったりした人たちであった。彼らが、かつての自分の主人や崇拝していた高僧たちをつるしあげたのは、彼らが階級闘争や革命精神を理解していたからではない。

 ウーセルさんも言うように、彼らのほとんどは教育を受けていないものであったため、文字も読めず、当然のことながら、漢文の壁新聞も読めない。むろん、スローガンの意味する思想内容を理解する思考力があるわけでもない。彼らはただ、かつてのセレブたちをひきずりおとすという快感に酔いしれ、自分の真逆の高みにいる仏達をぶち壊してその冠から金銀財宝を奪うことによって興奮していただけである。

 教育のない人たちの暴力を野に放ち、その結果、多くの知識人の命を奪い、チベットの人々が何百年にもわたり大事にしてきたものを烏有に帰せしめた、●沢東の罪は重い。

 暴徒の単細胞は目の前にある社会を壊せば、すぐに自分たちの新しい社会がくると思っていたらしいけど、周知の通り、社会は大人によって作られ運営されるものであり、無学な烏合の衆がいくら集まっても何も生まれないことは、〔精神的に〕子供ばかりがあふれた文革の十年、中国は教育も福祉も生産活動も何もかもが停滞したことからも明らかである。

 今、その破壊行為に携わった人たちは、どうしているのだろうか。死んだものも居るが、生きている者はその多くが共産党の幹部に収まっているのだ。

 ウーセルさんのお父さんの写真の中で、歯をむき出して、かつての貴族をののしっていた女性ツェリン・ワンモは今はみるからに凶悪な顔をした老婆になっている。もちろんウーセルさんの取材は拒否。ツェリンワンモは今、かつて自分がつるしあげた人と町中でばったりあうと(ラサは狭い)、腰を低くして「先生、先生」といってくるそうだ。

 「卑しい」とはこのような者たちのためにある言葉であろう。

 気をつけなければならないのは、暴徒の先頭にたったこれらの元貧者の人たち以外は、共産党の命令で動員されて破壊や糾弾にあたっていたということである。共産党は食糧の配給からはじまって社会のあらゆる部分を握っており、その命令によって動かないことは自分が今度は壇上にあげられて糾弾の対象となることを意味する。従って、多くの人々はチョカンを初めとするチベット全土の寺院の破壊に加わり、かつてのセレブたちの侮辱を行ったのである。

 「破壊」に快感を覚えていた教育のない人たちについてはもう、ダライ・ラマがおっしゃる通り、教育は大切だ、の一語につきよう。では今の中国の教育はと考えると、大して当時と変わってないんだわこれが。つまり、人間性を育むようなことはしてなくて、相変わらずのスローガン連呼、Get Stupid! な教育という名の洗脳。詳しくは二三こ前のエントリーの愛国教育の項を参照してね。

 ウーセルさんもいうように、お寺の破壊を行ったのが、チベット人であった事を強調する現在の共産党の言説は卑怯である。なぜなら、毛●東が文革を発動する前にはチベット人が大挙して僧院をこわすなどという行為はなされなかったからである。共産党の命令があったからこそ、教育のない人々はその尻馬にのって社会を破壊し、良識のある人も自分を守るためにこの大衆暴動に加わらざるをえなかったのだ。

 都合の悪いことだけとを、「チベット人がやりました」っていうのは逃げですよ、逃げ。

 そいえば、気になったこととして、仏教に関する事柄に誤訳があった。これが誤訳なのか、それとも原文から間違っていたのかは、原文もって帰るのを忘れたので、分からない。

 たとえば、スィルニェン(ミニシンバル)のことを金剛鈴といったり、カーラチャクラのモノグラム、ナムチュワンデンをナムゲルワンデンといっていたり、寺院の正面にある初転法輪を示す、鹿と法輪を麒麟と法輪と言ってみたり。もしこれが原文からの間違いであるとすると、本土チベット人の知識人であるウーセルさんからして、仏教の基本的な事相が理解できいないことになり、文革による文化の破壊の一例が、奇しくも本文中に現れたことにもなる。

 『殺劫』は4600円と高価な書籍であるが、文革史、現代チベット史にとって一級の資料であるため、各地の図書館には入れてほしい。
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