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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2009/08/25(火)   CATEGORY: 未分類
地獄とつながる滝壺
七月に故ガワン先生の高弟であるリンポチェが、平岡さんのおうちにきた。

 実は五月にダーキニーの印を平岡先生から伝授される際、カパーラ(文字通りには髑髏杯だが、最近はいろいろな諸問題より金属製になっている 笑。)が揃えられなかったので、G寺のIさんにダメもとで

私「カパーラもってませんよね」と聞くと

Iさん「ありますよ。〔髑髏をつかった〕ホンモノもありますが、それはちょっと外に貸してて」

私「ホンモノでなくていいです・・・」

というわけで、人様のカパーラを借りたので、今回リンポチェが来日する際にカパーラを調達してもってきて頂いた。あーありがたい。

で、リンポチェはダライ・ラマ猊下ご直筆の、「ガワン先生の転生がすぐに現れますように」との祈願文も託されていた。これはmyur byon(早いお出まし)という文章のジャンルに属し、高僧がなくなると、その関係者みなでこのmyur byonを唱えることによって、その転生が関係者の周辺に生まれてくるように祈るのだ。

あーありがたい。

 じつはダライ・ラマはチベット文化圏で生まれる転生者の最終承認を行う立場にもある。なので、前から気になっていたことを、平岡さんに聞いてみる。

 私「ダライ・ラマ法王が承認された転生者の中からも、いわゆる僧院生活を放棄して還俗するお坊さんいますよね。こういうお坊さんって、猊下が一切智者なら、あらかじめ察知して、承認しない、とか、今回一回休み、とかいってその人をパスすることもありうるはずなのに、どうして承認しちゃうんでしょうか」と聞くと

平岡さん「チベット人に言わせると、還俗した坊さんは、もうその人がその人生で教化すべき人が全部教化されたからそれでいいんだそうです。それに、ガンデンのファラ地域寮にもちょっとアレな転生僧がいて、今ドバイにいてバイクなんかのっておおよそ転生僧らしからぬ生活してますが、チベット人に言わせると、誘惑の多い俗世間の生活にどっぷりつかっていながら女犯など戒律をおかしていないのは、この人はやはり転生僧だ、と前向きに考えるんですわ」

いやー、世間が温かいですな。そいえばチベットの僧院を舞台にした名作映画「ザ・カップ」もサッカー狂いの少年僧を高僧が温かく見守っていたし。まあ、こんな考え方してても、大半の僧は戒律をまもるわけだし、さりとて、還俗しても差別されたり、犯罪にはしったりせず、「しょうがないねー」とか言われながらそれなりに愛されながら生きていくわけだから、まあこの制度よく回ってますわ。

 で、ダライラマ法王の最近の奇跡。

 ダライ・ラマが最近、承認待ちの転生候補の子供のリストをみていたら、とある子供をさして

法王「母親の名が違う」
とおっしゃった。そこで調べ直して見たら、そこに書かれていた母親の名前は父親の再婚相手の名前で、その候補者を生んだ本当の母親は別にいたという。ダライ・ラマがチベットの一般家庭のごたごたをしるわけもなく、やはりダライ・ラマは一切智者であるということになったそう。

 ファンタスティック!

 で、リンポチェが南インドのガンデン大僧院に帰還するのについて、平岡ご夫妻もガンデン大僧院とギュメ学堂にいらっしゃり、つい20日に帰国された。

 で、平岡さんの滞在中、ガンデン大僧院のファラ地域寮(ガワン先生の出身の学寮)では、遠足が行われた。僧侶は巡礼・布教以外に旅行は不可なので、遠足といっても要は巡礼である。

 目的地は、大僧院から車で四時間くらいのところにあるインドのナイアガラ、ジョグ・フォール(Jog Falls)。

 何とここは地獄の法王、閻魔大王の眷属のカーラルーパの聖地で、ギュメの僧侶たちは、カーラルーパを勧請する際、この滝壺から呼び出すのだそう。

ということはこの滝壺、地獄につながっているのかっ。
jogfall

ちなみに、閻魔大王(チューゲル)はチベットではガンデン大僧院の護法尊で、一般的には仏教を修行する三レベルの人のうち入門したばかりの人をまもる仏でもある。

ちなみに、仏教修行者の三つのレベルとは、
小人物 自分がラクになりたいがために仏教を志す人。輪廻をでようなんて毛頭思わない。来世金持ちに生まれますように、来世美人に生まれますように、とか、我欲を克服せず、仏教に邁進している状態。
中人物 この輪廻の中にあるもんなんてロクなもんじゃねー、まずこの輪廻からでなきゃと気づいた人。でも、まだ望んでいるのは自分がラクになることだけ。
大人物 この輪廻がしょうもないものであることを理解した上で、輪廻の中でばたぐるっている人のために、あえてこの輪廻にとどまってその人々を救おうという人。ここまでくると菩薩さま。

小人物と中人物は自分のことしか考えてませんが、最後の大人物だけは人のことを考えているところが大きな相違点。

で、このそれぞれの修行者にはその修業をサポートする護法尊がいて
小人物が閻魔大王
中人物が毘沙門天
大人物がマハーカーラ尊(違ってたら誰か訂正)。

 で、閻魔さまの妃はツァムンディというのだが、この妃をまつるヒンドゥー寺院(SHRI MARIKAMBA DEVASTHAN)も側にあったのでいったそうな。そしたら、そこには、カーラルーパの乗り物である水牛の子孫が、神牛として祀られていて、拝観にはボディチェックを受けねばならないほど大事にされていたとな。
mahe

 で、原典確認をしていないから、いい加減ですが、カーラルーパを勧請する祈願文では、「七段の下から」という滝壺を思わせる件があるそうで、
「ああ、経典に書いてある通りやなあ」と平岡先生、滝をみながら感心したとな。

チベット人もたまたまインド政府にあてがわれた難民キャンプにくらしながらも、こうやって身近に仏教の聖地を見いだしているなんて、何て前向き!。

インドで仏教が滅びて久しいけれども、後期密教の仏たちやその眷属たちはヒンドゥーの信仰の中にも見いだすことができる。廃墟であった釈迦の八大聖地も近年、復興が進んでいる。

 チベット人も祖先の地をおわれて浪々の難民くらしではあるが、彼らの文化の根幹をなす仏教の故郷に逃げることができたのは、不幸中の幸いであった。チベットにいたら経典の中で想像するしかなかった、様々な仏さまの聖地を目の当たりにし、そいえば仏教でもっともよく言及される蓮華だって、チベット人はいわゆる蓮華ではない別の花を蓮華だと思っていたんだけど、インドに亡命してから、ふーん、あれが蓮華かー、とモノホンを知ったという。このようなことがチベット文化にとって少しは救いになるといいのだが。

 ちなみに、ギュメ僧院の僧による声明を集めたCD「聖なるチベット」の中に、「カーラルーパを勧請する際の祈り」があります(笑)。

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