台湾人の信心
8/29日、ラダックでの法話を終えたあと、ダライラマ法王は台風八号の犠牲者を追悼するために、台湾に向かう。
台湾はもう最近国でもない、地域でもない、なんだかわからない状態のストレスに耐えかねて、国民党の馬英九政権になってから、中国本土にすりより倒していた。それに「中国にすりよるのはイヤ」という民進党の支持者たちが、去年国際人権デーにダライ・ラマを台湾に呼ぼうとしたら、この馬さんが失礼にもそれを拒否したため、訪問は流れていた。
しかし今回の台風被害は馬英九政権の手際の悪さで被害が拡大したこともあって、それでもって被害の大きい台湾南部は民進党の支持者が多いこともあって、馬さんも「宗教的な目的」ならいい、と言わざるを得なかったとのこと。
で、去年国際人権デーにダライ・ラマを台湾に呼ぼうとした人も、今回の呼びかけ人も、民進党の高雄の市長さんらしい。台湾通のゼミ生にその人の名を教えてもらった。陳菊さんとな。
ダライ・ラマのサポーターをやっている方ならさぞや仏様のような素晴らしい方であろうと、さっそくグーグルの画像検索で陳菊と入力してみる。

まあ、考えようによっちゃ鎌倉の大仏さまが立ち上がったみたいに見えないこともないので、ありがたいと言えないこともない。
あ、画像をクリックすると大きくなりますよ。
ダライ・ラマの台湾訪問って何かと政治的に見られるけど、もともと台湾人は気合いの入ったチベット仏教の信徒がたくさんいて、ダライ・ラマに会いたい人はたくさんいる。インドいくと台湾人のお布施でたったお寺がバンバンあるし、法要ともなると台湾人がお布施をどんどんだしてくる。
台湾の人のチベット仏教に対するこの熱心さをみると、日本人なんてほんっと無宗教。この前の仏舎利展の時も台湾の人はなんだか知らないけど仏舎利の前で泣いてたよ。ひょっとすると社会主義政権があそこまでやっきになって宗教を破壊しなければ、中国人は本来は信心深い人達なのかも。
本土中国も台湾ほどではないにせよ豊かになってきたことだし、もうゼニカネいうのやめて、チベット仏教に手でも合わせてみて、少しは自分の心を客観的に見つめればいいのに。
土曜日、チベ関係者数人で怪しい飲み会。日本にいるチベット人に詳しい方かたが一人いて、彼らの家庭を心配していた。曰く、そのチベット人がフリー・チベットの活動のために奔走すればするほど、働かない分生活が苦しくなるので、奥さんが仕事にでることになる。そうするとそのチベット人の子どもは両親のいない家庭で育つことになる。それが心配だ、と。
確かに親は「この子が自分の国で安心してくらせるように」と体をはってフリー・チベットやっていても、子どもからすれば、もっと父親にいろいろ話しを聞いてもらいたかったり、甘えたりしたいだろうから、もしそれができない場合、ヘタをすると、チベットなんかどうでもいいとか言い出すかもしれない。
そういえば、インド人の地位向上に生涯を捧げた、インド独立の父ガンディーは、息子をアル中で失っている。生涯偉大なる父親に逆らい続けていたという。ぞぞぞぞぞ。
民族性にこだわる在日二世と、それに反発を感じて日本に帰化しちゃおうという三世との確執アゲインか。てか、よく考えたら、もともとチベット人は難民(無国籍)だから、日本人との間に生まれた子供は迷うまでもなく日本国籍か(笑)。
危うしチベット人性!
危うし台湾人性!
なんでチベット人こんな苦労をしなければならないのでしょう。
台湾の人もなにゆえ自分たちの尊敬する人にあう自由がここまで制限されるのでしょう。
台湾はもう最近国でもない、地域でもない、なんだかわからない状態のストレスに耐えかねて、国民党の馬英九政権になってから、中国本土にすりより倒していた。それに「中国にすりよるのはイヤ」という民進党の支持者たちが、去年国際人権デーにダライ・ラマを台湾に呼ぼうとしたら、この馬さんが失礼にもそれを拒否したため、訪問は流れていた。
しかし今回の台風被害は馬英九政権の手際の悪さで被害が拡大したこともあって、それでもって被害の大きい台湾南部は民進党の支持者が多いこともあって、馬さんも「宗教的な目的」ならいい、と言わざるを得なかったとのこと。
で、去年国際人権デーにダライ・ラマを台湾に呼ぼうとした人も、今回の呼びかけ人も、民進党の高雄の市長さんらしい。台湾通のゼミ生にその人の名を教えてもらった。陳菊さんとな。
ダライ・ラマのサポーターをやっている方ならさぞや仏様のような素晴らしい方であろうと、さっそくグーグルの画像検索で陳菊と入力してみる。

まあ、考えようによっちゃ鎌倉の大仏さまが立ち上がったみたいに見えないこともないので、ありがたいと言えないこともない。
あ、画像をクリックすると大きくなりますよ。
ダライ・ラマの台湾訪問って何かと政治的に見られるけど、もともと台湾人は気合いの入ったチベット仏教の信徒がたくさんいて、ダライ・ラマに会いたい人はたくさんいる。インドいくと台湾人のお布施でたったお寺がバンバンあるし、法要ともなると台湾人がお布施をどんどんだしてくる。
台湾の人のチベット仏教に対するこの熱心さをみると、日本人なんてほんっと無宗教。この前の仏舎利展の時も台湾の人はなんだか知らないけど仏舎利の前で泣いてたよ。ひょっとすると社会主義政権があそこまでやっきになって宗教を破壊しなければ、中国人は本来は信心深い人達なのかも。
本土中国も台湾ほどではないにせよ豊かになってきたことだし、もうゼニカネいうのやめて、チベット仏教に手でも合わせてみて、少しは自分の心を客観的に見つめればいいのに。
土曜日、チベ関係者数人で怪しい飲み会。日本にいるチベット人に詳しい方かたが一人いて、彼らの家庭を心配していた。曰く、そのチベット人がフリー・チベットの活動のために奔走すればするほど、働かない分生活が苦しくなるので、奥さんが仕事にでることになる。そうするとそのチベット人の子どもは両親のいない家庭で育つことになる。それが心配だ、と。
確かに親は「この子が自分の国で安心してくらせるように」と体をはってフリー・チベットやっていても、子どもからすれば、もっと父親にいろいろ話しを聞いてもらいたかったり、甘えたりしたいだろうから、もしそれができない場合、ヘタをすると、チベットなんかどうでもいいとか言い出すかもしれない。
そういえば、インド人の地位向上に生涯を捧げた、インド独立の父ガンディーは、息子をアル中で失っている。生涯偉大なる父親に逆らい続けていたという。ぞぞぞぞぞ。
民族性にこだわる在日二世と、それに反発を感じて日本に帰化しちゃおうという三世との確執アゲインか。てか、よく考えたら、もともとチベット人は難民(無国籍)だから、日本人との間に生まれた子供は迷うまでもなく日本国籍か(笑)。
危うしチベット人性!
危うし台湾人性!
なんでチベット人こんな苦労をしなければならないのでしょう。
台湾の人もなにゆえ自分たちの尊敬する人にあう自由がここまで制限されるのでしょう。
パネル演題「チベット仏教研究の可能性を探る」
時 9月9日13時30分~16時、
場所 大谷大学の1号館2階1204番教室 ※ 学会の参加費が2000円かかります。
(1) 福田洋一「チベット仏教のためにできること」
(2) 根本裕史「ツォンカパ研究の方法論的展望」
(3) 吉水千鶴子「新出カダム派文献研究とチベット仏教思想史の再構築」
(4) 安田章紀「ニンマ派研究の現状と展望」
(5) 平岡宏一「チベット密教研究に関する方法論:ゲルク派ギュメ密教学堂での伝統的教授法を通じて」
平岡先生よりメッセージ 「ツォンカパのチベット密教を勉強したい、或いはどうやって修行して行ったらいいのか」と思ってらっしゃる方には必ず参考になると思いますので、是非いらっしゃってください。
時 9月9日13時30分~16時、
場所 大谷大学の1号館2階1204番教室 ※ 学会の参加費が2000円かかります。
(1) 福田洋一「チベット仏教のためにできること」
(2) 根本裕史「ツォンカパ研究の方法論的展望」
(3) 吉水千鶴子「新出カダム派文献研究とチベット仏教思想史の再構築」
(4) 安田章紀「ニンマ派研究の現状と展望」
(5) 平岡宏一「チベット密教研究に関する方法論:ゲルク派ギュメ密教学堂での伝統的教授法を通じて」
平岡先生よりメッセージ 「ツォンカパのチベット密教を勉強したい、或いはどうやって修行して行ったらいいのか」と思ってらっしゃる方には必ず参考になると思いますので、是非いらっしゃってください。
地獄とつながる滝壺
七月に故ガワン先生の高弟であるリンポチェが、平岡さんのおうちにきた。
実は五月にダーキニーの印を平岡先生から伝授される際、カパーラ(文字通りには髑髏杯だが、最近はいろいろな諸問題より金属製になっている 笑。)が揃えられなかったので、G寺のIさんにダメもとで
私「カパーラもってませんよね」と聞くと
Iさん「ありますよ。〔髑髏をつかった〕ホンモノもありますが、それはちょっと外に貸してて」
私「ホンモノでなくていいです・・・」
というわけで、人様のカパーラを借りたので、今回リンポチェが来日する際にカパーラを調達してもってきて頂いた。あーありがたい。
で、リンポチェはダライ・ラマ猊下ご直筆の、「ガワン先生の転生がすぐに現れますように」との祈願文も託されていた。これはmyur byon(早いお出まし)という文章のジャンルに属し、高僧がなくなると、その関係者みなでこのmyur byonを唱えることによって、その転生が関係者の周辺に生まれてくるように祈るのだ。
あーありがたい。
じつはダライ・ラマはチベット文化圏で生まれる転生者の最終承認を行う立場にもある。なので、前から気になっていたことを、平岡さんに聞いてみる。
私「ダライ・ラマ法王が承認された転生者の中からも、いわゆる僧院生活を放棄して還俗するお坊さんいますよね。こういうお坊さんって、猊下が一切智者なら、あらかじめ察知して、承認しない、とか、今回一回休み、とかいってその人をパスすることもありうるはずなのに、どうして承認しちゃうんでしょうか」と聞くと
平岡さん「チベット人に言わせると、還俗した坊さんは、もうその人がその人生で教化すべき人が全部教化されたからそれでいいんだそうです。それに、ガンデンのファラ地域寮にもちょっとアレな転生僧がいて、今ドバイにいてバイクなんかのっておおよそ転生僧らしからぬ生活してますが、チベット人に言わせると、誘惑の多い俗世間の生活にどっぷりつかっていながら女犯など戒律をおかしていないのは、この人はやはり転生僧だ、と前向きに考えるんですわ」
いやー、世間が温かいですな。そいえばチベットの僧院を舞台にした名作映画「ザ・カップ」もサッカー狂いの少年僧を高僧が温かく見守っていたし。まあ、こんな考え方してても、大半の僧は戒律をまもるわけだし、さりとて、還俗しても差別されたり、犯罪にはしったりせず、「しょうがないねー」とか言われながらそれなりに愛されながら生きていくわけだから、まあこの制度よく回ってますわ。
で、ダライラマ法王の最近の奇跡。
ダライ・ラマが最近、承認待ちの転生候補の子供のリストをみていたら、とある子供をさして
法王「母親の名が違う」
とおっしゃった。そこで調べ直して見たら、そこに書かれていた母親の名前は父親の再婚相手の名前で、その候補者を生んだ本当の母親は別にいたという。ダライ・ラマがチベットの一般家庭のごたごたをしるわけもなく、やはりダライ・ラマは一切智者であるということになったそう。
ファンタスティック!
で、リンポチェが南インドのガンデン大僧院に帰還するのについて、平岡ご夫妻もガンデン大僧院とギュメ学堂にいらっしゃり、つい20日に帰国された。
で、平岡さんの滞在中、ガンデン大僧院のファラ地域寮(ガワン先生の出身の学寮)では、遠足が行われた。僧侶は巡礼・布教以外に旅行は不可なので、遠足といっても要は巡礼である。
目的地は、大僧院から車で四時間くらいのところにあるインドのナイアガラ、ジョグ・フォール(Jog Falls)。
何とここは地獄の法王、閻魔大王の眷属のカーラルーパの聖地で、ギュメの僧侶たちは、カーラルーパを勧請する際、この滝壺から呼び出すのだそう。
ということはこの滝壺、地獄につながっているのかっ。

ちなみに、閻魔大王(チューゲル)はチベットではガンデン大僧院の護法尊で、一般的には仏教を修行する三レベルの人のうち入門したばかりの人をまもる仏でもある。
ちなみに、仏教修行者の三つのレベルとは、
小人物 自分がラクになりたいがために仏教を志す人。輪廻をでようなんて毛頭思わない。来世金持ちに生まれますように、来世美人に生まれますように、とか、我欲を克服せず、仏教に邁進している状態。
中人物 この輪廻の中にあるもんなんてロクなもんじゃねー、まずこの輪廻からでなきゃと気づいた人。でも、まだ望んでいるのは自分がラクになることだけ。
大人物 この輪廻がしょうもないものであることを理解した上で、輪廻の中でばたぐるっている人のために、あえてこの輪廻にとどまってその人々を救おうという人。ここまでくると菩薩さま。
小人物と中人物は自分のことしか考えてませんが、最後の大人物だけは人のことを考えているところが大きな相違点。
で、このそれぞれの修行者にはその修業をサポートする護法尊がいて
小人物が閻魔大王
中人物が毘沙門天
大人物がマハーカーラ尊(違ってたら誰か訂正)。
で、閻魔さまの妃はツァムンディというのだが、この妃をまつるヒンドゥー寺院(SHRI MARIKAMBA DEVASTHAN)も側にあったのでいったそうな。そしたら、そこには、カーラルーパの乗り物である水牛の子孫が、神牛として祀られていて、拝観にはボディチェックを受けねばならないほど大事にされていたとな。

で、原典確認をしていないから、いい加減ですが、カーラルーパを勧請する祈願文では、「七段の下から」という滝壺を思わせる件があるそうで、
「ああ、経典に書いてある通りやなあ」と平岡先生、滝をみながら感心したとな。
チベット人もたまたまインド政府にあてがわれた難民キャンプにくらしながらも、こうやって身近に仏教の聖地を見いだしているなんて、何て前向き!。
インドで仏教が滅びて久しいけれども、後期密教の仏たちやその眷属たちはヒンドゥーの信仰の中にも見いだすことができる。廃墟であった釈迦の八大聖地も近年、復興が進んでいる。
チベット人も祖先の地をおわれて浪々の難民くらしではあるが、彼らの文化の根幹をなす仏教の故郷に逃げることができたのは、不幸中の幸いであった。チベットにいたら経典の中で想像するしかなかった、様々な仏さまの聖地を目の当たりにし、そいえば仏教でもっともよく言及される蓮華だって、チベット人はいわゆる蓮華ではない別の花を蓮華だと思っていたんだけど、インドに亡命してから、ふーん、あれが蓮華かー、とモノホンを知ったという。このようなことがチベット文化にとって少しは救いになるといいのだが。
ちなみに、ギュメ僧院の僧による声明を集めたCD「聖なるチベット」の中に、「カーラルーパを勧請する際の祈り」があります(笑)。
実は五月にダーキニーの印を平岡先生から伝授される際、カパーラ(文字通りには髑髏杯だが、最近はいろいろな諸問題より金属製になっている 笑。)が揃えられなかったので、G寺のIさんにダメもとで
私「カパーラもってませんよね」と聞くと
Iさん「ありますよ。〔髑髏をつかった〕ホンモノもありますが、それはちょっと外に貸してて」
私「ホンモノでなくていいです・・・」
というわけで、人様のカパーラを借りたので、今回リンポチェが来日する際にカパーラを調達してもってきて頂いた。あーありがたい。
で、リンポチェはダライ・ラマ猊下ご直筆の、「ガワン先生の転生がすぐに現れますように」との祈願文も託されていた。これはmyur byon(早いお出まし)という文章のジャンルに属し、高僧がなくなると、その関係者みなでこのmyur byonを唱えることによって、その転生が関係者の周辺に生まれてくるように祈るのだ。
あーありがたい。
じつはダライ・ラマはチベット文化圏で生まれる転生者の最終承認を行う立場にもある。なので、前から気になっていたことを、平岡さんに聞いてみる。
私「ダライ・ラマ法王が承認された転生者の中からも、いわゆる僧院生活を放棄して還俗するお坊さんいますよね。こういうお坊さんって、猊下が一切智者なら、あらかじめ察知して、承認しない、とか、今回一回休み、とかいってその人をパスすることもありうるはずなのに、どうして承認しちゃうんでしょうか」と聞くと
平岡さん「チベット人に言わせると、還俗した坊さんは、もうその人がその人生で教化すべき人が全部教化されたからそれでいいんだそうです。それに、ガンデンのファラ地域寮にもちょっとアレな転生僧がいて、今ドバイにいてバイクなんかのっておおよそ転生僧らしからぬ生活してますが、チベット人に言わせると、誘惑の多い俗世間の生活にどっぷりつかっていながら女犯など戒律をおかしていないのは、この人はやはり転生僧だ、と前向きに考えるんですわ」
いやー、世間が温かいですな。そいえばチベットの僧院を舞台にした名作映画「ザ・カップ」もサッカー狂いの少年僧を高僧が温かく見守っていたし。まあ、こんな考え方してても、大半の僧は戒律をまもるわけだし、さりとて、還俗しても差別されたり、犯罪にはしったりせず、「しょうがないねー」とか言われながらそれなりに愛されながら生きていくわけだから、まあこの制度よく回ってますわ。
で、ダライラマ法王の最近の奇跡。
ダライ・ラマが最近、承認待ちの転生候補の子供のリストをみていたら、とある子供をさして
法王「母親の名が違う」
とおっしゃった。そこで調べ直して見たら、そこに書かれていた母親の名前は父親の再婚相手の名前で、その候補者を生んだ本当の母親は別にいたという。ダライ・ラマがチベットの一般家庭のごたごたをしるわけもなく、やはりダライ・ラマは一切智者であるということになったそう。
ファンタスティック!
で、リンポチェが南インドのガンデン大僧院に帰還するのについて、平岡ご夫妻もガンデン大僧院とギュメ学堂にいらっしゃり、つい20日に帰国された。
で、平岡さんの滞在中、ガンデン大僧院のファラ地域寮(ガワン先生の出身の学寮)では、遠足が行われた。僧侶は巡礼・布教以外に旅行は不可なので、遠足といっても要は巡礼である。
目的地は、大僧院から車で四時間くらいのところにあるインドのナイアガラ、ジョグ・フォール(Jog Falls)。
何とここは地獄の法王、閻魔大王の眷属のカーラルーパの聖地で、ギュメの僧侶たちは、カーラルーパを勧請する際、この滝壺から呼び出すのだそう。
ということはこの滝壺、地獄につながっているのかっ。

ちなみに、閻魔大王(チューゲル)はチベットではガンデン大僧院の護法尊で、一般的には仏教を修行する三レベルの人のうち入門したばかりの人をまもる仏でもある。
ちなみに、仏教修行者の三つのレベルとは、
小人物 自分がラクになりたいがために仏教を志す人。輪廻をでようなんて毛頭思わない。来世金持ちに生まれますように、来世美人に生まれますように、とか、我欲を克服せず、仏教に邁進している状態。
中人物 この輪廻の中にあるもんなんてロクなもんじゃねー、まずこの輪廻からでなきゃと気づいた人。でも、まだ望んでいるのは自分がラクになることだけ。
大人物 この輪廻がしょうもないものであることを理解した上で、輪廻の中でばたぐるっている人のために、あえてこの輪廻にとどまってその人々を救おうという人。ここまでくると菩薩さま。
小人物と中人物は自分のことしか考えてませんが、最後の大人物だけは人のことを考えているところが大きな相違点。
で、このそれぞれの修行者にはその修業をサポートする護法尊がいて
小人物が閻魔大王
中人物が毘沙門天
大人物がマハーカーラ尊(違ってたら誰か訂正)。
で、閻魔さまの妃はツァムンディというのだが、この妃をまつるヒンドゥー寺院(SHRI MARIKAMBA DEVASTHAN)も側にあったのでいったそうな。そしたら、そこには、カーラルーパの乗り物である水牛の子孫が、神牛として祀られていて、拝観にはボディチェックを受けねばならないほど大事にされていたとな。

で、原典確認をしていないから、いい加減ですが、カーラルーパを勧請する祈願文では、「七段の下から」という滝壺を思わせる件があるそうで、
「ああ、経典に書いてある通りやなあ」と平岡先生、滝をみながら感心したとな。
チベット人もたまたまインド政府にあてがわれた難民キャンプにくらしながらも、こうやって身近に仏教の聖地を見いだしているなんて、何て前向き!。
インドで仏教が滅びて久しいけれども、後期密教の仏たちやその眷属たちはヒンドゥーの信仰の中にも見いだすことができる。廃墟であった釈迦の八大聖地も近年、復興が進んでいる。
チベット人も祖先の地をおわれて浪々の難民くらしではあるが、彼らの文化の根幹をなす仏教の故郷に逃げることができたのは、不幸中の幸いであった。チベットにいたら経典の中で想像するしかなかった、様々な仏さまの聖地を目の当たりにし、そいえば仏教でもっともよく言及される蓮華だって、チベット人はいわゆる蓮華ではない別の花を蓮華だと思っていたんだけど、インドに亡命してから、ふーん、あれが蓮華かー、とモノホンを知ったという。このようなことがチベット文化にとって少しは救いになるといいのだが。
ちなみに、ギュメ僧院の僧による声明を集めたCD「聖なるチベット」の中に、「カーラルーパを勧請する際の祈り」があります(笑)。
お知らせ二題
今年のインド学仏教学学会は京都の大谷大学で開催されます。
で、チベット仏教の研究者が五人、それぞれの研究のあり方などを語るパネルですので、チベット仏教をガチで勉強したい方、あるいはお坊さん向けです。
ぶっちゃけた話、このパネルは紅白歌合戦の裏番組みたいな時間にやりますので、聴衆がめちゃめちゃ少ない可能性が高いです(てか、パネラー以外にチベット仏教の研究者が何人いるかって話ですわ)。
パネル演題「チベット仏教研究の可能性を探る」
時 9月9日13時30分~16時、
場所 大谷大学の1号館2階1204番教室
学会の参加費が2000円かかります。
(1) 福田洋一「チベット仏教のためにできること」
(2) 根本裕史「ツォンカパ研究の方法論的展望」
(3) 吉水千鶴子「新出カダム派文献研究とチベット仏教思想史の再構築」
(4) 安田章紀「ニンマ派研究の現状と展望」
(5) 平岡宏一「チベット密教研究に関する方法論:ゲルク派ギュメ密教学堂での伝統的教授法を通じて」
ちょっと先の話ですが、高知にダライ・ラマがいらっしゃいます。で、その露払いに「チベットまつり」が日本の五台山、高知の竹林寺で行われます。私も講演をいたしますので、四国遍路の途中のみなさん、秋の高知に来ませんか?
名称 チベットまつり
場所 31番札所竹林寺 (088-882-3085)
時間 2009年10月17日[土]14時00分
後援 高知県仏教会
一部 映画上映「慈悲に生きる ダライ・ラマ14世とチベット」
二部 カメラマン中島健蔵氏による「チベットの聖塚、景色の紹介」
三部 石濱裕美子(早大教授)講演「ダライラマ法王の半世紀」
ラクパ・ツォコ(ダライラマ法王日本代表部代表)講演「チベットの現状」
四部 中島・石濱・ラクパ三氏の座談会 (移動・休憩)
キャンドル奉納
五部 竹林寺本堂 ライブ
桂七福 「チベット落語」
音楽ライブ マーダル・サンガ 法要
名称 チベットまつり
場所 31番札所竹林寺 (088-882-3085)
時間 2009年10月17日[土]14時00分
後援 高知県仏教会
一部 映画上映「慈悲に生きる ダライ・ラマ14世とチベット」
二部 カメラマン中島健蔵氏による「チベットの聖塚、景色の紹介」
三部 石濱裕美子(早大教授)講演「ダライラマ法王の半世紀」
ラクパ・ツォコ(ダライラマ法王日本代表部代表)講演「チベットの現状」
四部 中島・石濱・ラクパ三氏の座談会 (移動・休憩)
キャンドル奉納
五部 竹林寺本堂 ライブ
桂七福 「チベット落語」
音楽ライブ マーダル・サンガ 法要
自分の心と向き合う勇気
ペルセウス流星群をみて首をいためたり、専門論文を書いたり、近所の橋からビルの間にあがる多摩川の花火をみたり、お台場いってガンダムみたり、電線の上を匍匐前進するハクビシン三匹をみて驚いたり、昨日は学校いってひさしぶりにゼミ生の顔をみて、一緒にカップ麺を食べたりしていたら、八月もいつのまにか後半である。
「専門論文~」以外の部分は小学生の夏休みである。
これではいかん。まとまった時間のあるうちに仕事せねば。
このブログの読者さんから、『週刊文春』の阿川佐知子の「あの人に会いたい」コーナーで、リチャギが出ていたとお知らせ頂きました。「やりたくない」という犬のために映画の制作が大変だった、みたいなメイキング談ももちろん語られていましたが、後半、リチャギのチベット語りがあり、これはたぶんチベット仏教を理解する能力のある人は共鳴できる部分大とみたので、以下摘録しました。
阿川 なぜ仏教にそんなに共鳴できたんですか。
ギアニつ答えがあります。一つはカルマで、私は前世に絶対仏教に関係があったと思う。それが今の信仰と結びついている。
阿川 へえ。
ギアもう一つは、今までいろんな霊的なものを探し求めてきたけれども、他にはなかった答えが仏教にはあったんです。それは非常に正直な教えであることと、人間の心を見つめる勇気があること、人間がこの世でする経験はすべて自分の責任だという教えがあること。そこにすごく共感したんです。
阿川 仏教徒として、日々やっていらっしゃることはおありですか。
ギア 毎日一時間、座禅を組みます。
阿川 毎日ぃ?
ギア あなたは楽器をやりますか?
阿川 ピアノとギターを少しだけ。
ギア 一日一時間、ギターを練習するだけでも、三十年、四十年統ければうまくなりますよね。心も同じなんですよ。一日一時間、自分自身と向き合って心を見つめる時間を持つ。それを長い月日続けていくと、どんな進歩があると思いますか。
阿川 神様になっちゃう(笑)。
ギア それほど怒らなくなるんです。今、人間にとって怒りがどんなに悪いことを呼んでいることか。
阿川 夫婦喧嘩もしない?
ギア もちろんします!(笑)
阿川 アッハッハ。よかった。
ギア でも、前とは違うんですよ。妻とも子どもとも仕事のパートナーとも喧嘩する。そういうときに瞑想すると、怒りの度合いがすごく低くなる。心が落ち着いていると、怒りに自分が呑み込まれなくなるんです。怒っていても、その自分と距離があって、「ああ、怒っているな」って自覚するから。
阿川 私も自覚はするんですよ。でも、呑み込まれちゃうんだな(笑)。
ギア 私も昔はコントロールできなかった。そこを修行していくんです。練習ですから毎日やるといい。
阿川 座禅は何年ぐらい続けていらっしゃるんですか。
ギア 三十六年間やっています。
阿川 ワ~ッー じゃ、もう全然文句言わない人になっちゃいましたね。
ギア 言います。まだまだ学ぶべきことは多い(笑)。でも、ダライラマでも文句おっしゃいますよ(笑)。
阿川 そうなの?‥ ダライ・ラマさんには何回もお会いになってるそうで。
ギア私の人生で一番幸せなのは彼と会っていることですね。
阿川 私、テレビでダライ・ラマさんのインタビューを観ているだけで涙が止まらなくなった。お顔を見ているだけでも、なんかこう…・…
ギア 私の見てきた中であんなに自己を捨てている人は彼しかいません。究極のセイント(聖人)です。
阿川 中国にひどいことをされても、非難の仕方が違いますよね。
ギア もっと大きなピジョンで考えてらっしゃるから。中国がああなったのはそういう歴史があったからだ、「今やっていることはあなた方にとって不幸な未来をもたらしますよ」ということまで読んだ上で、彼らを見守っている。その寛容さが素晴らしい。
阿川 ほお。
ギア 大人が悪いことをしている子どもを見て「ああ、そんなことしたら自分に跳ね返ってくるんだよ」と思うでしょ。私は彼がそういうふうに中国を見ているように思います。それだけ心も頭もハートも大きい。ラマ(チベッ卜仏教の高僧)はそういうすごい人たちですね。
阿川 ギアさんもだんだんそこに近づいていらっしゃるように見えます。
ギア いやいや、あそこまで辿り着くにはながーい道のりがあります。でも、そこに向かう正しい道に立っているということは分かっています。
阿川 そうですか。
ギア『HACHI』にも禅への思いが入っているんですよ。私はハチ公をヨーガ行者みたいなものだと解釈しているんです。駅前で黙って無心で主人の帰りを待っている。それ以外何も考えていない。あれは瞑想しているお坊さんみたいなもの。HACHIが示している忠誠心は人間同士の愛とは違う次元の愛なんですよ。そこが一番感動するところじゃないですか。
-------------------
あそこまでいくのは長くかかるだろうけど、少なくとも自分は間違った道を歩いていない、この感覚をもてることはとても幸せなことだと思う。
ダライ・ラマの行動とか心に接すると、普段きれいとは言えない自分の心の中でも、とても美しい部分が反応するのがわかる。たしかにあそこまでいくのはムリでも、皆が自分の心と向き合い、その問題点を理解し、少しずつでもその問題点を克服しようとすれば、世の中の紛争の大半は起きなくてすむ。
かつ、よく考えてみれば分かるが、紛争の根本的な解決法はこれしかない。
「専門論文~」以外の部分は小学生の夏休みである。
これではいかん。まとまった時間のあるうちに仕事せねば。
このブログの読者さんから、『週刊文春』の阿川佐知子の「あの人に会いたい」コーナーで、リチャギが出ていたとお知らせ頂きました。「やりたくない」という犬のために映画の制作が大変だった、みたいなメイキング談ももちろん語られていましたが、後半、リチャギのチベット語りがあり、これはたぶんチベット仏教を理解する能力のある人は共鳴できる部分大とみたので、以下摘録しました。
阿川 なぜ仏教にそんなに共鳴できたんですか。
ギアニつ答えがあります。一つはカルマで、私は前世に絶対仏教に関係があったと思う。それが今の信仰と結びついている。
阿川 へえ。
ギアもう一つは、今までいろんな霊的なものを探し求めてきたけれども、他にはなかった答えが仏教にはあったんです。それは非常に正直な教えであることと、人間の心を見つめる勇気があること、人間がこの世でする経験はすべて自分の責任だという教えがあること。そこにすごく共感したんです。
阿川 仏教徒として、日々やっていらっしゃることはおありですか。
ギア 毎日一時間、座禅を組みます。
阿川 毎日ぃ?
ギア あなたは楽器をやりますか?
阿川 ピアノとギターを少しだけ。
ギア 一日一時間、ギターを練習するだけでも、三十年、四十年統ければうまくなりますよね。心も同じなんですよ。一日一時間、自分自身と向き合って心を見つめる時間を持つ。それを長い月日続けていくと、どんな進歩があると思いますか。
阿川 神様になっちゃう(笑)。
ギア それほど怒らなくなるんです。今、人間にとって怒りがどんなに悪いことを呼んでいることか。
阿川 夫婦喧嘩もしない?
ギア もちろんします!(笑)
阿川 アッハッハ。よかった。
ギア でも、前とは違うんですよ。妻とも子どもとも仕事のパートナーとも喧嘩する。そういうときに瞑想すると、怒りの度合いがすごく低くなる。心が落ち着いていると、怒りに自分が呑み込まれなくなるんです。怒っていても、その自分と距離があって、「ああ、怒っているな」って自覚するから。
阿川 私も自覚はするんですよ。でも、呑み込まれちゃうんだな(笑)。
ギア 私も昔はコントロールできなかった。そこを修行していくんです。練習ですから毎日やるといい。
阿川 座禅は何年ぐらい続けていらっしゃるんですか。
ギア 三十六年間やっています。
阿川 ワ~ッー じゃ、もう全然文句言わない人になっちゃいましたね。
ギア 言います。まだまだ学ぶべきことは多い(笑)。でも、ダライラマでも文句おっしゃいますよ(笑)。
阿川 そうなの?‥ ダライ・ラマさんには何回もお会いになってるそうで。
ギア私の人生で一番幸せなのは彼と会っていることですね。
阿川 私、テレビでダライ・ラマさんのインタビューを観ているだけで涙が止まらなくなった。お顔を見ているだけでも、なんかこう…・…
ギア 私の見てきた中であんなに自己を捨てている人は彼しかいません。究極のセイント(聖人)です。
阿川 中国にひどいことをされても、非難の仕方が違いますよね。
ギア もっと大きなピジョンで考えてらっしゃるから。中国がああなったのはそういう歴史があったからだ、「今やっていることはあなた方にとって不幸な未来をもたらしますよ」ということまで読んだ上で、彼らを見守っている。その寛容さが素晴らしい。
阿川 ほお。
ギア 大人が悪いことをしている子どもを見て「ああ、そんなことしたら自分に跳ね返ってくるんだよ」と思うでしょ。私は彼がそういうふうに中国を見ているように思います。それだけ心も頭もハートも大きい。ラマ(チベッ卜仏教の高僧)はそういうすごい人たちですね。
阿川 ギアさんもだんだんそこに近づいていらっしゃるように見えます。
ギア いやいや、あそこまで辿り着くにはながーい道のりがあります。でも、そこに向かう正しい道に立っているということは分かっています。
阿川 そうですか。
ギア『HACHI』にも禅への思いが入っているんですよ。私はハチ公をヨーガ行者みたいなものだと解釈しているんです。駅前で黙って無心で主人の帰りを待っている。それ以外何も考えていない。あれは瞑想しているお坊さんみたいなもの。HACHIが示している忠誠心は人間同士の愛とは違う次元の愛なんですよ。そこが一番感動するところじゃないですか。
-------------------
あそこまでいくのは長くかかるだろうけど、少なくとも自分は間違った道を歩いていない、この感覚をもてることはとても幸せなことだと思う。
ダライ・ラマの行動とか心に接すると、普段きれいとは言えない自分の心の中でも、とても美しい部分が反応するのがわかる。たしかにあそこまでいくのはムリでも、皆が自分の心と向き合い、その問題点を理解し、少しずつでもその問題点を克服しようとすれば、世の中の紛争の大半は起きなくてすむ。
かつ、よく考えてみれば分かるが、紛争の根本的な解決法はこれしかない。
お数珠コレクション
Aeraの表紙が、リチャギだったので買ってみる。

よくみたら彼の腕にお数珠が巻かれている。チベットの人と一定期間おつきあいすると、お数珠をプレゼントされて、気がつくとひたすらお数珠の数が増えていく。なので、何となく親近感がわいた。
参考までに私がもっているお数珠をお見せするとこんなカンジ(笑)。

まず、リチャギがしているのと同じタイプのたぶん菩提樹?の數珠から清朝皇帝が首からかけてたような長大なやつまでチベットのお数珠にはいろいろヴァリエーションがある。
ちなみに私の一番のお気に入りはこの石のお数珠。ガワン先生ご下賜品で、出雲でお会いした際に先生自ら掌に入れられて一石一石にヤマーンタカを生起して下さった勝手に命名「ヤマンタカの數珠」。
あー、ありがたい。

お数珠は毎日の勤行の際にとなえるマントラの数を数えるために用いる。ヤマンタカの數珠についている青いヒモは平岡先生から頂いた數珠止めで、自分がとなえると決めたマントラの回数部分にこの數珠止めをつけている。
たとえば一回の勤行で37回ヤマーンタカのマントラを唱えることを決めている人なら、37個目のところに数珠とめをつける。
信心深い昔のチベット人は一日中マントラを唱えていたので、出家はもちろんのこと在家の人でも数珠は必携だった。
その昔チベットの地図をつくるためチベットに潜入したパンディットと呼ばれる探検家たちは、イギリス人に訓練された山岳民であり、チベットの地方官に見つからないように巡礼に偽装した(『チベットの潜入者たち』)。
彼らは測量技術とどんな地形でも同じ歩幅で歩く訓練を受けており、數珠たまを108から100にして歩数を数えて距離を測り、測量結果を書き付けた紙をマニ車に隠して持ち歩いた。チベット人の巡礼はは歩きながら數珠をつまぐりマントラを唱えるので、密偵が歩幅を数えながら數珠をつまぐっても疑われることはなかったのだ。
帝国主義の時代、スパイの小道具がマニ車や數珠だったというのも、歴史である。
不信心もののわたしは法要の時しかお数珠を身につけないが、さすがリチャギともなると、アエラの表紙をとる時にもお数珠をつけている(笑)。そこんとこを見てやってくれ。
表紙の人の解説としてこんなことが。
米国独立宣言が採択されたフィラデルフィアは、ギリシャ語で「兄弟愛」という意味を持つ。そこで1949年に生まれた。まさに「愛の人」である。代表作のほとんどがラブストーリーだから、というのもある。だがその愛の深さは、8月8日公開の映画「HACHI 約束の犬」に最も表れているかも知れない。
出演依頼は控えめに、唐突に来た。 「エージェントが『君はやるとは思わないけど』と言って脚本を持ってきました。青天の霹靂でしたね」 女性とではなく、犬との愛を描いた実話に基づく物語。 87年公開の日本版「ハチ公物語」では仲代達矢氏が演じた大学教授役。脚本を読んで赤ん坊のように泣いてしまい、断れなかった。
実は私生活でも愛犬家。7年ほど前、保護施設からもらってきたシープドッグ系の雑種を飼っている。「足はコーギーみたいに短くて、とてもかわいらしい顔をしているんです」
愛は「全体主義国家」によって抑圧される世界中の人たちへも向けられる。
「ウイグルやチベットの問題を抱える中国政府は、暴力で安定した状況を得られると考えています。チベットの人たちは文化も生活も宗教も自ら自由にできない状況に置かれ、抑圧されている。しかし、それで調和が生まれるわけがない]
このリチャギのお話を聞いて、ダライラマがよくいう喩えを思い出した。ダライラマはよくこういう。
「暴力によって人に言うことを聞かせることはできないし、敬意を受けることもありません。簡単なことです。あなたが犬を殴ったら、その犬はあなたを好きになりますか?」
これはもちろんきわめて限定的に言えば、中国共産党が軍事力によってチベット人を制圧しながら、チベット人に中国共産党に感謝しろ、と恫喝し続けていることとかを「ムリだろ」と言ってるのであり、もっと巨視的には、人間関係全般に及んでいる。
人を傷つけてばかりの人が、自分にやさしくしてくれ、などと要求しても、誰が聞いても「そりゃムリだろ」というわけ。
愛されたいなら、愛すること。
尊敬されたいなら、尊敬されるような行動をとること。
真理は得てしてシンプルである。

よくみたら彼の腕にお数珠が巻かれている。チベットの人と一定期間おつきあいすると、お数珠をプレゼントされて、気がつくとひたすらお数珠の数が増えていく。なので、何となく親近感がわいた。
参考までに私がもっているお数珠をお見せするとこんなカンジ(笑)。

まず、リチャギがしているのと同じタイプのたぶん菩提樹?の數珠から清朝皇帝が首からかけてたような長大なやつまでチベットのお数珠にはいろいろヴァリエーションがある。
ちなみに私の一番のお気に入りはこの石のお数珠。ガワン先生ご下賜品で、出雲でお会いした際に先生自ら掌に入れられて一石一石にヤマーンタカを生起して下さった勝手に命名「ヤマンタカの數珠」。
あー、ありがたい。

お数珠は毎日の勤行の際にとなえるマントラの数を数えるために用いる。ヤマンタカの數珠についている青いヒモは平岡先生から頂いた數珠止めで、自分がとなえると決めたマントラの回数部分にこの數珠止めをつけている。
たとえば一回の勤行で37回ヤマーンタカのマントラを唱えることを決めている人なら、37個目のところに数珠とめをつける。
信心深い昔のチベット人は一日中マントラを唱えていたので、出家はもちろんのこと在家の人でも数珠は必携だった。
その昔チベットの地図をつくるためチベットに潜入したパンディットと呼ばれる探検家たちは、イギリス人に訓練された山岳民であり、チベットの地方官に見つからないように巡礼に偽装した(『チベットの潜入者たち』)。
彼らは測量技術とどんな地形でも同じ歩幅で歩く訓練を受けており、數珠たまを108から100にして歩数を数えて距離を測り、測量結果を書き付けた紙をマニ車に隠して持ち歩いた。チベット人の巡礼はは歩きながら數珠をつまぐりマントラを唱えるので、密偵が歩幅を数えながら數珠をつまぐっても疑われることはなかったのだ。
帝国主義の時代、スパイの小道具がマニ車や數珠だったというのも、歴史である。
不信心もののわたしは法要の時しかお数珠を身につけないが、さすがリチャギともなると、アエラの表紙をとる時にもお数珠をつけている(笑)。そこんとこを見てやってくれ。
表紙の人の解説としてこんなことが。
米国独立宣言が採択されたフィラデルフィアは、ギリシャ語で「兄弟愛」という意味を持つ。そこで1949年に生まれた。まさに「愛の人」である。代表作のほとんどがラブストーリーだから、というのもある。だがその愛の深さは、8月8日公開の映画「HACHI 約束の犬」に最も表れているかも知れない。
出演依頼は控えめに、唐突に来た。 「エージェントが『君はやるとは思わないけど』と言って脚本を持ってきました。青天の霹靂でしたね」 女性とではなく、犬との愛を描いた実話に基づく物語。 87年公開の日本版「ハチ公物語」では仲代達矢氏が演じた大学教授役。脚本を読んで赤ん坊のように泣いてしまい、断れなかった。
実は私生活でも愛犬家。7年ほど前、保護施設からもらってきたシープドッグ系の雑種を飼っている。「足はコーギーみたいに短くて、とてもかわいらしい顔をしているんです」
愛は「全体主義国家」によって抑圧される世界中の人たちへも向けられる。
「ウイグルやチベットの問題を抱える中国政府は、暴力で安定した状況を得られると考えています。チベットの人たちは文化も生活も宗教も自ら自由にできない状況に置かれ、抑圧されている。しかし、それで調和が生まれるわけがない]
このリチャギのお話を聞いて、ダライラマがよくいう喩えを思い出した。ダライラマはよくこういう。
「暴力によって人に言うことを聞かせることはできないし、敬意を受けることもありません。簡単なことです。あなたが犬を殴ったら、その犬はあなたを好きになりますか?」
これはもちろんきわめて限定的に言えば、中国共産党が軍事力によってチベット人を制圧しながら、チベット人に中国共産党に感謝しろ、と恫喝し続けていることとかを「ムリだろ」と言ってるのであり、もっと巨視的には、人間関係全般に及んでいる。
人を傷つけてばかりの人が、自分にやさしくしてくれ、などと要求しても、誰が聞いても「そりゃムリだろ」というわけ。
愛されたいなら、愛すること。
尊敬されたいなら、尊敬されるような行動をとること。
真理は得てしてシンプルである。
政治演説会初参加
日曜日、人生初めて政治家の立ち会い演説会にいってみる。実は私の選挙区には拉致議連の事務局長にして、去年チベットが蜂起した時にインドまでチベット人の運動を視察にいってくれたM原氏がいる。で、「チベット問題についても光をあててね」とお願いするためにいったのだ。
私の人生初はすべて「チベットがらみ」で行われてきた。
前世だな。
女性が政治の集会でかけるなんて大正時代だったら即逮捕、よく知らないけど、イスラーム圏だったら今でも逮捕かも。ちょっとドキドキしながら会場に入ると、若いとはいえないが超高齢まではいかない人たちがほとんど。意外にも年配の女性の数は多い。たぶん女性のお客さんとしては私が一番若かったのではないか。
で、結婚式場と同じで、演説会の入り口では、M原さんが支持者に頭下げている。時間ギリだったので、あまり人もおらず、私は例によってマゴイのように歩み寄り、名刺をわたし、「去年はチベットのためにインドまでいってくださってありがとうございました」と感謝し、たまたま家にあった自分の論考ののった『東亜』をわたし、「時間のある時でいいですからごらんください。チベットをお願いします」と頼む。
私はいろいろなところで、チベット人に「チベットのために発言して下さり、ありがとうございます」と感謝される。そのたび嬉しいより先に「私のようなものに感謝するくらい人材に困っているのか、あーあ、ちゃんとやらなきゃなー」とだるーい使命感を感じる。
なので、私にこう言われたM原氏も、きっと使命感を感じたはず。いや、感じてくれないと困る。
演説会は一時間くらいで、どの演説もまあまあ面白く、うちの教授会よりもメリハリがきいていて、結構面白かった。で、フジの報道カメラも入っていた。
その演説で、M原氏曰く、わたしは官僚制を否定するわけではない、官僚の暴走をとめたいのだ、今の自民党は官僚という暴走馬にのって制御ができなくなっている御者状態。という。で、その暴走の一例として、島根県が竹島の日を制定した時、外務大臣、副大臣、とにかく外務省からその式典にきてくれるようにお願いしたところ、外務省は誰もよこさなかったという。大臣は来たかったかもしれないが、事なかれの官僚がとめたのだろう、という。
で、ガス田問題について国会で質問した時も、外務省は、わたしたちは国際的なルール(中間線が決定していない領域では資源開発をやらない)に基づいてやっている、を繰り返すばかりで、ルールに従わない中国に対して何も動かない、このような官僚の事なかれな姿勢がいかん、と言う。
で、応援演説を行っている都議会議員の名前忘れたも、M原氏が、利権と無縁であるが故に、カネがない。さらに、彼が拉致のことでずっとがんばってきたけど、これははっきりいって票に結びつかない、でも三人の子供をもつ親として、もし自分の子供が拉致されたら、という気持ちから働いてきたのだ、とカネでなく、理念で動くクリーンさを紹介。全体の印象としては論理的に首尾一貫しており、人物もいいカンジ(まあ酒井法子の件もあるしちょっと見のカンジ良さなんてあてになりませんがね)。
歴史を研究していると、たとえば清朝と一言いっても、現場、内閣、皇帝と様々なレベルがあり、現場や内閣の中でも様々な意見を持つ人がおり、一つの政策を決定する過程でも、次々と起きる事件に応じて、人がそれぞれに反応して状況は刻一刻と変わる。だから、史料がたくさん残っている近現代史を研究すると、ある国やある国の中の集団に、親~派、とか、反~派とか、レッテルはって単純化できないことにすぐに気づく。
事件も政策も、様々な人、様々な状況がまじりあって生まれる化学反応のようなものなのだ。
で、何が言いたいのかというと、とにかくどのように政権が動いてもチベット問題をほかされないように、地道に自分の選挙区の政治家にチベット問題を訴えていこうとおもった次第。こういう前向きな小さな努力の積み重ねが、世の中を少しずつでも良くしていけばと思う。
で、演説会の終了間際、東南海の地震がくる。その明後日の朝も駿河湾を震源とする大地震がくる。今年の秋は荒れそうですな。
私の人生初はすべて「チベットがらみ」で行われてきた。
前世だな。
女性が政治の集会でかけるなんて大正時代だったら即逮捕、よく知らないけど、イスラーム圏だったら今でも逮捕かも。ちょっとドキドキしながら会場に入ると、若いとはいえないが超高齢まではいかない人たちがほとんど。意外にも年配の女性の数は多い。たぶん女性のお客さんとしては私が一番若かったのではないか。
で、結婚式場と同じで、演説会の入り口では、M原さんが支持者に頭下げている。時間ギリだったので、あまり人もおらず、私は例によってマゴイのように歩み寄り、名刺をわたし、「去年はチベットのためにインドまでいってくださってありがとうございました」と感謝し、たまたま家にあった自分の論考ののった『東亜』をわたし、「時間のある時でいいですからごらんください。チベットをお願いします」と頼む。
私はいろいろなところで、チベット人に「チベットのために発言して下さり、ありがとうございます」と感謝される。そのたび嬉しいより先に「私のようなものに感謝するくらい人材に困っているのか、あーあ、ちゃんとやらなきゃなー」とだるーい使命感を感じる。
なので、私にこう言われたM原氏も、きっと使命感を感じたはず。いや、感じてくれないと困る。
演説会は一時間くらいで、どの演説もまあまあ面白く、うちの教授会よりもメリハリがきいていて、結構面白かった。で、フジの報道カメラも入っていた。
その演説で、M原氏曰く、わたしは官僚制を否定するわけではない、官僚の暴走をとめたいのだ、今の自民党は官僚という暴走馬にのって制御ができなくなっている御者状態。という。で、その暴走の一例として、島根県が竹島の日を制定した時、外務大臣、副大臣、とにかく外務省からその式典にきてくれるようにお願いしたところ、外務省は誰もよこさなかったという。大臣は来たかったかもしれないが、事なかれの官僚がとめたのだろう、という。
で、ガス田問題について国会で質問した時も、外務省は、わたしたちは国際的なルール(中間線が決定していない領域では資源開発をやらない)に基づいてやっている、を繰り返すばかりで、ルールに従わない中国に対して何も動かない、このような官僚の事なかれな姿勢がいかん、と言う。
で、応援演説を行っている都議会議員の名前忘れたも、M原氏が、利権と無縁であるが故に、カネがない。さらに、彼が拉致のことでずっとがんばってきたけど、これははっきりいって票に結びつかない、でも三人の子供をもつ親として、もし自分の子供が拉致されたら、という気持ちから働いてきたのだ、とカネでなく、理念で動くクリーンさを紹介。全体の印象としては論理的に首尾一貫しており、人物もいいカンジ(まあ酒井法子の件もあるしちょっと見のカンジ良さなんてあてになりませんがね)。
歴史を研究していると、たとえば清朝と一言いっても、現場、内閣、皇帝と様々なレベルがあり、現場や内閣の中でも様々な意見を持つ人がおり、一つの政策を決定する過程でも、次々と起きる事件に応じて、人がそれぞれに反応して状況は刻一刻と変わる。だから、史料がたくさん残っている近現代史を研究すると、ある国やある国の中の集団に、親~派、とか、反~派とか、レッテルはって単純化できないことにすぐに気づく。
事件も政策も、様々な人、様々な状況がまじりあって生まれる化学反応のようなものなのだ。
で、何が言いたいのかというと、とにかくどのように政権が動いてもチベット問題をほかされないように、地道に自分の選挙区の政治家にチベット問題を訴えていこうとおもった次第。こういう前向きな小さな努力の積み重ねが、世の中を少しずつでも良くしていけばと思う。
で、演説会の終了間際、東南海の地震がくる。その明後日の朝も駿河湾を震源とする大地震がくる。今年の秋は荒れそうですな。
HACHI 約束の犬
教員免許講習の講師やるのと、前期成績を提出するため、大学に行く。昔の先生は七月に入ったら授業やらずに研究やってたのに、21世紀の大学教師は八月になってもまだ大学にいかねばならない。日本の研究の国際競争力が落ちるはずだ。
免許講習ってアベさんの時に立法化したもので、教員免許を十年ごとに更新制にすることによって不適格教師をはじくつもりだったらしい。が、結局、どうやって不適格教師を判断するのか、みたいな問題がおきてズブズブになり、結局、「内容は先生方におまかせします」とか言ってきたので、迷わず「新出史料に基づく新しい東洋史像」というテーマにあわせて、チベットの歴史をやる(笑)。
この授業で配ったレジュメは文部省にも提出されるので、まじめな官僚が私の文章をよむ可能性があるわけで、そう考えると楽しい。
この講習って、大学では力いれてて、離島にまででかけて、「免許講習は早稲田で」みたいな勧誘してまわったのに、実際フタをあけてみたら、予測値の5%、ひどい場合は1%の申し込み。大学はこれでビジネスしたかったらしいが、大赤字である。私の担当講座も6人のみ。私はナマ講義だから「あら少ないわ」で終わりだけど、オンデマンドを撮影した先生は三日間拘束されたから、その映像を何百人もがみるならまだしも、三年かけて6人かける3で18人しかみないんだったら、拘束時間に対する割があわんね。
ま、私は三人よればフリー・チベットの布教始めるので、別にいいけど。
とうわけで、なんかようわからん仕事であるが、これ(免許講習の講師)をやると自分の免許は自動的に更新されるというので、ま、いいか。小卒でもできる大学の教師をやっているので使ったことないが、これでも自分は中高の社会科教師の免許をもっているのだ。ケータイはもってないけどな(笑)。
で、免許講習が終わった後で、某先生と立ち話。今文部省は日本の大学に30万人の留学生をうけいれるとかいうグローバル30とかいっている。これもまた日本の学生にも先生にもメリットがない、ただ大学の経営のためだけの愚策。
何か人を元気にするような中長期的な立派な理想やビジョンがあって留学生を受け入れるってのならまだしも、ぶっちゃけ少子化で若者人口がへるから隣の国からつれてこよう、というレベルなので、これが実現した暁には教育現場が荒廃(日本人学生の割合が少なくなって偏差値ドカ下がり)することは目に見えている(すでに一部大学では荒廃はじまっているし)。社会人枠をもっとふやした方が絶対教育環境的にはいい。
来年総長選に、このグローバル30を見直してくれるような候補がでませんかねー、と二人で嘆息する。
さて、リチャード・ギア主演のHACHIが封切られる。
リチャギといえば敬虔なチベット仏教徒でハリウッドにおけるダライ・ラマのサポーター代表。
彼曰く、自分が映画に出続けているのは、チベット問題に光をあてるため、というだけあって、新作映画のプロモーションでは、映画よりもチベット問題のプロモーションをやるので有名。
しかしそれではインタビュアーは編集長に怒られちゃうので、ギアのチベット語りをばっさりきって、作品に関して述べた部分だけ残そうとするが、なにしろリチャギはチベットの話しかしないので、編集も大変である。
私も何をしゃべっていても、どんなテーマでも必ずオチはチベットになる、と生徒をしていわしめる程、気がつくとチベットの話になっている。そういう時は
「前世だな」とごまかすことにしている。
で、本日朝日のエンタメ欄にリチャギのインタヴューがのっていた。一部引用。
日本人なら誰もが知るハチ公物語。米国の郊外に舞台を移したハリウッド版で、飼い主の大学教授を演じた。過去には黒澤明監督の八月のラプソディー、周防正行監督のShall we dance ?りのリメーク版にも登場したこともある。
「日本とは何かカルマがあるんじゃないか」敬虔な仏教徒としても知られる俳優はそういってほほえんだ。
・・・「ハチは待っている。主を? いや、究極的に言えば、ハチは『ただ』待っている。彼は瞑想家なんだ。おなかがすいても体が汚れても、もはや何の問題でもない。瞑想家はひたすら待ち続ける。それだけだ」
明らかに、チベット人の静かな戦いを念頭においた話であり、リチャギのチベット仏教への献身を考えると、たぶんリチャギはもっと仏教仏教した話をしていたと思われる。
たぶん映画のプロモーションのためリチャギはいろいろなところからインタヴューを受けているので、この他にもリチャギ節が聞けるところはあると思う。
HACHIはとても泣ける話らしい。リチャギ応援もかねて映画館にGO!
免許講習ってアベさんの時に立法化したもので、教員免許を十年ごとに更新制にすることによって不適格教師をはじくつもりだったらしい。が、結局、どうやって不適格教師を判断するのか、みたいな問題がおきてズブズブになり、結局、「内容は先生方におまかせします」とか言ってきたので、迷わず「新出史料に基づく新しい東洋史像」というテーマにあわせて、チベットの歴史をやる(笑)。
この授業で配ったレジュメは文部省にも提出されるので、まじめな官僚が私の文章をよむ可能性があるわけで、そう考えると楽しい。
この講習って、大学では力いれてて、離島にまででかけて、「免許講習は早稲田で」みたいな勧誘してまわったのに、実際フタをあけてみたら、予測値の5%、ひどい場合は1%の申し込み。大学はこれでビジネスしたかったらしいが、大赤字である。私の担当講座も6人のみ。私はナマ講義だから「あら少ないわ」で終わりだけど、オンデマンドを撮影した先生は三日間拘束されたから、その映像を何百人もがみるならまだしも、三年かけて6人かける3で18人しかみないんだったら、拘束時間に対する割があわんね。
ま、私は三人よればフリー・チベットの布教始めるので、別にいいけど。
とうわけで、なんかようわからん仕事であるが、これ(免許講習の講師)をやると自分の免許は自動的に更新されるというので、ま、いいか。小卒でもできる大学の教師をやっているので使ったことないが、これでも自分は中高の社会科教師の免許をもっているのだ。ケータイはもってないけどな(笑)。
で、免許講習が終わった後で、某先生と立ち話。今文部省は日本の大学に30万人の留学生をうけいれるとかいうグローバル30とかいっている。これもまた日本の学生にも先生にもメリットがない、ただ大学の経営のためだけの愚策。
何か人を元気にするような中長期的な立派な理想やビジョンがあって留学生を受け入れるってのならまだしも、ぶっちゃけ少子化で若者人口がへるから隣の国からつれてこよう、というレベルなので、これが実現した暁には教育現場が荒廃(日本人学生の割合が少なくなって偏差値ドカ下がり)することは目に見えている(すでに一部大学では荒廃はじまっているし)。社会人枠をもっとふやした方が絶対教育環境的にはいい。
来年総長選に、このグローバル30を見直してくれるような候補がでませんかねー、と二人で嘆息する。
さて、リチャード・ギア主演のHACHIが封切られる。
リチャギといえば敬虔なチベット仏教徒でハリウッドにおけるダライ・ラマのサポーター代表。
彼曰く、自分が映画に出続けているのは、チベット問題に光をあてるため、というだけあって、新作映画のプロモーションでは、映画よりもチベット問題のプロモーションをやるので有名。
しかしそれではインタビュアーは編集長に怒られちゃうので、ギアのチベット語りをばっさりきって、作品に関して述べた部分だけ残そうとするが、なにしろリチャギはチベットの話しかしないので、編集も大変である。
私も何をしゃべっていても、どんなテーマでも必ずオチはチベットになる、と生徒をしていわしめる程、気がつくとチベットの話になっている。そういう時は
「前世だな」とごまかすことにしている。
で、本日朝日のエンタメ欄にリチャギのインタヴューがのっていた。一部引用。
日本人なら誰もが知るハチ公物語。米国の郊外に舞台を移したハリウッド版で、飼い主の大学教授を演じた。過去には黒澤明監督の八月のラプソディー、周防正行監督のShall we dance ?りのリメーク版にも登場したこともある。
「日本とは何かカルマがあるんじゃないか」敬虔な仏教徒としても知られる俳優はそういってほほえんだ。
・・・「ハチは待っている。主を? いや、究極的に言えば、ハチは『ただ』待っている。彼は瞑想家なんだ。おなかがすいても体が汚れても、もはや何の問題でもない。瞑想家はひたすら待ち続ける。それだけだ」
明らかに、チベット人の静かな戦いを念頭においた話であり、リチャギのチベット仏教への献身を考えると、たぶんリチャギはもっと仏教仏教した話をしていたと思われる。
たぶん映画のプロモーションのためリチャギはいろいろなところからインタヴューを受けているので、この他にもリチャギ節が聞けるところはあると思う。
HACHIはとても泣ける話らしい。リチャギ応援もかねて映画館にGO!
日中友好団体ですら引導
8月号、『東亜』は特集「少数民族問題の新たな視点」で、拙稿「チベット仏教の普遍的性格 フビライ=ハーンからシリコン・バレーまで」が載ってます。
ちなみに、ウイグル問題については星野昌裕氏の論考、中国の民族問題全般に関しては、加々美光行氏の講演録があり、それ以外にもこの一ヶ月の中国の動きということでウイグル蜂起(一揆ともいう)についての識者のコメントもいろいろのっている。
私は正真正銘のチベット=オタクなので、依頼がくるまでこの『東亜』について知らなかった(だってこれ中国専門誌で、チベットは中国じゃないもん)。発行元の霞山会について検索してみたら、その前身は東亜同文会、歴史と伝統のあるバリバリの中国専門機関であった。
歴史ある日中友好機関といえば、去年、チベットが蜂起した二ヶ月後くらいに、某それ系の協会でお話しさせて頂いたことを思い出す。
その時は、初対面の私を「アンタ」よばわりする現代中国史の研究者の奇怪な質問に悩まされ、さらに、その後も講演録が会報に収録されたところ、中国から「アンタの考え方は間違っている」という長文のお手紙が大学に来たりして、なかなか、愉快な体験をしたものである(今、私のこめかみには思い出し怒りの血管が浮いている)。
この霞山会(東亜同文会)も、歴史ある日中友好団体であるので、「どうれ編集後記でも見てみるか」と『東亜』の編集後記を見たら、こう書いてあった。
▼七月五日に新疆ウイグル自治区で起きた民族暴動は、胡錦濤主席の掲げる「和諧社会建設」が容易でないことを内外に広く知らせるものであった。今月号の特集が中国の少数民族問題なのは、たまたまの偶然ではあるが、現代中国を論じる際の注目点として常日頃から編集部が関心を寄せていたテーマであったことも事実だ。
▼今回の民族暴動は、チベッ卜問題と併せ、「中国国内帝国主義」の問題と捉えたい。「帝国主義」が分かりにくければ「植民地主義」と言い換えてもいいだろう。▼もともと漢族のいない土地に入植し、原住民族に替り主役の座を奪うという構図だ。これは米国にとっての西部開拓史におけるアメリカーインディアン駆逐と同じ構図であり、白豪主義で先住民アボリジニを弾圧したオーストラリアも同様だ。▼しかし時代はもはや十九世紀ではない。帝国主義が許された時代は終わっている。中国はかつて、米国を「帝国主義」と糾弾した。その中国が無自覚かつ時代錯誤的に国内で「帝国主義」を実践しているとすれば、これ以上の皮肉はない。(J)
日中友好団体からまで引導渡されてるよ。今の中国わ。
そいえば、この前某記者さんとお話していたところ、私がもうちょっと勉強してくださいよ、と言うと、「毎日毎日膨大なニュースが世界中から届いてそれを処理するので精一杯、何か一つの地域について深く掘り下げていく時間も環境もない」ということであった。
なので、私が「でも、なぜか中国だけはどこのマスコミにも中国通といわれる人がいますよね。不思議ですね。アフリカやパレスチナやアメリカの諸問題について、そういうグループを形成する例はほとんど聞いたことがないのにね」と言うと、激しく同意されていた。
そう、マスコミ、研究者、官僚すべてに中国屋さんは存在する。
きっかけは様々だろう。どこの家族にも大陸で生まれた人、大陸や南の島への出征した人、移民として移住した人、などが親戚に一人や二人はいるだろう。日本人の古い世代にはどこか「大陸と繋がっている」という感覚がある。そういう家で育った人や、学生になって中国留学を経験した人、就職してから職場が中国になった人、そんな人々は自然と、中国語を学び、中国人の知人を通じて中国を理解し、その中国通の立場から「中国はまあこういう国だし、きっといずれ良くなるから」と、人々の間に中国の立場に理解を求めるようなスタンスで動くようになっていく
。
無意識に中国政府の思考をなぞり、彼らのものの考え方を日本人の間に広めていくのである。しかし、その彼らがすでにもうついていけないと、うすうす感じている程、今の中国は異形の国になっている。
生まれた時代、生まれた国、生まれた家庭、それによって人の運命は大きく変わる。新中国成立後に生まれた人々はまさに「時代の囚人」である。改革開放経済で大金を手にしても、高級官僚になって大きな権力を手にしても、アフリカで資源を買いあさっても、ウイグルやチベットを圧倒的な武力で制圧しても、それによって得られた一時の高揚感・全能感がじつはまがいものであったことに遅かれ早かれ気づく。不幸な人達である。
そいえば話はころっと変わるけど、自分こそ●チスみたいに人の話をきかないで自国優越感まるだしで世界中でヒンシュクかっているくせに、中国はよくチベットを「ナチスの友達」みたいにいう。で、それは大戦中にドイツがチベットへ探検隊を送ったことに尾ひれがついたもので、根も葉もないことである。で、そのデマの発展過程を研究したものに、Isrun Engelhardtの"The Nazis of Tibet"(チベットのナチス)という論文がある。
作者がこのような研究を発表した理由として、おおかたこんなことを行っていた。
「陰謀史観はマトモな人は相手にしないものだが、昨今のインターネットの普及によって、根も葉もない話でも多くの人口に膾炙することによって、根拠のないこのようなガセネタテでもまじめに信じる人がでてくるから。」
そうなんだよねー。私は歴史を勉強しているから、史料の裏付けのない話なんて全く信用しないけど、世の中の人ってたとえば新聞にこう書いてあった、中国政府がこういったとか、そういうことが積み上がると、たとえ根拠のない話でもそれをあたかも事実であるかのように思い込んでしまう。
で、そのEngelhardtがあげる最も最近のチベットにまつわるとんでも陰謀史観としてMartin BrauenのDream World(夢の世界)からの引用としてこう述べた。
彼の陰謀論によると、ダライラマは世界の支配者であり、西洋世界を全能のラマたちに感応させることによって世界中を支配する仏教政治体制を確立しようとしている。そして西洋人を彼の世界規模のカーラチャクラ・プロジェクトの一部に組み込もうとしている・・・。
ぶはははは。で、このEngelhardtさんも、こういう陰謀論なんかを語る人は世界でもっとも無力で虐待された人々を世界でもっとも強力なものに変えてしまうんだね、とコメントしている。
そいえばユダヤ人も世界的に長期にわたっていじめられてきた民族だけど、彼らもなぜか「世界を動かしている」とか言われて迷惑しているよね。
チベット人もユダヤ人も国を失って、どこかの国に寄宿している。その上両民族とも前者は愛によって名高く、後者はやり手であることによって名高いため、国がないわりにはプレザンスがある。こういう存在は、自分はもっと幸せになれるはずなのに、もっと人から一目置かれていいはずなのに、自分はもっと~していいはずなのに、と思っている人から、スケープゴートにされやすい。
何もかもうまくいかなくなった時、自分にその原因があると認めることのできない人、すなわち弱い人は、外にすべての原因を求めようとする。
そう、親、教師、社会、政治、などを自分を不幸にした元凶と決めつけ、最悪殺人とかにいたる人はその典型例。
で、もっと怖いのは、この不平不満を持つ者がグループになって、さらに特定のグループ(地主・労働者、赤・国民党、移民・自国民、ユダヤ・自国民、在日・自国民、黒人・白人、日本人・中国人/韓国人)を自らの不幸の原因と名指ししてターゲットにする時である。この場合、最悪、ジェノサイド、エスニッククレンジング、クーデター、人民革命、赤狩り、などが惹起し、歴史的な汚点となる。
世界中どこにでも、自尊心を満たせない人々はいるが、それが殺人や暴動や暴力革命に至る国と至らない国があるのは、民度や教育による。
たとえば、自分の失政を棚に上げ、チベットやウイグルが一揆起こしたら、それを軍隊で制圧した上で、あまつさえ、外国勢力の扇動のせい、チベット人やウイグル人は犯罪者、とかいっている隣の某国なんてまさに、民度の低さ、教育のなさ丸出し。
ダライ・ラマ法王のように、不条理に国を奪われても、非暴力を説き、中国人に対する愛をとき、そのことによってね世界中に愛されているのは、チベット文化がいかに成熟した高度な体系を持つかの証明である。
つまり、チベットに高度な自治が実現すれば、チベットは中国の人を「教育」することができる。
チベット問題を解決すれば、迷走する人口大国の民度もあがるのである。
というわけで、中国でお困りのみなさん、チベット文化へのご支援をよろしくお願いいたします。
ちなみに、ウイグル問題については星野昌裕氏の論考、中国の民族問題全般に関しては、加々美光行氏の講演録があり、それ以外にもこの一ヶ月の中国の動きということでウイグル蜂起(一揆ともいう)についての識者のコメントもいろいろのっている。
私は正真正銘のチベット=オタクなので、依頼がくるまでこの『東亜』について知らなかった(だってこれ中国専門誌で、チベットは中国じゃないもん)。発行元の霞山会について検索してみたら、その前身は東亜同文会、歴史と伝統のあるバリバリの中国専門機関であった。
歴史ある日中友好機関といえば、去年、チベットが蜂起した二ヶ月後くらいに、某それ系の協会でお話しさせて頂いたことを思い出す。
その時は、初対面の私を「アンタ」よばわりする現代中国史の研究者の奇怪な質問に悩まされ、さらに、その後も講演録が会報に収録されたところ、中国から「アンタの考え方は間違っている」という長文のお手紙が大学に来たりして、なかなか、愉快な体験をしたものである(今、私のこめかみには思い出し怒りの血管が浮いている)。
この霞山会(東亜同文会)も、歴史ある日中友好団体であるので、「どうれ編集後記でも見てみるか」と『東亜』の編集後記を見たら、こう書いてあった。
▼七月五日に新疆ウイグル自治区で起きた民族暴動は、胡錦濤主席の掲げる「和諧社会建設」が容易でないことを内外に広く知らせるものであった。今月号の特集が中国の少数民族問題なのは、たまたまの偶然ではあるが、現代中国を論じる際の注目点として常日頃から編集部が関心を寄せていたテーマであったことも事実だ。
▼今回の民族暴動は、チベッ卜問題と併せ、「中国国内帝国主義」の問題と捉えたい。「帝国主義」が分かりにくければ「植民地主義」と言い換えてもいいだろう。▼もともと漢族のいない土地に入植し、原住民族に替り主役の座を奪うという構図だ。これは米国にとっての西部開拓史におけるアメリカーインディアン駆逐と同じ構図であり、白豪主義で先住民アボリジニを弾圧したオーストラリアも同様だ。▼しかし時代はもはや十九世紀ではない。帝国主義が許された時代は終わっている。中国はかつて、米国を「帝国主義」と糾弾した。その中国が無自覚かつ時代錯誤的に国内で「帝国主義」を実践しているとすれば、これ以上の皮肉はない。(J)
日中友好団体からまで引導渡されてるよ。今の中国わ。
そいえば、この前某記者さんとお話していたところ、私がもうちょっと勉強してくださいよ、と言うと、「毎日毎日膨大なニュースが世界中から届いてそれを処理するので精一杯、何か一つの地域について深く掘り下げていく時間も環境もない」ということであった。
なので、私が「でも、なぜか中国だけはどこのマスコミにも中国通といわれる人がいますよね。不思議ですね。アフリカやパレスチナやアメリカの諸問題について、そういうグループを形成する例はほとんど聞いたことがないのにね」と言うと、激しく同意されていた。
そう、マスコミ、研究者、官僚すべてに中国屋さんは存在する。
きっかけは様々だろう。どこの家族にも大陸で生まれた人、大陸や南の島への出征した人、移民として移住した人、などが親戚に一人や二人はいるだろう。日本人の古い世代にはどこか「大陸と繋がっている」という感覚がある。そういう家で育った人や、学生になって中国留学を経験した人、就職してから職場が中国になった人、そんな人々は自然と、中国語を学び、中国人の知人を通じて中国を理解し、その中国通の立場から「中国はまあこういう国だし、きっといずれ良くなるから」と、人々の間に中国の立場に理解を求めるようなスタンスで動くようになっていく
。
無意識に中国政府の思考をなぞり、彼らのものの考え方を日本人の間に広めていくのである。しかし、その彼らがすでにもうついていけないと、うすうす感じている程、今の中国は異形の国になっている。
生まれた時代、生まれた国、生まれた家庭、それによって人の運命は大きく変わる。新中国成立後に生まれた人々はまさに「時代の囚人」である。改革開放経済で大金を手にしても、高級官僚になって大きな権力を手にしても、アフリカで資源を買いあさっても、ウイグルやチベットを圧倒的な武力で制圧しても、それによって得られた一時の高揚感・全能感がじつはまがいものであったことに遅かれ早かれ気づく。不幸な人達である。
そいえば話はころっと変わるけど、自分こそ●チスみたいに人の話をきかないで自国優越感まるだしで世界中でヒンシュクかっているくせに、中国はよくチベットを「ナチスの友達」みたいにいう。で、それは大戦中にドイツがチベットへ探検隊を送ったことに尾ひれがついたもので、根も葉もないことである。で、そのデマの発展過程を研究したものに、Isrun Engelhardtの"The Nazis of Tibet"(チベットのナチス)という論文がある。
作者がこのような研究を発表した理由として、おおかたこんなことを行っていた。
「陰謀史観はマトモな人は相手にしないものだが、昨今のインターネットの普及によって、根も葉もない話でも多くの人口に膾炙することによって、根拠のないこのようなガセネタテでもまじめに信じる人がでてくるから。」
そうなんだよねー。私は歴史を勉強しているから、史料の裏付けのない話なんて全く信用しないけど、世の中の人ってたとえば新聞にこう書いてあった、中国政府がこういったとか、そういうことが積み上がると、たとえ根拠のない話でもそれをあたかも事実であるかのように思い込んでしまう。
で、そのEngelhardtがあげる最も最近のチベットにまつわるとんでも陰謀史観としてMartin BrauenのDream World(夢の世界)からの引用としてこう述べた。
彼の陰謀論によると、ダライラマは世界の支配者であり、西洋世界を全能のラマたちに感応させることによって世界中を支配する仏教政治体制を確立しようとしている。そして西洋人を彼の世界規模のカーラチャクラ・プロジェクトの一部に組み込もうとしている・・・。
ぶはははは。で、このEngelhardtさんも、こういう陰謀論なんかを語る人は世界でもっとも無力で虐待された人々を世界でもっとも強力なものに変えてしまうんだね、とコメントしている。
そいえばユダヤ人も世界的に長期にわたっていじめられてきた民族だけど、彼らもなぜか「世界を動かしている」とか言われて迷惑しているよね。
チベット人もユダヤ人も国を失って、どこかの国に寄宿している。その上両民族とも前者は愛によって名高く、後者はやり手であることによって名高いため、国がないわりにはプレザンスがある。こういう存在は、自分はもっと幸せになれるはずなのに、もっと人から一目置かれていいはずなのに、自分はもっと~していいはずなのに、と思っている人から、スケープゴートにされやすい。
何もかもうまくいかなくなった時、自分にその原因があると認めることのできない人、すなわち弱い人は、外にすべての原因を求めようとする。
そう、親、教師、社会、政治、などを自分を不幸にした元凶と決めつけ、最悪殺人とかにいたる人はその典型例。
で、もっと怖いのは、この不平不満を持つ者がグループになって、さらに特定のグループ(地主・労働者、赤・国民党、移民・自国民、ユダヤ・自国民、在日・自国民、黒人・白人、日本人・中国人/韓国人)を自らの不幸の原因と名指ししてターゲットにする時である。この場合、最悪、ジェノサイド、エスニッククレンジング、クーデター、人民革命、赤狩り、などが惹起し、歴史的な汚点となる。
世界中どこにでも、自尊心を満たせない人々はいるが、それが殺人や暴動や暴力革命に至る国と至らない国があるのは、民度や教育による。
たとえば、自分の失政を棚に上げ、チベットやウイグルが一揆起こしたら、それを軍隊で制圧した上で、あまつさえ、外国勢力の扇動のせい、チベット人やウイグル人は犯罪者、とかいっている隣の某国なんてまさに、民度の低さ、教育のなさ丸出し。
ダライ・ラマ法王のように、不条理に国を奪われても、非暴力を説き、中国人に対する愛をとき、そのことによってね世界中に愛されているのは、チベット文化がいかに成熟した高度な体系を持つかの証明である。
つまり、チベットに高度な自治が実現すれば、チベットは中国の人を「教育」することができる。
チベット問題を解決すれば、迷走する人口大国の民度もあがるのである。
というわけで、中国でお困りのみなさん、チベット文化へのご支援をよろしくお願いいたします。
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