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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2009/06/22(月)   CATEGORY: 未分類
DVふたたび
日曜午前零時頃、ネットのニュースに「テヘランのデモ隊が武力制圧され少なくとも十一人が射殺された」という一報が流れた。

 昨日からイラン政府は外国マスコミの取材を禁じ、なにかヤラカシそうな感じ満載だったが、ついに、市民に発砲したのである。

 坊さんのデモに発砲したビルマもチベット人に発砲した中国も、今回のイランも、非武装のデモ隊に発砲した時点で、何と言い訳しようとも彼らは人類共通の敵。

 それにしてもテレ朝のサンデープロジェクトはテキトーなことをいっていた。

 曰く「石油の富を貧困層にばらまいたアフマディネジャドが選挙に勝ったのは当然である」(これは暗に選挙結果を受け入れない勢力を非難しているね)。
「ムサビも首相までつとめた体制派なので、最高指導者のデモ禁止令をやぶってまで行うデモには引くだろう」
 「アメリカ大統領のオバマさんは対話路線を打ち出しているから、アフマドを非難するなど強いことはいえまい。それに、強硬派におさえのきくアフマディネジャド氏と話し合った方が実質的な対話ができる」みたいな、解説をしてた。

でも、今流れているニュースによると、ムサビさんは殉教覚悟でデモを支持するといっているし、オバマ氏もイラン政府を非難した。サンプロの予測、一日もたたないうちに全部外れてるやんけ。

 サンプロが予測を思い切りはずした背景には「アフマディネジャドはすくなくとも貧困層に支持されてるんだし、いいじゃん」みたいな予断があったからと思われる。

 しかし、これこそまさに日本人の識者の多くが囚われている宿痾である。

 それは、食い詰まった貧民の暴力には「造反有理」と暖かい視線を送るが、都市民や知識人の自由を求める非暴力闘争には「欧米カブレ」と冷たい反応をとるという宿痾が。

 両者ともに命を捨てて政府に対して蜂起したという事情にはかわりないのに、後者にのみ冷たい態度をとるのはまったく非論理的。ましてや後者の場合については政府は非暴力デモに発砲しているわけだから、より弾圧側の責任が問われるというのに。

 日本では麻生太郎をアホ呼ばわりしようが、自民党を批判しようが、だれも逮捕されることはない。デモに参加しても終われば家にかえってあったかいゴハンが食べられる。

 でも、言論の自由のない国家では、デモにでることは、監獄にぶちこまれること、サイアクの場合死ぬことを意味する。ましてや宗教国家イランにおいて、その最高指導者が「デモをやめろ」といった中でおきた事件である。この状況下で街頭にでた人たちは、悲しいことだがある種の覚悟を決めており、彼らは自分の命とひきかえにしても自由を叫びたかったのである。

 彼らはバラマキ金ほしさにアフマディネジャドに投票した人たちとはまったく異なるレベルの人たちなのである。

 文化や伝統を尊重しながら、国際社会と対話するような穏健な政府がイランにもし生まれることがあるとするなら、それはバラマキ金をあてにするような人々の中からではなく、今テヘランの路上で血を流している人々、その報に接して胸を痛めている人々の中からこそ生まれてくるものであろう。

 非武装の市民や知識人に発砲する政府には、もはや何の正当性もない。フランス、アメリカ、イギリスはみな政府に自重を求めた。日本もいい加減、人権とか欧米とかアホなレッテルはって判断停止するのはやめて、現イラン政府をきちんと批判したれ。

 で、余談ですが、

 6月22日の朝日朝刊の「ひと」コーナーにこの前長野でチベット・スピリチュアル・フェスティバルを主催し、かつチベット仏教の研究者である、長野西方寺の金子英一住職がとりあげられました。

 ほめてのばそう『朝日新聞』
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