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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2009/01/30(金)   CATEGORY: 未分類
ガワン先生遷化(哀悼)
 出先のダンナから陰気な声で電話がかかってきた。「今授業中だから話せないけど、ボクのメールを確認して」という。

 何だか分からないままメールを確認すると、大阪の平岡先生より30日未明、ガンワン先生が遷化したとの旨を伝えるメールが届いていた。
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 このブログで何度も伝えているようにガワン先生はここ数年末期ガンで、余命幾ばくもない状態であった。来るべき者が来たといえばそれまでだが、大学僧の死はやはり重い。

 去年十一月、大阪の平岡先生(インドに再建されたギュメ僧院の大施主)は、このままでは二~三ヶ月の命だが、ガワン先生の免疫治療に対する反応がいいため、万が一の可能性にかけて日本においてさらに治療を続行するようにと懇願した。しかし、ガワン先生はインドに留まる意志を示され、結果、治療をどこで行うかの判断をダライラマ法王に仰いだ。


 すると、法王のご判断は「インドに留まりなさい」であった。
 
 それでガワン先生は最後の時をインドの再建ガンデン寺で過ごすこととなった。
 ガワン先生のお弟子さんのリンポチェが何度も電話をかけて、施主の平岡先生に状況を伝え、また、日本の主治医の判断を仰いていたのだが、昨夜、先生は吐き気を催され、主治医の判断で吐き気を抑える点滴をしたところ、ここのところあまり食事をきこしめしていらっしゃらなかったのに、トゥクパ(チベットうどん)を結構召し上がって、周りが喜んだところ、お手洗いに行きたい、とのことで、お弟子さんたちが両脇を抱えてお手洗いにおつれしたところ、帰ってきた時にはもう口がきけなくなり、眠るようにお亡くなりになられたとのこと。
 
 主治医の所見では吐き気が始まった時点で、これから死の苦しみが始まるだろう、とのことだったが、そういうわけでほとんど苦しむことがなかったとのこと。


 平岡先生は「最後にね、ご飯を食べていかはってくださったことが嬉しいんですわ」。
 先生、ここのところガワン先生の末期にむけて気を張っていらしたので、突然の訃報にかなりショックをうけていらして、ハラハラする。
 私も母がなくなった時、それ今まで24時間心配していたものが、母がなくなって急に心配する必要がなくなると、何をしていいか分からなかったっけ。

 今、ガワン先生は「死の瞑想」(トゥクダム)の状態に入っておられるとのことで、これが何日続くかはまだ分からないとのこと。ガンデンのお坊さんたちは、これからどのような形で葬儀をするのか徹夜で話し合われたそうで、きっと伝統にのっとって厳かにパルド(中有)の法要を行い、日を選んで荼毘に付されるのだろう。

 チベットのゲルク派の僧院では幼児期に出家し、読み書きを覚えるとすぐに論理学を始め、すぐにディベートの達人となる。そのあと般若、唯識、中観と哲学をきわめ、多くのテクストを暗記し、その解釈を身につけ、最強の哲学者となる。

 その中でも頂点をきわめたガワン先生であるから、彼と共にどれほどの知的遺産が空中に蒸発してしまったかとおもうと、ウォール街に消えたアブク銭なんかより、もっともっともったいない話である。チベット人の人生は上から下まで激動だが、ガワン先生のような静かに学僧の人生を送った方といえどもそれは変わりない。

 亡命をしたことにより、多くの人と接することができて、より多くの人に仏の教えを伝えられたという意味では良い点もあったであろうが、彼らが受けてきた教育システムは、他のどの国で再現しようとしても難しい。

 外国人がチベット仏教の哲学をフルセットで理解するのはやはり限界があるのである。人類の知的遺産として残すべきチベットの精神文明が、国を失って徐々に廃れていくことは、先生のもっとも懸念されていたことであった。

 彼らが仏教を他者に伝えようとするのは、自分のためではない。仏の教えが人類を幸福にできるテクニックを持っているからである。ダライラマが過酷な体験をしても、朗らかに笑っているのは仏の教えを体得しているからである。
 この教えが廃れる時は人類がみな總ウツ状態になる時。

 人類をウツから救うのなら、外人のできることは、チベットの僧院を支援することだろう。
 そこは、未来のガワン先生たちが学んでいる場なのだから。

 
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