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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2008/11/10(月)   CATEGORY: 未分類
チベット漬けの日々
コメント欄の投稿の仕方
昨日、おあいした方よりコメント欄の投稿の仕方がわからない、との話を聞きました。たとえば、画像の七・ご・イチ・三は算用数字半角になおして、この場合だったら7513になおすと成功します。面倒になってすみません


木曜日、東京の国技館で猊下ご講演。

 花束贈呈係を拝命したので、16年ぶりに着物をきる。
 最初、どういう服装でいくか悩んで、「まあ学者だしスーツでいっかあ。猊下は服装で人を判断する人じゃないし」と思ったが、一抹の不安を覚えたので、親戚に電話をしてみる。

 すると、「スーツだけはやめないさい。日本人の最高の格式は留め袖。留め袖もっているなら留め袖着なさい」と言われる。

 確かに留め袖はもっている。バブルの最中に調子にのって仕立てたのだ。バブル期だけあって、まぶしい金色である(わかりやすい!)。仏教的には金色は吉祥。ダークスーツよりはいいかあ。

それから、親戚、ご近所のおばさん、そのおばさんから紹介された洗い張りやさん、ホテルの美容室の着付係など多数の人々から「こんなことも知らないのか&できないのか」攻撃を受けながら、当日着用にこぎつけた。

 くくくく苦しい。足も組めないし、腕も組めない(すな)。直立不動でただ座るしかない。つらくて猊下のご講演が頭に入らない。

 「ああ、今日も猊下は裸足にビーチサンダルだわ。とても楽そう。」
と思いながら聴いた猊下のご講演は要約すると

「私に特別の力を期待して来られた方、わたしにはミラクルパワーはありませんよ、癒しの力もありません。そんなものがあるなら、私は胆石の手術なんかしなくてすんだでしょう(猊下はついこの間胆石の手術をされて、今回はじめての外国)。」
 しかし、わたしはいつも他者に対する慈しみの心をもって生きているため、毎日ハッピーで病気からの回復も早い。いつも怒ったり恨んだりしていると健康に悪いよ。
 人と生まれたからには人の役にたってこそ、意義のある人生になるというもの。怒りを感じたら、その反対である慈しみの心を育んで、怒りを中和して、心の平和を保とうよ」(正確な講演録はここでどうぞ→ここクリック)。
 
 思えばこの国技館の講演は事前にほとんど広報活動していなかったのに、満席に近い。笑えるのが、チケットの売れ行きをぴあでみたら一番高いアリーナ席から埋まっていってた。ジャニーズの公演か。主宰者の方が会計報告を行っていたが、チケットの売り上げのうち、会場設営費、国技館の借り上げ代金を引いた残りは、すべて法王代表事務所に寄附されるそうである。日本国の監査機関も通しているようで、ものすごく明朗会計。スタッフはみなボランティアなのか。ご苦労様です。

 日曜日は大阪の清風学園でガワン先生の灌頂。

 清風学園の理事一家は、ずーっと昔から、インドに再興されたゲルク派の密教学堂ギュメ寺の再興をお世話している。校長先生はギュメでは「お父さん」と呼ばれるくらい親しまれていて、ギュメの僧院長であらせられるガワン先生はずっとここのところ体調を崩しておられるのだが、その闘病生活は副校長の宏一さんがずっと支えている。

  ガワン先生とのご縁は、『ダライラマの密教入門』を出版した際に、なじみのない密教関係のことを伺うのに、宏一先生を介してガワン先生に質問させていただいたことから始まった。その後、ガワン先生が日本において灌頂を行う際に直接お会いしたところ、その大物ぶりに即座にハマり、調査・研究+シュミで先生の灌頂に通い倒すことになった。最近では『聖ツォンカパ伝』の飜訳の際にもずいぶんご教示を賜った。

 そのせいかどうか、ここのところ灌頂の前にリピーター代表(笑)として、はじめに解説をする大役を仰せつかるようになっている。

 ガワン先生の病状はずいぶん重いらしく、今回の来日の目的はもちろん病状の経過チェックと、来日中のダライラマ法王と会見するためである。南インドにすむガワン先生が、北インドのダラムサラを本拠地に世界中をとびまわるダライラマ法王と予定をあわせてゆっくりお会いするのはなかなか難しいらしく、それを察した清風学園の平岡一家が法王が来日中にお会いできるような段取りをつけたという。平岡さんたちのラマにつくす弟子としての姿には本当に頭が下がる。

 例によって、開始前ギリギリにすべりこむと、宏一先生から「先生はいつもギリギリにつきますなあ」と言われる。ガワン先生に片膝をついて拝礼すると、紅茶やお香を一杯つめたチベットバッグを頂戴して「遠くからきて大変ですね」とお言葉を賜った。そちらこそ、そのご病状でよく遠いインドから・・・・(落涙)。

 今回の灌頂はヤマーンタカ。世俗レヴェルにおいては死の魔をはらい、超俗レヴェルにおいては無明の闇を払う仏である。水牛の頭をもつ姿は死魔を払う時の姿、その頭上の化仏は無明を払う文殊のお姿である。この仏様は清朝の皇帝が崇拝していたので、この仏の儀式の性格を理解することは、清朝とチベット仏教の関係を理解することにも役立つ。

 法座の上にあがるとガワン先生は俄然生き生きとして、ユーモアも炸裂、通訳をつとめる宏一先生との息もぴったり合っている。難しい仏教のお話を簡明に語り、かつ深い。今回は世が世ならチベット大使のラクパ代表も参列されている。灌頂の最後にガワン先生は
 
「ヤマンタカの灌頂は日本には存在しない無上ヨーガの経典に基づいている。私はかつてこの経典を多くの僧がいならぶなかで、ダライラマ法王から直接賜った。法王はこの経典を私に広めよ、と命じられたのだと思った。私はこの無上ヨーガの教えを日本に伝える使命感をもってこの灌頂を行った」とおっしゃられた。

 先生が属するチベット仏教の最大宗派ゲルク派では、習得してきた様々な仏教哲学の教えを迅速に意識の上に実現するためのテクニックの体系として密教をとく。灌頂は密教の修行に入るためにヴィザのようなものである。

 だから、ガワン先生のお言葉を実現するためには、まず日本において、戒律をまもる僧侶の集団、いわゆる僧伽(サンガ)を復興させ、次に、その僧伽の人たちに仏教哲学を全員に修得させ、仏教博士になったものから、密教の無上ヨーガの修行に入らせることである。哲学をしっかり修めてから実修にうつれば、カルト化する危険は限りなく小さい。仏教国家チベットが何百年もかけてつくりあげた修行階梯なのである。
 
 葬式や法事を行わない働かない僧侶の集団が、どうやって食べていけるのかを心配する必要はない。ちゃんと戒律を護り、かつ、高度な哲学を研究している集団なら、社会的な地位もあがっていき、自然と彼らの前にぬかづき、その支援を行う人が現れるであろう。事実チベット僧は国を失っても世界中から支援を受けている。

 え、そんなことムリって? それをいってはいけないんです。

 昨日、ガワン先生は密教の戒律である根本十四堕罪について講義された。そこで「仏の教えについて『そんなことムリ』と言ってはなりません。できる範囲内で誠実に仏の言葉を履行して、それ以外はつべこべいわず黙っていなさい」。つまり、賤しい人間の人知で仏の教えに勝手に制限を設けるな、ということ。

 だから、がんばれ、日本仏教! 王道をゆけ!
 
 ちなみに、帰りに新幹線を新横浜でおりて横浜線をまっていると、突然場内アナウンスで、「人が踏切内に倒れているので安全確認が済むまで電車は動きません」とのこと。十一時すぎていて家に帰りつけるかどうか危ないので、とりあえずタクシーにのる。散財である。しかし、これが行きでなくてよかった。新幹線にのりおくれて灌頂に間に合わなくなるよりゃ今家に帰れなくなる方がマシ。

 そういえば、木曜日のダライラマ法王の国技館講演の帰りにも突然電車が浜松町で動かなくなった。しばらくして、新橋駅の京浜東北線に人身事故があったため、山手線も安全確認のために停止と案内があった。あの時も行きでなくて良かった、と思った。危ない危ない。

 ガワン先生のおことば。「灌頂の場に集まることのでき、仏の教えに浴することのできる人は幸せである。仕事が入ったり、事故があったり、してこの場に来られない人もいる。 そうこうしているうちに仏教とは無縁のまま生涯が終わってしまうかも知れない。でも、この場に集うことのできたみなさんは本当に幸せなのです」
 
「あなた方はいつか仏になる。だから、これからいろいろ苦しいことがあるけれども安心しなさい。私の人生はもう終わりかけている。でも、仏教にご縁がもてて、この道に入れて本当に幸せであった」
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