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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2008/04/13(日)   CATEGORY: 未分類
本当の「暴力」は誰によってふるわれているか
聖火リレーがロンドン、パリ、サンフランシスコと荒れた。これに対する各国のマスコミの反応がそれぞれの市民社会の事情をよく表していて非常に興味深かった。
まずは当事者のヨーロッパ。

 【4月7日 エーエフピー】7日の英新聞各紙は、前日ロンドンで行われた北京五輪の聖火リレーでの妨害行為を「民主主義の理想の勝利」と好意的に報じた。

 6日の聖火リレーでは、チベット暴動への対応をめぐり中国政府に抗議するデモ隊が市内を通過する北京五輪の聖火を消そうとするなどして、警官隊と衝突、37人が逮捕された。

 大衆紙サンは、「民主主義の勝利だ。合法的かつ平和的にデモを行う権利が尊重される国に住んでいるわれわれは幸せだ」と報じた。

 デーリー・メールは社説で「ひとつ確かなことは、ここ(英国)は中国が望むようなプロパガンダの勝利とはかけ離れた世界だということ」と述べた。

 タイムズは、「中国は今回のデモで、五輪を自分たちの都合で捉えることはできないと気づいたはずだ。聖火リレーはあらゆる権利を象徴するもので、中国の栄光を示すためのものではない。むしろ(ロンドンでの聖火リレーは)チベット問題への抗議を浮き彫りにしただけでなく、統制の及ばない不穏や混沌を内在するのが寛容な社会の本質だということを示す機会となった」との評論を掲載した。

 デーリー・ミラーは社説でデモ隊の立場を支持。「デモ隊の行動は、中国が行ってきた人権侵害に対する抗議として的を得ている」と論じた。

 インディペンデントの社説は、北京五輪が掲げる聖火リレーの「調和の旅」というテーマを引用。これまで数々の妨害行為が行われてきた経緯を踏まえ、「もはや調和の聖火とは言えない。聖火リレーを今後どうするべきか?」と述べて聖火リレーを続けることへの疑問を呈した。
 

 つまり、ヨーロッパにおいては、聖火リレーに対する抗議活動は市民運動として肯定的にとらえられており、決して「暴力」や「無礼」などという範疇ではみられていないのである。

 さらに、抗議活動を行った側の意図した通りのメッセージをきちんととらえている。すなわち、「五大陸の調和をとくオリンピックの精神は中国には存在しない。そのような国の開催するオリンピックの聖火は果たして聖なる火なのか」。

 と・こ・ろ・が、日本のマスコミのこの件に関する報道は超ネガティブ。

 テレビを見ていたら、長野の商店街のおばさんにマイクをむけてオバサンが「もう暴動とか起きないで無事にこの前をとおって欲しい」
 また、高齢の聖火ランナーがふるふるしながら「聖火は死守します」とか言うのをうつしている。

 日本の報道は総じて、「なんだかこわい。とにかく無事に終わって」みたいなメッセージを流しつづけている。
 さらに、某有名キャスターは、「白人が聖火リレーを妨害するのは、有色人種に経済的に負けそうな嫉妬から」などと、この件を分析する際にもっとも意味のない角度からきりこんでいる。

 日本人のあまりのリテラシーのなさに衝撃。

 かれらは市民運動の歴史を知らんのか。

 ノーベル平和賞に五回もノミネートされてそれを辞退したかのガンディーの抵抗運動は、当時イギリスが禁止していた私的製塩を海辺で行うというものであった。塩という人間にとって不可欠の要素がイギリス人の手に握られていることの不条理を示すためであった。彼はそれを示すために、一ヶ月かけて海辺まであるいて、その一ヶ月の間に彼の跡にしたがう人は数千人にふくれあがり、そのすべてをイギリスは秩序を乱した、といって逮捕しまくった。

 1965年にノーベル賞もらったキング牧師も、白人専用の場所に黒人が座り込む、などの形で運動を指導した。その結果、黒人たちは州法に違反した、とどんどん逮捕されていった。ガンディーもキングも「秩序を乱していた」のである。
 
 ガンディーはなぜ掟をやぶって製塩したり、超えてはいけない州境をあらかじめ告知をしてマスコミを集めた上で超えたりしたのか。

 なぜ、キング牧師は当時の法を破って、白人専用のレストランやバスに黒人を座り込みさせたのであろうか。なぜ、彼らは「秩序をみだした」のだろうか。

 それは、どこからみてもおかしな、不条理の存在を公に示すためである。

 倫理的にいって正しくない側が、自分の体制をまもるためにつくっている端から見ると不条理な法をあえて破って、自らを逮捕させることによって、その不条理さを世界に示すためである。

 対する取り締まり側は頭に血が上っているから、自分の姿が世界にどう見えているかまで思いつかない。その姿を世界に伝えるために、このような象徴的な抵抗運動はなされたのだ。

 当時も、「秩序を乱すこと」ということに対して不快感を示すものはいた。たとえばキング牧師に対しても、外からやってきて、仲良くやっているコミニュティを破壊する、などの意見は出されていた。その時、彼はこう答えた。

この種の非難は、いままでにもわれわれが応援に出かけたあらゆる黒人社会で聞かされたものだった。しかし実際のところ、自由と正義のためにどこかの黒人社会へ応援に出かけた場合には、いかなる黒人、いかなるアメリカ人も、もはやアウトサイダーではないのだ。ミシシッピー州やアラバマ州やジョージア州で賤しい黒人の子供が人間の尊厳と品位を蹂躙されているかぎり、黒人はそれがどこに住む黒人であろうとも、彼の社会的名声や経済的地位に、また特権や地位に無関係に、アウトサイダーではないのだ。・・・警察犬がバーミンガムの幼いこどもの足首に牙を突き立てた時、それはすべてのアメリカ人の足首にこの牙が突き立てられたことなのである。人間の人間に対する残忍の鐘が鳴らされるとき、この鐘は誰か一人の人間に対して鳴らされるのではなく、あなたに対して、わたしに対して、またわれわれすべての国民に対して鳴らされているのである。(『黒人はなぜ待てないのか』みすず書房)

 つまり、不条理が行われている時、それが遠い地で行われているからといって、それを他人事でいられるか? 白人警官のけしかける警察犬が黒人の子供の足にくいついている時、そこがバーミンガムだからといって、ニューヨークの人は平静でいられるか? と問うているのである。

 「秩序が破壊される」という本能的な不安にみをまかせる前に、その秩序自体に問題がないかを問う姿勢がここにはある。

遠いチベットで何が行われていようと私には関係ない、このような認識は、善光寺商店街のオバハンならしかたなかろう。しかし、ジャーナリストたちまでそのレベルとはなさけない。さらには、「経済的な嫉妬」などとトンチンカンなこといっているキャスターがいる日本は、まさに、市民社会とじょうこく


 白人がなぜチベット問題にエキサイトするのかは、そこに不正が行われているからである。正しいことをいう人々が、不条理な目にあっているからである。真実が危機にさらされている」という倫理的な危機感から彼らは立ち上がっているのである。

 そこんとこわかってやんなくてどうすんの。
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