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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2008/04/06(日)   CATEGORY: 未分類
真実はジクウをこえる
 3月29日、ダライラマ14世はガンディー廟を訪問した。インド独立の父と言われるマハトマ・ガンディーと同様、自分が非暴力思想の忠実な実践者であることをアピールするためである。

 このガンディーにしても、ダライラマ猊下同様政治的には苦難の連続を味わった。1930年の塩の行進によって、大英帝国をビビらせ、時のイギリスの首相をインドの自治を話し合う席につかせたが、結局は手玉にとられて自治を手に入れることはできなかった。1947年の独立後も彼が夢見ていたイスラームとヒンドゥーの融和はならず、インドとパキスタンは分離独立した。最後はしかも急進的なヒンドゥー教徒に暗殺された。

 しかし、ガンディーの行いも言動も正しかったことは、体は死んでも、その名は不滅となったことからも明らかである。ガンディーの精神はキング牧師に受け継がれて黒人の地位を向上させ、ツツ大主教に受け継がれてアパルトヘイトを終わらせ、現在はダライラマ猊下やアウンサン・スーチー氏に受け継がれまだ続いている。

 その場しのぎの言い訳をかたる政治家の名は忘れ去られても、真実を語るものの名は不死となる。ガンディーの名前を知っている人でも、ガンディーを手玉にとって大英帝国の利益をまもったイギリスの首相の名前を覚えている人はまずいないだろ。
 
 で、4月の4日はキング牧師が暗殺されて40周年の命日であった。言わずと知れた公民権運動の指導者である。キングが生きた時代はリンカーンが奴隷を解放してから100年たった時代であったが、有形無形の差別は至る所にあった。白人たちは、黒人たちが権利を求めると「まだ早い」といい、白人と黒人が公教育の場などでいろいろな差別を受けるのは、「差別」ではなく「区別」であるといった。


 黒人達は当然その状況にうんざりしており、「黒人と白人は共存できない、アメリカの中に黒人の国家を作ろう、そのためは暴力的手法も辞さない」というマルコムXのような急進的なグループもいれば、白人と何とか折り合って権利を得ていこうとする穏健な黒人地位向上協会などもあった。

 黒人の大半は白人の家で住み込み家政婦をやったり、運転手をやったりして暮らしを立ていたので、白人に逆らうことになる運動に参加するのはためらわれていた。要するに当時の黒人には抵抗する気力すらなく、いつ果てるともしれない貧困と差別の連鎖の中にとらわれていたのである。

 このような中にキング牧師はさっそうと現れた。
 キング牧師は、白人と黒人の間の人種間の憎しみをあおるのではなく、差別をする白人の方が倫理的には低い立場にあり、黒人に自信を持つように説き、白人を“哀れむ”ように説いた。もちろん、デモが暴徒化することはガンディー同様つよく参加者に対して戒めた。
 
 キング牧師は自らの政治手法を動機はキリストが与え、政治的手法はガンディーから学んだと述懐している。こんなキング牧師の手法は、急進派からはなまぬるいと言われ、穏健派からは急進的と言われたので、ようは見事な中道であった。

 キング牧師の言うことはあまりにも正論であったため、まともな白人・黒人双方に大きな影響力をもった。そうなるとこのまま白人優位を続けたい勢力からは、いろんな脅しがかかる。脅迫電話などはしょっちゅう、家が放火されて、三人の幼い子供ともども焼け出されたこともある。しかしそのたびにだす寛容のコメントに令名はかえって高まり、有名なローザパークスの逮捕に始まったバスボイコット運動の後には全米に名前が轟いていた。

 奴隷解放から丁度百年目にあたる1963年の8月28日、全米からワシントンに集まった人々の前で、あの有名な「私には夢がある」というスピーチがなされた。白人も黒人も憎しみ合わずに一つのテーブルにつく日を夢見たスピーチは、英語の教科書などにも用いられているので、日本にもよく知られている(キリスト教の説教師だからくどいんだ、これが)。

 しかし、黒人ナショナリズムが次第に高まっていくにつれ、キング牧師の理想は遠ざかり、黒人暴動の頻発する中、享年39才でメンフィスのモーテルのバルコニーで演説中に凶弾に倒れた。

 彼の理想を実現するにはあまりにも黒人は頭にきすぎていたのである。人は愚かだから簡単に殴り合い、憎み合い、分離をのぞむ。しかし、キングはそのような安易な道はとらなかった。彼の夢は今もなお完全に実現しているとは言いがたいが、その登場によって明らかに時代が動き、そのような方向に向かいだしたことは否定できない事実であろう。

 40回目の命日にあたる二日前、次期大統領候補の三人(マケイン・クリントン・オバマ)はみなキングの精神をたたえ、哀悼の意を表明した。ブラックナショナリズムの運動家たちの名前は遠く忘れ去られようとも、キングの名とその死は黒人・白人の双方が忘れられることはない。真実を語るものの名は人種・宗教・国境、時空をこえて生き続ける。もし胡錦涛がダライラマ十四世との対話を行いチベットに自由をもたらせば、2008年のノーベル平和賞は確実。毛沢東は英雄かもしれないが、いかんせん民族限定。でも胡錦涛はいともかんたんに国際級の偉人になれる立場にいるのである。

 ガンディーや、キングや、ダライラマのいったことは、百年たっても、二百年たっても、政権がかわっても、それを聞く民族がことなっても、それが真実であることには変わりない。

 特定の時代、特定のイデオロギー、特定の状況、特定の民族のみを是とし、他者を排斥するような言説、時代や民族や宗教が変わると、とたんに効力を失うような言説はしょせん一時しのぎのまやかしにすぎない。ダライラマ十四世の発表と中国政府の発表を対象させてみると、どちらがどちらかがよくわかる。

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