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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2007/12/11(火)   CATEGORY: 未分類
私、間違ったことを言ってる?
「チャングムの誓い」(完全版)がいよいよクライマックスに近づいている。

じつはわたしこのドラマはイケメンがいなくてキョーミなかったので通算三話くらいしかみていないのだが、どうも、あのイジワルなチェ一族とか、いままでの悪事が災いしてかなり追いつめられているよう。

そして、生まれる前からいじめられ続けていたチャングムがなんと攻勢にまわってる!

でも、なんたってチャングムだから、可愛い顔して純粋まっしろなアプローチ法で悪党をおいつめてる!

「あなたは一族の繁栄よりも、自分の名誉を重んじる方だわ。すべて(今までの悪事)を告白して。私は間違ったことをいってる?

言ってません。あなたは正しいです。常に正しいです。

しかし、ここまでチャングムが正しいと、悪党が憐れにも思えてくるのが不思議。

真っ黒なキャラが真っ白なキャラをいじめれば、世界は真っ白な方に味方につくだろう。
が、真っ白なキャラが真っ黒なキャラをおいつめても、誰一人真っ黒の側につくものはいない。
しかし、人は本能的にバランスをとりたがるいきものだから、一人でも味方についたろーか、と思うのだろうか。

そう思うわたしもダンナにいわせると、喧嘩をする時や何かを主張する時に、チャングム方式で人をおいつめているらしい。自分でもなんとなくそれやっているなー、と思うこともある。

チャングム方式といえば聞こえはいいが、つまりは原理主義である。こうなると、かなりヤバイ。

で、思いだした。

とあるところから原稿を依頼された。そこには、テーマを具体的に生活にひきつけて説明するようにとあり、最後はこう結ばれていた。

「人は論理に説得されるのではなく、生理感覚に自然に染みないと広く長く継承できない生き物ですから。」

その時、わたしはこの内容に違和感を覚えた。

原理主義者モード、スイッチ、オン!!! 

アムロ、いきまーす!!!

そもそも「人は論理に説得されない」なんてことをいばっていうな。聞くけど、誰だよ、その人って。勝手にきめんなよ。
「論理」こそ万国共通の言語で、万人に通用する言葉じゃないか?
でも「生理感覚」なんてもんは所詮個人の主観じゃないか。

「生理感覚」なんてものは、個人のバックグラウンド、人種、宗教、国籍その他によっていくらでもかわってくるもので、こんなもんで動かされるのは、その人に育ちの近いごく一部の人間であり、動かされる部分も人間存在のごくあさーい部分までだ。


「論理に説得されない」ということは、論理を理解する能力も、自ら論理を構築する力もない未熟な知性を自ら暴露しているようなものだ。

決していばっていうことじゃないんだよ。

といってみたところで、世の中の出版物をみわたしてみると、生理感覚の山ばかり。

みんな、「ボクは私はこう思うの」。みたいな極私的にたゆたう言説ばかり。新書本の最終章にも「~と日本人」「~とわたし」みたいな章が必ずある。

そりゃー、こんな小説や文章ばっかよんでいたら、こどもたちも国際学力判定で、読解力も、分析力もおちていくわな。

なんでもかんでも、身近なものにひきずりおろさないと理解できないとなると、そりゃー生活と関係ない理数系や、文系でも論理学とか形而上学とか歴史とかはどんどん衰退するわな。

「そこにある」ものを、そのものがあるがままの形で理解しようとするのが、学問である。そこに自分の感情や価値観がはいったらそれは学問ではない。

つまり、私への原稿依頼者がいうように、すべてを自分や生活にひきつけないと誰も耳を貸さない時代になっているのだとすると、学問はもうこの世界に居場所がないということだ。

そして、みながみな自分の生活感の中だけで生き、
「ボクは社会の歯車になんてならなくて夢にむかってがんばるの~」とか、
「私はこのままの自分を愛してくれる人を捜すの~」とかいいだしたら、どんな世界になっていくことか。

 私は間違ったことをいってる? by チャングム
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