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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2007/11/19(月)   CATEGORY: 未分類
母の郷に娘かえる
母方の親戚の法事で小倉にいく。
 羽田から離陸すると、羽田沖の空港拡張工事のためのうめたて現場の全容がみえる。
この海をうめたてるために房総の山がいくつも消えるのだ。
で、北九州空港にランディングする。これまた開業したばかりで、市内から遠い海の上にある。
海をわたる橋が一本、陸地と空港島をつないでおり、車の宣伝に使えそうなかっこいい風景であるが、強風がふけばイッパツで通行止めである。

 聞くまでもないが、どうせどこぞの代議士がどこぞの建設業者と手を組んで、こんなとこにつくったんだろうな。こんな市内から遠いと、福岡空港使っても時間変わらないよ。

 法事の後、紫川のルミナリエを望みつつみなで会食。
 子どもだった頃、法事の宴席といえば、久しぶりに顔を合わせるいとこたちと遊ぶのが楽しく、上座で話をするオトナの男たちを、
「なんであんなつまんない話して、苦い水(ビール)のんでいるんだろう」と思っていた。
 しかし、オトナになった今、なぜか、その上座で、ビールをのみつつ、法事の席に呼ばれたご住職相手に日本仏教の未来を憂いてるわけだから、歳はとりたくない。
 しかし、基本的には母方の親戚は穏やかな人達ばかりなので、なごむ。

 紫川には長崎にぬける長崎街道の入り口がある。江戸の昔、この道を、長崎から上陸した象が江戸まで歩かされたそうな。動物虐待じゃー。
 夜はまったりと親戚トーク。翌日午前四時に目が覚めて、本棚をふとみると『ある小倉日記』(松本清張が芥川賞とった出世作)があるのが目にとまり、思わず手にとってよむ。
 その中に広壽山のご住職の話がでてくるが、これ昨日法事にきてくださったお坊さんのお寺である。さすが藩主の菩提寺。 芥川賞の中にまで登場している。

 小倉藩は譜代大名で、明治維新の折、幕府方についていたので、明治になってから大変だった。父方の祖先も淡路島で武士をやっいたので、バリバリの佐幕。葵紋をみると、わくわくするDNAはおそらくはこのあたりに由来するものと思われる。

 そして、その日は学会。何か久しぶりに古巣のゼミの先輩・後輩がせいぞろいしてなつかしかった(てか、私が学会さぼっているから勢揃いしないという説もあるが)。
 昨日からものすごく冷え込んで、学会会場も異状に寒い。九州大学で長年にわたりモンゴル年代記を研究されてきた森川先生も、今年で定年だという。それで、会場が九大になったのか。みわたすと、自分が若手だったころに、さっそうとしていた先生方は大家になり、同年代の学者はいまや学会をささえる中核メンバーになりつつあり、またもや歳を感じる。
 ま、私は何もしてないんだけど。
 総会がおわると、早々に福岡空港にむかう。セキュリティをとおって搭乗口にむかうと、後ろから「イシハマさん」と呼びかけられる。学会メンバーのどなたかが、同じ時刻の飛行機かなと思ったら、別学科の某先生が別件で九州にいってかえるところであった。私の飛行機の方がさきに出発するのでそうそうにさよならしたが、びっくりした。

 家にかえって親戚から朝もたされたおみやげをみると、

 下関フグの唐揚げ(冷凍)

 当然もう解凍しまくり。

 いーわー、このえーかげんさ。
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