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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2007/10/17(水)   CATEGORY: 未分類
エイドリアーン!
 ごろうちゃんにごはんを食べさせている間、ニュースをつけたら「カメダ」「カメダ」の大連呼。ボクシングをみない私もこの人くらいは知ってる。

 何かクローンみたいに似ている三兄弟とこの三兄弟をちょっとふけさしたようなオヤジがボクシングやってて、その汚い言葉とパフォーマンスで世間をあきれさせているんだよね。

 で、何かその三クローンの真ん中が先週した試合が、ボクシングでなくてプロレスだったとかで(笑)、謝罪をすることになったらしい。

 阿部総理の辞任会見の時みたいに、どのチャンネルまわしてもそればっかり。

 すごいな、カメダって総理なみの注目度なんだ。

 で、数分みていたけど、当の親子はまともにしゃべらず、というか、息子は一言も言わず、ジムの会長がかわりに全部しゃべっていた。あまりしゃべらすとボロがでるので、黙っているように云われたんだろう。どんなに口べたな人でも、本当に謝罪の気持ちがあれば、とつとつとでもしゃべれば相手に伝わる。それが回りが口をきかせてはならない、と判断したからには、当事者にはまあったく、反省の気持ちがないということ。
 
 ボクシングといえば、

 えいどりあーん(古)

 の感動しか思い浮かばない自分には、ついていけないところまでボクシングは堕落しているよう。

 で、このカメダ父、反則をするよう息子に言い続けたことを否定していたが、客観的な証拠まであがっているのに、どうして認めないんだろう。

 そこで思いだしたのが、昔読んだ死刑廃止論者の言い分。

 死刑がある限り、容疑者は、自分がやったことをやっていないと言い続けることになる。死刑にならないのであれば、素直に罪をみとめるかもしれない容疑者も、みな一様に事実をまげてでも無罪を主張する。それは嘘を言い続ける容疑者にとっても、その嘘を聞き続けなければならない被害者の遺族にとっても悲劇であると。

 死刑廃止論者は、またこう続ける。

 罪を犯した人の中には心から反省して、自分を殺してください、という人もいる。でも、悔い改めた人を死刑に処するのもつらい、と。

 つまり、死刑判決を受けると、性悪な人は命が惜しいので嘘をついてでも罪を逃れようとして裁判を長引かせ、本来性格のいい人は心を入れ替えて、さっさと死刑になっちゃうしなんかへんというわけ。


 で、話をカメダに戻すと、ボクシング界から抹殺されること(死刑)を考えて、命惜しさに、「反則指示はしてない」といいはるしかないのであろう(暗にカメダを性悪といってる 笑)。

 ここで死刑廃止論者の論拠の一つがくずれる。

 カメダ父は別に命とられるわけでもないのに、事実をまげた。性悪は本能にまかせて罪を犯しても、その罰はうけたくないのだ。仮に死刑を廃止しても、こういう輩はあとをたたないだろうし、被害者の遺族はつねに苦しむだろう。
 
 でも、もう一つの論拠、心を入れ替えた人を殺すに忍びない、は確かにそうだと思う。だから、法務大臣が宗教的な理由から、死刑のサインをしない、という話をきくと、それはそれでいいのではないかと思う(ちなみに、わたしは死刑廃止論者じゃないですからね。推進もしないけど。)。
 
 何にせよ、真実をまげて保身をはかった時点で、その人物はかりに世俗の刑罰をうけずとも、いわゆる神の世界、業の世界での報いをうける。

 具体的にいえば、ウソをつき保身をはかる親を目の前でみた息子たちが、今後どういうオトナになっていくのか。

 その行く末を見るのが、このオヤジが受けるもっともきつい罰なのである。
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