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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2007/06/19(火)   CATEGORY: 未分類
金剛兄弟
日曜日はチベットの高僧ロサンガワン先生の灌頂を受けに大阪にいった。とてもいい会だった。

 仏典には、その経典がいかなる、説く人、場所、時、聴く人、においてなされ、その内容はいかなるものであるかの五つが必ず記される。

 最初の四つが完璧であることが、師をして最後の素晴らしい教えを語しめるのである。

 そのような意味で、今回の集まりはロサンガワン先生という得難い高僧を師とし、先生をずっと支えてきた大施主の清風学園が会場となり、そして施主となり、晴天吉日が選ばれ、(自分はともかく)聴衆もとてもよい集まりであった。
 
 何か、ブッダガヤの説法会が、そのまま現代の日本に再現されたかのようであった。


 今回は前行の途中で、チベット風まぜごはんとお茶が配られ、

「昔は大説法会の時には、何日もかけて法話をしたので、師と弟子は食事をともにして、来世もまた出会える因を造った」ということで、十五分ほどの軽食休憩があった。

 つまり、この共食儀礼によって、この一處に集ったものたちは再びなにがしかの時をへて、また、仏の教えを聞くためにどこかで集うというのである。

 うーん、ファンタスティック

 17世紀に、モンゴルのアルタン=ハーンは、ダライラマ三世とあった時、ダライラマ三世はハーンに

「あなたとは私は今初めてあったのではない。遠い昔、汝はフビライ=ハーンとして、私は僧パクパとして東方に仏教を伝えた。われわれは今生においても東方に仏教の太陽をあげよー」といい、

 これにガビーンときたアルタン=ハーンは、

「今生もやったるでえ」

とばかりに、モンゴルにおいて衰えていたチベット仏教を復興させ、その後300年間、(社会主義の嵐が訪れる前)モンゴル高原にチベット仏教が栄える契機をつくった。 

 チベットの高僧の謦咳に接してさまざまな会に参加していると、こういう歴史書の一節一節が当時の文脈で理解できる。

 そして、式の最後、ロサンガワン師は、十四のサマヤ戒をわれわれに授けた。

 今、この時、灌頂を受けた聴衆を「金剛兄弟」と呼び、仲良くするように結んだ。

 つまり、この儀式で一處に会したわれわれは、仏様の子どもとなって生まれ変わったのだから、「兄弟」なのである。そいで本尊が密教の仏だから、「金剛」(ダイヤモンドの武器=何物にも壊されない仏の境地を暗示)なのだ。

 またまた歴史話で恐縮なんだけど、清朝最盛期の皇帝、乾隆帝は即位の九年目に、チベット僧チャンキャからチャクラサンヴアラの灌頂を授かって、その時、一緒に灌頂をうけた二人の高僧に向かって

 「汝らと我はこれから金剛兄弟だな」と言ったセリフがあった。

 
 乾隆帝はその後の人生をかけて命の限りチベット仏教の振興につくし、チベットの高僧を厚遇した。なぜ彼があんなに真剣だったのか、今ならわかる。

 このような伝統を昔から現代にいたるまで続けているチベット人はすごい。

 神秘と論理を共存させ、古代と現代がともにある、チベット仏教はやはりすごい。
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