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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2007/05/12(土)   CATEGORY: 未分類
「世界を一つにする」という病
 仏青の例会で破顔くんから、路上でうられていたという葵の御紋スタンプをいただく。
とても嬉しい。

 その後、新しく入ってきた一年の子に仏教のイロハをレクチャーしていると、ドアがノックされた。

 入ってきたのは某宗教団体の宣伝部。五人くらいいたかな。
 彼らは自分たちの団体がいかにすばらしいかという話をはじめた。

 われわれ仏教を勉強しているのをみてとると、彼らは勢いづいて、

 自分たちの宗祖はお釈迦様や道元禅師の生まれ変わりであり、彼らの団体○×はすべての宗教を一つにして、いずれは世界中を幸福にするのだ、という。
 
 人を幸せにするのはいいことだし、世界を平和にするのもいいことだが、

 この「自分を拡大していずれは世界を一つにする」という考え方はひっかかる。

 どんな宗教であれ、どんな思想であれ、人を幸せにできるのであれば(そしてむろん大前提として人に迷惑をかけない限りは)、存在価値があると思う。

 しかし、どんな宗教であれ、どんな思想であれ、自分は正しいのだから、それによって世界を一色にしてしまおうと考えるなら、その時点でその教えは大変に危ういものになっている。

 自分を拡大して世界をおおいつくす、という考えには、他者の存在を否定するエゴイスティックな思考がひそんでいる。

 自分の会社の製品が、世界中の人々に幸せを与える
 自分の団体の教えが、世界中の人々に幸せを与える

 そこには、人々のためといいつつも、現実には他者を拒否した病的なエゴの匂いがまとわりついている。

 たとえば、戦前、国柱会という団体は日本に○ケ経の戒壇をつくり、○ケ経の力により世界平和を実現しようとしてアジアを侵略した。

 これがどのような禍根をわれわれ子孫に至るまで残し、どのように歴史に評価されたかは周知の通りである。
 
 この世界は多様であり、イワシの頭で幸せになれる人もいれば、こりにこった哲学、あるいは、ハードな修行によってしか救われない人もいる。

 すべての病にきく万能薬がこの世のどこにも存在しないように、すべての人を幸せにできる哲学などない。

 だって、人はそれぞれ理解力も知力も体力も異なるから、幸せになるなり方も様々だからである。
 
 そのため、お釈迦様は相手の知能や状況をみて、その人にあわせて対機説法で真理を説いた。

 相手の人のレベルにあわせて、その時その人にとってもっとも有効な教えを説いたのである。
 
 いきつく先は同じ頂上であっても、登山道はいくつあってもいい。

 そして、すべての人がこの短い人生において頂上につけるわけではないのだから、少しでも上にあがれればいい。

 その土地、その人のレベルにあった様々な救いの手段はあっていいのである。

 煩悩ある限りこの生はなんども繰り返される。ダメ人間がいても、少しずつ正道に導いて、何生かかけて最後の部分でいつかは頂上につけばいい。

 とくに八合目以上の道である仏教思想の心髄部分は、修行と哲学ができる人によってのみ理解・実践してもらえればいい、

 うっとりするほど知識人な教えである。

 とはいっても、こうやって余裕かましてきたから、仏教も早大仏青(YBA)も退潮してきたんだよな。

 しかし、感心したのは一年生の子。○×団体を相手にし、ちゃんとしっかり反論している。かれは仏教に興味をもってまだ一ヶ月足らずなのに、エゴをカッパし中道を提示する論法が身に付いている。

 YBAは、サークル活動というにはあまりにもこい人材を養成しているような気がする今日このごろであったった。
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