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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2006/02/13(月)   CATEGORY: 未分類
鳥のオリンピック
トリノで冬季五輪が開催され、メディアはそれ一色である。一方、私は全体にその流れについていけず、トリノという言葉をきくたびに耳はかってに「鳥の」と変換し、

鳥のオリンピックかあ。」

と各国の小鳥たちが集まり、華やかな開会式のショーののち、美しさとかわいらしさを競い合う妄想が思い浮かぶ。

 「うちのごろう(オカメインコ)は、オーストラリアの鳥だけど、日本で生まれているので日本国籍よね」とか妄想は果てしなく続く。

 そう、わたしはスポーツ音痴。

 野球のルールすらよく知らない。ホームベースを踏むと一点、これしか知らない。

 今回の五輪で活躍が期待されるかの有名な荒×静香選手が、在学中大教室でのわたくしの授業をとってくれたことがあった。彼女が

「アメリカで振り付けをしてくるので、しばらく休みます」といってきた時、

「ダンスでもやってんのかな?」と思ったのは私です。

 スポーツ、ノコト、ヨク ワカラナイ(なぜ、いきなりカタコトに?)。
 
 でも、これは学者としてはスタンダード。某大学の教授(武士の情けで名を伏す)は高校在学中、体育のソフトボールの授業で、ヒットをうったところ、その後何をするか知らず、周りから「走れ!」「走れ!」と言われて、とりあえず、三塁に走ったし、サッカーの授業で味方のゴールにボールをけり込んだこともあるという。

 ちなみに、彼は絶頂期の宮沢りえが18才で初ヌードを披露して世間がひっくりかえった時にも、さわぐ世間を尻目に「宮沢りえ? 誰ですかそれ」と聞いていた。

 学者は集中力が勝負。いちいち世間のことにかまけているようでは、学者としては大成しない。もっとも、世間のことにかまけないから大成するというものではないが。

 古代ギリシアにおいてポリス間の争いを回避するために体育の祭典オリンピックは始まった。何であれ、殴り合いよりは、競技の競い合いというその理念自体はすばらしいと思う。

  しかしスポーツの勝敗がナショナリズムを刺激して紛争を生むことがあるから要注意。サッカーにおけるフーリガンの狼藉しかり。
 
 その点、アイスダンスとか、あまりギスギスしていない競技はいい。美しい縁起もとい演技は国境をこえて人々に感動わあたえ、偏狭なナショナリズムを止揚する力がある。

 たとえていえば、わがダンナ様。

 彼はモーグルとかジャンプとかには興味を示さないが、フィギュアやアイスダンスのトップ選手は国籍を超えて応援する。理由は簡単。トップ選手はみな

 「美しいから」(あ~あ)

 ダンナ「サラエボの冬期五輪での、トービル・ディーン組は本当に素晴らしかった。ボレロでやったんたけど、とくにラストがドラマティックでねえ。"サラエボの恋人たち"って呼ばれたんだよ。審査員は全員6.0を出したんだよ?」

とアイスダンスの過去の名演技をかたる姿は輝いている。

 確かに、美しい男女が幸せそうに仲良さそうに踊る姿は、ののしりあっている姿よりはいいものである。

 というわけで、我が家の冬期五輪は今回もアイスダンスとフィギュアのみ。

 
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