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白雪姫と七人の小坊主達
なまあたたかいフリチベ日記
DATE: 2021/02/11(木)   CATEGORY: 未分類
ダライラマ即位の年のお正月
今年のチベットの正月(ロサル)一日は西暦で2月12日。今年は旧暦の正月と同じ日であるが、チベット暦は閏月の入れ方が旧暦と異なるのでずれる時は一月くらいずれることもある(写真はチベット人のおうちで作られるお正月のお供え)。
正月のお供えチベットは今年新しいシキョン(首相)が選ばれる変革の年である。願わくばそれがよい方に向かう変化であってほしい。


 チベットの伝統的な社会では一年を通じてカラフルな祭りが行われていたが、中でもお正月のそれは非常に盛大であり、この世にあるすべての命あるものの平和と安楽を21日かけて国をあげて祈りたおす
 その名もムンラムチェンモ(大祈願祭)である。

 この期間、社会は敬虔な雰囲気に包まれ、チベット的な感性がもりあがるため、中国の支配に抗議してのチベット人の過去三回の大蜂起は三回ともこのチベット暦正月の期間に起きている。ダライラマ亡命の契機となった1959年のチベット蜂起、ダライラマの平和に関する五項目の提案が契機となった1988-89年の蜂起、そして北京オリンピック開催が契機となった2008年のチベット人蜂起の三回である。

 このため中国政府はチベット人の蜂起を警戒してチベットのお正月にはチベット人を一段と厳しく取り締まるため、かつてのようなムンラムのもりあがりは中国支配下のチベットからは見いだすことはできない。
 では「インドのチベット人居留地で行われているお正月の雰囲気をお伝えしましょう」と云いたいところですが、どうせならチベットがまだ中国の支配下に入る前のお正月を紹介しちゃいましょう。現ダライラマ14世の即位式に参加したイギリス人ベイジル・グールド卿(の目撃したチベットのお正月である。

ベイジル・グールド卿(Sir Basil J. Gould, 1883-1956 )は英領シッキム政務官として、ダライラマ14世の即位式に参加するため1940年1月から6月にかけてチベットの都ラサに滞在した。1940年に行われたダライラマの即位式はチベット暦のお正月(西暦二月九日)に合わせて行われたので、この時の記録には伝統的なチベットのお正月の雰囲気がよく描写されている。以下はグールドが1941年に記した『ダライラマ14世(1935-)の探索・認定・即位に関する報告書』 からお正月関連の描写を引用したものである。

・王座への帰還

チベット暦正月というのは、年中行事として旧年の厄を払いが行われて新年を寿ぎ、二十一日間に亘る大祈願会が開催され、伝統的な華麗な式典とともに宗教儀礼が行われる時期であり、いつも何万という僧や巡礼者や地方の人々が〈12a〉ラサに集まってきて、そのためラサの人口が三、四倍にふくれあがる時期でもある。チベットの二月は、確かに寒くはあるが、チベットでは三回来ると言われている最も厳しい寒波の季節は一月の終わりごろにはもう終わっており、収穫と脱穀は終わったが耕作を開始するにはまだ早いし、羊の群れもあまり面倒を見る必要はないという時期なので、チベット人たちにとっては休日とするのにふさわしい時期なのである。またダライ・ラマ十三世はこの時期にいつもノルブリンカからポタラ宮へと数週間ほど居を移していた。そしてこの時、どこで正月を過ごすチベット人もみな、黄金の王座のことを考えていたのである。それゆえこうした多くの利点からしても、またすべてのチベット人の幸福のためにも、チベット政府としてはチベット暦一月こそが最も吉祥な日程であるとして、ダライ・ラマがポタラ宮に入り、歴代ダライ・ラマたちの王座に登る日として宣布したのである。

旧年の厄払い

[西暦]2月7日、ラサの住人とチベット全土から集まった訪問客の群衆は、ラサにいるイギリス人、中国人、ネパール人その他の外国人といった大勢の人々と一緒になって、旧年の厄払いをする年末恒例の儀礼(dgu gtor)を見に、ポタラ宮の中庭を囲む屋根や回廊に詰めかける。同様に{そこに集う者として}、煌く香炉、シンバル、金色の太鼓を携えた約100人の僧侶、仮面をつけた福の神である「和尚」と小坊主(ha phrug)の一行、黒帽を被った踊り子と、その他終日の儀礼に参加する大勢の人々が、ポタラ宮の内奥から伸びる急な〔石の〕階段を順に駆け下りて〔石畳の〕内庭に入る。中央の階段を用いてよいのはダライラマと和尚だけである。その上方には、主殿に沿って高さ100フィートの壁があり、その壁には三列四段となる数の張り出し窓とバルコニーがはめ込まれ、窓はそよ風にゆらぐフリル状の絹布と極彩色の服で飾られている。最上階の中央には、ミイラ化された故ダライラマの遺体が、その黄金の祠が完成するまでの間安置されていた小さい集会殿があり、その外側に{次のダライラマのものとなる}まだ誰もいないバルコニー席がある。<14a>その右は摂政であるが、彼はほぼいつも薄い黄金の帳(dar sang ser po)の後ろにいるので姿を見ることはできなかった。これ以外〔の部屋〕に、内閣、僧侶、俗人官吏といった様々な位の人々が身分に従って座っていた。内閣の隣にいるダライラマの家族の座所に、大勢の人々(見物人)が目を向けた。ダライラマの家族は初めて体験するチベットの大規模なページェントに興味津々のようであった。

・正月

2月9日(チベット暦元旦)、外国人の中では英国使節だけが、ポタラ宮の大集会殿で催される新年の仏教的な祝賀に立ち会うことを特別に許された。彼らは空席になっているダライラマの王座に絹のカターを捧げ、それから摂政と宰相にも〔全員が〕贈呈し、供された儀礼的な茶と食べ物を食した。他の国の者たち (使者)は、次の日の仏教色のより薄い儀式(恒例の謁見)に参加した。こうして数日間にわたり、新年の祝賀は慣例に則って執り行われていった。(後略)

・即位式

(前略)
しばらく通常の新年の儀式が続いた。三が日には、初日にポタラで行われる宗教色の濃い新年の儀式、二日目に行われる世俗色の濃い新年の儀式、三日目に政府〔僧俗官僚すべて〕による国家神託官ネチュン〔護法尊〕の訪問などがある。これに加えて、ラサの各家庭で新年は我々のクリスマスを思い起こさせるような形式と精神で私的に祝われる。それ以外の日は裸馬の競馬、力比べ、封建時代の武者行列、弓術などの形で、古いしきたりが維持され、多くの宗教的・半宗教的な新年の儀(政教一致の娯楽)がある。

これらの内もっとも印象的なのは、チベット暦の正月15日と<25b> 25日頃に開催されるものだ。15日の日、厳格な儀式である祈願会の日々から一息ついて、街はリラックスした喜びに包まれる。一周約半マイルの大聖堂(釈迦像を祭るジョカンのこと)の環状巡礼路(bar bskor )のぐるりには、バターをこねて作られたカラフルな様々な意匠をくっつけた巨大なミラミッド型の構造物がたてられる。〔夕方〕満月が上ると、群衆が聖なる建物のまわりに押し寄せてくる。

日没後一時間で摂政がダライラマの両親と親族をともない、(p.97) 兵隊を前後に従えて、これらバター細工を子細に観覧するのが見受けられた。群衆は軍隊が整列した道におしよせ、警護僧は群衆をかきわけて道を作る。道は召使いのもつ長い棒の先にくくりつけられた油壺のかがり火(gsal byed dpal 'bar)に照らされている。

もっとも人気のある飾り細工には褒美がだされ、受賞したものはトランスに入った国家神託官などの姿が「ジュディ & バンチ・ショー」*1 のようになったものであった。

〔その夜〕警護僧の努力にもかかわらず、摂政が巡礼路を一周するのに一時間半もかかった。それから帰路についた。何年も昔の「マフェキングの夜」*2 に感じた喜びと賑やかな楽しみを思い出しながら、寒さや騒がしさに耐えられない子馬にのって、満月に近い光に照らされ、大地には灯明の光がきらきら輝く中、信じられないほど青い星空を背景にしてたたずむポタラ宮の前を通り過ぎた。

 正月の25日、会場は大聖堂の外庭となる。行事は、チベットに向けられる悪しき影響力や意図を覆すこと、そして、祈願会の行われる20(21)日間 、デプン大僧院の僧官が〔ラサの市長(mi dpon)から司法権を取り、僧侶達が政教に対して障がないようにする法事を行う習慣がある。25日、僧官が〕握っていたラサの町の管理権が再び俗官 <26a> の手に戻されるのである。
モンラムジョカン

 この鉄の龍の年において、この儀式の差配にもっとも深く関わった二人の俗官は、お馴染みの「〔イギリスの〕ラグビー校への留学組であった。まずラグビー校で「リンカン」と呼ばれていたチャンゴーパ閣下(sku zhabs byang ngos pa) *3 、そしてキププ閣下 (sku zhabs skyid sbur ba)*4 であった。前者はヤソ(ya so) として、同僚のプンカン・シャペの息子 (yab gzhis phung khang sras) *5 とともに一生に一度やってくる非常に名誉ではあるが同時に費用のかかる、約六百人の封建時代の騎馬隊を組織し指揮するという仕事を行っていた。彼はまたラサの水力発電施設を管理し、内閣のために英語の通訳もしていた。後者はラサの二人いる司政官の一人であもった。

 主な観客は摂政、内閣、ダライラマの家族であり、彼らは大聖堂の大門を見下ろすバルコニーに座った。封建時代の歩兵隊の行列と模擬戦が終わったあと、ヤソの装束の者に率いられた封建時代の騎兵隊が登場する。(p.98) ラサの俗権をにぎる僧侶たちが権威を象徴する鞭を地面にたたきつけ、ラサの市長の召使い達が拾い上げる。トランペットとシンバルと太鼓をもった僧侶たちが大聖堂から行進し、外庭を囲んだ形で並ぶ。儀式の司祭は香炉とバターランプと聖水のはいった水差しをもって真ん中にたち、祈願を行う。高い旗竿が通りに建てられ、町から追い出されることになる悪霊の像が〔外に〕取り出される。
ヤソの装束

ついに神託官ネチュンが突進してくる。ネチュンは踊り、よろめき、体を前後に揺らしながら、両手につかんだ短剣を振り回し、九舞 (dgu 'cham) を踊り突然倒れた。随員の助けをかりて立ち上がると、またよろよろと歩き出した。近づいてくる彼をみると、本当に神霊に取り憑かれていることがみてとれた。神託官の顔は死人のように青く、トランスによって放心状態であった。神託官は何度も何度も卒倒しては、ふたたびはね起きて、またあらぬ方角に歩き出した。群衆は神託官の周りにつめかけ、神託官はやがて骸骨の面をつけた人々と、黒い帽子をかぶった踊り手と旗をもった男たち〔と九舞をしながら、トルマの後に〕の列の後について消えていった。<26b> 市門 (rgyal sgo'i 'gag) のところで、悪霊の像は一斉射撃とともに降ろされ〔トルマは火にくべられた〕、神託官は消耗し意識を失い、大聖堂へと運ばれていった。


*1 Judy & Punchとは17世紀にイギリスで初演されたドタバタ人形喜劇。
*2 第二次ブール戦争時、南アのマフェキングでイギリス軍が217日間の籠城戦ののち1900年5月17日解放された。この晩ニュースに接したイギリス民衆がお祭り騒ぎになった。
*3 本名リンジンドルジェ (1904-1945)。リンカン家 (rin sgang) の出身。1913年にチベット政府が独立をアピールするべくイギリスに送った使節に同行した四人の男児の一人。グールドはこの四人をチベットからイギリスまでエスコートし、四人はイギリスのウェールズ地方のラグビーのパブリックスクールで教育をうけた。リンカンは1918年にチベットに帰還し、1938年には六位の官吏であった。
*4 リンカンと同じく1913年イギリスにわたった四人の少年のうちの一人。帰国後チベット政府より電信の建設を託されるも失敗する。1938年には六位の位階にあり、治安判事であった(Holy city p.247)。
*5 本名、bkra shis rdo rje。1938年に摂政ラデンによってカロンに任命され、1947年のラデンの対タクタ蜂起につらなり投獄。
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DATE: 2021/01/22(金)   CATEGORY: 未分類
映画『羊飼いと風船』を観て
 ペマ・ツェテン監督の『羊飼いと風船』が2021年1月22日から一般公開となる。『ペマ・ツェテン作品集 風船』(2020年 春陽堂書店)の映像化である。第20回の東京フィルメックスに『気球』の題名で出品され、最優秀作品賞を受賞している。

 テーマはチベットの社会の伝統的な価値観と現代化の相克を女性視点で描いたものである。宗教的な価値観が女性により多くの負荷を背負わせてきたことについて、このクリスチャントゥディの同映画評が素晴らしくまとめており、共感すること多し。

一方、別の方は主人公の女性が「生まない」という選択肢を選ぼうとしたことを「女性の覚醒」と表現していたが、夫や息子に泣かれて本人も苦しんでいて「覚醒」という前向きな表現は少し違う気がした。

この映画の背景にある社会状況はここ数日のニュースを読解するとより深く理解できる。

1月19日にアメリカのポンペオ国務長官が中国政府がウイグル自治区で行っているウイグル女性に対する不妊手術などの政策を「ジェノサイド」と認定し、これに対し1月21日に、在米中国大使館が「[中国政府の産児制限政策のおかげで]ウイグル女性は「生む機械」から解放された」とツィートしてアカウントを凍結された事件この二つである。

ロイターの記事がこの二つをよくまとめているので以下に引用する。

ツイッター、在米中国大使館のアカウント凍結 ウイグル巡る投稿で

1 Min Read ロイター
[上海/北京 21日 ロイター] - 米ツイッターは、在米中国大使館のアカウントを凍結したと明らかにした。新疆ウイグル自治区における中国の政策を擁護した投稿が、「人間性剥奪」を禁じる同社の規約に違反したためとしている。
 1月21日、米ツイッターは、在米中国大使館のアカウントを凍結したと明らかにした。写真はニューヨークで2016年9月撮影(2021年 ロイター/Brendan McDermid)
中国大使館のアカウントには今月、人民日報が報じた調査を引用し、ウイグル族の女性はもはや「子作りの機械ではなくなった」などとする書き込みがあった。
ツイッターはこの投稿が表示されないようにする措置を講じた。大使館のアカウントには1月9日以降、新しい投稿はない。
ポンペオ前米国務長官は政権交代直前の19日、中国が新疆ウイグル自治区でウイグル族などイスラム教徒の少数民族に対し「ジェノサイド(民族大量虐殺)」を犯したと認定。バイデン政権もこれを支持する立場を示した。
ツイッターの対応について、バイデン政権のコメントは得られていない。
同社の広報担当者は21日、「問題のツイートについて、人間性の剥奪を禁じる規約に違反したため措置を講じた。この規約では信教や社会階層、年齢、障害、病気、国籍、人種、民族を理由に特定の人々の人間性を奪うことを禁止している」と説明した。
ワシントンの中国大使館は現時点でコメントの要請に応じていない。ツイッターは中国国内でブロックされているが、同国の外交官や国営メディアの間では使用が広がりつつある。

中国外務省の華春瑩報道官は21日の定例記者会見で、当局はツイッターの措置に当惑していると述べた。
中国は、ワシントンのシンクタンク、ジェームズタウン財団が昨年公表した報告書の中で、イスラム教徒の少数民族に対し不妊手術や妊娠中絶を強制していると指摘された。中国外務省はこれについて、根拠のない誤った報告だとして否定している。(引用終り)


 この映画において四人目の子供を生むか否か主人公の妻が悩むのは、「遊牧民の生活においては女性の仕事が苛酷でありこれ以上の負担は無理であること」また「四人目は政府に罰金をとられるためすでにいる子供に教育をつけることが難しくなる」という理由からである。前者は女性に多くの仕事をおわすチベット社会の因習であり、後者は経済問題である。妻は伝統的な価値観=転生思想を否定したいがためにこどもを生むことを拒否しようとしたわけではない。現実に背に腹は代えられなかったのである。

 転生を信じる社会においては、愛する人がなくなっても家族になって戻ってくるという考え方は非常に前向きな効果を生んでいる。これは必ずしも現代化の阻害要因とはいえないであろう。ペマツェテン監督は中国国内で映画制作を続けていることから、認可コードにふれないためによりテーマを普遍的(チベットの伝統と現代化の超克) にしており、それは作品の質をあげるのでよい側面もあるのだが、背景にある特殊事情を察してあげることも忘れてはならないと思う。

 伝統的な価値観が現代的な価値観に転換することは、ウイグルのように中国政府の政策として強制的に行われている場合もあるのである。

 ちなみに、同1月21日、ジェノサイド認定を発表したポンペオ国務長官他28人に対して中国政府は報復として制裁を科すと発表した。

 私見を述べれば、私は伝統的を価値観をすべて是とはしないが、それを変化させるのはあくまでも当事者の自由意志でなされることが前提だと思う。
 
 最後に、三月から岩波ホールでも『映画で見る現代チベット チベット映画特集』2021年3月13日(土)~4月2日(金)がはじまり、ソンタルジャ監督の『陽に灼けた道』『ラモとガベ』『草原の河』『巡礼の約束』が順次公開されます。詳しくはこちらをどうぞ。




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DATE: 2021/01/13(水)   CATEGORY: 未分類
別の惑星に転生(ラノベではない)
新年初めての投稿となりました。

私の新年はと言えば、二日にふぐさしをたべた後にお腹壊して寝込み、五日にはパソコンが突然死し、年末から正月までにかけて資料から取った研究メモが全部とび、その後はメモの復元に励むというさえないものでした。

 しかし連年凶をひいていた大圓寺のおみくじは吉となり、今年後半には人生に改善がみられるとのこと。やったー! 普段からよくいく地元の神社二つ、不思議なことに別々にひいたお神籤が同じ番号、同じ内容のやはり「吉」(おみくじの仕入れ元が同じなのだろう)。かりに100種類のお神籤あるとすると同じみくじをひいた私は10000分の一の確率をひいたことになり、今年のくじ運を使い切った感満載。

 今日は今日とて、使用済みトナーをリサイクルにだすために郵便局にいったら閉まっている。「平日正午に休みはありえないだろ」とよく見ると、入り口の張り紙に「窓口業務をしていた社員に陽性者がでたので1/4から休業しています」とのこと。どーすんだよこの荷物! と困っていると、向かいのお茶屋さんが「うちゆうパック扱ってますよ〜」と呼び込まれた。こうやって地道に局の閉鎖を知らずにきた客を向いのお茶屋さんは地道に店に呼び込んでいたのであった。なんというか今年も多難な予感がする。
 
 さて、新年初投稿は「ダライラマ秘話」を恒例としていたが、今年は昨年暮れから新年にかけての現ダライラマ法王のお話しをとりあげてみる。昨年12/17 のエントリーで述べたように、ダライラマ14世は現在温暖化防止活動に力をいれている。年明けの1月10日にも環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんやmind & life institute の科学者たちとこの問題で公開対話を行っている。
 
 日本では環境の話をすると「経済はどうなるんだ」と反射的に返す方がいるが、地球全体が明らかにおかしくなっていて、すでにもう後戻りできない時点(point of no return) まできているという科学者すらいる時、地球に住めなくなったら経済以前だろと思う。昨年コロナで人の流れがとまり、人間の出す二酸化炭素の排出は減ったものの、干ばつによっておきた山林火災によって結局二酸化炭素量は減らず。二酸化炭素もメタンも史上最高値を記録。気候変動は当初の予測よりも速く進み、加速すらしている。
 
 このような報道を受けてかどうかは不明だが、ダライラマの言動もかなり変わってきたような気がする。一例として昨年末12月27日、アメリカ在住のチベット難民向けたダライラマ法王のオンライン対話をみていきたい。この中で若いチベット人たちの「気候変動が進む世界で若者はどうしたらいいのか」という質問に答えてダライラマざっくりいうと以下のような発言をされた。

ダライラマ「[まずは気候変動をとめるための] 対策をとりなさい。でもこれから40年、50年たったら気候変動はさらにすすむでしょう。専門家たちは今後いまより深刻な状況になるといっています。チベット高原も環境破壊が加速しアフガニスタンのような荒涼とした地になると予測しています。

 世界は生じ(成劫)、一定期間存続し(住劫)、壊れ(壊劫)、そして空になる(空劫)と、再びまた世界が生じ、一定期間存続し、壊れ、また空になるを繰り返してきました。

 これは地球だけに起きるのではなくこの銀河にある惑星のすべてに起きることです。自然の摂理です。
地球温暖化も自然の法則です。 生物の意識はこのような環境の変化とは無関係に継続するので、もし地球が滅亡しても私たちは別の惑星の生物に転生します。この銀河には人の住める星は他にもあるでしょうから。私たちは転生するので来世そのような惑星に世を受ける可能性があるわけです。

 だから私たちは環境の保全に関心を持ち続けながら、いつしかここに住めなくなることもあり、それは自然の摂理なのです。生成の時期があり、存続の期間があるのなら、滅びに向かう期間も必ずやってきます。この三千大世界にも生成の時期があり、存続の時期があり、滅亡の時期がある、それが自然なのです。

 仏の教えも[意識が続く限り]存続していきます。別の惑星でも仏教を実践していくようにしていけば、地球が滅亡したらどうしようかと余計な心配をする必要はまったくないんです。考え方の視点が大きければ大きいほど、狭い視野で様々に思い悩むことはなくなります。狭い視野であれこれ思い悩んでいたら、ささいなことで落ち込んで前向きにものを考えられなくなるのです。

 こういうことです。わかりましたか?


 このお話は文殊師利大乗仏教会によって翻訳・字幕が付されて以下のyoutubeで見られます。
 
https://www.youtube.com/watch?v=Er0lQdyjUUw&feature=youtu.be

https://www.youtube.com/watch?v=HjoraRUArQo&feature=youtu.be

 質問者はチベット人であるため、ダライラマは仏教的な世界観(永劫回帰する世界、輪廻転生)を前提に答えている。輪廻転生は仏教に限らず古代ギリシアなど多くの文化が認めていた考え方であり、この思想に基づくと、生き物の意識は外部世界の転変にかかわらず必ずどこかにまた肉体をもって生まれることになる。

 注目すべきは、質問者が「温暖化に対して若い世代どうしたらいいでしょうか? 」と具体的な質問をしているのに、ダライラマは対策について述べず、壮大な宇宙生滅・永劫回帰の話題で返していることである。これまではこのような質問をうけたダライラマは「人間の作り出した問題は人間が解決できます」とおっしゃっていたのに、今回その言葉がでてきていない。それは質問者がチベット人だからか、それとも・・・。

 このダライラマの言葉を理解するために、シャーンティデーヴァの記した『覚りへの道』「忍耐の章」からの「対処のしようがある問題なら、全力で問題解決にあたれ。何も手立てがないなら思い悩んでも仕方ない。前を向いて明日を考えよう」という言葉を理解しなければならない。『覚りへの道』は8世紀のインドの仏教者シャーンティデーヴァが記した菩薩の生き方を示した書であり、ダライラマが好んで引用するものである。

 この言葉を鑑みれば、「世界が滅びに向かうのも自然の理である、思い悩んでも仕方無い。銀河のどこかの環境破壊のすすんでいない惑星に転生しよう」というダライラマの発言は、温暖化はもう手の施しようがない、といっているのと同じになる。

 このお話しを聞いて、何というか来世について考えてしまった。気候変動がもう取り返しのつかない時点にいたっているのなら、仏教用語でいう壊劫にはいっているのなら、確かに来世は環境破壊がすすんだ地球に生まれるよりも、別の惑星に生まれたい。まだ人間が発生していない、発生していても産業革命前の自然が破壊されてない、緑ゆたかな惑星に人でなくていい鳥になって生まれたい。

 新年そうそう来世について考えることになった、ダライラマの法話であった。
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DATE: 2020/12/22(火)   CATEGORY: 未分類
展示会ウラ話
感染がどんどん拡大する中でも、とりもなおさず、企画展示「大隈重信とチベット・モンゴル」は無事に期間を終えました。

 この展示会でお伝えしたかったことは、辛亥革命直前のチベット・モンゴル・満洲・日本の歴史は現在、チベット史、モンゴル史といった具合に民族や国別に研究されているが、前三地域はダライラマ13世の大移動に刺激され当時活発に相互交流して影響を与えあっていたため、自分が研究の中心にすえている地域以外の動きについても十分な知識と理解をもった上研究しなければならないということ。

 固い話はこれまでにして、年内最後ということもあり、今だから言える笑い話。
 まず基本、あの企画展示、実働メンバーは私と院生Wくんの二人きり(爆笑)。二人で駅前のガストで原稿の読み合わせをし、設営に入ると、台車に荷物つんでキャンパスをうろうろし、W君が脚立のってタルチョーをガムテとめた。
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Wくん「先生、パネルの資料に傍線をひくのに油性マジックははじかれて書けないそうです。テープのようなものをはるしかありません」

「経験上、すべての問題は百均が解決してくれる。駅前の百均でマスキング・テープかってから現場で合流」

 開店と同時に百均に入り傍線に使えそうな無地のテープを探すが、はでなピンクしかなく、しかも一個しかない。とりあえずそれを買って会場につき、資料パネルにはりつけていくと、あっという間になくなって芯のみに。そこで再び別の百均に買い出しにいくが、無地どころかはでな柄ものしかおいてない。

 資料の傍線テープが途中、無地から派手な柄にかわっているのはそのせいです。すいません

 展示室が仕上がった後は二日後の学会で流す宣伝動画をとらねばならない。理想はBSでやっている女優さんが外国の美術館とかを案内するあんな感じにすることだが、翌日のチベット学会のオンライン中継の準備もわけわかんない状態なので、そんな動画を優雅にとっている暇はない。第一撮影者がいない。
 そこで、上だけスーツに着替えzoom でプレゼンをするというチープなものに(人手がないんだよ!)。

 こうしていよいよ企画展初日を迎えた。キャンパスは学生がゼロなので、ゼミを対面授業にして三年ゼミ生と四年ゼミ生を展示室に案内することで景気をつける。
展示室に入ろうとすると受付の方が「[密を避けるため]六人以上は部屋にはいらないでください
結果、同じ説明を四回もして声がかれた。

学生A「先生、パネルにはったテープ垂れ下がってますよ」

「百均の粘着力には限りがあるよね。誰かなおしといて」

 こうして会期ははじまり、コロナが猛威を振るいキャンパスに学生がいないながらも、そこそこの数の来場者に恵まれた。ありがとうございました。

 そして最終日、私は三年ゼミ生とともに大学近くの椿山荘(ごぞんじ超ラグジュアリーホテル)の庭園で山県有朋の碑文をみていた。四時ちょっと回った所で日が落ちると、ホテルの演出で紅葉のライトアップが始まった。それと同時に庭のあちこちにしこまれていたスモークが噴出し、あたかも深山幽谷にいるかのような風景にかわっていく。学生は山県有朋よりもそのライトアップに心を奪われている。
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そこに院生Wくんから着信。
 院生Wくん「今学芸員のCさんから電話があって、カタログが四冊たりないそうです。先生大学の近くにいらっしゃいますよね。研究室にあるカタログを一号館に届けてくれませんか」

 時計をみるとほぼ閉館時間。今日は展示の最終日。カタログがほしくて待っている人がいるのか。それは急がないと。そこでゼミ生に

「じゃあ時間だし、ここで流れ解散。私は今の電話でちょっと用事が出来たのでここからくだって冠木門から早稲田に向かう」

 しかし、走り出した私はすぐに立ち止まることに。スモークで視界がゼロなのである。前にも後ろにも道がない。都心のド真ん中で濃霧に巻かれて遭難である。

 椿山荘は神田川沿いの斜面にたっているので、早稲田にでる口は一番低いところにある。とにかく低い方に向かえばいいと手探りで冠木門にいきつくと、閉まっている(この時間はエントランスからでてください)と書いてある。急いでいるのにー、きーっっっ。

 ラグジュアリーなホテルで霧にかすむ紅葉をみながらお食事を楽しんでいる方たちがいる一方、その霧の中で手探りでかけずりまわっている私はなんなんだ。
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 写真はちょっと霧が晴れて道がみえているが、この前の写真はまっちろ。これが最終日の思ひ出。
 「昔の大学の先生は面倒なことは全部学生にやらせて手柄は総取りだったよなー。学生もたくさんいたんだよなー(日本が豊かだったので院生の数が多かった)。我々なんか損しているよなー」と思いつつエントランスからタクシー拾った。

 最後になりましたが、来場してくださったみなさま、重ねてありがとうございました。
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DATE: 2020/12/17(木)   CATEGORY: 未分類
2020年のチベット
コロナに始まった2020年は終わりもコロナ・コロナであった。

 ダライラマ法王をはじめとするチベットの高僧方は師匠のコロナ感染を恐れるお弟子さんたちによってしっかりガードされこの一年部屋に軟禁状態。しかし、ダライラマ法王はこれまで対面でやっていた科学者や他宗教の指導者との対話や仏教徒に対する法話を積極的かつ頻繁にオンラインで発信しているため、例年になく法王を身近に感じることができた。
コロナ終わっても、オンライン講義を続けられた方がダライラマのお体にも触らないのでいいような気がしてきた。

 ダライラマ14世の公式のツイッターやフェイスブックで近々のライブ日程や過去のアーカイブを探すことができるのでみなさんもどうぞ。ダライラマ法王公邸のこの居間のしつらえはすっかりお馴染みになりました(笑)。
201209ダライラマ公邸
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今年一年のチベット・ニュースを時系列でご紹介。

1月29日
アメリカ下院がチベット支援法(HR 4331)を圧倒的多数で可決。米国の方針として、チベット仏教指導者の継承または生まれ変わり(将来出現するダライラマ15世を含む)は、チベット仏教コミュニティによってのみ決定されるべき独占的な宗教問題であること。継承または生まれ変わりのプロセスに干渉する中国当局者は、グローバルマグニツキー法に含まれるもの含む、対象を絞った金融、経済、ビザ関連の制裁の対象となること。米国領事館がチベットの歴史的首都ラサに設立されるまで、米国に新しい中国領事館を設立してはならないことを義務付け。チベット亡命コミュニティの民主的な統治をサポート。

5月18日 
アメリカのポンペイオ国務長官はパンチェンラマ失踪25年目の節目の日に「チベット仏教徒は、他のあらゆる宗教団体の信徒らと同様、政府に干渉されることなくその伝統に従って宗教的指導者を選出、教育、崇拝できなければならない」「パンチェン・ラマの居場所を直ちに公表するよう中華人民共和国政府に求める」と発言。

6月30日
香港特別行政区国家安全維持法成立。香港の民主化運動が逼塞する。

7月27日
米政府、ヒューストンの中国総領事館の閉鎖を命令。中国政府は対抗して成都の領事館の閉鎖を命令(この成都の大使館はラサ領事館のかわりに置かれたもの)。

9月23日
NY市警のバイマダジ・アングワン(チベット系アメリカ人!)が中国政府の工作員として逮捕される。

11月21日 ロプサンセンゲ首相、亡命政府トップとして初のホワイトハウス公式訪問。


アメリカ大統領選挙はバイデン氏の勝利に終わった。アメリカ人は大統領選でいかに分断されようともこと対中政策に関しては共和党も民主党もなく中国に批判的なので、チベット問題についてアメリカが発言することは今後も続くであろう。とくに民主党はウイグル、香港、チベットで行われている弾圧については積極的にものもうしていくことであろう。

●最後に、今年十月にでた法王の新刊『私たちのただ一つの家。気候変動に対する世界に向けたアピール』(Our Only Home: A Climate Appeal to the World)の一部をご紹介。以下さわりを訳してみました。英語を読める方はKindleで無料でダウンロードできるのでどうぞ。

 世界の七十億の人々は協調することを学ばねばなりません。「私の国」「私の大陸」とかだけっいっている場合ではないのです。地球規模で責任をもった行動をとる必要が本当にあるのです。
 私は未来については楽観的です。なぜなら人間性はより成熟してきており、科学者たちは我々の内なる価値、心や感情の統御に注意を払うようになっています。平和を希求し環境に関心をもっています。
 私は2015年のパリ協定が最終的には結果だすことを希望し祈っています。[温暖化の原因となっている各国の]自己中心主義、自民族中心主義、暴力は根本的に間違っています。
 アメリカがパリ協定から離脱したことは悲しいことです。科学者たちは常々我々が直面している危険について発言し、人々に警告を発してきました。メディアも人々を教化する重要な責任があります。富めるものと貧しい者との格差も深刻です。我々はこの格差をなくすために貧しい人を救済するべく一歩を踏み出さねばなりません。
(中略)
 いかなる人間の行動も責任感・コミットメント・規律をもってなされるべきです。もしわれわれの行動がお金や権力のため近視眼的・短期的になされるならば、それらはすべてネガティブかつ破壊的な行動になります。我々のいきる環境を護ることは贅沢な選択肢ではありません。我々人類の生き残りをかけた問題なのです。
 我々の体温がたった一度あがるだけでも不快なのに、五度から六度の温度の上昇は命の危険を意味します。毎年気候変動による地球温暖化が観測されています。最近はアメリカとヨーロッパが猛暑と厳冬に襲われました。環境や気候変動の問題は地球規模の問題です。ただ、ヨーロッパ、亜細亜、アフリカ、アメリカだけの問題ではありません。この青い惑星におきていることは我々すべてに影響することなのです。
 ただ意見をいって会議をしているだけでは十分ではありません。我々はタイムテーブルをつくって着実に現状を変えていかねばなりません。
(中略)
 私はどこにっても七十億人の人類は肉体的にも精神的にも感情的にも同じであると強調してきました。みな問題のない幸せな人生を送りたいと思っています。昆虫や鳥や動物ですら幸せを欲しています。より平和な世界と健康な環境を確実にするために、我々は時に他人にああしろこうしろと指図します。しかし、まず我々個人から変えていかねばなりません。もしたった一人の個人がより愛情深くふるまったなら、それは他の人に影響し、それは世界を変えていきます。科学者は我々の本質は基本的には愛情深いといっています。これはとてもポジティブなことです。
 二酸化炭素の排出によって生じた温室効果、オゾン層の破壊のような地球規模の問題の前では、個々の組織や国家は無力です。私が1989年にノーベル平和賞を戴いた時、世界に向けて[自分の延長線にあるものではなく]普遍的なものに対して責任感をもてと呼びかけました。私たちは同じ太陽の下で同じ地球にいきる兄弟姉妹なのです。
 わたしたちが一緒に行動しなければ解決できません。ゆえに目先の利益や宗教をこえて倫理的な原理である「普遍に対する責任」に我々自身をかかわらせることが重要です。気候変動は全人類に影響する問題なのです。
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